41.魔帝
覚悟を決めた。
そう意気込むのは簡単だ、でも実際に行動に移せるかと言われたら分からない。
危険は常に付きまとうだろう。
ゼハール商会を敵に回す。
国すら動かす商会を敵に回すなんて、そう簡単には言ってはいけないのだ。
だから俺は言葉を変えて一度俺の身近にいてくれる人に話した。
フィオナとアキレスとノイエラである。
「私は友人レミエル・ウィーニアスを殺した人間を、集まりを、今後一生許す事は無い。
私はその人間を探しレミエルの恨みを晴らす。例え相手がリセリア様であれ、ユーリックであれ、……フィオナでも断罪する。
だがこれは相手の命を奪うという誓いではない。
幽閉でも土下座でもレミエルは返ってこない。それは分かっている」
レミエルは返ってこない。
それは一番自分が分かっている事だった、ゼハール商会を根絶やしにしても犯人の首を跳ねてもそこに意味なんてないと思う。
……いや、意味はあるか。
何も生み出せないだけだ。
「では、どうするのですか?」
「私は謝ってほしい訳じゃない。悔いてほしいんだよ。
悔い改めなくたっていい、だけど人を…レミエルを殺した事を悔いてほしい。
それは善意で悔いてもいいし、痛みをもって教えてもいい。
私がやりたいのはただそれだけなんだ」
長く考えた。
俺は一体今どうしたいのか。
そりゃ、分からなかったよ。
知り合いが殺された事なんて今までなかったろう、こっちの世界でも向こうの世界でもそんな物騒な事はなかった。
どうしたらレミエルの為になるのか。
どうしたらレミエルのしてほしいようにできるのか。
……どうしたって、死者のためにはならない。
これはレミエルのために何かしたいという俺のエゴなのだ。
だから自分のしたい事をやる。
俺は……レミエルを殺そうと企んだ全ての人間を後悔させてやりたい。
殺したって幽閉したって、俺の気持ちが晴れるかどうかは分からないのだ。
ならまずは…後悔させてやろう。
何であんな事をしてしまったのかと思わせてやろう。
後悔させる為に“どうするか”は考えていないが、これが一番穏やかで私の気持ちと一致すると判断し説明した。
ノイエラは顔を下へと逸らしたが、それ以外の面々は答えが出ているようだった。
フィオナは手を添えてお辞儀をする。
「私は元よりシャロル様のメイドです、どうあろうと着いて行く所存です。
友人の死に心を悼め、友人を思い行動する。…良い事だと思います」
「オレも構わないぜ。何のために武器振ってると思ってるんだ?」
二人共快く返事をしてくれたがノイエラは黙っている。
しばらく待つと、ノイエラは俺の目を見て重い口を開いた。
「…シャロルは、危ない事分かっているんだよね?」
「ああ、分かってるよ…」
危険な道だと分かっていても止められはしない。
そう言うと彼女は重い息を吐いて頷いた。
「……分かった。九歳児に正しい事言われて、十五の私が逃げたいなんて言えない。
ただ私はシャロルに人殺しをしてほしくない、それだけは…分かって」
全員俺の気持ちを理解し、一緒にいてくれると言ってくれた。
俺に絶対着いて来てくれる人もいれば、自分の意見を持って俺と接してくれる人もいる。
道を間違えればノイエラがきっと正してくれるだろう。
挫ければアキレスとフィオナが励ましてくれるだろう。
だからもう迷わない。
レミエル・ウィーニアスを殺した組織を、潰そう。
休日。
俺とアキレスは庭で剣を振っていた。
フィオナは家の掃除を、ノイエラは買い物に行っている。
そんな女の子二人だけの空間に似合わぬ巨漢が現れた、馬に乗ってゆっくりとやって来た彼は俺達の姿を見て顎に手を当て、素振りが終わるのを待っている。
「やめ!」
二百ほど振ってから俺が大きく声を発して休憩に入る。
巨漢のいる方には目を寄せなかったので素振りの途中は誰だか判明はしていなかったものの、私の知り合いにそんな人は一人しかいない。乱光包だ。
彼は馬を降りて俺の方へと近付く。
へばっているアキレスと、澄まし顔の俺をじっくりと見ていた。
「……決めたようだな。その心中にある答え、聞かせてもらいたい」
「リセリア“様”と共に、レミエルを殺した悪を倒そうと思います」
「うむ。それで良い」
彼は笑い、もう一度馬に跨った。
すぐに帰ってしまうのだろうか。
一体何の為にやって来たのだろう?
「そういえば。其方、良い繋がりがあるのに会っていないそうではないか」
「良い繋がりですか?…特に、覚えがありませんが」
「……もう連れて来ておる。ワシはその者に其方の家を教えたまでだ。
その者は其方の敵ではないから安心せい、……一応我が師でもある」
「誰ですか?」
「“魔帝”だ」
乱光包はそう言うと木陰にいる誰かを呼んだ。
その者は、身体の肌を全て隠すようにマントを羽織り、口元しか見えないくらい深くフードを被っていた。
右手には杖を持ち、魔術師である事は一目見て判断できる。
何と言えば良いのだろうか。
あまりにも、それっぽすぎた。
「聞けば元々魔帝に会う為にコリュードへ来ていたそうではないか。
困難な道を進むのなら、先人の話を聞いておけ」
乱光包は自分の役目を果たしたとでもいうかのようにさっさと馬に乗って去って行ってしまった。
残された私とアキレスと魔帝はしばらく無言であった。
先に動いたのは魔帝だ。
「伝え」
魔帝が足で地面を踏み付けると地面の土が盛り上がった。
それを撫でて魔力を燈すと瞬く間に白いテーブルへと成り変わる。
これが魔術師の頂点、魔帝。
剣聖はとにかく異次元的な強さだったが、この人もそうなのだろうか。
「お初にお目に掛かり――
「そういうのはいらぬから座るといい」
やはり全く会おうとしていなかったから怒っているのだろうか。
俺は恐る恐る席に座り、対面する。
アキレスは後ろで待機だ。
戦闘になれば助けてくれるだろうが……敵わないだろうな。
技術力の差はさっきので歴然だ。
「会いたかったぞシャロル。
……ブレイクストールから伝えられていたはずだが、私は避けられていたのか?」
「すみません色々と立て込んでいました」
どうやら女性の方らしい。女の声だ。
「知っているとも。そんな状態で出生の話なんてされても困る…。
でも私は待っていたのだ、シャロルと会う時をな」
彼女はフードをめくった。
何となく、分かっていた。
父上が魔帝と会わせようとした理由、出生の秘密、すぐに口から漏らす辺りから察して隠すつもりなど毛頭なかったのだろう。
栗を剥いた身の色のような、モンブランのような薄茶色の髪。
俺に似た目元。
彼女は薄らと笑いを浮かべて、俺に自己紹介をする。
「私はシャンドル・アストリッヒ。…君の、実の母だ」
いざ対面してそう言われるとどうしていいか分からない。
薄々勘付いてはいたけど、自分は生まれが違った。
でも…ブレイクストールとは血が繋がっていたらしい。
良いんだか、悪いんだか。
「驚かないのか?」
「何となく、知っていましたから。
お会いできて嬉しいです」
「……ああ、とても嬉しいよ」
彼女は目に薄らと涙を溜めていた。
「アストリッヒ性を名乗っているって事は…父上は多妻だったのですか?」
「…そう。だが、私から誘ったに過ぎない。
呪いのようなもので引き寄せてしまった」
「呪い……」
「私が魔術師というのは知っているだろう?
光魔法習得の際に失敗してしまってな。
ブレイクストールは私から溢れ続けた光の魔力に魅了され、一時期そういう関係になってしまった。
シャロルもその力を持っているはずだ…気を付けるといい」
スウィフトハート通称ココロちゃんにも言われたことだ。
私は頷くと、彼女はそっと手紙の封筒を白いテーブルの上に置いた。
「今日は急な訪問で失礼した。お互いをゆっくりと知る必要があるだろう。
聞いた通りの才女で母としては誇らしいよ」
「いえ……あの、これは?」
「読めばわかる。
気が向いたらシャロルから私の家に立ち寄ってくれ、場所は知っているな?」
「父上から聞きましたが…」
「そうか。それではまた、シャロルに時間がある時に一緒に話そう」
……。
いや、わざわざ日を分ける事も無い。
俺は彼女の提案に首を横に振り、もう少し話そうと提案する。
聞きたい事は沢山あるのだ。
「あの。出生の秘密とは、母が違う…という事だけですか?」
「……いいや違う。正しくは、私は子を成したが、魂は神から授かった」
「魂……」
「何と言えば良いかは分からんが……心の在処と呼ばれる場所、魂の帰る所で妊婦だった私は神様から魂を授かったんだ。
産まれればその子は子供とは思えない速度で成長し、いずれこの世の闇を振り払うだろうと私に伝えた。
その神の名前は……知らぬが」
言葉の節々から知っている言葉が出てきて信憑性は少しだけあった。
心の在処は…俺がレグナクロックスと出会った夢の世界の名前であり、この世の闇を振り払うというのはレグナクロックス等の最上位精霊が持つ使命である。
魂が神から託されたってことは、俺は偶然この世界にやってきた訳ではないということ。
誰かの思想が俺をこの世界に連れて来た事になる。
俺は何かをするためにこの世界に呼ばれた。
レグナクロックスと共に生き、世界の闇を晴らす使命。
……。
カチリカチリとピースが嵌められていく。
生き永らえている不死のソーマとリュウガは世の平和を使命だと言った。
公国とアーリマハットが衝突する可能性を減らす為にリセリア様に協力すると言った。
ゼハール商会に力を持たれたくない理由があると言った。
ゼハール商会が力を持つ事が世の平和を乱す事になる、そう考えて間違いはない。
なら俺はゼハール商会を潰す為にこの世に生まれたのか?
「どうしたシャロル?」
「いえ、突然の話で驚いただけです。
私は信じます、もう既に神と呼ばれた精霊とも会っていますから」
「最上位精霊か」
「はい」
魔帝ともなると知っているようだ。
もしかしたら彼女も俺と同じように降魔術を持っているのかもしれない。
「そうか、シャロルも大変だな」
「いえ……大丈夫です」
「そういう訳にもいかないだろう。
ああ、急で悪いが…シャロルの身近にいる仲間はどのくらいいる?」
「今は三人ですけど…」
「ならば次会う時までに護符の指輪を四つ作っておこう。」
私もまた神から災厄に立ち向かうよう言われている、助力は惜しまない。
シャロルが個人的に抱いている物も…手助けしたいと思っているよ」
この人はどこまで知っているのだろうか。
そんな疑問を持ち始めた私を察してか、彼女はテーブルの手紙を強調するように指で突き、立ち上がって席から離れた。
今日はここまで、次はこの手紙を読んでから…という意味だ。
俺は頷いて立ち上がると彼女はテーブルとイスを土へと戻し一歩近寄った。
ぎゅっと。
締め付けるように彼女は俺を抱き締め、俺の頭を撫でた。
お互い何も言わない無言の時間だったが嫌ではなかった。
初対面で母だと言われても実感はないが美人に抱き締められるのは好きだ。
……こほん、失礼。
「すまない、日を置く必要はないんだが…私が持たなくてな」
彼女の目元には大粒の涙が溢れていた。
「……別に私の胸で泣いても良いんですよ?」
「魔帝とも呼ばれる私が娘の胸を借りる訳にもいかないよ。
それじゃまた近い内に…絶対に来てくれ」
「はい、……お母さん。また近い内にお伺いします」
シャンドル・アストリッヒは沢山の知識を持っている。
詳細は分からないが護符の指輪という物を貰えるらしい。
こんなに得する条件が揃って顔を出さない訳にもいかないだろう。
俺はどう名前を呼ぶか考え、最終的にお母さんと呼んだ。
母だという事を私に伝えた上に抱き締めてくれた辺りから母として扱ってほしかったのだろうと察したからだ。
シャンドルは俺の頭を撫でてから離れ、来た時と同じようにフードを深く被った。
有名人も大変だ。
庭から見えなくなるまで見届けてから振り返る。
アキレスの表情は何とも言えない物になっていた。
嬉しいような悲しいような……裏に何かを思っている顔。
母親の事を思い出したのかもしれない。
自分を売った、親の事を。
「さあ、家に入ろうか」
「……そうだな」
俺はシャンドルに大事なことを聞いていなかった。
何故俺はブレイクストールとシュラザードの元に置かれ、自分一人だけコリュードなんて別国に住んでしまったのか。
彼女は自分の親とシャンドルを重ねたのかもしれない。
「アキレス、よしよし」
「ッ!よしよしするなっ!オレの方が年上なんだから、オレがする側なのっ!」
よしよし合戦をしながら家の中へ入る。
呆れ顔をしたフィオナがアキレスを叱り、うーっと唸って正座をしているアキレスへダイブして抱き付いたりじゃれ合ったりする。
遅れて帰って来たノイエラもそれを見て笑いながら俺に乗っかり、フィオナも俺とノイエラに引っ張られててんやわんやになった。
自分のホームくらい明るい方がいい。
例えどんなに重いものを抱えていても、この空気だけは守りたいと思った。




