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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
4章【留学編】
42/50

39.正義探究

 ニューギスト公国のとある朝。

 レイ・レーネルブラッドは教師のオズマン・ゼハールと、留学に来ていた二人と一緒に校内を歩いていた。

 留学に来ていたのはどちらもクライム学園の人間だ。


 一人はユーリック・シュラウド。

 短い茶髪の好青年で、父親はブレイクストール・アストリッヒと同じギルドに所属しており、幼いながらその父親より二つ名を頂いている。

 『我槍』。

 この世に二つとない加速器付きの機械槍を彼は操っていた。

 前方に二つ、後方に四つの加速器が付いており、ただ至近距離戦だけをするのではなく射撃する事も可能だ。

 技量を第一とするコリュードと違い、セルートライでは独自の武具を用いるというのが最近の風潮だ。

 それに当てられて彼も武器を自己流にしたのだろう。

 功を成してか、その矛先を前に立っていられる者はそう多くない。


 もう一人の留学生は女性。

 いや、正確に言えば留学生というのは“誤り”な気もする。

 どこかシャロル・アストリッヒに近しいようで限りなく遠いと思わせる、よく分からない性格を持ったクライム学園の“先生”だった。

 名は若松みどり。

 “豪腕”と共に戦場を駆け抜けるほどの実力者であるらしく、“豪腕”と出会う前までは国を渡って人探しをしながら正義を謳って戦っていたらしい。

 年齢はもう既に十代後半で、こちらは留学生というより私用で公国に来ている。

 立場的にはクライム学園の教師という立ち位置にあたる。

 とはいえまだまだ新人のようだ。



「そうですか、シャロルはコリュードに……」


 ユーリックはオズマンの説明を聞いて少し唸った。

 ここに彼が留学してきた本来の理由はシャロルとの合同試合が目的だったらしい、シャロルが公国にいないとなれば目的は完全に達成できないという事になる。

 ユーリックは突然の留学を驚かせる為にワザと連絡をしないでいた。

 それがこの結果だ。

 溜息を付きながらも内心悪くない気分でいたのは、留学という行動から読み取れる彼女の向上心があったからだろう。

 彼女はまだ停滞していない。

 それだけ分かればユーリックは充分だった。


 彼の住む国、セルートライはついこの間まで隣国同士が戦争していた。

 隣“国”と言うには少し小規模だが戦争自体は大きなものだ。

 南方にある竜魔の里と東方にある紅魔の里に激しい亀裂が走り、魔族の国同士での壮大な戦いに発展した。

 セルートライはそのとばっちりを受けた事になる。

 その戦争でユーリックは父親を失った。



 戦争半ば、セルートライを守る為に島国アリュースから二人の闘士が来ていた。

 “豪腕”と若松みどりである。

 強大な力を持つ二人のお陰でセルートライの損害はほぼ無かったが、しかしそれでも彼女達が来るより前に死んだ人間達は救えなかった。

 ユーリックは強大な力を持つその二人に対し、何故父親を救ってくれなかったのかと泣いて喚いた。

 若松みどりはただひたすら謝るだけだったが、“豪腕”は逆に、ユーリックを蹴飛ばした。


 後悔するくらいなら槍を持って戦えば良かっただろうと彼は言ったのだ。

 それは間違いではない、と彼は思う。

 だが、それは出来なかった。

 戦争に行けば自分は死ぬ。それを理解していて尚、一歩を踏み出せる者は少ない。



「ええ。しかし、私達教師陣も試合には応じますから、何なりと」


 ユーリックの呟きに対してオズマンはそう返した。

 それに大きく反応を示したのはユーリックではなく若松みどりだ。

 彼女も“戦争”を間近にして自身の弱さに気付いた一人である。

 今のままでは多くの人を救う事ができない。

 正義を(うた)って戦っている彼女の理想は高く、一度の敗北も、一人の犠牲者さえも許されない。

 レイ、ユーリックという生徒とは比べ物にならないほど迷いなく、自身のしたい事に目を向けられている。

 正義を掲げ、人を助け、悪を挫く。

 そうすればきっとあの人が会いに来てくれるから……。

 誰かに思う、そんな一途な思いが彼女を動かしている。



「そういえばオズマン先生、ゼハール商会って……」


 レイはオズマン・ゼハールに聞き辛い言葉を吐いた。

 貴族院にて放火と暗殺を行った犯人はゼハール商会の内部にいるのではないかという噂話は証拠も無いまま大きく広がっている。

 ゼハール商会はゼハールという家名を持つ者全てが入っている一族の集いだ。

 オズマン・ゼハールに全く関わりが無いとしても、その名前は商会の名簿に入っている事になる。


「……先祖代々続いている機関的な物さ。どこで何をしているか詳しく知らない。

 正義と世の安寧を……というのがゼハール商会の目標だ」

「正義、ですか」

「貴族院から数人離れた事で、鈍重な腰を上げて行動できる優秀な貴族も増えたそうだがね。

 その為に殺人を犯したんだから擁護のしようもないが、どうにも殺された数人というのは、悪評の多い人間が大半だったらしい」

「……それでも、人を殺して良い理由にはなりません」

「ごもっともだ」


 人それぞれの正義がある。

 若松みどりには受け入れがたい事実だった。

 彼女の目指す正義は人を問わず理解される正義であり九割から支持される物ではない、その目標は十割である。

 彼女は年齢に似合わないほど純粋だった。

 他の正義に立ち向かうのが歯痒いのか、若松みどりは居心地が悪そうにオズマンから目を背け、最終的には頭を下げて別行動に走ってしまった。

 若松みどりを追い掛けてユーリックもまた姿を消す。

 その場に残されたのはレイとオズマンの二人だけだ。



「……でも、暗殺された中には自分の娘や妹に首輪を付けて“世話”した人もいるんだとか」


 レイ・レーベルブラッドは唇を噛み締めながら言う。

 世の中にそんな事があって良いのかと、彼女の幼い頭では処理し切れない事案もあるのだ。

 それが彼女の口から漏れる。

 オズマンは遠い空を見ながら、返す言葉を考えた。


所謂(いわゆる)、独占欲だ。主に男性にその傾向が見られるね。

 しかし“世話”してくれる者が殺された事が、彼女達にとって本当に幸福であったかどうかは私達には分からない」

「……一体、何を言っているのですか?」

「結局、体を触られ、(まさぐ)られ、犯されたんだろう。

 それを汚物と思う者も多い。長期間非常識に置かれて精神を壊してしまった娘が、急に社会復帰というのも難しい話ではないかな」


 想像したのか、レイは校内の壁際で嘔吐した。

 オズマンは頭を抱えて教師らしからぬ発言に反省する。

 しかし彼も、何度と説明を求められたゼハール商会との関係について話すには精神的に疲れていたのだ。

 たまには別の回答もしたい。

 そんな思考の末路である。


「すまない、そんなつもりではなかったんだがね」

「……いえ、大丈夫です。それより大事な、質問があります。

 そういう人達は一体、どうすれば良いんですか?」



 オズマンは一呼吸置いて、また新しい質問に回答する。



「そういう者達を事前に守るのが本来あるべき正義で、ゼハール商会はそれを目指していたんだよ。

 正義と安寧。この世を“管理”するのが商会の目指す先だ」


 正義を管理。

 それが間違いか正しいか、それをオズマンは考えようとしない。

 問いと答えから一歩引いて自分には関係ないかの如く、思考を暗に染めるのだ。



 ――――――――――


 ユーリックには正義とか、悪とか、よく分からなかった。

 最終的に、十歳で考える事ではないのだろうと諦めた。

 だけどそれで納得できるほど彼は甘くない。


 ―――彼が留学を決めた理由は、もう一つある。



「おはようございます、ユーリ先輩」

「お待たせユーリ」

「……すまない、道に迷ってな」


 彼は一人で留学してきた訳ではない。

 学校生活で得た仲間を引き連れてギルド本部へと顔を出していた。


 一人目は“庭師”の異名を持つ、学内魔術師ランク一位である後輩、アヤカ。

 二人目は相手によって武器を変え上位に位置し続ける先鋭的生徒、アマンダ。

 三人目は機械技術に長け、常に武器の最先端を行く男子生徒、リクルド。


 四人目は、“学内ランク一位”のユーリック・シュラウド。



「じゃあ作るぜ。ここまで来て、何か留まる理由がある奴はいるか?」

「………」

「よし、ではここに、個人ギルド“ブラックディア”を設立する!」


 ブラックディア。

 ユーリックが分からなかった、正義とは一体何か…を探求する為のギルドだ。

 個人ギルド用のシンボリックマークをギルドに提出し、すぐさま魔法で型を作ってもらい、ギルド作成の申請用紙にギルドマークのスタンプが押された。


 ギルド“ブラックディア”のマーク

挿絵(By みてみん)



 シンプルで纏まった、セルートライの山々にいる鹿(ブラックディア)のマーク。

 それを見てユーリックはスイッチを切り替え、新しい一歩を踏み出した。


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