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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
4章【留学編】
40/50

37.留学

 数ヶ月が経過した。

 コリュードに留学して今でも変わらず勉学に励んでいた。

 父上に言われた“魔帝”にはまだ会いに行っていないが、実力の方はゆっくりと成長しつつある。

 公国とは違う環境に戸惑いながらも、充実された設備に感動し、ただひたすら学を重ね続けている。

 そうして俺は四月を迎え―――三年生となった。



 留学した学校名はフィストランド校だ。

 騎士を目指す誇り高い者達が通う場所とされているが、実際の所は驕り高ぶった貴族の息子等が多く、校風に似合わず半端者が多い。

 そこで俺はイジメのようなものを少なからず受けていた。

 その原因は、魔族と仲良くしている、からである。

 コリュードでは魔族の血統を持つ者を邪とするところがあり、フィオナのような混血であっても忌み嫌われる場所らしい。

 そんなフィオナやアキレスを使用人にしている俺は“穢れ姫”と呼ばれている。

 姫と呼ばれているだけマシだと思えばそうなのかもしれない、少なくともその名称を使って突っかかってくる奴はもういなくなった。

 結果を出して実力が認められたのだ。

 逆を言えば、この学校にはトウヤほど強い人間はいなかった。

 まあ……それはわかりきっていた事だ。


 当然だが、コリュードに留学して友人とまた別れる事になった。

 ポワルやレベッカ、トウヤにレイちゃん、今回の別れは非常に大多数だ。

 それでも予想外な事にリセリアちゃんはコリュードにやって来てくれた、本人曰くコリュードでやらねばならない事があるらしい。

 また、公国では安心して眠る事すら難しくなるだろうと言っていた。

 公国の抱える問題は多い、彼女は一旦それをコルセット王子に任せて国外へと移動したのだ。

 逃げたと思われるかもしれないが、今リセリアちゃんは発言力が少なく影響力も弱い、動いた所で問題の解決には時間が掛かるので王子が動くのが最善なのだ。

 しかし王子の動きは鈍く遅い。

 王子の人望が薄れた時を見計らって自身の名声を大きくするのが彼女の今後の目標だ。

 その目標の為に動いてくれる仲間は着実に揃いつつあるらしい。


 予想外な人物もいるからとザックリ聞かせてもらったが、魔族の青年、巨漢の騎士、時雨さん、そして……シスイ・フィーリングアローンだそうだ。

 茶髪で緑色の服を着た歌手。

 俺が公国に来て、人魚と歌った祭で出会った女の子だ。

 もう今では十二歳だそうで大体アキレスやノイエラと同じである、詳しく言うのなら一つ下……くらいだろう。

 何故シスイなのかと聞くと、良い影響力を持っているからだとリセリアちゃんは言った。

 よく分からなかったが友人が仲間に加わるのは歓迎である。

 シスイも現在はコリュードにいるらしく、どこかで歌の練習をしていたりライブをしていたりしているそうだ。

 時間が噛み合えば寄ってみたいものだ。



「……起きて、シャロル。朝、だよ」


 ノイエラが俺の唇に唇を重ねて軽いキスをしてきた、目を開けるとすぐ近くにノイエラの顔があり、こちらの様子を見て笑みを浮かべる。

 机の上には既に着替えが用意されており、俺はベッドから立ち上がってとっとと着替えを掴んだ。


「変な起こし方はしなくていい…」

「そう?シャロルこういうの、好きでしょ?」

「そ、そういう事も言わなくていいから!」

「照れない照れない。さっ、一緒にお風呂入ろうね」


 何というか。

 周囲にいる彼女達の接し方が最近おかしくなっている気がする。

 元はといえばフィオナと一線を越えたのが原因なのだが、俺に対してのフィオナの接し方が極端に優しくなりノイエラも軟化している。

 子供扱いされているといえばその通りなのだが少々度を越えている。

 主人を愛してくれるのは嬉しい事なのにその愛が問題なのだ。


「シャロル、ほら脱いで。お風呂入れないよ?」

「いや一人で入れるから…」

「シャロル様は抱き締められて無理矢理されるのがお好きなんですよね…?」


 横からフィオナが笑いながらやってくる。


「いや、好みの問題じゃない」

「朝から変な話すんな!シャロル様の髪はオレが洗うから二人は朝飯作ってくれよ!」


 俺達の様子を見てアキレスは椅子に座りながらぷんすか怒っていた。

 最近の毎日は艶めかしい事が多少増えているがアキレスは健全ポジション不動である、そのせいでアキレスと一緒にいる方が落ち着くなんてことはよくあった。

 エロい事が好きでも毎日されていたら体が持たない。


 アキレスの髪はボサっとハネッ毛がある赤色長髪で俺達の中では一際輝いてしまうほど手入れのされていない髪質だ。

 毎日適当に洗っているだけで、毎日乾かさず就寝している。

 自分の見た目には拘らず相手の見た目にも拘らない、彼女の頭の中にあるのは常に戦闘風景だけで、俺と同じようにひたすら学を積んでいる。

 感覚的にいえば彼女との関係は男友達といった感じだ。

 お互いに動きを評価し、時に俺が彼女を指導し、動きに無駄が無いよう念入りにチェックをしている。

 その積み重ねによってかアキレスの動きは格段に良くなっていた。

 公国にいた頃よりも上達している事は間違いないだろう。彼女をそこまで駆り立てたのは剣聖の波動によって一撃で倒された経験が理由に違いない。


 何も出来なかったどころでは済まされない完全な敗北。

 彼女には波動も見えなかったし、何も分からぬまま意識が落ちていったのだ。

 悔しかったに違いない、辛かったに違いない、それでもアキレスは怯まず立ち上がる事のできる優秀な闘志溢れる女の子だった。



「そういや聞いてくれよシャロル様、俺の使ってる斧なんだけど、セルートライだとカートリッジ式で弾丸を積めるヤツもあるんだってよ」

「販売元はどこか分かる?」

「何だったかな。クマイグループってのが作ってるらしいけど……」

「クマイグループか…、今度リセリアちゃんに会ったら詳しく聞いてみるよ」

「本当か?ありがとう!ああいや、ありがとうございます!」

「……その口調の直しようは今更だと思うよ」


 相変わらずな部分もあるが、アキレスは真っ直ぐであれば他がどうであれ許せてしまう気がする。

 根が悪い奴ではないと分かれば充分だ。


 アキレスがセルートライ特有の特殊武器を欲しがっている理由は十中八九、遠距離攻撃に対する対抗手段が存在しないためである。

 アキレスには魔法の才能があまり無かったのだ。

 擦り傷や切り傷を少し回復出来る程度で、実際はレベッカとほぼ変わらない状態である。

 俺やレイちゃんと違い魔法と組み合わせて付け焼刃かつトリッキーな攻撃ができない上にレベッカのように長い間鍛練を積んできた訳でもない。

 大兵(たいへい)の中に混じれば強いだろうが、少数精鋭である俺達の中では輝く事は出来ない。

 単純に、魔法を使えない事による応用力の欠落が原因である。

 本来ならば魔法を使えない方が人数的には多いのだが、俺達の周囲は剣も使えて魔法も扱える人間が多すぎた。

 俺達の輪でなければアキレスは光り輝いていただろう。

 だが、俺達の輪でなければ意味がない。


「……今日、授業終わったら打ち合うか」

「い、いいのか?何か最近、忙しそうに見えたけど…」

「私がアキレスと試合したいんだ。駄目?」

「そういう事なら全力でお相手させて頂きます。今日は勝ちますから!」

「あはは、その意気その意気」


 仲間に対してであれば心の余裕がある。

 このフィストランド校全てを相手にしても心の余裕はあるだろう。

 俺があの時負けた理由なんてとても単純だ。

 相手が並外れて特別だったから、である。

 最早あの力の差は異次元であり言葉で説明できるほどのものじゃないし、あの高みに行く方法なんて簡単じゃないし見付からない人間だっている。

 俺は本当にあの場所へ辿り着けるのか。

 それを決めるのは俺ではなく、才能なのではないかと思う。


 諦めといえば諦めかもしれないが……剣聖の息子を倒して尚、父上に脚をすくわれるようではどうしようもない。

 ……俺の剣術はほぼ完成の域に到達している、と思う。

 後の成長は、肉体の成長と共に肉付きされていくものであり、今の状態でより磨きが掛かるものではない。

 俺に足りないのは年齢だ。

 まだ幼すぎる。

 どうしようもならない欠点に少し悩んでいた。



 ――――――――――


「……それでは、今日の授業はここまで。次回は駆動蜘蛛の生態に関して話すとしよう」


 髪の長い男性教師が分厚い本を閉じて生徒に号令をさせ、今日もまた長い授業が終わりを告げた。

 設備が良く、学力と武力を知識によって高める知的な校風で流石は騎士育成を目指す学校だなと感心する部分もあるが、受けてみると少々思っていたのと違う部分はあった。

 そう違和感を感じてしまう理由は俺がニューギスト公国にいた頃に自習していた内容を総復習しているからだ。

 ニューギストグリム・アカデミーでは頭で覚えるというよりは体で覚える方が主流で授業自体も退屈では無かったのだが、コリュードではやけに座学が多く内容も面白くない物が多い。

 ファンタジー風な歴史に感心を抱く事はあっても慣れてしまえばただの歴史だ、人物を覚え、年号を覚え、定期テストではそれをどれだけ覚えているか確認する。

 父上も何故公国を選んだのかよく分かるというものだ。

 無論それに異を唱える生徒もいる。


 名はカナリア・アンジェレネ。

 少し褐色の肌を持つ、首筋くらいまでの黒髪少女だ。

 出身はコリュードではないそうだが育ちはコリュードらしい。

 そして、亡くなったレミエル・ウィーニアスの親友だったそうだ。

 俺を馬鹿にし嘲る生徒達の中にも味方をしてくれる優しい子はいるのだ。



「お疲れシャロル、今日どっか寄ってく?」

「んー……いや、人を待たせているんでね。今日はやめとくよ」


 彼女は常にお腹を出したような格好をしていて如何にも校風に合わない私服であった、そのせいか空気の合わない生徒も多く、俺と同じように嫌われ者である。

 聞けば彼女は騎士を目指していないと言う。

 この学校にやって来たのは近いからだそうだ、本当は公国の学校に通いたかったらしいけど、親の元を離れてまで行く勇気は出なかったらしい。


 まあどの子も使用人がいる訳ではない、一人で旅立つのに勇気がいるのは当然だ。

 どれだけ寒くても中に着ているのはお腹を見せるかのような服と綺麗な太ももを見せるホットパンツだ、今はまだ寒いのでその上に分厚いコートを着て登校しているが、いざ剣技の実習日になると着替えの時に同姓から後ろ指を指されている。

 よほど自信があるのだろう。綺麗な褐色肌が目に眩しい。

 私欲交えて評価するのなら……運動して引き締まったお腹と太ももは異性の目を間違いなく釘付けにするだろう、正直頬擦りしたくなるくらいだ。

 まあそれも、彼女の―――戦術、であるようだが。


 彼女の戦闘スタイルは騎士とはかけ離れた冒険者スタイルであり、彼女自身もそれを認め、かつ冒険者を目指している。

 カナリアがこの学校に来たのは騎士になる為ではなく剣の実力を高めに来ただけなのだ。

 対人戦ではどうしても男性との戦闘が多く筋量や身長は女性の方が不利になりやすい、それでも彼女はポテンシャルを生かす方法を見付けたのだ。

 男性が弱いもの、それはその………魅了だ。


 敢えて防具を外し、肌の露出をする事で敵を誘惑するのがカナリアの戦術だ。

 実際それで優秀な成績を収めている、何とまあ男子生徒の情けないこと。

 どの先方でも他と同じく動きを最適化し最善の手を打つ事が強さの秘訣だが、カナリアの場合はどれだけ自分の体を艶めかしく相手に見せるかも重要であるらしい。

 身体の曲線とか、柔らかさとか、自分の立ち振る舞いも結構気にしている。

 まあフィオナやノイエラやアキレス等のお年頃お姉さんに囲まれた俺から見ると、何だこのマセガキはと思うが……ちょっと将来に期待するところもある。

 そんな戦法を使うだけの美貌(こと)はあるからだ。



「やだー、そんな事言わないでどこか行こうよ?」

「そういう訳にもいかないの。もう教室の外で待っているだろうから」


 カナリアは俺の腕に自分の両手を絡ませてくる。

 その際コートの前を開けて俺の手をコートの中にすっぽりと入れてしまう、動く度に彼女の肌に手が触れるが、そういうのに俺が弱い事を彼女は知っているのだろう。

 当然俺は赤面するしもっとその肌に触りたいとも思う、そういう隙を狙って戦う彼女には人の感情の変化が見て取れるのだろう。

 特に、誘惑されているかしていないかを読むのはかなり得意そうだ。

 ……褒める点として挙げられないのが残念である。


「私、シャロルに…相手して欲しかったんだけどなあ……」

「その内相手するよ。じゃあまた明日…」


 ちょっとお腹を擦ってから手を後ろに回してカナリアの身体をきゅっと抱き締めた、どこもかしこも女の子の体は柔らかいなあとどうでもいい感心を抱き、カナリアに別れを告げて講義室から外に出た。

 廊下には身分の良い子達の従者達が何人か立っているが、その端で距離を置くように立っているアキレスがいた。

 俺が嫌われているのだ、彼女が嫌われるのもまた当然である。

 ただアキレスは竜魔族という純血の魔族でありながら魔族特有の肉体的特徴を持っていない。

 フィオナは少し耳が尖っているから魔族だと忌み嫌われ避難されるが、アキレスはその程度がフィオナよりも軽かった。


 まあ、それが良いという訳ではない。

 彼女はそれが理由で竜魔族から忌み子として奴隷商に売り渡されたのだ。

 本来の竜魔族は青色の髪を持ち、竜のような角、もしくは尻尾を持つらしい。

 彼女にはそれがなかったのだ。

 今となっては良い事だがそれが原因で彼女の人生は狂いに狂ってしまった。

 他人が一概に良いとは言えない話である。



「お疲れ様ですシャロル様」

「そっちもご苦労様、それじゃあ帰ろうか」

「おう!俺の三日月斧が早く戦いたいって唸ってるぜ!」


 様子を見る限りアキレスはいつも楽しそうだ。

 彼女が後ろ指をさされるとしたらこのような従者らしからぬ態度だろう。それを直そうとは特に思わないが、本人は多少意識している節が時折見られる。

 最初なんて俺に対して“ご苦労様”だからな。

 成長したものだ。

 ……最初が酷過ぎただけともいう。


「そういや、お手紙渡してくれってフィオナ様から言われたんですけど、今出した方が良いですか?」

「誰からの手紙?」

「えっと……リセリア・ヴィンランドノート様から、ですね」

「急用だと困るから今読むよ。封筒開けて貰える?」


 了解!と大きく返事するアキレスは十得ナイフのようなもので封筒を切り、ついでに中身の手紙の少し切るポカをかます。

 アキレスの頭を叩いてから怒る言葉もくれず中の手紙を拝見した。


 その内容は、これからの戦いに必要な仲間を揃え終えた事の通知、その者達の名前、そして最後に召集の知らせである。

 これからの戦いというのは間違いなく公爵の座を狙う戦いだろう。

 そう断言したという事は彼女に勝機が見えたということである、そして彼女は動き始めようとしている……という訳だ。



 手紙を読みながら学校を出て借りている家の近くに差し掛かると、良い体格と一目で分かる名馬がいた。

 上には大きな体を持つ、革の防具を着た巨漢がいる。

 人とは思えない馬鹿でかい図体をしているその男にアキレスも俺も目を疑ったが、男はこちらの様子に気付いて馬を動かしこちらを向いた。


 髭の似合う、腕っぷしの強そうな武人だ。

 その腕、その胸筋、どこを見ても強そうとしか思えない。



「…その髪色、もしや其方(そなた)がシャロル・アストリッヒか?」

「あ、えと…………貴方は?」


 困惑する俺を前にして男はドンと胸を叩く。

 高らかに笑い、男は答えた。


「其方と同じ君主に付き従う騎士、“乱光包(みだれみつかね)”である!

 ……召集を掛けられ、共に戦場を駆ける騎士の顔を一目見ようと我慢できなくなってしもうてな。

 相棒に跨り、ついここまで来てしもうたわい!」


 高笑いし、男は馬から降りて地に脚を付ける。

 それでもその体は二メートルを越えるかと言わんばかりの大きさであった。



「其方の腕が見たいのだ。剣を抜き、ワシと一戦してみぬか?」


 男はそう言って剣を引き抜く。

 ―――返す言葉は決まっていた。


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