04.プライド
毎日淡々とした生活を送って、いつの間にか半年が過ぎた。
セイスとルワードが五歳になり、私だけが一歳離れてしまう十二月。
私の誕生日はどうやら十二月二十四日らしいので、その日まではルワードに年上面されたり、妙に絡まれたりする。
その度にセイスやフィオナが間に入ってしつこいルワードを止めてくれる。
子供らしいのは結構だが迷惑を被りたくはない。
何なんだアレ。
まさかこっちの世界でもお前の母さんデベソなんて言葉があるとは思わなかった。
というか俺の母さんはお前の母さんでもあるだろうが。
俺の中で、ルワードの株は墜落しっ放しだ。
苛立ちを隠せない俺は大きな溜息をついた。
半年前から始めた剣術も勉学もあまり身に付かない日々が続いている。
勉学の方は元々進んでいるから問題はないけれど剣術の方は問題だ。
勉強のできない金髪DQNのルワードに負けている。
とても悔しい。
しかしそれらに反比例するかのように魔法の腕は上がっていて、魔力の最大値も伸びしろは悪くなっているが徐々に増えている。
魔力の鍛練は魔法を発動して魔力を消費するだけでいいので楽だ。
剣も振っているだけで腕が上がればいいのにと思う。
風呂に入って汚れと汗を流し全身の疲れを和らげる。
やっぱり風呂は格別だ。
ルワードとの接触はないし、勉強の必要もないし、自分の考えている事に集中できる。
一時間くらい入ってても構わないと思っている。
まあ…家の規定時間があるから一時間も入っている訳にはいかないけど。
「シャロル様、よろしいですか?」
「どうぞー」
風呂場の外からフィオナの声が聞こえる。
使用人の仕事は風呂の中にまで及ぶらしい。
童貞だった俺にはフィオナとの混浴は刺激が強すぎるので前までは拒否ばかりしていたが、最近はようやく慣れてきた。
というか慣れる必要があった。
母上は俺と一緒に入る風呂が大好きだからだ。
母上はフィオナと仲が良いらしい。
私の胸も揉んでいいのよと言われてしまって恥ずかしかった。
フィオナが母上に揉まれた事を言ったらしい。
もう当分の間フィオナにお触りする事は控えるつもりだ。
実の母親からそんな言葉を言われるなんて黒歴史になりかねない。
俺の感覚で母上はお母さんというよりお姉さんといった感覚だから尚更恥ずかしい。
……でもこれは当然の報いなので今後の教訓として受け入れる。
「失礼致します。髪のお手入れをさせて頂いてもよろしいですか?」
「うん、お願いするよ」
もう既に一度髪を洗っているが、フィオナの洗い方はされていて心地いい洗い方なので何度されても悪い気はしない。
髪を洗ってからはバスタオルを巻いたフィオナが風呂の中に入り、俺もバスタオルを受け取る。
見るのも恥ずかしいし見られるのも恥ずかしい。
……いや、見てもいいがどうしても赤面してしまうのだ。
その様子を面白がられたのか、結構頻繁に母上からお風呂のお誘いがある。
あの人はバスタオルをしてくれないから一緒に入るのは一ヶ月に一回程度に留め、極力減らすように心掛けている。
母上は色々と触ってくるからな。
えろい。
……し、しかし俺も美人に触られるのは嫌いじゃない。
変態はお互い様だ。
「布を巻くのは手間も掛かりますが……窮屈ではありませんか?」
バスタオルを巻いたフィオナはそんな事を言った。
この世界では風呂の中で布を巻く習慣はない。
混浴って言葉もないし、風呂自体が珍しいのだそうだ。
普通の庶民が風呂を使う場合は五右衛門風呂のようなもので、元々二人で入れる余裕がないらしい。
この家は母上が風呂好きなので足を伸ばせる大きさまで広く作ったようだ。
木製の床に木製の湯船。
すべってコケそうになるので出来れば改装して頂きたい。
「億劫だけど恥ずかしいんだ」
「恥ずかしい……ですか?」
「フィオナは男性の裸を見ると自分が恥ずかしくならない?」
「えっ…あっ、あのっ……分かりません……」
うおおおっ。
……おっと、思わず鼻息を荒くしてしまった。
でも想像はしてくれたみたいで、ちょっとだけ顔を赤くしている。
無垢な女の子だなあ。
「今のフィオナみたいにドキドキする感覚になっちゃうからちょっと嫌なんだ」
「……シュラ様と一緒の時は恥ずかしくないのですか?」
シュラ様とは母親の事だ。
シュラザード・アストリッヒ。
家族も使用人も名前を呼ぶ時はシュラと呼んでいる場合が多い。
「母上といる時も恥ずかしいよ。でも断りにくいし、強要もできないじゃない?」
「そういうものでしょうか…」
「フィオナの事を嫌っている訳じゃないよ?私は母上と同じくらい、あるいはそれ以上にフィオナの事が好きだからね」
「いえそんなっ…!勿体無いお言葉です!」
これは嘘ではなく本心だ。
誰よりも長い間近くにいてくれたフィオナの事が一番好きで、その次に母親や父親が入ってくる。
セイスやルワードは父上や母上しか見えていないが単に考え方の違いだろう。
兄達にとって使用人は使用人でしかないのだ。
生活を手助けしてくれる存在、スポーツでいう審判のようなもので自分には絶対に必要だが存在して当然だと思っている。
当然と思っているからこそ感謝する心が生まれないのだ。
俺はちゃんとフィオナに感謝する心を抱いている。
もう少しで恋心になりそうなくらい大きな気持ちを抱いている。
これは正しく愛だ。
センチメンタリズムな運命を感じずにはいられないな。
好きと言われたフィオナは照れながら俺の髪を手入れしてくれる。
嬉しかったみたいだ。
できれば俺も好きだよとか囁かれてみたいものだけど性別の壁は厚いのかもしれない。
畜生。
「そういえば、フィオナはどうしてメイドになったの?」
「経緯ですか?……十歳になった頃、エルフの国を離れてニューギスト公国に根を下ろそうと仕事を探していたんです。
その頃は人種差別が酷かったので良い仕事に就く事ができなかったのですが……丁度都合良く、運命のようにシュラ様に出会ったのです」
人種差別。
やはりどんな環境でも人種というものがあれば争いは起こるようだ。
フィオナ本人から聞く事は避けるが多分エルフ全体が差別の対象にされていたのだろう。
しかし出会いを運命と例えるのか。
差別されている場所で優しくされたら女神に見えるかもしれないし、運命と思うのも無理ないのかもしれない。
俺もフィオナと出会ったのは運命だと思っている。
とはいえこれは口説き文句みたいなものなのでフィオナの感覚とはまるで違うが。
「あっ勿論シャロル様と出会ったのも運命だと思っていますし、お仕えできて幸せとも感じております。
私もシェラ様と同じくらい、シャロル様が大好きです」
「別にそう言ってほしくて強要した訳じゃないよ。フィオナにとって母上が一番、父上が二番、私が三番くらいが丁度いい」
「……」
正直に言えば一番が良いけど、母上がいなかったら俺との出会いはなかったのだから一番は母上であるべきだ。
その母上を射止めた父上を二番目に挟み、三番目に俺を持ってくるくらいが丁度良いと思う。
人間、好きな物を三つ聞かれた時に三番目に答える物は本当に欲しい物だと聞く。
だから私は三番目で良い。
フィオナが近くにいてくれるのなら拘る必要はない。
そう思い自分で納得していると後ろから手を回されて抱き締められた。
背中にゆったりとした重さの、柔らかい物が乗せられている。
母上のより小さいが女の子にしかないもの。
その胸は豊満であった。
「えとえと…なななん、なんっでしょうかフィオナさん?」
「私はシェラ様とシャロル様の二択に迫られたらシャロル様を選びます。使用人としてではなく、真にシャロル様が好きだからです」
フィオナの吐息が聞こえる。
耳に息がかかる。
触れる肌と肌が俺の体温を上がり心臓の鼓動を加速させていく。
フィオナの腕や指が動き全身が火照りながらくすぐったくなる感触、お腹の中がキュゥっとなって思いっ切りフィオナを抱き締めたくなる感覚。
女でなければ。
俺が女でなければもう大変な事になっていた事は間違いない。
「フィオナ……その、あの……」
「……?どうかしましたか?」
「む……む……」
火照った体が限界を叫んでいた。
抱き締めてくれていたその腕を払い、顔真っ赤になりながら俺は叫ぶ。
「ムラムラするからやめて下さいッ!」
言った。
そのまま逃げるように風呂場から退散しようとしたが、俺の叫びを聞きつけた母上が俺を捕まえて一緒に入る事になってしまった。
母上と入っているとフィオナの行為なんて別に何ともないかのように思えてくる。
多分、年齢とか視覚的な好みとかのせいでムラムラしてしまうんだろう。
最初は興奮もしたが、今では母上の全裸を見ても何とも思わないからな。
……普通、母親に興奮する方がおかしいんだろうけど。
今度機会があったらちゃんとフィオナには謝っておこう。
湯船の中で母上に揉みくちゃにされた俺はそう思った。
――――――――――
さて。
そんなえろえろしい話は置いておこう。
というか、この家では男らしい事ばかりが行われていて女々しいイベントは滅多にやってくるものではない。
朝と昼に剣術指導、夜は勉強と剣術の予習。
兄のセイスはそれに加えて数学の勉強を、私は魔法学の勉強を加えている。
小学校に入る年齢でないにも関わらず算数を越えて数学に手を付けるセイスは常識外の天才眼鏡だ。
私がいなければ間違いなくこの家で一番賢い子供になっていただろう。
化け物クラスが二人でロバートには立つ瀬がない。
あ、ルワードだった。
最近は怪しまれるのも嫌なのでセイスよりも頭が悪いように振る舞う事にしている。
セイスは面目を取り戻し安心感に浸っていたようだったが、同時に俺という目標がいなくなったせいか勉強のスピードがガクッと下がった。
……セイスは勉強速度が異様なまでに早かったから普通に戻ったと思えばいい。
どこへ行っても成績優秀な生徒になるだろう。
「今日は素振り五十回、早く終わった者は走り込みだ。昼も同じ様に行う」
「分かりました」
「あー……シャロル。お前は百回だ、いいか?」
「……分かりました」
セイス、ルワードと俺の三人で剣術指導を受けていた。
正確には学校で剣術指導を受けるための前準備といった感じだが、内容は結構ハードで次の日に筋肉痛を起こす事も少なくなかった。
俺が前世の姿でやっても辛い事を四歳の体でやらされているのだから大変に決まっている。
しかも俺だけ差別されているかのように練習量が多い。
セイスは可哀想な目で俺を見て、ルワードは可哀想な俺を見て笑う。
おいルワードこの野郎。
「シャロル。ルワードよりも自分の事を気に掛けなさい」
「心配要りません父上、ルワードが私より先にくたばりそうなので嘲笑っていただけですから」
「お前は兄に向かって良い度胸してるな!」
「シャロル、ルワード。静かにして」
セイスが俺とルワードを言葉で止める。
彼が止めなくてもこの喧嘩は口喧嘩で終わる些細な事だ。
剣を振り終わるまで、振り終わっても指導時間が終わるまでは走り込みがあるので喧嘩に回す余力なんてどこにもない。
もし剣を振るのを途中で止めたら父上に怒られる。
叱られるではなく、怒られる。
強さの度合いが違う。
一番怖い父親の姿がそこにある。
「シャロル……口が悪いな。三十回増やす」
「父上!?」
「はっはは!ざまーみろクソ妹が!」
「ルワード。お前も数を増やしてもいいんだぞ?」
「……へーい」
おかしい。
今のは当然ルワードも回数を増やすべきだっただろう。
喧嘩両成敗なんて言葉はなく、父上は基本的に俺ばかりを悪者に仕立て上げようとしている気がしてならない。
同姓ではないから家族愛が薄いのだろうか。
末っ子だからか。
よく母上もこのような男を選んだなと内心呆れてしまう。
素振りの数は二百でも問題はない……はずだ。
多少筋力も付いてきているし、素振りは前世の剣道の授業中に教わった効率の良い方法の通りにやっていれば他の二人よりも早く振る事ができる。
効率の良いやり方といっても、力を入れるタイミング程度の話だ。
スピードが二倍になる訳ではないので生真面目なセイスよりも先に素振りが終わる事は絶対にない。
「父上、終わったので走ってきます」
最初に素振りを終えるのはセイスだ。
後は指導時間が終わるまで適当な速さで走り込みを行うだけ。
俺はまだ回数が残っていて、ルワードもまだ数十回残っている。
ルワードは指導時間が終わるまでは素振りを終えても走り込むだけなので、素振りをする速度を遅くして走り込む時間を極力減らしている。
どう見ても手を抜いているのが明白な素振りなのに父上は何も言わない。
父上は俺の事以外は適当に面倒を見ている気がする。
正直いってウザったい。
娘が父親をウザったく思う感覚だ。
でもそれを口にする訳にはいかない。
何となく、この親には負けたくないのだ。
いつか剣技で圧倒してやりたい。
父上の得意な剣技でボコボコにしてやりたい。
「シャロル、顔がたるんでるな。三十回増やす」
「はっはは!ざまあ!ざまあ!」
「……ルワード、お前も十回増やす」
……これは虐待だと思うんですが。
シャロルのせいだシャロルのせいだとルワードは呪文のように呟きながら残りの素振りを行い、終わったら俺に挑発するように中指を立ててセイスの方に行ってしまった。
中指立てるの、こっちの世界でもあるんですね。
ルワードこの野郎。
食事の時間に入るとセイスとルワードは走り込みを終えて家の中へと戻って行った。
俺はまだ素振りのままだ。
父上は食事を取らないで素振りの様子を見ているから手を抜く事はできないし、回数をチョロまかす事もできない。
この人は俺の素振り回数を数えているのだ。
ルワードは確実にチョロまかしているのを知っているのに無視している。
くそ……っ。
父親に怒るべきなのは分かってるんだけど、怒ると回数増やされるから取り敢えずルワードに心の中で八つ当たりだ。
……ルワードに八つ当たりしても回数が増えるから心の中だけだ。
でもルワードも巻き沿いに出来るから八つ当たりする時もある。
人よりも多く鍛練しているだけあって実力も着実に上がっている。
セイスやルワードに差を付けて成長できそうだ。
良い事ではあるのだが、その過程の感想は何も言わないでおこう。
「終わりました」
「ああ。じゃあ食事だな」
「………残しておいてもらってもいいですか?」
「食事処にある限り時間は厳守する。自室に持って行き、好きな時に食べるといい」
「…はい」
この父親は一体何が気に食わないのだろう。
俺の何が。
この家の子供の中では一番頭も良いし、剣の腕は悪いけれど素振りの速さは一番速いし、礼儀だってセイスと同じくらい良いはずだ。
セイスよりも良いかもしれない。
じゃあ一体何が問題だというのか。
分からない。
父上が俺の元を去ってから、遠目で見ていたフィオナが小走りで駆け寄ってきて俺の心配をしてくれた。
俺はタオルを要求し、彼女に額の汗を拭いてもらう。
「……凄い汗ですが大丈夫ですか?」
「うん、いいよ。いいから」
「何が……いいのですか?」
心配そうに顔を見詰めてくれる彼女がいるだけで俺はまだ頑張れる。
心配してくれる女の子の存在は本人が思うよりも大きなものだ。
「食事、自室に運んでおいて」
口で息をしているから喋る余力はない。
彼女からタオルを半ば奪う形でもらい身体全体を拭かせてもらう。
フィオナは小さく分かりましたと頷いて小走りで家の方へと走っていった。
……。
グラリと石が動くかのように身体を動かし、家からゆっくりと離れて休息を行う。
腕は疲れているが脚は……いや疲れているな。
歩くのが億劫と思う程度で、腕よりは深刻ではない。
腕の方はもう上げたくないと思うほど疲れている。
まるで俺の腕じゃないみたいだ。
腕を外して重りを付けているような感覚とでもいえばいいのだろうか。
――さて。
俺は枯れ木の沢山ある広場まで移動し、今日やるべきだった物を思い出す。
剣の練習、概ね良し。
走り込みは出来なかったから余裕がある時にでもやるとしよう。
どうせゲームや漫画がない世界だから時間は沢山ある。
それでは―――魔法の練習だ。
土撃、水撃、雷撃、炎撃、風撃、どれもこれも毎日欠かさず練習を続けて魔力量は壮大に膨らんでいた。
どうやら俺は魔術の才能があるらしい。
そう気付いたのは冒険物の空想小説を読んだ時だ。
フィオナに文字の勉強がしたいからと本を両親から借りてもらい、分からない単語を教えて貰ったりするために読んでいたのだが、その冒険物の空想小説は強すぎる剣士と強すぎる魔術師の話だと言われてようやく自分の才覚に気付いた。
小説の中に出てくる強すぎる魔術師が別に強くないのである。
いや、テクニックや魔法の詠唱を含めるなら小説の中の強すぎる魔術師は確かに強いのだが、魔力総量だけは俺の方がかなり高い。
詠唱とは威力や照準を安定させるために使用する事もあるが、基本的には魔力を節約するために使うものであって絶対に必要なものではない。
しかし、この小説内には詠唱している描写がある。
無詠唱は才能によって使えるか使えないかが決まるらしいが、この登場人物が使えないという事はないだろう。
強すぎる魔術師って書いてあるし。
……小説の展開的に詠唱する方が盛り上がるのは間違いないが、強さを示すのであればこの表現は不要だと思う。
まあ無詠唱のメリットというのは意外と少ないようなので、無理に使う必要はない。
発動速度の初動もあんまり変わらないみたいだし。
「……今日も始めますか」
手を合わせて魔力を地面に練り込む。
魔力総量を増やすには毎日魔力を使う事が必須なのは経験で分かっているので欠かさず毎日使っている。
ただ最近は総量が多すぎて使い切るのに時間が掛かる。
最近の目標はどれだけ手際悪く魔力を消費し過ぎる魔法を使えるかが鍵になってきてしまい、練習も変な方向に向かいつつある。
今日は土で人形を作り、その人形を連続で再構成し続ける事でまるで動いているかのように見せる練習だ。
多分何の役にも立たない。
地面に魔力を送るのに慣れる程度だろう。
手を地面について手から魔力を垂れ流して土人形を作る。
更新スピードは一秒に一回。
手を放して足から靴を通して地面へ魔力を送り込む場合は二秒に一回の更新が限度になり、小学生のパラパラ漫画より酷い駄作が完成する。
……もし使うとすれば分身の術みたいな感じで使いたいからなあ。
手を地面につけずに分身を作れればベストなんだけど。
「……何でも効率を悪くすれば良いって訳じゃないんだよな…」
痛感させられる。
効率の良い方法で魔力を最短で捻じ込み、コストパフォーマンスを無視した利便性のある魔法を使うのが今の俺の目標だ。
構成、分解、再構成、分解、再構成、分解。
まあこの魔法は魔力の消費は多いので魔力総量を上げるだけの魔法と考えるならなかなか良い物かもしれない。
「ちょっと強い魔法も使ってみるか…」
魔法にはランクがある。
初級、中級、上級、最上級、神級だ。
人間が使えるのは上級までと言われており、俺は今まで初級魔法ばかりを使ってきた。
中級以上は扱うのが難しいからである。
風撃の中級魔法を試してみる。
発動するのは大風玉という魔法だ。
風の玉を作って投擲する魔法である。
手の平の上にボール状に風を纏めようとすると上手く収まらず、青い光を帯びながら手首の皮膚をガリガリと削り始めた。
赤い液体が服に掛かり、すぐに魔法を諦めて風を放出する。
続ければ腕を持って行かれそうになる。
中級以上の魔法はいつもこんな感じで発動が難しく命の危険があった。
しばらくは初級魔法の練習のみで良いだろう。
自分の魔法で命を落とすのはそう珍しくないようなので心配にもなる。
そう気軽に練習できないのも痛い。
魔力量があっても強い魔法が使えないんじゃ意味がないな。
初級魔法に多くの魔力量を詰め込んで発動する事で威力を底上げする方法もあるのだが流石に限度がある。
初級、中級というのは魔力を込める受け皿のようなもので、ランクが高い方が魔力を詰め込みやすい。
初級魔法の受け皿の限界まで魔力を詰め込んで発動した魔法の威力は普通の中級魔法と大差ないらしい。
命を大事にするなら別に初級魔法だけを使って戦うのもアリだろう。
俺には剣もあるからな。
「シャロル様ー!どこにいらっしゃるのですかー?」
遠くからフィオナの声が聞こえる。
フィオナが来る前に魔力を空にしておきたかったけれど今日は諦めるとしよう。
かくれんぼをしてもどうせ負けるのは俺だ。
「シャロル様!……またかくれんぼですか?」
「ちょっと休憩したくてね。家の方向には向かいたくなかったし」
俺は紛れもない自分の本心を明かす。
父上が嫌いだ。
絶対に抗えない存在、家族を支える柱。
口答えしても得をする相手ではないし、父上を敵に回せば母上やセイスを敵に回しかねない。
お前の教育がなってないから口答えするのだと、私を除け者にしてフィオナにとばっちりが飛ぶ可能性だってある。
それは、それだけは、絶対に嫌だ。
「主人様の事ですね……シュラ様に相談されてはいかがですか?」
「……負けた気がするから嫌だ」
「負けた気…ですか?」
「根を上げたみたいじゃないか。そういうのはもう、したくないんだ」
根を上げるばかりの人生なんてもう懲り懲りだ。
努力しないで楽な方向に進んで良い事なんて何もなかった。
……いや、少しはあったけどさ。
大抵良からぬ方向へと向かう。
父上に負けたくないと思う気持ちはどこから湧いて出ているのだろうか。
俺は負けず嫌いな訳じゃないし、母上に相談すれば何とか良い方向に解決口を見付けてくれそうだけど、そうしたくないと思うのは一体何なんだろう。
―――プライド、だろうか。
負けたくないと思うだけのちゃっちいプライド。
確かにある気がする。
俺が前世で捨て切ったもののはずなのに。
自分の価値を維持したいという願望そのもの、アストリッヒ家の子供の中で誰よりも優れた人になりたいと思う心。
自分が気付かぬ間に変なプライドが出来ていたみたいだ。
ずっとこの気持ちが続けば良いのだが…。
「……シャロル様、帰りましょう。主人様が嫌いでも、あの家は貴女の戻るべき場所なんですから」
「分かってるよ。帰る帰る!かえりまーす!」
フィオナの聞きたくない台詞を聞き流して俺は帰路を辿る。
……いつかあの父親を完膚なきまでに倒す。
ちょっとした目標を胸に抱いてとっとと帰る事にする。
俺の為に用意された昼飯がそこにある。
ニートだった俺にはそれだけで充分過ぎるくらいの帰宅理由になるのだった。




