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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
37/50

35.対戦

※12/18 全レイアウト編集終了しました。


 俺達が再度構え直した事に父上母上、剣聖までもが驚いていた。

 それほどまでに自信があった技なのだろうと思うと、俺達の実力もそれなりにあるのだと余裕が生まれてくる。

 ……こちらのチームにはまだ息がある。

 前衛は俺とレベッカ、後衛はポワルだ。


「しゃ……シャロル様……私も、まだ……行けます」

「フィオナ!」

「降魔術も一応、勉強はしていましたから何とか。

 膝付きであれば、まだ射れます」


 息は切れ切れだがフィオナも戦えそうだ。

 こうなってくると戦闘に参加できないのはレベッカだろうか。

 前衛で戦えるほどの力はもう残っていないように見える。

 見た感じでは不動なのだが、腕の力は薙刀に込められ、その薙刀は自身の体を支える棒のようになってしまっているのが分かった。

 直接的な戦いはまだ始まっていないのにこの様だ。

 どうしたものか。

 一応、お互いが持っている武器は当然模擬剣だから命までは取られないだろうが……。



『心配する事は無いさ。こちらには最上位精霊が三人もいる』

『ケッ!面白くねえ奴がいやがる…』


 氷聖スウィストハートに……神炎イフリートまでいる。

 そうかフィオナはイフリートを呼び出せたから王波に対策できたのか、とはいえ万全な状態ではないようだから無理も期待も出来ない。

 降魔術の力に頼るとしても剣聖の力は未知数、勝ち目があるかも分からない。


『私に合わせるんだよ、イフリート』

『俺に合わせろ!お前もだ、レグナクロックス!』

『……』

「合わせるぞ」


 父上が剣を振り下ろす。

 それを合図にスウィフトハートは手の平に水と氷の複合体を作り敵に投げ付けた、それに合わせてイフリートが全身から纏っている炎を放出する。

 炎は氷の玉の軌道を追い、空中で氷の玉が破裂する。

 破裂したそれらは全てイフリートの炎によって蒸発し水蒸気となって辺り一面霧になった。

 スモークだ。


 相手の視界を悪くさせてからイフリートとスウィフトハートは地表を這い寄るように敵へと近付き、獣のように相手に喰らい付く。

 相手は剣聖だ。

 どうやらあの二人は剣聖を潰すつもりらしい。

 咄嗟の奇襲にも関わらず剣聖は冷静に刀を抜き、スウィフトハートの攻撃を軽く躱して、その刀身をイフリートの体に当てた。

 いや、当たっていない?


 俺の目には、その刀身はイフリートの体に当たる前にイフリートの身体が飛んで行ったように見えた。

 スウィフトハートは相方がいなくなったのを見て一度ポワルの場所まで戻り、イフリートはぶっ倒れた体を持ち上げて埃を払う。


 ……合わせられなかったな。

 急に二人が突撃して、その内の一人が攻撃されてすぐに退却してきた。

 端的にいえばそんな感じで、何か攻撃を合わせられるほどの時間も余裕も無かったと思う。


 困惑する二人に剣聖は歩み寄った。

 遠くにいるはずなのに存在感がヒシヒシと伝わってくる。

 ……自然と足が後ろに下がってしまうほどの威圧感だ。



「お前らは一体、何を目指している」


 剣聖はゆっくりと歩み寄ってくる。

 参ったな。

 父上を相手にできる余裕がどこにもない……っ!


『シャロル君、あれは本当に……人なのかい?』


 スウィフトハートは自分の手の平に氷の玉を作りながら俺に話し掛けて来た、その隣を一陣の風が通り過ぎる。

 イフリートの熱風だ。

 どうやら特攻を仕掛けるつもりらしい、勝利への算段も何も無く、ただ我武者羅に突っ切る姿は正に蛮勇と言ったところか。


 だがそれでも、剣聖に勝てる未来が俺達には見えてこない。

 イフリートの瞳には自分の勝利が見えていたのだろうか。

 それとも……。



『あれから、魔力の類は感じないな。

 ……魔力とは、神が存命不定の人間に与えた万物の力。

 それによって人間は生き長らえ、後世に…良くも悪くも影響を与えた』

「……えっと、勇者の血筋を引く者は魔力とは違う“何か”を使って戦うらしい」

『あのね、神から生を授かった時点で全ての生物には魔力が備わっているんだ。

 個人差によって上手く引き出せないだけで例外は無い。

 だが彼はどうだ?』


 そうか……スウィフトハートはレミエル・ウィーニアスと同じ、人の魔力を見通す力がある。

 彼女には見えているんだ。


『神の寵愛を受けず見放された、人非ざる者……そんなところかな』



 スウィフトハートはイフリートの後を追って突撃した。

 イフリートは剣聖と戦う為に炎で剣を作り出し怒声を上げて振り下ろした。

 剣と剣が重なる聞いた事も無い重音が辺りに響き、俺達はそれをただひたすら見守っていた。

 イフリートの重い一撃に対して剣聖は細かく刀を揺れ動かす、残像すら残さず剣の軌道はイフリートの剣を逸らし、時に体を貫き、肉を引き裂いた。

 イフリートの体は人間のそれではない、削ぎ落とされた肉のような何かは魔力のように消滅して空気に紛れて消えて行く。

 瞬きする毎にイフリートの体は薄れ行く。

 もう、空前の灯だ。


 相手からの剣の攻撃を受けつつ、相手の腹に刀を突き刺し、イフリートの攻撃を移動しながら刀で逸らし、腹に一閃、振り上げてイフリートの左腕を肩から捥ぎ取って行く。

 魔力で刀を強化しているわけでもないのに何故そこまで力が出るのだろうか。

 あれは本当にゴムで出来た剣なのか?

 これは本当に模擬戦なのか?



 霧状になって消滅していくイフリートの体を突っ切ってスウィフトハートが剣聖に攻撃を振りかざす。

 スウィフトハートの持っている武器もまた剣だ。

 ピクリと眉間を動かす剣聖ではあったが、何とも言わず敵を斬り伏せた。


 武器の当たった場所は見えなかったが、まるで背中から重圧を掛けられたようにスウィフトハートの体は前のめりになって倒れ、剣聖は鳴らすように刀を小さく二振りしてから鞘にしまう。

 その動作は、血を振るい落とすかのような動作だった。


 上位精霊を切っても血は出ないし、ましてやゴム剣で人は斬れないのだが、その動きに誰も不自然さは感じなかった。

 様になっていたからだろう。

 きっと人を斬った経験があるに違いない。



「冒険者になるつもりの者も少なくないようだが……迷いが大半、か。

 シャロル・アストリッヒ、お前は……騎士になるんだったか?」

「そうだ。私は竜を倒し、騎士になる」

「竜を倒す?―――詰まらん。それではただの親の偶像だ」

「何?」

「先人の道をただ辿るだけでは何も得られん。

 強さを求めても、師と同じ方法では師を越える事は無い。

 お前がこれから目指した先にある物を掴み、それを父親にかざした所でお前が父親を越えられるはずもない。

 例えそこで勝利を得たとしても、それは若さと老いによる結果だ。

 全盛期のブレイクストールには及ぶ事は無い」

「……父上を高く買っているんですね」

「当然だ。対峙すれば、身を持って理解するだろう」


 剣聖と交代して父上が歩み寄って来た。

 ようやく、対決か。

 あの様子だと剣聖は俺達の戦いに水を差すつもりはないらしい。

 好都合だ。



「……ふう。シャロル、さっきの表情を見て感じた事がある。

 お前は、波動を見て尚戦意ある眼をしていたな。あれは何故だ?」

「何となく、軌道が分かったからですよ。

 発動条件、威力、速度と攻撃範囲。それだけ分かればどうとでもなります」

「そうか。―――やはりお前には、足りない物が多すぎる」


 カチャン、と父上は音を鳴らして剣を引き抜いて構えた。

 その構えはトウヤマキバと初めて戦った時と同じ、トウヤマキバの構え。

 何をしようとしているか。

 考えずとも、何度も見ているその構えから何が起こるかは脳裏に浮かんだ。

 前方に波動を発する『魔王波』―――。


 父上はその技名を叫ぶ事なく波動の様な気を発してきた、薄らと見える波動を読み取ったレグナクロックスは俺の前に出てその波動を防ごうとした。

 ……だがレグナクロックスはその衝撃に不穏な物を感じていた。

 トウヤマキバと対峙した時に魔王波を防いでいるのはシャロルではなくレグナクロックスだ。

 故に、些細な違いに気付くとしたら俺ではなくレグナクロックスの方だった。


 “これは魔王波ではない”。


 それに勘付いたレグナクロックスは俺の体を右腕で抱え込んで波動の方へと高く跳んだ。

 一瞬の事で何が何やら分からない。

 俺に分かったのは、レグナクロックスが俺を抱えながら敵の攻撃に突っ込んでいった事のみだった。

 レグナクロックスは魔王波のような衝撃波を物怖じせず飛び込んで掻き消し、すぐさま振り向いて敵に背を向けた。


 …否。

 父上は、俺達がいたはずの場所に立っていた。

 見えない軌道で俺のいた場所まで辿り着いていたのだ。


 あれは魔王波ではなく、幻影を見せる(とばり)だった。

 波動に見せかけた魔力の(もや)を放ち、それを魔王波だと錯覚した俺達が防御しようとした所を叩きに来たのだろう。

 一応、父上に奇襲されても対処する事は充分可能だった。

 だが不利な空気へと変えられていたに違いない。


 守りよりも攻めに徹した方が有利だからだ。

 それは単純に攻撃側がプレッシャーを与えながら緩急付ける事ができるからである。

 守りは攻めに忠実に対処しなければならず、隙を狙って攻め側に転じる必要がある。

 無論例外はあるが、戦いは攻撃に回らなければ勝利を得られない。


 父上は勝利の起点を作りに来ていた。

 それだけで、父上のやる気が伺える。


『…奇妙な技だ』

「レグナクロックス……喋れるのか?」

『ああ。神託を受け、口を開く事をしばらく前に許された。

 お前の手助けも存分に出来よう。心配せずともアレは人だ。

 我等にも充分、勝機がある』

「よく言うよ……お前の言葉、信じたからな」

『―――()い。その意気込み…忘れるな』



 レグナクロックスは右脚を地面に叩き付け敵味方から注目を寄せた。

 右腕に持つ剣を高々と掲げて光の魔力を蓄え始める、それに合わせてポワルとフィオナが遠距離攻撃を構えた。

 レグナクロックスの足音によってハッと正気に返った、という感じではあるが。


「……お前らの相手は俺だ。その矢先、剣先、俺に向けろ」


 正気に戻った所でポワルもフィオナも剣聖の的だ。

 ブレイクストール・アストリッヒと戦う事を許されていない彼女達の相手は無敗の男“剣聖”である。

 空気が変わってもそれは不変だった。

 この時の彼女達は顔を真っ青にしていたらしいが、俺がその事実を知るのは数日後の事である。



「レグナクロックス、行けるか?」

『投げる問いは選べ。聞かずともお前は行くだろう、戦うだろう。

 勝てるかと問うたとして、我が負けると答えたとしてもお前は戦いに向かうだろう』

「……負けられないからな」

『敗北せぬ事が強さではない。敗北を越え、立ち上がる者こそ強者となる』

「ああ、そりゃ…」


 一体、誰に向かって言っているんだろうな。



 俺は音が肉の締まる音が鳴るほど剣をきつく握り締め、最初の一歩を踏み出した。

 肉体強化に移動力向上、補助魔法を掛けて自身のギアを一段階上げて低空する鳥のように父上の元まで加速した。

 俺の強さの根本にあるのは勢いのようなものだ、敵の出方を伺ってそれを潰すようでは勝てる試合も勝てやしない。

 こちらの実力もあちらの実力も両者共に把握し切れていない今だからこそ俺の方が有利なのである。


 レグナクロックスの幻影と俺の持つ剣が重なり薄らと輝き始める剣に自身の勝利を願う。

 それに対抗する父上の技は……。

 また、あの構えだ。

 魔王波。

 しかも今度は、気配が違う……?


「レグナ!?」

『下がれ!』


 レグナクロックスの忠告を聞いた俺は父上の元に降り立つ前に魔法を使って強引に着地し、数歩下がって様子を見ようとした。

 すると、何かに足が引っ掛かった。

 見えない何か―――。

 ああ、これは……光風(ライトニングウェイブ)だ。

 どうやら父上も使えたらしい。


 どさりと倒れた俺に向かって父上は魔法で駆け寄り、立ち上がろうとする俺に向けて腹を蹴ってきた。

 怯んでいる所に剣先を向けられて俺の敗北は決定してしまった。

 ……何てあっけない終わり方だ。



 大技を喰らった訳でもなく、技術の差も大した事は無かったはずだ。

 俺が使う事のできる技を工夫して使って負けただけ。

 実力の差を証明したいのか?

 それなら別でやってくれ。

 あんな強い味方がいて自分は強者気取りか、剣聖の力を真横で見て父上は大した技も使わないで、構えだけ似せて結局は小技。

 そんな―――小物だ。

 そんな奴に俺は負けた。

 悔しがる俺を見て父上は真顔だった。

 剣を収め、腕を組んで俺の事を見下ろしてくる。


「成り下がったな、お前は」

「……は?今、何て」

「成り下がったと言ったんだよ。

 お前の腕は、あの頃に比べて向上したかもしれんが、気概が感じられん。

 勝ちに拘る必死さが無い……シャロル、いつから騎士を目指し始めた?」

「少し、前ですが」

「…ふむ、違うな?どこかで夢焦がれていただろう。

 騎士が高貴な物であると、憧れを抱いていた事だろう。

 ……だが違う、奴等は騎士道などという言い訳に縋って生きているだけだ。

 戦場では勇ましく、荒れ狂う者こそが英雄。

 外道であれ、勝者のみが残る!…蛮族こそが誉れる世界だ」

「それは」

「お前が進む道を否定する気は無い。

 だがな、俺達がするのは己が血肉を賭けた戦いだ。

 そこに綺麗事などありはせんし、敗北は死を意味する。

 何の為に俺がお前をコリュードではなく公国へ送ったか分かるか?

 騎士ではなく、冒険者になってほしかったからだ」



 話の途中で俺が立ち上がろうとすると父上は額を蹴り付けてきた。

 もう一度倒れ込み、頭の奥がくらくらと揺れる。


「……まあ、学内の様子もたまに見させてもらっていたよ。

 剣士としての実力は付いたが(おご)ったな。

 学内で勝利を重ねて慢心したか?

 今のお前は、“勝てるだろう”と考えなしに思っているようにしか見えん。

 その余裕を見せ付け、相手の警戒心を引いて弱体化させる事は良いが、その逆は断じてならない」

「……」

「加えて言えば、今の俺の手は上策ではなく下策だ。

 警戒していれば避けられるし、尻込みせず上手く立ち直る事だって出来るはずだ。

 ……お前は理解していないんだよ、この俺が遥か高みにいる事を」

「言わせておけば……っ!」



 奥歯を噛み締めて立ち上がり父上の声がする方向目掛けて剣を構えた。

 レグナクロックスは既にもうどこにもいない。

 俺が一度倒れた時か、それとも頭を蹴られた時に消え去ってしまったようだった。

 それでも、俺はこのまま終われないだろう。

 馬鹿にされてこのまま終わる訳にはいかないのだ。

 この人だけには負けたくないのだ。


 俺の視界に父上が写った時、少し嬉しそうな目をしていた。

 こちらに剣の先を向けて、トウヤマキバと同じ構えを取っている。

 だが今度は逃げない。

 何を喰らおうと引くものか。


「―――『魔王波』!」











 数分ほど過ぎてから、剣聖はブリースラビットのシャロル以外の相手を全て倒してブレイクストール達の方へと戻って行った。

 ブレイクストールの前にはシャロルが剣を構えたまま立っている。

 まだやっていたのかと剣聖は眉をひそめるが様子がおかしい事に気付き、勝負の間を割って入るように更に近くへと足を運んだ。


「俺の方は見事な降魔術が見れたが、こちらはどうなった?」

「ああ、全く面白い娘だ。魔王波を喰らっても一歩すら引かず留まった。

 魔王波と“相性”が悪かったのかよく分からんが、立ったまま気を失っているがな」

「じゃあ触り放題ね?うふふ…」

「やめておけ。とにかく気絶している奴等を運ぶぞ。

 剣聖も頼まれてくれるか?」

「構わないが、ここは空気が悪い。早く帰らせろ。

 ……それと、アイツの名前を教えてくれるか?」


 剣聖はシャロルに似た髪色をした少女を指す。


「レベッカ・エーデルハウプトシュタットだ。何かあったのか?」

「……いや、弟子でも取ろうと思ってな。それだけだ」



 剣聖とブレイクストールは気絶した全員をスタジアムの控え室に運び、アキレス1人だけを起こして後は頼むと告げて街へと帰って行ってしまった。

 残されたアキレスはまず初めに主人であるシャロルを揺すって起こす。


 痛そうに頭を抱えたシャロルはボーっと控え室の天井を見続けた。

 これだけ叩かれて、傷付けられて、精神的にも肉体的にも頭を揺さ振られたのにも関わらず、俺の脳裏には色濃く騎士の文字が浮かんでいる。


 これだけされて心が折れないのは……。

 ――ただの、娘の反抗心だろうか?

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