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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
36/50

34.親子

 円卓会議後の父上と俺は合流したが剣聖がその場に来る事は無かった。

 会ってみたかったのに悲しいな。

 まあ両親には久々に会えたので良しとしよう。

 父上は奴隷購入や料理人を雇った俺の金の使い方を見てフィオナを叱り、母上はフィオナを庇いながら俺とアキレスを抱き締めてくれた。

 女の子好きだから母上は味方に付いてくれるようだ。

 母上は分かってるなあ。

 父上は母上に強く言えないようでしばらくすると説教に力が入らなくなり最終的には諦めてくれた、夫より妻のが強いのはどこの世界でも同じなのだろう。


「シャロル、随分貴女も可愛くなったのね……」

「目が怖いです母上」

「フィオナはもう十七くらいだったかしら?アキレスちゃんはいくつなの?」

「…十三です」

「怖がっているからやめなさい、大人気ないぞシュラ」

「良いじゃない別に!ねえシャロル?」


 母上は相変わらずとても綺麗で笑顔の映える女性だ。

 フィオナもアキレスも母上の事を良い人そうだと認識しているので少しくらいちょっかいを掛けられても動じる事はない。

 両親が二人共黒髪なのには心が痛むけど母上は俺の髪を綺麗だと褒めてくれる。


 ……一応、親と違う髪色なのはもう慣れたと思う。

 時期を見て色々と聞きたい事や言いたい事はあるけれど、今は言うべきじゃないだろう。

 俺が今聞くべきなのは襲撃事件に関してだけだ。



 円卓会議の内容はどうやら父上の想像を突き抜けた結果となったらしい。

 コルセット王子は確定的な証拠が無いにも関わらずゼハール家に対して注意を行ったそうで、父上は公爵とゼハール家の関係が悪化するのではないかと懸念しているという。

 一対一の場面ならゼハール家も我慢しただろうが、他の貴族達が集まっている会議の場で悪役にされかけたのだ。

 プライドの高い人間なら傷付くだろう。


 貴族というのは些細な事で立場が危うくなる可能性があるもので、今回の会議はゼハール家が地位を下げるのに充分な内容の会議となってしまった。

 母上も俺を抱き締めながら、コルセット王子の対応には問題があったと呟いていた。

 なぜ問題を起こすような王子を会議に呼んだのかと気になったが、父上はそれを問う前にちゃんと追加の説明をくれた。

 恐らく、床に伏しているのだろう――と。


 そんな事なら信用できる家臣に任せれば良いのにと思うが、公爵にとって一番信用できる存在だったのは案外ゼハール家だったのかもしれない。

 金銭的な助力を受けているとリセリアちゃんから聞いているし……。



「これからあり得るのは国内…国外すら巻き込む波乱だ。

 戦争が起こる可能性もない訳じゃないと時雨が言っていた」

「……ああ、時雨さんなら今日会いました」

「そうか。……やっぱりリセリア・ヴィンランドノートからお呼びが掛かったのはシャロルが引き金だったようだな。

 ……大したもんだ」


 父上は差出人の欄にリセリアちゃんの名前が入っている封筒をチラリと見せる。

 ……そんな物いつの間に。



「俺とシュラはリセリア・ヴィンランドノートを王女にした方が良いだろうと考えている。

 時雨やシャロルと上手くやれている所から察して頭は良いんだろう。

 跡継ぎ争いで国が荒れる可能性がある今、お前達が公国にいるのは少々問題だ」

「……急、ですね。別に今の私達なら少しくらい治安が悪くったって…」

「問題は無いでしょうね。

 ギルドを作ったのは私達も聞いているけれど、私達が言いたいのはそういう事じゃないのよ」

「荒れる、というのは複雑な意味でだよ。

 治安だけじゃない、この国全ての機能が一時的に不安定になると言ってもいい。

 シャロルが剣士としての実力を付けていくにあたって、公国では伸びにくくなるだろうという話だ。

 ……環境的に言えば、シャロルの魔法と剣を両立するスタイルは公国よりもコリュードの方が学びやすいだろう」



 コリュードは騎士を目指す人達の多い国で、剣や魔法等の技術は確かに公国よりも上だ。

 誰でもなれる冒険者のスキルを磨くための学校と、誰しもなれる訳じゃない騎士を目指す学校ではどちらの方が高水準かなんて考えなくても分かっている。

 設備も充実しているだろう。


 でもコリュードにあるのはレミエルさんがいたフィストランド校だ。

 俺は本当に行っていいのだろうか。

 公国にはポワルやレイちゃんだっている。

 できれば、ニューギストグリム・アカデミーを辞めたくはない。



「……ほら!シャロルだって友達がいるからそうすぐには頷かないわよ!」

「む、…ああ、俺はてっきりすぐに頷くと思っていたんだがな……」


 父上は娘の心を察せなかったようだ。

 母上に怒られて苦笑し、父上は咳払いして間を置いた。

 どうやら俺が頷かなかった時用にも話す事を用意していたらしい。



「荒れるのは最長でも一年程度じゃないかと時雨は言っている。

 人間気を張り続けるのにも限度があるからな……。

 そこでだ、公国の学校にはちょっとした学生へのサポートがあるようでな」

「サポートですか?」

「ああ……留学だ。優良生徒への支援は惜しみなくしてくれるらしい。

 まあ、シャロルが優良生徒であればだがな」

「――まるで実力が無いみたいに言うんですね」

「前は俺が勝っただろう。…それとも、今やるか?

 武闘大会も出れなかったんだ、少し悔やんでいる所もあるだろう?」


 いや確かに今年も不戦敗で一回戦敗退だったけどさ……。

 ……。

 父上と対決か。

 そういえばそれも負けたままだった。

 ここで一発かまして勝ってみたい…というのもあるが。



「試合するなら、できればチーム戦でやりたいです。

 私達もいずれ竜を倒したいので、先輩の父上母上にどのくらい通用するか試してみたい」

「く、はははっ!痛っ、悪い悪いシュラ捻らないでくれ!」


 ……。

 こんなキャラだったっけ父上。

 母上にはタジタジだな。


「…そうだな、やりたいのであれば丁度良い機会だ。

 剣聖も交えて一戦やってみて現実を見た方が良いだろう。

 “俺のギルド”のメンバーは二人ほど足りないが、シャロル達を倒すのには充分なはずだ」

「父上、ギルドなんて入ってたんですか?初耳なんですが…」

「そりゃ話してないし名売りもしてないからだ」



 じゃあ試合は明後日にしようと父上は唐突に決めてきた。

 参加人数は父上側が三人、俺達側は明後日までに勧誘してギルドに入ってくれた人ならば何人連れて来ても構わないらしい。

 連携が取れなければ逆に足枷となるだろうから一人二人程度の勧誘が限度だろう。

 今のところ思い付くのはレイちゃんだけなのでレイちゃんに声を掛けるだけに留めよう、すると試合に参加できるのは俺とフィオナとアキレスとレベッカとポワル…あとレイちゃんが入ってくるとして六人だ。

 こちらの数が倍になるけど大丈夫かと尋ねると百人でも良いぞと笑われた。

 この笑いはどうにも……裏がある気がするな。


 父上は確かに強いが人外染みた強さじゃない、母上もあまり外見的には強そうではない、だとすれば残り一人……剣聖が人外級なのだろうか。

 確か対人戦で負けた事がないんだっけ。

 そりゃ化物だ。

 受けて立ってやる。

 やる気に溢れた俺を見て父上は頷き席を立った。

 俺もこうしてはいられないという感じだが、その気持ちは父上にもあったらしい。



「じゃあ明後日、スタジアムで会うとしよう。

 シュラ、帰ったら手合せしてくれるか?」

「ふふ…良いわよ。貴方はまだまだ現役ねえ…」


 母上の最後に残した台詞がやけに戦力にならなそうだった。



 留学の話はそっちのけで俺達はすぐに決闘に向けた準備を開始した。

 まずはレイちゃんに会い、武闘大会で突然抜け出した事を謝ってからギルドに誘う。

 武闘大会が終わってから既に時間が空いてしまっているのでその時間はずっとレイちゃんに謝る言葉を探していたと嘘を付いておいた。


 元々武闘大会を抜けた表向きの理由はフィオナと仲直りしたかったからだとポワルに伝えていたので間接的に話が回っていたらしい、仲良い人と別れるのは寂しいですからねと意味深な事を言ったレイちゃんは何とか納得してくれた。

 剣聖と戦えると言うとレイちゃんは目の色を変えてギルドへの参加を決意、すぐに六人揃ってフォーメーションのチェックを行う事になった。



 前衛はレイちゃんと俺、後衛はポワルとフィオナ、レベッカとアキレスは状況に応じて動いてもらう。


 前衛は全体の要であり攻撃と防御の両面を合わせ持つ場所だ、俺達は敵を喰い止めつつ後衛からのサポートを受けて戦う事になる。

 危機に陥った時、或いはチャンスが到来した時に場に乗り出すのがレベッカとアキレス、奇襲役とでも呼べば良いだろうか。

 交代交代でスタミナを温存しつつ戦うのも良いが、レベッカは魔法が使えないしアキレスは実力が乏しいので交代するタイミングは限られてくる。

 彼女達が前線に出るのは俺達が有利になった場合のみだろう。

 それ以外はあまり前線には出て来ないでほしい。

 総合力が高い俺やレイちゃんが前線で張り合った方が後衛に安心感を与えるからである。


 フィオナは俺が怪我をするかどうかで不安になったりするが逆にそれが燃料にもなる、ポワルやフィオナは俺への援護を優先するかもしれないが実際のところ主戦力は俺だ。

 レイちゃんに気を取られればそれを叩くし、俺に気を取られるようならレイちゃんが上手く立ち回って叩くだろう。

 セルートライの人達は総じて強いからな。



 ――決戦前日。

 当日に備えてロイセンさんに装備を見て貰った帰り道、父上が母上と一緒に楽しそうな笑顔で歩いてくるのを目にした。

 俺には向けた事のない笑顔に困惑しつつも、無視する訳にはいかないので挨拶する。

 どうやら酒が入っていたらしい。

 母上は俺の姿を見るや隣のフィオナに飛び付いた。

 俺ではないのか。

 少し寂しい。


「こんな時間に出歩いているのかシャロル。もう夜だぞ」

「もう帰って寝るつもりですよ。父上達も、寝なくていいんですか?」

「帰ったら寝るさ。……だがまあ丁度良い。シャロル、少し話でもするか」


 何か話したい事があるようだ。

 父上は場所を移動するために歩き始めた、それを見て母上はフィオナを止めて別の場所へと連れていく。

 親子二人で会話をさせたかったのだろうか。

 単純な世間話、という訳ではないようだった。


「話って何でしょうか」

「…レミエル・ウィーニアスの死体が見つかったそうだ」

「……」

「悪いな、こんな話したくは無かったが……」


 どのみち向き合う事になっていただろう。

 動揺してはいられない。

 そんな俺の様子を一目で分かったのか父上は少し安心していた。

 試合前に動揺させたくなかったのだろう、と思う。



「コリュードには“魔帝”がいる」

「……?」

「留学の話だ。まあ、魔法を教わるなら良い機会だろう。

 アイツは人嫌いだが相手がお前ともなれば断る事も無いはずだ」

「魔帝……えっと、一番強い魔法使い、ですか?」

「そうだ。剣聖に並ぶ存在だよ。剣聖と同じく無敗でもある。

 ……“豪腕”は、無勝というレッテルを貼られているにも関わらず剣聖達と並んでいるから、無敗なんて言葉に意味なんてないだろうがな」


 “豪腕”は竜を倒した父上のパーティーの中でも最高の火力を備え持っていたらしい。

 剣聖と魔帝を越えた加減できないほどの力で敵を捻じ伏せるスタイルは決闘相手すら確実に殺してしまう。

 決闘相手が名乗り出ず、過去一度だけ戦った試合では敗北している。

 よって、無勝なのだ。


 そういえば、コリュードにいる魔帝が俺の事を拒まないというのはどういう意味なのだろうか。

 魔法使いが人嫌いなのは良くある事らしいが俺なら断られない…というのは何故だ。

 ブレイクストール・アストリッヒの娘だからか。

 過去にパーティーを組んでいた仲間の頼みは断れない、そういう事か?



「何か、あるんですか?」

「何がだ?」

「留学させたい理由…というより、魔帝に会わせたい理由のようなものがあるような気がしたので」

「………そう、だな。お前の生まれは少々特殊だった。

 魔帝がよく知っている……聞いておいた方が良いだろう」


 ……。

 生まれ、か。

 出生が特殊だったなんて転生した俺には関係ない気もするが、よくよく考えれば…いやよくよく考えずとも俺の生まれた時期はおかしかった。


 セイスは間違いなく父上達の子供だが、俺とルワードは同年代。

 生まれた時期を考えれば連続して出産なんて不可能だ。

 双子なら希望があっただろうが、俺とルワードの誕生日はズレている。


 この事にルワードはまだ気付いていないだろう。

 気付かない方が幸せだったと思う。

 髪の色から考えれば俺、戦闘技能から考えればルワードが腹違いの子供だ。



「……行きたいとは思いますよ。

 私は騎士になるつもりですから、コリュードの方が経験が多く積める気がします」

「騎士になるのか」

「リセリア・ヴィンランドノートと約束をしました。

 私が竜を倒し、彼女が王女になった暁には雇ってくれるって」

「竜を倒せたらどこからでも声が掛かる。意味のある約束とは思えんが…」


 父上はフッと顔を緩ませて笑う。


「明日が楽しみだ。“冒険者”の力を見せてやろう」


 そう言って父上は夜の街を歩き去って行った。




 当日、スタジアムにブリースラビッツが集まった。

 “剣聖”“和魔”“我速”を前にして俺達は武器を抜いて構えている。

 作戦は色々と考えてきたものの正直言って形になっていないものばかりだ、個々の戦闘力が高い敵と戦うのだから団結力が必要だと分かっているのに形にするのが難しい。


 故に、こちらも力押しで行く事にした。

 降魔術を使える人間がこちらには二人いる。

 ポワルと俺を筆頭にして戦いに行くスタイルを取る事にした、前衛役だったレイちゃんにはポワルと交代して後衛になってもらい、ポワルと俺のサポートをしてもらう。


 倒す相手はまず父上と母上、かな。

 無敗の剣聖は後回しだ。

 間合いに入ったら倒されるものだと思っておこう。



「では、そろそろ始めるぞ。昼の鐘が鳴ったら試合開始だ」

「……分かりました」


 ポワルと降魔術の準備をしてただひたすら待つ。

 発動できなかったら発動できなかったで連携を大切にしていくつもりだ。チームとしての勝ち目は薄いが、親子の勝負には勝ちたい。

 少しでも爪痕を残す。

 目標は剣聖以外の二人をノックアウトする事だ。



 ―――鐘音が鳴った。



 俺とポワルが降魔術を発動する為に無詠唱で少し時間を取り、敵の先制攻撃に備えてレベッカとアキレスが俺達の前に出る。

 後ろからはレイちゃんの詠唱が聞こえ、風槍を発動しようとしていた。

 対して父上は……母上から付与魔法を掛けてもらっている。


 “我速”と呼ばれていた所以は移動速度上昇の魔法や自身の使う風魔法を母上からサポートで強化してもらっていたからだ、事前に調べておいた通りの戦い方をしてきて少し安心する。

 本当に調べ通りなら剣聖は波動を撃つはずだが、トウヤのような波動を出す構えをしていないので父上達も別の戦い方をすると思っていた。

 剣聖は剣すら抜いていないのでやる気がないのかもしれない。


 そう思った矢先、剣聖は自身の刀に手を置いた。

 抜刀術でもするつもりか。

 そんな呑気な事を思っていた次の瞬間。



「心月流、『王波(おうは)』」



 刀も抜かず、構えず、ただ立っているだけの男が刀に手を添えただけでその現象が起こった。

 地表の塵が舞い、俺達の体に見えぬ力の負荷が掛かる。

 波動だ。


 目の前に現れたレグナクロックスが大盾で防ぎ、ポワルも降魔術か自分の魔法のどちらかで波動を防ぎ切る。

 いや、防ぎ切れない、か?


 身体がふわりと浮きあがりスタジアムの壁に叩き付けられて俺は地面に崩れ落ちた。

 ……他を見ると同じ様な被害を受けている仲間が多く目に映った。

 レベッカは壁に寄り掛かって何とか立っている状態で、アキレスとレイちゃんは……動かない。

 まさか、一発で倒されたのか?


 レグナクロックスを使って吹き飛ばされる威力を持った波動だ。

 生身で受けたらどれほどのダメージを喰らうか分からない。

 なるほど。

 無敗と呼ばれている理由がよく分かったよ。

 だけどもう、“分かった”。



「……さあ、仕切り直しだ」


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