33.時雨
書きたい閑話があるのですが、ノクターンノベルズで書きたい。
武闘大会があったあの日、ニューギスト公国には多くの猛者達が集まっていた。
“我速”ブレイクストール・アストリッヒ。
“和魔”シュラザード・アストリッヒ。
“剣聖”。
そして、公国内外の有力貴族と騎士達。
そんな彼らは今日別の場所に集結していた。
一人ずつ円卓に座るが彼等は一言も喋らない。
私語を挟まない理由は公爵の継承権を持つ人間がいたからである。
コルセット・ゼム・ヴィンランドノート。
コルセット王子と呼ばれる青年だ。
シャロルの友人リセリア・ヴィンランドノートと同じ血を引く兄妹である。
ニューギスト公国を統べる現在の公爵は床に臥しているので彼が代わりに出なければならないのだ。他にも継承権を持つ者はいるが、その中でも彼が選ばれたのは年齢によるところが大きいだろう。
例え頭が良くても小さすぎるリセリアを呼ぶのはこの円卓に集まってもらっている有力者達にあまりにも失礼過ぎた。
まあ、コルセット王子もまだ若く、成人していないのだが。
「では会議を始めよう。時雨殿、事の説明を頼む」
「畏まりました。冒険者の身ですので多少の無礼はお許しください。
話すべき事は二つあります。
放火犯の特定と、シャロル・アストリッヒ及びブレイクストール・アストリッヒに掛けられた冤罪を晴らす事でしょう」
「……冤罪と決まっている訳ではあるまい。ただの冒険者は黙っておれ」
「黙っていては会議ができぬだろう、お前こそ静かにしていろ」
「ゼハール様はそう言わなければ自分の立場が危ういですからね。
反論は大いに結構ですが、進行を妨げないようにお願いします」
時雨という冒険者は確かに円卓の中で浮いた存在だった。
本来なら、結果を出した冒険者、最強の剣士、国を統べる公爵の息子や公爵と親密な貴族の集まる円卓の中に存在してはならない身分だ。
しかし、時雨と呼ばれる女性はこの円卓で話す内容に口を挟めるだけの強力な力を持っていた。
彼女はこの場にいる彼らのように実力や身分が優れている訳ではない。
優れているのは情報力である。
―――“時雨”は個人名であり、団体名であり、どの国にもどの場所にも存在する、としか説明できない謎の人物だ。
彼女の素性を深く知る者は少ない。
彼女を知る人間すら稀だ。
そんな彼女をこの場に連れて来たのは“剣聖”とブレイクストールである。
「あの時貴方もご覧になったでしょう。
あの周辺から謎の煙が上がったのを武闘大会の会場から見たはずです」
「ああ。だがシャロル・アストリッヒは試合に出なかったそうじゃないか。
ブレイクストール殿には悪いが、疑いを掛けられるのは当然だろう」
「……その話だが、私の妹がシャロル・アストリッヒを監視をしていた。
妹の使用人も確認している。シャロル・アストリッヒは煙が上がる時までずっと会場にいたそうだ」
突然のコルセット王子の横槍に貴族達は騒めいた。
王子の発言、しかもその内容が継承権を持つ王子の妹リセリアのものとなると蔑ろには出来ないのだ。
公爵の代わりとしてこの場にいる王子には目に見えない力があり、たった一つの言葉が円卓の状況を左右する事だってある。
……コルセット王子はゼハールの家名を持つ有力貴族の言葉を否定した。
疑いが掛けられている彼に追い打ちを掛けたのだ。
空気が変わらないわけがない―――。
「……コルセット王子、それは……分かって言っているのですかな?」
「…?私は主犯を捕まえたいだけです。
父上の体に障らないよう、間違いのないよう、なるべく手早く……」
「……ふ、はははっ!その通りだな」
剣聖は笑ったが、他の貴族や冒険者は誰もつられて笑わなかった。
この王子の正義心は本物だが、自分が公爵の代理だという事を本当の意味で理解していないと悟ったのだ。
空気が冷たくなり、剣聖が静かになるまでその空気は続く。
「―――さて、続けるとしようか」
公国外の人間が仕切りおってとゼハール家の貴族は唇を噛み締めていた。
――――――――――
「そう、円卓会議があるから今日は暇なの。
ようこそシャロルちゃん、歓迎するわ」
「ありがとう……庭園で紅茶ってのは、少し気恥ずかしいな」
父上や母上、その他有力な人達が貴族院への襲撃事件について話し合っている中、俺はその場には行けずリセリアちゃんに呼び出しを喰らっていた。
ヴィンランドノート家の娘としてお話がある、と言われては断る訳にもいくまい。
公国にやって来ている両親の顔に泥を塗るだけではなく、俺が学校内…いや公国内で普通の生活を送る事さえ難しくなるかもしれない。
つまり強制、脅されてリセリアちゃんの屋敷まで足を運んだのだ。
話す内容は十中八九で襲撃事件のことだろう。
襲撃事件は公国内で配られている新聞に大々的に載せられており、犯人確保に尽力してくれた冒険者親子がいると書かれていた。
しかも名前までご丁寧に書かれている。
ブレイクストール・アストリッヒと俺の名前だ。
流石に彼女が知らないという事はないだろう、根掘り葉掘り聞かれるのは目に見えている。
リセリアちゃんの執事は俺とリセリアちゃんを庭園のテーブルに向かい合って座らせて紅茶を用意してくれた。
そんな紅茶をリセリアちゃんは俺より先に口を付ける。
……流石に毒はないらしい。
しかしまあ、新聞は本当に自由だ。
俺達が真犯人の可能性があってもヒーローにさせてくれる、報道の力は事実さえも歪曲させる事が可能だから味方にすれば心強いな。
犯人と怪しまれているなんて掲載されれば学校にもいられなかっただろう。
敵にしたくない存在だ。
「まさかシャロルちゃんのお父様がブレイクストール様だったなんて驚いたわ。
竜を倒すって言ってたのはお父様の影響だったんだね」
「……そう、だね。父上を越えたいと思っていたからさ」
困った。
どうにも言葉が出て来ない。
緊張というか何というか、ヴィンランドノート家の人間として話があるなんて呼び出しを喰らったら誰しもこうなってしまうだろう。
店長から話があるそうだから店長室にって言われてるのと同じだ。
失言は出来ない。
父上とあの事件について自分がどう思ってどう動いたかは念入りに話し合い、不十分ではあるがアリバイは作ってある。
俺がゼハール商会の情報と戦争の話を奴隷商館で聞いたという事は父上にちゃんと伝えてあるがそれは隠す方針でいく事にしている。
ただし隠すのは情報元のみだ。
どうやら父上は俺が小耳に挟んだ話として情報を漏らすのではなく、別の方法でゼハール商会と戦争の話を公にする算段らしい。
まあつまり、全て親頼みである。
「私は謝らなければならない事があるの。それを先に話してもいい?」
「……謝る?」
「私はシャロルちゃんが何かに絡んでるって疑ってた。
二回目の貴族院周辺襲撃はシャロルちゃんを見張ってて、煙が上がるまで武闘大会の会場にいたのを確認した。
それと、冒険者ギルドに問い合わせて一度目の襲撃時は討伐依頼を受けていたのも確認した。
独自の情報網からちゃんと二重確認も取った……」
煙は犯人達が合図にしようした物だと思われているようだ。
諮問検査が出来ないこの時代では緑の煙で俺達を捕まえる事は出来ない。
「………見張られてたんだ、私…」
「ごめんなさい。友人失格だよね…」
リセリアちゃんは執事に例の物をと頼み一つの小包をテーブルの上に置いた。
俺寄りの方に置いてあるという事は受け取ってくれという事なのだろう、小包の色は茶色で何だかお金でも入ってそうな気配を醸し出している。
「シャロルちゃんは紅茶好きだと聞いていたからコリュードの伝手に頼んでアリュースの高級茶葉を貰って来たの。
疑っていたお詫びとして受け取ってくれると嬉しいな」
「私は別にお詫びとかは……」
「シャロルちゃんとはこれまでよりも一層仲良くお付き合いしたいの。
だから今までの非礼は全て水に流しておきたい。
……私の気持ちの問題かもしれないけど、受け取ってくれると少し気が楽になるんだ」
「……なら、受け取っておくよ。ありがとう、リセリアちゃん」
俺が堅いのは緊張のせいだけではない。
リセリアちゃんが俺を疑っている疑っていないとは関係なく、リセリアちゃんが敵である可能性は未だに健在なのだ。
疑ってばかりで気が病みそうだ。
リセリアちゃんは気を遣って紅茶の紹介をしたり茶葉の話をしてくれるがあまり乗り気になれず乾いた笑いを浮かべてしまっていた。リセリアちゃんもそれを察したのか、少し早いけどと前置きを言ってから執事に合図を送った。
畏まりましたと言って執事は少し離れた所から別の人を連れてくる。
黒髪ポニーテールの成人女性。
その風貌は、父上から前もって姿を聞いていたとある人物に酷似していた。
「今日はお互いに情報交換しようと思ってシャロルちゃんを呼んだの。
信用を失ってしまった分だけ取り戻そうと思って、今日は私の情報の全てを伝えようと思ってる。
……この方が私の情報源、時雨さんよ」
時雨、その名前は父上から聞いていた。
この世で情報を扱っている者達の中ではトップクラスかそれ以上の情報量を持っており、常に正義がある方に着いてくれる心強い味方。
時雨を名乗る人物は世界に何十と存在し、風貌もほぼ同じで、彼女達は総じて時雨と呼ばれているという。
個にして群、群にして個の存在らしい。
死後はまた別の世界に行ける思想を持っているようで、死への恐怖を持っていないと父上は語っていた。
死を恐れないからこそ脅しにも屈しず正義側に着いてくれるのだろう。
死を恐れない人間というのは恐ろしい存在なのだ。
生物を辞めていると言ってもいい。
……そんな相手が俺の目の前に立っている。
「時雨さんは円卓会議にも呼ばれているらしいけど、その時雨さんとここにいる時雨さんはほぼ同一人物だから……」
「…父上から聞いてる。初めまして、ブレイクストールの娘です」
「初めましてシャロル・アストリッヒ様。会うのは…初めてですね」
会うのは、ってどういう意味なんだろう。
深くは突っ込まず会話の主導権をリセリアちゃんに戻す。
「シャロルちゃんがブレイクストール様と協力して犯人を捕まえようとしているのは時雨さんから聞いたんだ。
この事件はアーリマハットを基点としているゼハール商会が一つ噛んでいるみたい。
それはもう知ってる?」
「……いや、初めて聞いたな」
これは父上が流してくれた情報だろうか。
もう父上は動いているようだ。
「ん…そう?目的はまだ分からないんだけど、お金回りとか彼等の行動を纏めてみると長い期間準備していた事が分かったの。
これ、確認後処分してくれると助かるわ」
リセリアちゃんは折り畳まれた紙をくれた。
丁重に手書きで情報を纏めてくれたらしい。
形にしてくれるのは助かるが万が一があったら彼女はどうするつもりなのだろうか。
流出しても自身には問題がないという事か。
考えてみればリセリアちゃんの住む場所は俺達学生と違って警備の重い屋敷なのだ、流出がバレてゼハール商会と正面から敵対しても対処できるのかもしれない。
俺達も戦闘の実力は少なからずある。
少数からの奇襲を受けても俺やフィオナなら逃げ切る事ができる……はず。
連携も中々悪くない。
あれ。
もしかしたら俺はもう気を張り詰めなくても良いんじゃないだろうか。
犠牲が出た以上、敵がすぐに次の手を打ってくる事も無い気がする。
……うーん。
やっぱりこういう考え事は苦手だ。
空回りしているというか、自分で自分が何を考えているか分からなくなってくる。
「あっ…ごめんなさい、難しい話はこれでおしまいだよ。
今日はシャロルちゃんと遊ぶ為だけに呼んだんだからね?
……そういう話は次に会う時にしよう、だからこの紙はその時までに読んでくれると嬉しいな」
「ああ……えっと、ごめん、気を遣わせちゃって」
「気にしないで。もう一つ用件があるんだけどそれは帰る時でも大丈夫だから、まずはボードゲームでもしましょうか?」
……どうやら、頭を使うのは変わらないようだ。
俺とフィオナとリセリアちゃんと時雨さんの四人でちょっとしたボードゲームを軽く二戦ほど行い、リセリアちゃんはゲーム進行中もゼハール商会に関連した話をしていた。
ゲーム中に話していたのはほぼ時雨さんとリセリアちゃんだけだ。
よほど事件について語りたかったのだろう。
リセリアちゃんは『今日は私の情報の全てを伝えようと思ってる』と言っていたので元々こういう予定だったのだろうと話途中で察した。
話に集中するあまりボードゲーム自体はリセリアちゃんの大勝。
話しながらでも頭が回るってのは真似できそうにない。
話されたのはゼハール商会の上辺だけの話だ。
ゼハール商会はゼハール家に生まれた者全員が加入しなければならない一族の集いでありゼハールの血を持たぬ者は入れない。
政治家、教師、役人、奴隷商、貿易商人など人によって職種は様々で、商会というよりは謎の団体と言った方が正しいイメージだ。
しかしその範囲の広さは相当である。
ゼハール商会が有名になり現に公国の貴族にゼハールという名前の人間がいるのだから、ゼハール商会に加入しているというだけでそれなりの影響力があるのだろう。
様々な職種のゼハール商会メンバーを作り、“ゼハール”の名を持つ…という影響力を利用して何かをしようとしているというのがリセリアちゃんの考える所らしい。
様々な職に分配しているため数自体は少ない。
つまり、それだけでは国が傾く事はないのだ。
だが……きっかけがあれば―――動く可能性はある。
「そのきっかけが襲撃だった…」
「ええ。断定するつもりはないけど恐らくはそうだと思う。
まだ彼らの目的は達されてない……そうね、例えばここでゼハール商会が悪者だと公国が大々的に報じるとすれば、一体どうなると思う?」
「……ゼハール商会が縮こまる?」
「不正解。ゼハール商会はアーリマハットでも有力だからね。
大手商会が傾けば商業で成り立っているアーリマハットは崩れるわ。
ゼハール商会が叩かれれば無実のゼハール一族も叩かれる事になる。
傍から見ればその報道は公国がアーリマハットの商会を罰した、という事にも繋がりかねないから国際問題にもなる。
最悪戦争でしょう」
「しかし公国はゼハール商会に金銭的な助力を受けています。
なるべく穏便に済ませたがるのではないでしょうか」
「……うん、他国の貴族が公国で威張れるのはそれなりの実力があるからだもの。
これが全て、事を起こす為の根回しだったのだとしたら流石としか言いようがないね」
時雨さんもリセリアちゃんもシワを寄せていた。
要約するとこうだ。
アーリマハットとニューギスト公国はどちらもゼハール商会から金銭的な助力を受けていて、今回ゼハール商会の一員が公国で悪い事をしてしまった。
公国がゼハール商会全体を罰すれば自分の首を少し締めるだけでなく、アーリマハットの首も締め上げる事になる。
アーリマハットはゼハール商会がなければ崩れる。
公国がゼハール商会を罰すればアーリマハットへの経済的攻撃にもなる、当然アーリマハットはゼハール商会の擁護をする、つまり国際問題化だ。
ゼハール商会が擁護されても商業は信用によって成り立っている物だ。
問題に取り上げられた時点でゼハール商会の力は弱まりアーリマハットへの助力も減っていく、それによってアーリマハットは別の方法で国を立て直さなくてはならなくなる。
その立て直しの方法で一番最悪、かつ手っ取り早いのが戦争らしい。
「……あれ?でも待ってくれ。
貴族院の襲撃自体はアーリマハットでもあったろう。
アーリマハットもゼハール商会を罰しようとする動きがあるはずだ」
「それが不思議なんですけどね……無かったんですよ、何も」
「“時雨”も調べたのですが大きな動きは何もありませんでした。
賄賂などの、金銭的な動きすら確認しておりません。
……まるでアーリマハットその物をゼハール商会が操っているようだとブレイクストール様は仰っていました」
なるほど……厄介だな。
奴隷商館の事を知っていたとはいえ、これほど強大な敵だとは思ってなかった。
認識を改める必要がある。
有益な時間だったがそろそろ円卓会議が終わるという時間で解散する事になった。
俺は父上に会う予定があり、リセリアちゃんは自分の兄に会う予定があったらしい、丁度良いタイミングと言えるだろう。
執事に見送られてリセリアちゃんと別れ、俺はフィオナと時雨さんの三人で父上が待っている場所へと向かう事にした。
向かう場所は公共施設の会議室だ。
父上や剣聖が円卓会議後話し合う為だけに借りたらしい。
剣聖はトウヤの父親だっけ。
会うのが少しだけ楽しみだな。……少しだけ。
「シャロル様。
リセリア様が言っていたもう一つの用件を、この場でお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「……?あ、帰る時にって言ってたやつですか?」
「はい。心を痛める内容かもしれませんが…」
「………はい。あの、もしかして……私の友人の事について、ですか?」
俺が心を痛める内容なんてそのくらいしかないだろう。
俺の言葉に時雨さんは頷いていた。
剣を持って対峙した奴隷商の言葉。
―――ゼハール商会を嗅ぎまわっている奴も同様に始末した。
あれについての、話だろうか。
俺は無意識にフィオナの服を掴んで握った。
震えが止まらない。
そんな話の切り出し方は無いだろう。
まるで、死んだって最初から言っているようなものじゃないか。
「ユーリック・シュラウド様の生存は無事確認できました…が、レミエル・ウィーニアス様の生存は未だ不明のままです。
全ての街に“時雨”の目がありますので、レミエル様が生存されている可能性を考えると……国外で野宿をしている、或いは監禁されているという事になります」
「……!そうか、ユーリックは、無事なのか…!」
良かった。
俺はふと、そう思ってしまった。
例え疎遠だとしてもレミエルさんは俺の友人だった。
そのはずなのにユーリックが無事だったと聞いて安心してしまった。
「しかしレミエル様は…恐らく。
ブレイクストール様から男の言葉を聞きましたが、あのようなハッタリがあの場ですぐに思い付くとは…あまり、考えられません。
あれは彼らが暗殺しようとしていた標的だったのではないかと考えています」
「………」
「セルートライは隣国同士の戦争からの飛び火を警戒していますから、暗殺の手を上手く回せなかったのでしょう。
心配せずともユーリック様は剣聖様のご友人によって守られております」
「……うん、ありがとう」
安直に情報を流し、レミエルさんはそれを頼りに探り、殺された。
それで俺はユーリックが生きてて良かったって、レミエルさんを蔑ろにした。
……最低だ。
彼女が殺される理由は俺が作ったようなものなのに―――。




