32.死闘
二年目の武闘大会が始まった。
今年は国内のみの選抜生徒のみが戦うので観客の熱は冷め気味だが生徒達は興奮している生徒の方がやや多い、俺が現地入りすると何人かの生徒達がわざわざ挨拶しにやって来てくれたので俺も丁重に挨拶を返しておいた。
今回は一人での現地入りだ。
何かある可能性に備えてアキレスとフィオナには別の場所で待機してもらっている。
アキレスは貴族院の周辺、フィオナは公国を中央にある高い建物の中だ。
心細さがあるものの観客としてリセリアちゃんがやって来ていたし、今年はポワル達もいるので気を紛らわせる事は出来た、ノイエラは既に公国を出てしまったので残念ながらこの場にはいない。
シードになっているAAクラスの俺とレベッカは初戦のポワル達を応援しようと席に座って会話していた。
スタジアムで頼める小魚ウィープルの唐揚げを頼み、レベッカの分も奢ってあげると何故か頭を撫でてくれた。
レベッカの頭を撫でる時があるからそれを真似してくれたのだろうか。
ありがとうすら言ってくれなかったのはちょっと癪に障ったが相手は子供なので怒るのは大人気ない、良い笑顔で食べてくれているので何も言わないでおこう。
試合は白熱していたように見えるが実際の所は中途半端なものが多かった。
そりゃそうだ、自国の生徒内では相当強い俺といい勝負が出来る相手なんてそうそういる訳がない。
今回は上級生と下級生で大会が分かれていないので上級生には期待しているが、去年の優秀生徒に選ばれた人達を見る限りではお察しといった感じだ。
手強そうなのはいるが、何とか勝てそうな生徒ばかりである。
…まあ目に見えて分かる強さを備えなくても強い女の子はこの目で見てるから油断は禁物だろう。
最初から油断なんてしてない。
去年は慢心のせいで散々な目にあったからな。
「シャロル、初戦の相手は?」
「ん?んー……あ、レイ・クーネルブラッド…結構強い一年生みたい」
「そう、私は……ルワード・アストリッヒ。知り合い?」
「兄だよ。あまり強くないはずだ、軽くあしらってやればいい」
「……そう」
レベッカはあんまり興味が無さそうに呟いていた。
ところで何故レイちゃんはポワルと同じBクラスに属しているのだろうか、実力的にはAでもAAでも申し分ないはずなのだが……。
何か問題を起こしてBクラスに落とされた可能性がある。
例えば、筆記テストをサボった……とか。
筆記テストがどれだけ悪かろうと実技が高得点ならレベッカのようにAAクラスになる事も不可能ではない。
レベッカがAAクラスの評価を叩き出したのは魔法を使っていないのにも関わらず高水準の剣術を維持している、というのが評価されたからであって実力的には魔法を使うレイちゃんとほぼ同格だ。
テストを受けないくらい勉強が出来ないか素行が悪いか。
後者ならあまりポワルには接してほしくないな。
トーナメント表を見てみると俺とレベッカが当たる場所は準決勝らしい、つまりどちらか勝った方がトウヤと決勝で当たる事になる。
「じゃあ、準決勝で待ってる」
レベッカはそう言い残してどこかへと歩いて行ってしまった、どうやら俺に話し掛けたい人がいたのを察してわざと移動したらしい、レベッカが移動したのを確認してからその女の子が俺の元に駆け寄ってくる。
レイ・クーネルブラッド。
俺の初戦の相手だ。
「先輩おはようございます!
二回戦目から先輩と戦えるなんて光栄です!」
「…元気だね、私も初戦から知り合いで良かったよ」
一回戦目の戦いは終盤に差し掛かっているようでレイちゃんは着替えて俺に挨拶するために戻って来たらしい。レイちゃんから見たら俺と戦うのは二戦目だが、俺自身はシードなので一戦目だ。
体が温まってない分やられる可能性がある。
ちょっと体を動かして紅茶を飲んで落ち着いて戦いに挑むのが俺のスタイルだが、今回は紅茶を出してくれる人がいないからな。
どうなることやら。
「先に控え室でお待ちしてます!」
「はいはい。容赦はしないから、充分に体を解しておくんだよ?」
「押忍っ!」
レイちゃんが俺に頭を下げて控え室へと小走りで向かって行く。
俺も余裕をかましている時間なんてないのだが、一回戦を終えて二回戦へと移行しようとしている間、青空の一点を見続けていた。
ああ。
何も無ければ良いなんて……一体どの口が言っているのだろう。
俺は何かある事しか疑ってないしむしろそれを望んでいる部分がある。
ヒーローを気取りたい訳じゃなく、事件の裏であるゼハール商会という闇を晴らして警戒しながら過ごしている生活を終わらせたいのだ。
皆とワイワイキャッキャと騒ぎたい。
でも今日何かが起こるとは限らない。
何かが起こる根拠が無いのに、何かが起こると断定している。
要するに馬鹿なのだ。
しばらくして、緑色の煙が小さく見えてくる。
―――合図の狼煙だ。
「対戦は、また今度だな」
席を立ってスタジアムの観客席を急ぎ足で抜け、すぐに外に出て待機させていた馬車へと乗り込んだ。
いつも御者を頼んでいるバルゲルにフィオナのいる場所へ急いで向かってくれとお願いする。
試合はいいのかと質問してくる御者だったが答えはくれず、試合よりも重要な何かがそこにある事を察させる。
「寄り道をする。馬車よりも早馬を借りた方が早い」
「私は馬には乗れないぞ」
「俺の後ろに乗れば良い」
乗馬は役に立つから早い内に覚えておいた方が良さそうだ。
貴族院近くから上がる緑の煙が多少目立ち始めた頃、俺達は既に早馬を借りてフィオナが待機している建物まで到着していた。
バルゲルと別れて俺はフィオナを待機させている部屋へと急ぐ。
最上階付近の、街の見晴らしが良い場所。
貴族院周辺が確認できる部屋だった。
建物自体はホテルなので少々お金が掛かったのだが、個室な為フィオナが貴族院を監視していても他人にその姿がバレないというのがとても都合良い。
フィオナはその部屋で単眼鏡を持って待機していた。
眼鏡のレンズが作れる技術があるならば単眼鏡や双眼鏡を制作する事は可能だ、フィオナが持っているそれは俺がレンズを注文して自作した単眼鏡で手作り感は満載だが、市場にある物よりも安価で手に入れる事が出来た。
というより市場の双眼鏡が高いのだ。
量産されておらず、冒険者からの需要が高いのが原因だろう。
「フィオナ、報告を」
「はい。目視した限りでは二名、フードを被った人間です。
レイピアの所持は無かったので武器は隠し持てる程度の物でしょう」
「魔法は?」
「確認していませんが、油断は禁物かと」
「…外に早馬がある。準備急ぐよ」
「畏まりました」
部屋に置いておいた予備用の鎧をフィオナに手伝ってもらいながら装着し、フィオナが身支度している間は単眼鏡を使って貴族院の辺りを確認する。
地形は入り組んでおり、建物も繋がっている物が多い。
外からの移動も内側からの移動も不可能ではないだろう、火事を防ぐ障壁が張られているとはいえ窓には障壁を張れないらしいので窓から侵入できれば放火犯のやりたい放題だ。
武闘大会が開かれているため貴族達はそちらへと向かっている人数の方が多い、だとすれば今回の犯行は一体何が目的なのだろうか。
また火事か、それとも何らかの奪取か。
フィオナの身支度が終わったら急いで外へと向かう。
外へと向かう間に交わす会話は怪しまれないようにする嘘の会話だ、俺達は犯人を捕まえるために貴族院の方へ向かうのではなく、アキレスが不審な煙に気付いて貴族院に向かったと知って助けに行くという筋書きに沿って動くのだ。
今日の筋書きはこうだ。
俺は前日にフィオナと喧嘩して一人で武闘大会へと向かった。
しかし試合前にフィオナと会えないのが寂しくなりフィオナの元へと向かい仲直りする。
仲直りした時、貴族院の周辺から変な煙が上がっているのを確認する。
アキレスは今日貴族院の火事を調べると言っていた、もしかしたらアキレスの身に何かあったかもしれない。
助けに向かおう……というのが表向きのストーリーである。
考え無しで貴族院に行くと一般人にもゼハール商会にも疑いを掛けられる可能性があるから一応こじ付けっぽい筋書きを作っておいた。
問題は嘘だとバレた時が大変という事だが、何もないよりかは良いだろう。
多分。
アキレスは貴族院から少しだけ離れた場所に待機していた。
早馬を途中で降りてアキレスの待機している場所までは駆け足で向かいまず合流する。
緑の煙を上げたのは敵ではなくアキレスである、怪しい人間を見付けたらすぐに煙を上げてその場から逃げろと教えていたのだが上手くやってくれようだ。
煙を上げた道具は発煙筒だ、単眼鏡と同じく作った物である。
既に煙は薄らとしか上がっていないため人目に付く事はほぼ無いだろう。
「アキレス、報告を」
「三人だ。フードを被った男。一人だけ小刀らしき物を持ってた」
「分かった。なるべく慎重に向かおう………いや」
刹那、真正面から火の玉が飛んで来た。
アキレスが既に抜いていた斧で進路を阻み、その玉の軌道を建物へと逸らす。
どうやら向こうからお出ましのようだ。
「……まさかそっちから出てくるとは驚きだ」
「―――同感だ」
同感?
見付かるとは思わなかった、という事だろうか。
「……まあ、話す時間も無さそうだな」
正面には二人のフード男が立っている。
フィオナの報告通りならこれで正しいが、現場から近い場所にいたアキレスの報告通りならもう一人いる。
別行動に出た可能性は……無くはないが。
俺達をどこかから狙っていると考えた方がいいだろう、最悪の状況を踏まえて行動しなければ後々後悔する。
或いは、後悔する時間すら与えてくれないかもしれない――。
二人は既に身構えていた。
小刀を抜き、俺達も武器を構える。
「一閃の風、魔を射よ――風槍!」
狙いを定める為に敢えて詠唱をして風槍を正面に放ち、男二人を後方へと吹き飛ばした。
アキレスとフィオナに正面を警戒するように伝えてその間に周囲の索敵を行う。
屋根の上に人の影。
あれか。
「風槍!」
「ぐっ!」
三本の風槍を放って一本はそいつの体に、もう二本は屋根へと当たった。
大きく空へと跳ね上がった体はどうする事も出来ず、バタバタと震えて屋根から地面へと放り出された。
ガンと嫌な音がしてその体は動かなくなる。
落下による衝撃で戦闘が出来る状態ではないだろう、頭は上手く守ったようで即死では無さそうだが命を守る為に受け身をした結果、左半身を駄目にしてしまったらしい。
利き手のある右半身を守ったのは見事だと思ったが、フィオナが急に後ろを向いてその男に矢を放った。
利き腕に持っていた小刀で守ろうとするが着弾と共に発火をもたらすフィオナの弓矢は防ぐ事が出来ず、服に燃え移り悲鳴と共に火炎に呑まれた。
フィオナの弓矢は見事だが元々俺はフィオナに正面を任させていた、それなのに後方を向くのは俺に対して過保護すぎる。
だがとやかく言うのは全てが終わってからだ。
まずは一秒でも早く敵を倒す。
正面の敵は既に体勢を立て直してこちらへ向かって来ようとしていた。
フィオナは弓を射って後方にいた一人を喰い止め、俺とアキレスは前方で孤立した敵へと一気に畳み掛ける。
流石に二対一だと厳しいのか敵は一旦下がろうとするが、敵の背後には俺の光風を展開しているため敵は後ろに下がれない。
何もない空間に壁を作ってしまうこの魔法はとても便利だ。
そして、光属性の割合を高めれば空間に色付いた壁をも出現させる事が出来る。
俺は光の力を高めた光風を敵の顔の前に出現させて敵の視界を潰した、次の攻撃がどこから来るか分からなくなってしまった敵は一瞬にして体が硬直し、アキレスと俺はその隙を突いてその身に斬撃を与える。
右肩左肩、その男は斬撃を喰らって悲鳴を上げ、アキレスは肉に引っ掛かってしまった自身の斧を引き抜くためにその体を蹴り倒した。
―――さて、残りは一人だ。
足元で蠢いている男はまだ生きているが、両腕共に機能しなければ剣も魔法も使えない。
問題ないだろう。
「……何だ、こりゃ。想像以上じゃねえか……、クソッ!」
最後に残った男は小刀に何らかの魔法を掛けて緑に輝かせ、その小刀を建物の壁に突き刺し、壁と小刀と足場として二階へと駆け上がった。
どうやら二階の窓が開いていたらしい。
させるか、と思い風槍を放つが当たらず、窓の雨戸が外れて通路に落ちるだけだった。
「どうなさいますか?」
「警備を今すぐ呼んでくれ。俺は後を追う」
「しかし……それではシャロル様が」
「フィオナ、俺を思うなら警備をすぐに呼んで来い、急げ!」
「……畏まりました。―――御武運を」
既に俺の命令を受けて走って行ったアキレスの後をフィオナは追う。
正直…一人で勝てるかどうか怪しかったが、敵が持っていた武器の小刀は壁に刺さりっぱなしである。だから多分、武器は無い。
でも、アイツは魔法を持っている。
詠唱か無詠唱かも分からない。
ここで俺は突撃するべきではなく呼んで来てくれる警備を待つべきなのかもしれない。
俺にはこの事件を解決する義務なんてないのだから。
……。
「正義は常に一つ、放火犯を捕まえるために……」
俺は勇気を貰う為に言葉を一つ呟いた。
俺とバイトの後輩とで考えた、特撮ヒーロー物の変身台詞である。
ヒーローを真似たからには悪事から背を向けられないな――。
胸を叩いて勇気を起こし、俺は風槍を地面に放つ。
その反動で大きく高跳びをして窓から部屋の中へと入った。
敵の姿はない。
一応命の危険に備えて体全体を見えない壁の光風で覆う。
……。
沈黙。
静まり返った空間がこれほど怖かった事があるだろうか。
叔父の説教よりも命の危険を感じる。
そりゃ当然か。
カタンッ。
部屋に物音が響いた、背後からだ。
不意を突こうとしたようだが甘いと振り向いて剣を抜くが、そこにあったのは床に落ちて揺れ動くナイフだけだった。
ワザと音を鳴らして俺の視界を奪う作戦だとはすぐに気付いたが、ナイフを見て引っ掛かってからそれに気付くのではもう遅い。
何者かに腕を挟まれ、首を抑え付けられながら壁に叩き付けられた。
フードを被った男。
先程一旦逃亡した男だ。
「魔法が使えるんだったな、その喉潰させてもらう」
口でわざわざ説明してくれるも弱める気は無さそうで腕の力は更に強くなる。
言葉も吐けず、右腕は抑え付けられて剣を振る事もままならない。
思い通りになるのは左手だけだが、その腕も酸欠によって徐々に力が込められなくなってくる感覚に襲われる。
このままではやられる。
そう……それが奴の“思い通り”だったならやられていた。
俺は魔法を使う時無詠唱で大丈夫なんだ、冷静に心を落ち着かせて魔法をイメージすれば魔力が手の先に集まってくれる。
片腕飛ばし、大風玉。
左手に込めた魔力で中級魔法の大風玉を作り出して敵の体の側面を撫でるように当てた、ガリガリと肉片を飛ばして敵の体を蝕み、フードの男は目を見開きながら距離を取った。
俺は息を整え、敵は唸りながら体の側面を抑える。
服は溶かされたように消滅し、肉と血と骨が混ざり合った生々しい半身がそこにあった。
だが徐々にではあるが止血されているようにも見える。
どうやら簡単な治癒魔法は使えるようだ。
「……くそ、やられた。無詠唱が出来るとはな」
「大人しく拘束されれば命は見逃してやるがどうする」
「クサナギ家のヤツを殺したんだ、死罪は確定してる。
捕まる訳にはいかねえ……少し、話でもしようや。お嬢ちゃん」
「………お前、どこかで俺と会った事があるな?」
どこかで聞いた事のある声だなと思いその話に乗っかる。
時間を稼いで仲間を呼ぶ可能性があるとしても、俺達も警備を呼びに行っているので時間を取られてもどうにかなってくれるだろう。
ケッケッと上手く笑い声も上げられずにソイツは被っているフードを捲った。
ああコイツかと俺は目を細める。
イフリートに会いにアーリマハットへ向かった時、俺にゼハール商会の情報を持たせて奴隷商館へと向かわせようと企んだ男だ。
俺が何かに気付く全ての元凶を作った人間。
コイツは敵だったのか。
自分が不利になる情報を流してしまう馬鹿らしさはどうも下っ端らしさを感じさせる。
コイツの上に立つ黒幕は間違いなくいるのだろう。
「お前達の目的はなんだ。ここへ来た理由は?」
「答える義理は無いって言いたいんだが……時間稼ぎもしたいしな、答えてやる。
俺達の目的は二つ。ちょっとした情報収集と暗殺だ」
「……前回は暗殺だったから…今回は情報収集か?」
「違うね、本当なら一回で全てを終わらせるつもりだった。
二度にも渡ったのは殺し損ねたからだよ。
ゼハール商会の…裏切り者をな」
「……有力貴族のゼハール家の事か?」
「そうだ。それと…俺の兄、オズマンもそうだな」
「……オズマン・ゼハール。
ニューギストグリム・アカデミーの教師だな?」
「そうだ、その通り!やっぱりお前は頭が良い!
お前のような顧客が取れればどれだけ奴隷商の売上が良くなってたか気になって仕方がない!
敵同士なのが惜しいぜ」
コイツの情報を全て信じ切るなんて事はあり得ないんだがな…。
息も整ってきた。
向こうも地面に落としていたナイフを拾って咄嗟の攻撃へ対処できる状態になっているが、リーチの差は当然あるし、無詠唱で魔法を発動するのに特化してきた俺なら相手の初動に反応してガードが出来る。
向こうもプロ……だと思うからこちらの初動を見てから対処は可能だろう。
どっちがどう動くか。
緊張した空気が部屋を包んでいる。
「…一つ、聞かせてくれ」
「なんだ?一つとは言わず、何度でも。答えてやれるかは分からんけどな」
「お前は奴隷商だろ。あの奴隷は一体どこからどうやって仕入れている?」
気になっていた。
アキレスは奴隷商館に忌み子として売られた。だが他が全員そうであるとは思っていない。
どうやって仕入れたか。
答えなんて聞かずとも分かっている。
「―――拉致だよ。拉致に向いた、場所がある。
だが俺自身が拉致している訳じゃない。
盗賊がどこからか仕入れた子を買い取っているまでだ。
俺は拉致なんて知らないし、盗賊も忌み子を集めてるって言い張ってる」
「お前、拉致された子って知ってて買ってるのか」
「奴隷商なんて皆腕の良い奴はそんなもんだ。
アーリマハットの法律で裁かれる時は俺が無罪、盗賊が有罪なのさ。
騙して売った盗賊が悪くて、何も知らないって言い張る俺は何も悪くないんだからさ……意味、分かるか?」
「分かるよ。お前は盗賊に騙されて、違法な奴隷を買わされたんだな」
「ふはは…流石、頭の良いお嬢ちゃんだ」
「お前が悪だって事は充分過ぎるくらい分かった。
だから少し、黙らせてやる」
俺が殺意を持って剣を構えると奴隷商の男は半歩後ろに下がった。
コイツは殺さなくてはならない。
例えどこかの下っ端だとしても何十という人間の幸せを奪って奈落の底へと突き落とした奴だ、生かしていても良い事なんてない。
手加減して人間を拘束するなんてやった事もないし出来やしないだろう。
だから、殺す。
殺せばいい。
「……あーあー、えっと、そうそう。
奴隷でも反発する奴は沢山いてな、手が付かない子供なんて沢山いる。
だからたまに、そういう奴は始末するんだ」
「……火に、油を―――」
「ゼハール商会を嗅ぎまわっている奴も同様に始末した。
金髪の魔術師に…茶髪の槍使い。どちらもお前の友人じゃないか?」
「……ッ!テメェ!!」
頭よりも体が動いた。
逆上して攻撃してきたのを好機と思ったのか、ソイツはナイフで剣の大撃を受け流し、ドアを開けて一気に部屋の外へと飛び出した。
無論追う。
アイツは、生かしてはおけない。
金髪の魔術師―――恐らく、レミエル・ウィーニアス。
茶髪の槍使い―――恐らく、ユーリック・シュラウド。
嘘かもしれない。でも、本当かもしれない。
冷静になれ、冷静になれと心の中で思っていても俺の心は震えて止まらなかった。
死んだかもしれないのだ。
敵の誰かによって、殺されたかもしれないのだ。
俺の大切な友人が。
クソみたいな奴等の手によって―――。
「―――大風玉ッ!」
手首の装甲が弾け飛ぶ。
感情の影響を大いに受けやすい魔法の弱点だった。
だけど、構わない。
この一撃を当てるだけで奴は死ぬのだ。
焦るな、焦るな、焦るな、焦るな―――!
「焦るな、シャロル」
部屋の外から声が聞こえた。
俺が部屋から出た瞬間、奴隷商の男は綺麗なカーペットの上にゆっくりと倒れていくのが見えた。
赤いカーペットが湿り、その首は真っ二つに切断されて床に転がっている。
どうやら、死んだらしい。
安心と共に左手に込めていた魔力は消滅し大風玉は掻き消される、目の前に立っていたその人は自分の剣を鞘にしまうと俺の元まで歩いて来て頭に手を置いてくれた。
その手の底知れない安心感――。
「助けに来たぞ、自慢の娘」
ブレイクストール・アストリッヒ、俺の父親がそこにいた。




