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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
33/50

31.人狼

 武闘大会が間近に迫っていた。

 国内大会となったため選抜生徒はかなりの数となり、どこもかしこも鍛練に励む生徒の姿が目立つ。

 俺もレベッカとトウヤの三人で午前中試合を行い、午後は各々やりたい事をするために解散する日々が続いていた。


 やりたい事というのはまず俺が自身の新技の練習とアキレスの鍛練、レベッカは自身に足りない対応力の強化…つまり初心者相手との試合、トウヤは波動の強化である。

 どうやらトウヤは父親が使える魔王波の上位互換、王波という技を練習しているらしい。

 魔王波の弱点を消した技らしいのだがそもそも魔王波に弱点が見当たらない。敢えて言うのなら技を出すポーズが問題だと思うが、もしかしてポーズが変わるのだろうか。

 もっと面白いポーズになればいいのにと思う。



「はあ、はあ……しゃろ…シャロル、もう駄目……っ」

「今日はこれまで。レイちゃんはもっと魔法を駆使するように。

 ポワルは咄嗟の剣術がイマイチだからしっかり基礎を確認するといいよ」

「ありがとうございますシャロル先輩!」


 ポワルと忍者っぽい後輩レイ・レーベルブラッド。

 最近はアキレスと一緒に試合をしてもらう代わりに先輩として一緒に指導している。

 ポワルは言わずもがなだが、ポワルの友人のレイちゃんも俺に色々教えて貰いたかったらしい。

 レイちゃんとは前に手合せをしているので大体実力は分かっている。

 正直、俺が教える事があるのかどうか疑問に思うほどの実力があり、何を教えるか悩んだりする部分がある。

 セルートライ出身って凄いんだなとしみじみ思っていた。


「あのさ、レイちゃんそのマフラー熱くないの?」

「わ、私その戦ってる時…口が開いちゃうので!

 っと、それと!虫とかゴミとか入ると魔法出来なくなっちゃうので!」

「へえ……ああ、なるほど。前者は聞かなかった事にしてあげるよ」

「お、押忍!先輩!」

「それやめなさい」


 レイちゃんは子供にしては礼儀があるのだが、ユーリックやレミエルさん達を見ているからどうしても普通に見えてしまう。

 会話レベルから察して普通ではないと思うが。

 ……この学校に入るのには剣術と学術が必須なので頭の良さそうな子がやって来るのは仕方ないのだろうか。


 ……。

 そういや、俺の兄も……頭の悪い方がいたな。

 単にそういう子が俺の近くにいただけのようだ。

 類は友を呼ぶ……なら良いのだが、生憎俺は頭が悪い側の人間だ。



「先輩汗流しましょう!お供します!」

「いや私自室にお風呂あるんだけど……まあいいか、たまには…」

「シャロルとお風呂!お、おお、お風呂!」

「……やっぱり自室にしておきます」


 AAクラスが目立つのは目に見えてるし、不特定多数から裸を見られるのは…この体では絶対嫌だし、見るのだって慣れてない。

 貸し切りでも出会ってまだ時間が経ってないレイちゃんと一緒に入るのは気が引ける。

 レイちゃんもポワルもしょんぼりするがこればっかりは諦めてほしい。

 後輩から好かれているのは嬉しい事なので、気持ちだけ受け取っておきたい。


 ……後輩から好かれていたという感覚はどうにもむず痒くて慣れなかった。

 それはやはり、前世を思い出してしまうからだろう。

 特撮物が大好きな女の子。

 もう名前すら…憶えていないのだが。


「私!シャロルと一緒に入りたい!」

「え、あ、…まあ、私の部屋ならいいけど」

「私も!私も行っていいですか!?」

「狭いけどそれでいいなら……」

「嬉しいです!ぜひ!お願いします!」


 もうどうにでもなれ。

 ……世界が変わっても、後輩の相手をするのは相変わらず大変みたいだ。



 ――――――――――


「随分とやつれてるね。大丈夫?武闘大会が近いから?」

「そういう訳じゃないんだけどね……お邪魔します、リセリア様」


 あれから、リセリア・ヴィンランドノートと接点を持つ為に友達の座まで這い上がった俺は武闘大会を数日前に控えたその日、リセリアちゃんの住んでいる屋敷にお泊りさせていただく事になった。

 中には無数の使用人がいて俺に目を合わせるとすぐに頭を下げた。

 どうやらリセリアちゃんが屋敷に呼んだ同年代の子は俺が初めてらしい、呼ばれた俺は従者のフィオナとアキレスを連れて来ているので使用人達は別の屋敷に住むお嬢様を招き入れたのだろうと勘違いしている様だった。

 無論、それは雇われのメイド達だけで、執事やメイド長達は俺がどういう人間か分かっている。

 屋敷に入る前に武器を預かると言われたからだ。

 事前に調べたか、リセリアちゃんに教えて貰ったのだろう。

 護身用に隠していたナイフを手渡して俺達は屋敷へと入って行く。


「シャロルちゃん、貴女は友達なんだから私の事はちゃん付けで呼ぶんだよ?」

「…これは失礼しました。リセリアちゃん、だね」

「うん。リセリア様って呼ぶのは私が女王になってから、シャロルちゃんが騎士になってからだからね」

「了解、期待して待っててね」


 リセリアちゃんとは一つ約束を交わしている。

 とはいってもお互い信じていないような約束なので無いようなものだが、俺が竜を倒しリセリアちゃんは王女となり、俺をヴィンランドノート家直属の騎士団に採用してもらうという面白い約束だ。

 竜を倒した後はどうすればいいか特に考えてなかったので騎士として雇ってもらえるならとても嬉しい話だ。

 可愛い子の下で働けるという辺りが特に良い。


 給与も冒険者を続けるよりかは高いし安定しているしで最高の職場と言えるだろう、父上母上のように戦場を離れて暮らすのも一興だと思うが、それは自分の限界を感じる年齢になってからでもいい。

 俺の場合は魔法もあるし、随分先まで現役を続けられそうだ。


 部屋に通された後リセリアちゃんは使用人達を部屋から出して俺達だけの空間が出来上がった。

 お泊りの目的はただ遊ぶだけじゃない。

 真の目的は情報交換だ。


 しかし俺はリセリアちゃんの事を完全に信じ切っている訳ではないし、向こうも完全にこちらを信用している訳ではないと思う。だからこの情報交換は漏らしても大丈夫な情報のみを流し、漏らすべきではない情報は胸の奥に閉じ込めておく。

 ヴィンランドノート家がゼハール商会と親密な関係を持っていた場合、俺が口を開けば後々ゼハール商会の使者が俺達を始末しにやってくる可能性だってある。

 油断は出来ない。



「……もしも、火事を起こした奴等に真の目的があったとしたら、次に事を起こすのはいつだと思う?」


 本題に入る前に人狼ゲームをやっていた俺達だがゲームの最中に俺は本題に入る為に呟いておいた。この体では夜起きていられないので早めに話しておきたかったのだ。

 役職カードを配っていたフィオナは途中で手を止め、リセリアちゃんもアキレスも少々真剣になって考え始める。

 因みに人狼ゲーム自体はリセリアちゃんと俺で五分五分くらいだ。

 やや俺の方が強い、といったところか。


「外交問題を悪化させるのが本来の目的じゃないってこと?」

「根拠はないけどね。ただ、少しだけ危惧してるのさ」

「……私が犯人だったら、……次の、武闘大会、かな」

「そうだ。私もそれが絶好のタイミングだと思う。

 対策はしとくべきだろう……例え何も起こらなかったとしても、対策して損になる事はない」

「シャロルちゃんがそう思う理由がどこかにあるってこと?」

「……まあ、そうだね。例えば……これだ」


 フィオナから人狼ゲームの役職が書かれたカードを受け取って二枚を引き抜き他をシャッフルして三人に配る。

 全員はその役職を確認し、俺に視線を送った。


 狼のカードは一枚しかない。もう一枚はテーブルの端に置かれている。

 この人狼ゲームには村人、人狼、占い師、騎士の四種類の役職が存在し、人狼は生き残れば勝利、村人と占い師と騎士は犠牲を出さず人狼を処刑できれば勝利である。


 プレイヤーは人狼の疑いのある人間を一人指名し、多数決で処刑する相手を決定する。

 村人と人狼は特に能力はなく、占い師は配ったカードの余りか一人のカードを確認する事が可能で、騎士は一人を処刑から守る事ができる。

 そして今俺の手の内にあるカードは……。


「今回の火事で有力者達が幾人か犠牲になった。

 人狼ゲームの有力者っていうと占い師とか騎士の事だな……アキレス、人狼か村人以外だったらカードを表にしてくれるか?」

「分かった。オレは騎士、表にしておくぜ」

「アキレスは犠牲になったって事にしておこう。

 今回の事件はざっとこんな感じだ。

 一部の有力な貴族…クサナギ家の人間が殺害され、犯人はまだ特定できず……」

「なるほど…騎士はクサナギ家って事ね?」

「うん。これはテーブルから弾いておこう」


 火事で終わりならこれ以上考える必要はない、これで犯人側の要求が晴れたのなら深く考える必要はないのだが、あくまでこれは次に事件が起こるという前提を持って考えている。

 盤上にあるカードは三枚。

 フィオナと俺とリセリアちゃんがプレイヤーだ。


「例えば私が犯人だとしよう。

 フィオナは私への信頼が厚いし、フィオナと長く接しているからこそ思考を誘導するのも容易い。

 何も疑う原因がなければ私を人狼だと指定する事はないだろう」

「すると今は三人だけだから…フィオナを味方に付けられるシャロルちゃんが有利だね」

「そして不利なのはリセリアちゃんだ。

 フィオナ、自分のカードを表にしてくれるか?」

「はい、…村人です」

「村人には自分で状況を確認できる力がないからより一層騙しやすいだろうね。

 ……人狼である犯人側は有力な騎士を前もって殺害していた。

 ……その殺害があの貴族院の事件だと思っている」

「クサナギ家は邪魔だったということね」

「うん。リセリアちゃんは占い師…これは有力者というより私達そのものだと思ってほしい。

 私達は次の事件があると疑い、犯人を特定しようとしている人間なんだ。

 さあ、一つカードを見ていいよ」

「見るまでもないと思うけど一応占い師の能力で確認するわ。

 シャロルちゃんが犯人、人狼でしょう?」


 まあ、そう思うよな。

 俺は自分のカードを表にして役職を公開した。

 そこに描かれていたのは村人のマークである。


 この場に人狼はいなかったのだ。

 一人も人狼が存在せず全員が村人なら事件は起こらない。次の事件が起こらなければ良いんだけどさと呟きながら自分のカードを人狼の物と入れ替える。



「現実はゲームとは違う。罠を仕掛けてくるかもしれない。

 リセリアちゃんは私を探り、私はそれを察し、村人と偽り、その後殺しに向かう」

「じゃあどうやったって動けないじゃない…」

「決定的な証拠を掴むんだ。

 下手に動いたってこっちは素人なんだから上手くいかないだろう。

 だから……現行犯を捕える」

「相手は貴族院を襲えるほどの実力者よ?出来る訳ない」

「……確かにね。だから困っているんだけどさ」


 もうその辺りの作戦はアキレスとフィオナで話し合っているけど、それを信頼できるか分からないヴィンランドノート家に話す訳にはいかない。

 ヴィンランドノート家を信じるには材料が足りなすぎる。

 向こうもこちらも信頼できるより良い関係になるには時間が必要になると思う。

 リセリアちゃんは溜息を付きながら部屋から少しだけ体を出して使用人を呼び、何やら執事に命令をし始めた。

 かしこまりましたと執事は頭を下げてリセリアちゃんはドアを閉める。


「警備増強のお願いをしておいたわ。武闘大会の日は更に増員させる」

「ありがとう…うん、警備は抑止力にもなるだろうから安心して試合に励めるよ」

「よかった……やっぱりシャロルちゃんは頭良いんだね。

 私、自分で自分の事頭良い方だと思ってたんだけど、違ったみたい」

「そう言われると嬉しいけど頭は良くないよ。いずれ抜かされると思う」


 俺は頭脳が既に完成してしまっている人間だ。

 前世で完成した頭脳を引き継いではいるが、それは逆にこの世界で成長しない事を意味している。

 子供なのに大人の頭脳を持っているからこそ頭が良いと言われているが、俺が大人になればそんな事は当然で、リセリアちゃんやユーリックのように本当の意味で頭が良い人間は俺が足元に及ばないくらい頭脳明晰になっていくはずなのだ。

 成長しない人間と成長する人間の差は当然激しい。


 俺は一握りの天才ではない。

 天才を模した偽物、みたいなものだ。

 勉強をしなくていいからこそ剣術に磨きを掛けられる、元々知っているから応用を考える余裕がある。

 俺が記憶無しで転生していれば次兄ルワードのようになっていたのだろう。

 ……そう思うとルワードをあまり嫌いになれなかった。



 リセリアちゃんの屋敷で一日を過ごし朝方早くに寮室に戻る。

 ノイエラがネストに行く日程が近く、もうその日しか遊べる日がなかったからだ。

 リセリアちゃんと話した内容や武闘大会の軍備増強の話をするとあまり私に心配掛けないでほしいと言われてしまった。


 俺達は現行犯を捕まえる作戦を立てている。

 ノイエラには俺の実力を見せているのでそこまで不安がってはいなかったが、それでも死ぬ可能性がある事なので快くは思ってないようだ。

 心配要らないよと言って落ち着かせるが、俺は俺でアキレスやフィオナ達が心配なのでノイエラの気持ちはよく分かる。

 作戦は二人に協力してもらう予定なのだ。

 片脚突っ込む以上、どんな仕事であれ危険である事に変わりはない。



 ノイエラと遊べる最後の日の締め括りはお風呂だった。

 髪を洗ってもらってから二人で湯船に浸かる。

 俺はノイエラに背を向けてもたれ掛かって体を預けている。

 この状態で背中に胸が当たっている感触が伝わってくるのがフィオナ、伝わって来ないのがノイエラだ。

 別に貧乳ではないと思う、ちょっと小さいかなと思うくらいで柔らかい物が背中にくっ付いてるなっていうのは分かる。


「もうしばらく会えないからさ、何かしてほしい事はある?」

「うーん。

 前にノイエラがお股を触ってくれたの気持ち良かったから、お願いしたいなあ」

「……シャロル、分かってて言ってるでしょ」

「シャロル分からないなあ、まだ子供だもん」


 溜息を吐いたノイエラに俺はケラケラと笑った。

 ノイエラは俺の肩に顎を置いて手を前に回し俺の体を片腕でぎゅっとしてくれた。

 そしてもう片腕はゆっくりゆっくりとお腹の下を這って行く。

 その手は股をかすかに触れる。

 小さく漏れる甘い吐息にノイエラはふふっと笑った。


「ちょっとだけ、だからね?」

「……うん」


 ノイエラの方を向き、柔らかい女の子の体を抱き締めて身を委ねた。

 高揚と、心地良い感覚と、気持ちいい衝撃が身体を巡り巡って口から漏れる。

 ノイエラはそんな俺の頬に口付けをして手を更に下へと沈めた。

 俺は新しい快感に浸り、気遣う余裕も無く、ノイエラの体をぎゅっと抱き締めるだけだった。

 事が終わり静寂が戻ってくるのを察して俺はぽわぽわとした頭で言葉を探す。

 のぼせているだけが原因じゃあないだろう。



「……ごめんね、ノイエラ…ありがとう」

「……ど、どういたしまして…」


 ただ一瞬のやり取り終えて静寂が俺達を包み込んだ。

 お互いを抱き締めあっている俺達に言葉なんて必要なかったのかもしれない、信じられる仲間との抱擁はやはり気分が良いものだ。


 ……信じられる仲間がいなければリセリアちゃんや近くにいる人間が敵かもしれないこんな状況でやっていけなかった。

 これからもリセリアちゃんを怪しみながら接触しなければならないのだろう。

 だが信頼出来るとすぐに結論を出す訳にはいかない。他の人間だってそうだ。

 俺は従者という心強い仲間がいるけれど、主人として従者を守らねばならない責任だって抱えているのだ。


 正念場はここからだと、俺は強く拳を握り締める。

 波乱に満ちた武闘大会の幕が開けようとしていた―――。


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