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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
32/50

30.ヴィンランドノート

 ノイエラがネストに戻るために支度を始めている間にアキレスとフィオナは事件の情報を集めていた。

 深入りしない程度に調べてまずは表面上これからどうなっていくかを考える。

 大事なことだ。


 これからノイエラがネストでどう動くのかも考えなければならないので四人で行う話し合いは非常に重要だった。

 全員寮室に揃ってから俺とフィオナはソファーに座る。

 アキレスは壁際に寄り掛かってノイエラを待ち、荷物を纏め終えたノイエラはアキレスと一緒に座った。

 ここからが始まりである。


「……さて、まずはアキレス、火事の話からだ」

「おう。あの不審火は十中八九、人の手によって放火されたものらしい。

 ……って通りすがりの騎士が言ってた。

 火の手は三つ、その内の二つは魔術による放火。

 耐熱魔法を付与してある貴族院が早々燃えるはずがないって言ってたけどさ」

「……耐熱魔法、か。フィオナ、それはどういうものなの?」

「その名の通り熱を通しにくくする魔法です。

 ただ弱点もありまして、外側の熱を遮断するのは当然なのですが内側の熱も閉じ込めてしまうので、もし室内で火事があった場合は外に火の手が漏れず、火事の発見が遅れる場合があります」

「……今回は煙が上っていたから発見されたんだよね」

「屋根が崩れてようやく煙が見えたそうです。

 早期発見では無かったので、大規模なバケツリレーでも火の手は収まらず貴族院は半壊。

 その他近くの屋敷からも不可解な火事があり何人か死者が出ています」


 フィオナは自分で纏めたリストを持って来て机に広げた。

 八人、分かる限りの情報が事細かに書かれている。

 その内の四人がアーリマハットとの外交関係を任されていた人間で、他は財政、内政、コリュードとの外交関係等、完全な統一が図られている訳では無いようだ。

 ……しかし、アーリマハット関連の死者が多いとなると、同様の火事がアーリマハットで起こったのにも意図があると思わざるを得ない。

 誰かの手によって起こされた事件である事は間違いないようだ。


「死因ですが、刺殺……のようなものだと聞いています。

 胸の辺りにぽっかりと小さな穴が空いていたと聞きました」

「銃の可能性は?」

「全弾体を貫通するとは思えませんし、弾のような物は今のところ見付かってないそうです。

 貴族達も騎士団使って調査に当たっているらしく、もう既に銃の痕跡が見つかっているかもしれませんが…見させてはもらえないでしょう」

「つーか銃だったらデカいから持って歩いてりゃ普通にバレるぜ?

 貴族院の近くには当然警備があるんだからよ」

「……銃が懐に隠せるサイズだったら大丈夫って事だろう?」

「そんなサイズはないと思うよ。

 セルートライでも最近小型化に成功したって言ってたけど人の腕以上のサイズだったし」


 魔術を組み合わせればハンドガンくらい作れそうな気がするのだがどうやら作られてないらしい、だけど銃の可能性が一番濃厚な気がするのは気のせいではないだろう。

 刺殺なんて事が出来る武器は槍かレイピアくらいなものだ。

 槍は刺す事があっても刺し貫く為にある武器ではない。

 敵を武器で貫けば武器を抜くのに時間が掛かる。

 レイピアも刺突用の武器だが折れたり曲がったりする事が多く、下手に貫こうものなら曲がるはずだ。


 ただ持ち運ぶならレイピアが一番簡単だろうとフィオナは説明してくれた。

 貴族の中では芸術品として扱われる事があったからだそうだ。


 そういう人間が多い訳ではないが、貴族の格好をしていればレイピアを持っていても貴族院の周辺を歩く事は可能だったかもしれないという。

 魔法の可能性があるかと聞くとフィオナは考えた後首を横に振った。

 相手の体に穴を開けるような強力な魔法使いなら名が知れているだろうし、街での目撃情報も無しに何人も刺殺する事は出来ない。

 犯人は恐らく初級魔法が使える程度の実力を持つ剣士だろう、というのがフィオナとノイエラの意見だった。


 それに対してアキレスは銃による射殺だと意見した。

 俺と同じように剣術を習っているだけあって、レイピアによる刺殺の難しさを一番分かってくれているのだろう。

 武器を刺した分だけ相手と自分の距離が縮まるのだから反撃される可能性は充分にある、反撃されなくても抵抗すればレイピアはそう簡単に抜けない。

 ……まあ、銃なら射撃音が聞こえないのはおかしいな。

 この世界に消音器まで存在しているとは思えない。

 答えは見えず、だ。


「……ふう、とりあえず誰かの意によって殺されたと思っておくだけに留めよう。

 問題は経緯じゃない、結果(これから)だ」

「それはオレじゃなくてフィオナの領分だな」

「いえ…まだあります。行方不明者がいますので」


 フィオナはそう言って行方不明者のリストを上げた。

 一般市民から貴族、貴族院の警備まで様々である。ここまで来ると、“姿を見られたから殺した”という犯人の意図が読みやすい。

 そしてその中に紛れてこの事件の犯人がいる可能性がある。

 最初に死んだと思ったら実は生きててソイツが犯人でしたという推理ゲームにありがちなどんでん返しだ、人の手によって起こった事件は大抵被害者や目撃者が怪しい気がする。

 無論、そこに根拠なんてない。

 ドラマの見過ぎだ。

 ……死亡者と合わせて約二十名、思っていたよりも随分と大きな事件だったようだ。


「この数十名がいなくなった事によってアーリマハットとの外交がしばらく止まるでしょう。

 後任が現れるまでは何も始まりません。

 貴族院も人数のバランスが崩れてしまったのでしばらく休止して庶民院で色々と決めていくそうです。

 庶民院だけで決めるのは問題なので貴族院の方々も参戦するようですが……、えっとつまり、貴族院は別の貴族を新しい議員として採用しないという事です」

「新しい議員を採用すれば犯人の思い通りになるかもしれないって事かな?」

「庶民院はアーリマハット自体を快く思っていない方が多いのでアーリマハットとの外交が復帰するのには時間が掛かると思います。

 逆に貴族はアーリマハットとの関係を再び結びたいので議会は混乱する事でしょう」


 国内の事を考えている庶民に、国外を考えている貴族。

 混乱を招くのが目的というのも正しいかもしれないが、やはり外交関係を潰すのが目的だったと考えるのが妥当だと感じる。

 暴動が起こる可能性は…無くはない、程度か。


 俺達が優先的にやる事は犯人の特定や暴動を止める事では無い、自分達が住んでいる公国を安全にする事だ。

 シロだと分かる騎士団等に情報を流すことが一番貢献になるだろう。

 貴族達の目もアーリマハットから国内へと向けさせなければならないが、それは情報を流した騎士団達の仕事だと思って割り切る。

 二兎追う者は一兎も得ず、だ。

 まあ俺達がブリーズラビットっていう兎なんだけどさ。


「……一応、信用できる貴族名はピックアップしておいたのですが、問題はここなんです」

「またリストか。手が早くて助かるけど…信用できる、というのはどういう基準?」

「不特定多数から信頼されているという事です。

 庶民からも貴族達からも同じ様に信用されている方々……なのですが」


 ピックアップされている貴族の家名は全部で四つほどで、その内の一つは殺害されたためバツ印が付けられている。残り三つは何事も無く生存しているようだが、問題はその中にあの文字があった事だ。


 一つ目、ゼハール。

 俺達が危惧していた、ゼハール商会と被る家名だった。

 金に纏わるものであればあらゆる商業に手を出しているゼハール商会の身内から推薦された人間らしい。


 二つ目、クマイ。

 古くからある魔術や科学の研究機関クマイグループを後ろ盾にしている貴族。


 三つ目、クサナギ。

 活版印刷を始めとした数々の発明品を世に生み出し、クマイグループと連携して多くの庶民に愛される品々を販売している草薙機関から後押しされた貴族。


 四つ目、ヴィンランドノート。

 遥か昔に存在したとされる小国ヴィンランドの王家の血を引いた貴族。公国の君主といえる現公爵はヴィンランドノートの血を引いており、存在力はかなりあるらしい。


 殺害されたのはクサナギだ。

 外交がごたついている間、クサナギ家は政治に参加できないと考えていいだろう。

 一応クマイグループと連携しているみたいだからクマイ家を通じて議会に参加するというのは不可能ではないかもしれない。

 ただ勢いは若干弱まるはずだ。

 ……、しかし、ゼハール…か。


「……フィオナ」

「いえ、ゼハールという家名自体アーリマハットでは珍しくないそうです。

 隣国なのでこちらでもその家名を聞く事くらいはあるのではないでしょうか…」

「シロってこと?」

「クロだと断定するのはまだ早い、という事です。

 ここまで分かりやすく存在をアピールするのはおかしいですし……」

「分かりやすくアピールっていわれても……ゼハール商会と関連があるかもしれないなんて考えているのは俺達くらいだろう。

 アイツらは手の内がバレた訳じゃないんだ」

「そういえばそうだったな。てっきり忘れるとこだったぜ」

「……あの、シャロル様……今自分の事…俺って…」

「……え、あ、ごめん。考え事をするとつい、変な口調になっちゃうな」


 咳払いで誤魔化す。

 今後行動していく上で重要なのは俺達だけがゼハール商会の企みだと疑って掛かっている事を誰にも悟られない事だ、バレれば敵も容赦なくこちらを警戒してくるに違いない。


 ノイエラにはネストから集められるだけの情報を集めてもらい、アキレスとフィオナには継続して公国で指示を与えて動いてもらう。

 俺は……一体どうすればいいんだろうな。


 ノイエラにも結局具体的に調べてほしい内容を言えないし、こうやって無から有を探すのは手間が掛かるというか、俺には向いていない気がする。

 こんな気持ちで武闘大会なんて本当に出来るのか。


 大きな溜息を付いて気持ちを落ち着かせる。

 次に事が起こった時が俺達の正念場だと割り切ることにしよう。敵が完全に割れてない以上今の状況で予防はとてもじゃないが難しい、ならばせめて対策だけでも何とかする必要がある。


 俺はアキレスとフィオナに“何か”が起こった時にどう行動するかを念入りに話し合った。

 事件を発見次第、その場所を何らかの方法で周囲に知らせる。

 問題解決よりも自らの身と、俺とその友人の身を優先して守る。

 この程度の決め事でもきっと意味はあるだろう。



 ――――――――――


「いらっしゃいませ……って何だシャロルか、頼まれてるのもう出来てるぞ」

「仕事が早いね、ありがとう」


 ロイセンさんの店に鎧を受け取りに向かうと珍しく店内には客がいた。

 俺と同年齢くらいの青銀髪の少女と二十代の執事といった感じのペアで、少女は武器を扱った事のなさそうな体をしている。

 護身用の武器でも探しているのだろうか。


「……言いたくはねえが関節部の近くは腕の良い鍛冶師にお願いして改善してもらった。

 若干動きやすくなったはずだが…」

「自分では自信がなかったの?」

「そう煽るな。元々武器ばかり作ってたから防具は不慣れなんだよ。

 女性用ともなれば尚更自信がねえ」

「常連客なんだから慣れてください」

「……はいはい」


 手入れ自体にお代は取らないという約束だったがロイセンさん以外の手で修正が加えられたのならば話が別だ。

 ロイセンさんが遠慮してもフィオナから財布を受け取って見合った硬貨を渡す。

 少しロイセンさんと話をしようと思っていたが自分の後ろにニコニコしている少女が武器を持って並んでいたのでカウンターから退きフィオナに鎧を持ってもらう、ロイセンさんに硬貨を強引に渡す形にもなるのでこのまま去るのも悪くないか。



「これください!」

「あー……ああ、これか?お嬢ちゃんには使えるか分からないぞ…?」

「え……そうなの?

 うーん、この凹凸(おうとつ)格好良いと思ったんだけどなぁ…」


 ロイセンさんは客に優しい。

 使い手の技量に合っていないと判断すれば絶対に買う前に指摘してくれる、……それが購入する者への侮蔑にもなるかもしれないのだがお構いなしである。


 どうやら少女はしっかり聞き入れたようだ。

 帰る前に振り向いて少女と執事の様子を見ると、執事の方も疎いようで少女と一緒にどれにするか悩んでいたようだった。

 ロイセンさんはどうにかしてあげろとジェスチャーしていたので仕方なく少女達の元へと近付いていく。

 ロイセンさんは優しくても接待が得意ではないのだ。

 俺の様な剣士ならまだしも、剣を使えそうにない少女相手に剣をオススメできない。


 少女の持っていた武器は刀身の背に窪みがあるソードブレイカーというナイフだった、左手に持つ補助装備みたいなもので上級者向けである。

 窪みに相手の剣を引っ掛けて捻り、名の通り武器を折るか落とすかを目的としている。

 初心者がそんな簡単に敵の剣を任意の場所に引っ掛けられるとは思えないし間違いなく俺でも不可能だ。

 きっと少女はその窪みを装飾と勘違いしたのだろう。


「よければ良い剣を探しましょうか?」

「…いいの?ありがとう!

 護身用のナイフを探しているんだけど、良いのが見付からなくて困ってるの」

「護身用か……これとかどうかな?」

「わあ、これ盾じゃなくて剣だったのね!面白い!」


 俺が薦めたのはマンゴーシュという短剣だ。

 握り手は大型のガードが付いており、パッと見た感じでは剣なのかどうか分かり辛い物になっている。

 携帯し辛いがガードは装飾が施されていて中々格好良い。

 見た目で選ぶなら悪くない逸品だろう。

 本来は左手に装備する武器だが、右手に装備しても構うまい。


「これはとても使いやすそう!振り回してるだけでも護身になる?」

「守りの一点で考えればナイフの中ではかなり優秀だと思うよ。

 ただ握る部分が覆われているから咄嗟に手に取るのは少し難しいかもしれないけど……、機能面が上がると欠点が増えるのは仕方のないことかな」

「へえ……他の剣でもっと良いのとかはあるの?」

「まあ利き手に持つ武器で言えば……こっちとか、かな」


 思ったよりも少女は聞き分けが良かった。

 子供が剣を欲している場合どうしても性能よりも見た目を重視するんだろうなと思っていたのだがそういう訳でもなく、機能性を説明すると案外すんなりと諦めていた。

 最近の火事を踏まえて護身用の武器を持っておきなさいと家庭教師から言われたらしい。


 そんな事を言ってくる家庭教師なんて普通はいないのでこの子はどこかの上位階級の娘なのだろう、まあそんな事は執事を連れている時点で分かっているのだが、使用人と家庭教師の差というのは大きい。

 どちらも金が掛かるのは当然だが、家庭教師の方が若干高いのが普通だ。

 やはり教育を任せるというのはそれだけ責任があるという事なのだろう。


 少女は同年齢に近いと思うのだが育ちが良いせいかやはり頭が良く見える。

 子供らしさを残しつつも無駄な事を喋らず相手の言葉をしっかりと理解しようとしているし、分からない場所は質問してくれる。

 ここまで素直な生徒だと家庭教師もやりやすいだろう。

 或いは、プロの家庭教師が素直な生徒になるように教育したのだろうか。

 後者なら恐ろしい話だ。

 ぜひトウヤに着いてあげてほしい。



 少女は最終的に短剣のマンゴーシュと装飾のあるレイピアという細身の剣を購入する事になった。

 貴族に芸術品としても高く評価されているし、腰に付ける程度ならどこを歩いても問題になる心配はないだろう。

 冒険者が蔓延る世界に銃刀法違反なんて言葉はない。

 貴族院付近では嫌な目で見られるかもしれないが、あんな事件の後なら護身用に剣一本引っ下げても文句を言ってこないだろう。

 相手は少女、警備もきっと寛大な心で許してくれるはずだ。

 年齢が幼いというのはそれだけで武器になる、それは俺がこの体を持って確認済みだ。


「ありがとう。貴女のお陰で良い買い物ができたわ。

 お名前、聞いてもいい?」

「シャロルだ、是非覚えておいて。私は竜を倒す剣士になるんだから」

「……ふ、…ふふっごめんなさい…あははっ!

 そんなの笑い堪えられないよっ!

 大人っぽい人だと思ったら案外そういうところもあるんだねっ」

「むっ、本気なんだけどなぁ…」

「そう?ならお友達になっておこうかしら。

 将来お姉ちゃん達に自慢できるわ」


 少女は執事に目を移し、執事は辺りを見渡してから頷いた。

 了承を得るかのようなやり取りの後、少女は俺に手を差し伸べる。


「リセリア・ヴィンランドノートよ。よろしくね、剣士さん」


 ―――そう、彼女は貴族だった。



 ――――――――――


 深夜、どこかの港町。

 とある薄暗い場所でフードを被った者達が集まっていた。

 部屋の真ん中にあるボロい机には人間の生首が二つ晒されるように置かれており、一人の男はその生首の髪を掴んで物のように持ち上げた。

 周囲にいる人間はその男の凶行を止めず、逆に、彼の行動に頷いている。

 人間の生首は男の者と女の者があった。

 どちらも少し、幼いように見える。


「見事だ。随分と早かったな」

「抵抗されましたがねえ、逆にこちらと接触を試みていたようで助かりましたよ。

 誘き寄せてグサリとね、手応えのある相手でした」

「報酬は次の街に着いてから渡すとしよう。では、次の目標は?」

「セルートライとコリュードにはもういないでしょう。

 まあセルートライにも候補者はいますが、隣国が戦争してるってんで中に入るのが難しい。

 後は公国とアーリマハットさ」

「ネストとセブンオットもありますぜ、旦那」

「はははっそうだなあ忘れてたぜ。あんな田舎覚える価値もないが」


 そこにいる男達の人数は四人だった。

 生首を袋に詰めて金の入った小袋と一緒に一人の男に手渡すと、その男は三人に頭を下げてその建物を後にした。

 外からは馬車の音が聞こえる。

 男が乗って行ったものだろう。


「セルートライとコリュードはお前に任せる。俺とコイツは公国方面だ」

「終わり次第俺も田舎方面に向かいますよ、仕事もありますし」

「……ああ、セブンオットで仕入れをしているんだったな。

 覚える価値もないと言っておきながら、自身の商業生活に必須じゃないか」

「だからこそですよ。住んでいる誰しも、奴隷に見えてくる」


 二人が無駄話を始めようとした所を旦那と呼ばれた男は静めた。

 一枚の紙を机の上に置いて全員に確認させる。

 一人は笑い、一人は感嘆の声を上げた、芸術品ですかと冗談を言う男は旦那に頭を小突かれ大人しくなる。

 紙に描いてあったのは長髪の少女だ。

 下に小さく、シャロル・アストリッヒと書かれている。


「くははっ!まさか!この子本当に商館に?」

「……お前、か。商館の奴らが全員騙されていた。

 よほど頭の良いガキのようだ」

「子供に劣るなんて馬鹿も良いトコだなー旦那」

「お前が下手な真似をしなければこんな事にはならなかった、反省しろ」

「分かりましたよ。始末しますって…」

「……コイツはあの、ブレイクストールの娘だ。

 対立すれば剣聖も魔帝も動き出す、俺達がそう簡単に手を出せる相手ではないが……」


 ゲッと男は呟き、もう一人の男は笑う。

 終始冷静な旦那はイライラしながらもその表情を崩す事無く二人に仕事を突き付けた。

 依頼内容は殺人だ。

 二人は頷き、一人は頭を掻きながら二人に何も告げる事無く窓から外へと抜けて行った。

 別れすら告げない礼儀の欠けたその行動は彼らにとって日常的なものだった。

 ……階段をゆっくりと上がる音に、彼等は気付いたのだ。


「逃げたぞ!追え!」


 いつも通りの声。毎度違う逃走路。


「まだまだ楽しくなりそうだ。そう思うだろう、お嬢ちゃん」


 男は走る。

 終始ニヤけながら、その脚は公国方面へと向かっていた。



「セールストークの続きといこうか―――」


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