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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
31/50

29.ブリーズラビット

※挿絵があります。人物画ではありません。

 また今年も武闘大会の季節が訪れようとしている。

 ユーリックから挑発的な手紙が送られた来たのをスイッチにしてレベッカやトウヤと模擬試合を頻繁にするようになった、俺とトウヤは毎日のようにいがみ合って戦っており、時に殴りたくなる時もあるけれど試合の質はとても良い。


 レミエルさんも誘ったのだが返事が来る事すらなかったので諦めた。

 彼女は各地を転々としているし元々俺に興味を抱いたのは光魔法が原因なのでトウヤ達との試合にはあまり魅力を感じないのだろう。


 防具も少し修理が必要だろうと思いロイセンさんにレベッカの分ごと押し付けた、断ろうとしていたロイセンさんだったがフィオナの前では見栄を張るので任せろと一言で引き受けてくれた。

 お互いに悪い気分にはなってないだろうし良い事だろう。


 修理を終えた頃には去年と同じ様に選抜メンバーが選ばれて特別授業が組み込まれる、オズマン先生には前々から三人とも出場が決定していると言われているので特別授業に重ならないように私用を組み込んだ。

 主にアキレスとノイエラへの指導である。

 それともう一つ、これから先の事を考えて作った大事な用事があった。

 冒険者ギルド本部へ申請を出す事で作れる新設ギルドグループの用事だ。



「では、これでギルド結成に必要な手続きは全て完了いたしました」

「ありがとうございます。助かりました」


 冒険者ギルドは通常様々なギルドというグループに分かれていて団体化されているのが殆どだ、本部に持ち込まれた依頼をギルドグループや個人に任せるというのが通常の形となっている。


 最初、ギルドは一つしか存在せず、時代が経つに連れてギルド内の人員が増加し派閥が生まれた。その派閥がギルドを真似て新しく作ったチームこそが個人ギルドである。

 本部といっても別物のチームなのだ。


 ギルド本部出身の有力な冒険者は次々に新しい個人ギルドを作ってしまうのでギルド本部自体はそこまで戦闘力がある訳ではなかった、しかし知名度は高いので市民団体からモンスターを討伐してほしいと依頼される事が多い。

 ギルド本部は自身の忙しさと個人ギルドの多さを考えて、自分達は運営側に回ろうと進路変更をした。

 その知名度と発言力を活かして多くの依頼を受け、それを個人ギルドに流し、仕事を流す手数料を戴くというのがギルド本部の今の姿だ。

 簡単に言うと、ギルド本部は個人ギルドを管理する運営である。


 ギルド本部から派生して生まれた個人ギルドは冒険者ギルドが中心的だが、中には商業ギルドもある。

 鉱石を納品するクエスト等を受注していたりして上手く機能しており、ギルドという名称だからといって冒険者だらけではないらしい。

 この世界のギルドという言葉はどうにもゲームの世界に似た「冒険者がいる団体」という認識に近いが、本来のギルドの意味は職業別組合である。


 冒険者が鍛冶師や料理人を集めてチーム作ってギルドを名乗るのはもしかしたら変な事なのかもしれない。

 俺が特に何も思わないのはゲームの知識があるからだろうか。

 ……まあ、そうは言っても商業ギルドの数は少ない。

 理由はギルド本部に申請出してまで商人がチームを組む利点が少ないからだ。


 商人がチームを組みたい場合は大抵ギルドではなくて商会を名乗る。

 ゼハール商会が良い例だろう。



 今まで俺とフィオナが受けていた討伐依頼は、本部の方々が用意してくれたギルド未参加の人達のための依頼だったので報酬金があまり良くなかった。

 ソロプレイというのは本部にとって長い付き合いにはならないだろうと判断されてしまうので報酬に色を付けてくれない、ベテランのギルドになってくると報酬の高い依頼が優先的に持ち込まれる上に報酬金も高いらしい。

 ……まあ、フィオナとこのままペアで冒険者の依頼をこなしていても損をし続けるだけという事である。

 それで折角なのでギルドを作ろうとアキレスが大きく声を上げて意見し、俺とフィオナを頷かせて色々と人数を掻き集めたのだ。


 ギルドは五人以上で結成する事が可能なので早速五人集めた。

 俺、フィオナ、アキレス、レベッカ、ついでにノイエラ。

 冒険者の登録自体は簡単でランクを気にしないのであればクエストを受けずとも冒険者を名乗る事は可能なのでノイエラは数埋めとして採用した、ランクの高いギルドにはクエスト受注をしない生産系の職についている方々が在籍している事も少なくないという。

 防具や武器を作ってくれる人をギルドで囲ってしまおうという発想だ、鍛冶屋は仕事を貰えるしギルドは優先的に武具を調達してくれるから双方にメリットがある。


 中世の刀鍛冶というのは基本的には儲からない、燃料費が高いし、商人に上手く言い載せられる者達が殆どだったからだ。ファンタジーの世界だから剣の需要が高いとはいえ、その分だけ鍛冶師がいるのなら根本的な部分は変わらないだろう。

 有名所のギルドが鍛冶師を囲うのは自分達のためだけではなく、鍛冶師が潰れないように給与を行い、あくどい商人から守るという意味合いもある。


 ……つまり、囲われてないロイセンさんは取り分け腕が良いという訳ではないという事である。

 人数の多いギルドで料理人を雇っている前例もあるらしいのでノイエラも特に反発しなかった。

 料理人はギルドに入る事によって貴重なモンスターを新鮮な状態で調理できるチャンスが生まれてくるらしい、モンスターの肉なんて美味しくないだろうと呟くとノイエラは喫茶店を思い出してと耳打ちしてきた。

 ……そういえば蜘蛛肉は元がモンスターだ。


 料理人は冒険者と繋がりを多く持つ事で貴重な食材を手に入れられる可能性が高くなる、これは今でも将来でも生かせるパイプになるようだ。

 五人揃ってギルド結成。

 ギルド名は最初に受けたクエストを元に考えて付けておいた。



「……うまっ!旨いぜシャロル様!外の飯はこんなに旨いのか!」

「もっと静かに食べたらどうかな……私は今見張り中なんだよ?」

「すぐに代わってやるからな!待ってろ!まっへほっ、ほふっ、熱ぃ!」


 農作を荒らす兎を退治するEクラスクエストを5人全員で受けた際に命名したギルド名は“ブリーズラビット”、直訳でそよ風の兎って所だろうか。

 そよ風は特に意味もなく名付けた言葉の一つなので適当である、他にはシャインとかスパイラルとかアキレスが沢山提案してくれたのだが、そよ風が一番初心者集団っぽくて似合っていると好評だったのでブリーズに決定した。


 今はレベッカ、フィオナ、俺、アキレスで兎を狩って森の中で兎肉を焼いている。

 討伐依頼が出るくらい問題になっている兎だったようだ。

 気が荒い個体がいたし、兎自体の数も多かった。

 Eクラスクエストで受注する事ができるからしばらくは人気のクエストとして色んな冒険者達がこのクエストをこなすのだろう。


 討伐対象の兎は背中に羽のような突出があり、討伐した証拠としてその羽を回収する。

 それをこなせば兎の他の部分は冒険者の自由だ。俺達のように肉を焼いて食べても、毛皮を剥いで売っても良い。

 まあ肉は安価で売ってるし毛皮も数が多いから安価で取引されている、正直目ぼしい物は一つとして無いはずなのだ。


 しかし、俺達のチームには料理人がいる。

 狩ったばかりの肉というのは新鮮さがあり売っている物とは少し違う、なので焚火で兎肉を焼いて数人で食事を行う事になった。

 見張りは俺とフィオナが先に行い、俺達が食事する時はレベッカとアキレスが行う。

 主人が先に見張りをするのはどうかと思うかもしれないが、俺は後の人の事を考えないでゆっくり食事をしたかったので先に見張りをすると言っておいた。

 そのせいでアキレスに気を遣わせてしまった。

 選択を失敗したかもしれない。


 ほふほふと口を動かすアキレスと見張りを交代して焚火の近くに座り、兎肉が焼けるのをレベッカの隣で待った。

 狩りで活躍できないノイエラも皆の役に立てて心なしか少し嬉しそうだった。

 兎は大量に狩ったのでノイエラが食べる分も当然存在する、俺達が食べる以上に兎を狩ってしまったが、動物の死体は公国とアーリマハットの貧困住民が拾いに来るらしいので放置して構わないそうだ。

 草食獣の死体は肉食獣の餌にもなり、肉食獣が満腹になれば結果的に人間への被害も軽減される。

 世の中意外と上手く回っているなあと感心してしまった。


 ……ギルド本部の役員が定期的に掃除をしているとか、最終的にはそういうオチがどこかにあるのだろう。

 そんな世の中上手く回るはずがないからな。



「そういえば、ギルドのマークとかは決めるの?」

「マーク?……ノイエラにアテがあるなら格好良いのをお願いしたいな」

「うん、任せて。シンプルなやつなら描けると思う」


 ノイエラは絵を描けるらしい。

 可愛らしい、或いは格好良い趣味の一つだと思う。描けない人間は大抵絵が描ける人の事を羨ましく思ったりするものだ。

 ノイエラがいた農業大国ネストはアーリマハットに農作物を輸出して絵具等の文化的な品々を輸入していたと聞いている、各国複雑な得意不得意があるので商業をするのであれば覚えておいた方が良いはずだ。今のところ予定はないが知識として頭の隅に留めている。



 自分達が住む公国は大陸のほぼ中心にある国なので各国へのアクセスがしやすい、その為大陸内の技術力が集結されている国だと思っていいだろう。

 総合的な技術力はあるのだが突出的な技術力、主に武具にまつわる技術力はセルートライの方が高い。公国は器用貧乏タイプだ。


 コリュードやセルートライは過去の名残から大きな戦力を保持しており、セルートライは機械技術寄り、コリュードは魔法技術寄りの文化がある。

 アーリマハットは貴族が多いのでとにかく金持ちが多く労働者数が少ない、金持ちに物を売ろうとする商人が増えてからは商業都市として栄え始め大陸全土から掻き集めたかのような輸入品の数々が出回っている。

 労働者不足で起こる食糧問題はネストとの貿易でカバー。ネストは食糧自給が完璧なので大した痛手ではない。

 セブンオットという国もあるのだが発展途上国らしく突出したものもない、敢えていうなら治安の悪さという酷い国だ。

 ……ただし治安の悪さはアーリマハットが随一なのでセブンオットの治安の悪さはそこまで突出していない。

 あんまり特徴の無い国という認識で概ね正解なのだろう。


 こうも各国分かれた情報を覚えるのは何だか楽しかった。

 この大陸の国自体が少ないからそう思うのだろう、前世は国が分かれ過ぎていたのではないかと思ってしまうくらいこの世界の国名は少ない。


 因みにこの大陸この大陸といっているが自分達が住んでいる大陸に正式名称はない、魔族が主に住んでいる大陸は魔族大陸と名付けられているがもう一つの大陸は名前が無いのだ。

 魔族大陸に見習って人族大陸と呼ばれる事もある。

 そう呼ぶのは大抵魔族大陸に住む人達だけだそうだ。



「食事を終えたら一度街に戻りますか?」

「そうだね。一旦戻って……ポワル達が武闘大会に選ばれたか聞きたいな。

 ……後は、レベッカとフィオナと私で反省会」

「あれシャロル様、オレは反省点ないの?」

「自身の持ってる実力は最大限に出せてたよ。よしよし、頭を撫でてあげよう」

「そうかそうか?何ていうか、人よりも魔物の方が戦いやすいよな!」

「……それは、ない」


 褒められて嬉しがるアキレスの発言に対してレベッカはそう呟いてフィオナと見張りを交代した。

 対人に慣れているレベッカにとって魔物との戦いは若干やりにくいと感じる部分もあり、上手く頭を切り替えないと戦いの流れが掴めない。

 レベッカはまさにその掴めない状態だったので慣れる必要があるだろう。


 フィオナと俺は元々ペアでやっていたがパーティーでの戦いには慣れていなかったようで動きや攻撃に無駄があった。

 アキレスが前線に進んで敵を攪乱したのは本来助かる事なのだが、ペアの時は元々俺の役割だったのでどうしようかと悩んでしまっていた部分がある。

 俺が攪乱する時は遠距離から魔法で攪乱するのでフィオナも敵の最前線に弓を射る事が出来たが、今回はアキレスがいたので逆にアキレスが照準の邪魔になり序盤はどうしていいか分からず棒立ちになってしまっていた。

 アキレスに前線を任せて俺とフィオナが敵の後方に遠距離攻撃をするか、或いは後方への攻撃をフィオナに任せてアキレスと俺で前線に出るのが良かったのだろうか。


 レベッカは前に出たり後ろに出たりと終始定まらなかったが、パーティー全体で考えると誰の邪魔にもなってなかったので位置取りはちゃんと気にしていたのだろう。

 だからといって敵に攻撃を入れられないのは問題だ。

 全員自身の戦闘スタイルをしっかり見直す必要がある。



 フィオナと俺が食事を終えてからノイエラとフィオナに兎を今日食べられるだけ袋に入れてもらい街へと戻った。

 公国の北東方面に位置するこの林には動物だけでなく妖精もいると言われている、討伐依頼が下りていない場合は許可なくこの林には入れず、また依頼があっても規定数がある場合はそれ以上の生物を討伐してはいけないという決まりがある。

 襲われる可能性がある生物はまた例外となるが、この決まりは古くにあった妖精王国という国との取り決めによって決定したらしい。

 今でもその名残で妖精が住んでいる場所があるとかないとか噂されている。


 彼等はとても排他的な性格をしているので人族も魔族も快い歓迎を受ける事はないらしく森の奥でひっそりと暮らしていると伝えられている。

 だが同族しか興味のない種族なんてこの大陸にもいる。誇り高き竜の血を宿す竜魔族とセルートライ人がそうらしい。

 国柄、というやつだろう。


 セルートライは山に囲まれている上に、山の向こうには敵対国のコリュードがあったため他国との接触が極端に少なかった過去がある。それによって国に籠りがちになり同族にしか興味がないなんて言われ、それが山の向こうで噂になって流れてしまった。

 レベッカも無口だが友達がいる方が良いみたいだし興味がないなんて事はないだろう。

 結局は同気相求むってやつか。

 気が合えば国境なんて無いようなものだ。



「シャロル、貴族院の方から煙が」


 公国に戻ると、遠くにモクモクと煙が上がっているのが見えた。

 アキレスとノイエラはこの国の性質にあまり詳しくないのでぼーっと遠くに立ち上る煙を見ていたが、俺とフィオナは険しい顔でそれを見ていた。


 自分自身もあまり詳しくないのだが貴族院というのは二院制を採用している公国の一つの議会だ、非公選制で選ばれた貴族達がいる上院である。

 分かりやすく言えば日本の参議院衆議院の、参議院の方が貴族院である。


 貴族院の議員は庶民達によって決められた議員ではないのでどうしても不真面目である、それなのに貴族なので影響力が強く、金によって政治を動かそうとする輩もいるので議会として完成していない面が目立つ。

 公国は公爵領、つまるところ公爵という個人が持つ領地なので公爵の近くにいる貴族達の影響力が強くなるのは当然かもしれない。

 ……まあ、現代社会が分かってないのに中世の政治なんて分かる訳がない。

 こういうのは先生に教わった方が早いはずだ。

 何か困った時があったらオズマン先生に聞いてみるとしよう。


 街で数人に当たって話を聞いてみるとどうやら不審火らしい、確証はないが貴族院の近くの屋敷も別の火種で燃えているようだ。

 消火が間に合わないので大人数でバケツリレーをしているという。

 ニューギストグリム・アカデミーの寮にいた生徒も自主参加でやっているらしい、人数が欲しいので給料が貰えるそうだ。

 ギルドの掲示板にも消火依頼が貼られている。

 受けるかどうか悩んだが食事を優先しようと言って兎狩りの報酬を受け取りいつもの喫茶店へと向かった。


 これだけ大々的に募集を掛けていれば俺達が出る幕なく終わるだろうと判断しただけであって俺達が非情な訳じゃない、アキレスは正義感が強いのか助けたそうにしていたが結局俺達に着いて来た。

 学校にポワル等の水魔法が使える生徒がいるから問題ないさ。


 喫茶店で働き始めたノイエラが最初にドアを開けて中に入り、オーナーに対して頭を下げて挨拶していた。

 ……ネストにいた時も客は小馬鹿にしてたのにオーナーには謝っていたような。

 直接的な上司に対しては頭を下げるみたいだ。

 ……何とも言えないな。

 オーナー自ら俺達をいつもの端の席へと通し人数分のメニューボードをテーブルの上に置いた。ただし人数分というのはノイエラを抜いた人数である。

 どうやらノイエラも料理する側に回るらしい。


「おおノイエラ、どうした今日は私服で」

「厨房使わせてもらうだけ。大事な客だから、手は抜かないで」

「人魚のお姫様だろ?オーナーのお気にじゃどうやっても手は抜けねえよ」


 厨房から顔を出した青年がノイエラと話しているのを見て職場の問題はあまりなさそうだなと安心した。

 問題なのは俺のアダ名だ、もうやめてほしい。


「オーナー、珈琲お願いしてもいいかな」

「はい。他の…初めての方々にも美味しく飲んで頂けるよう甘いのにしておきますね」

「ブラックはもう…こりごりです…」


 俺とフィオナは大人ぶって文字通り苦い思いを経験していたのだった。



 ――――――――――


 数日が経った。

 ノイエラが描いてくれたギルドマークをフィオナやレベッカに確認してもらい、異存はないと頷いてもらってからギルドへと登録しに向かった。



 ギルド“ブリーズラビット”のマーク

挿絵(By みてみん)



 登録しに向かった際はアキレスと一緒に行ったのだが、アキレスも俺達に似合っている格好良いマークじゃないかと高評価だった。

 しかしあの顔はなとアキレスはクスクスと笑う。

 フィオナとレベッカが初めて確認してノイエラを褒めた時、ノイエラは嬉しかったのか高揚した顔で仕事場に向かっていったらしい、俺達は確認出来なかったが廊下ですれ違ったアキレスは見ていたようだ。


 確認してもらうタイミングがアキレスだけ違ったからこそ見れたのだろう、アキレスはフィオナとレベッカを呼んだ時に何で自分も呼んでくれなかったのかと拗ねそうになっていたが、そのお陰でノイエラの面白い姿が見れたとポジティブに笑っていた。


 アキレスならきっと気に入ってくれるだろうと自分で判断してしまったのは流石に不味かったかもしれない。

 蔑ろにされていると思われたくはない。

 今度から気を付けるとしよう。



 登録を終えてからはすぐに寮室へ戻る事にした。

 学校で大事な発表があるとかで少なくとも寮内にはいてくれとオズマン先生に言われていたからだ。

 他クラスの生徒には絶対に集合を掛けるのにAAクラスの生徒ってだけで行動を強制してこないのはどうしてなんだろうか、コリュードでも成績優秀な生徒はどんなに欠席しても卒業させてくれるらしいし学校よりも生徒の方が立場が上なのかと錯覚してしまう。


 部屋に戻った後はとにかくオズマン先生がやって来るのを待ち、ドアがノックされたらいつものようにフィオナに確認させてから俺が出る。

 例え相手が分かっていても確認はメイドにさせてほしいとよく言われるので仕方ない。フィオナの変な意地があるのだろう。

 涼しげな顔をした銀髪のオズマン先生に軽い挨拶と会釈を済ませる、珍しく先生の顔が少し深刻になっている気がした。

 ただの寝不足だったら面白い。


「……大事な話というのは武闘大会の話だ。

 どこから話せば良いか分からないが…、順を追って話すとしよう」

「何か不味い事でもあったんですか?全生徒に集合掛けるほどの…」

「ああ、今年は公国のみが執り行う事になった。

 セルートライ周辺の…竜魔の里と紅魔の里が戦争を始めたらしい。

 自国防衛の為にセルートライの人間は国外に出る事を禁じられているそうだ」

「自国防衛…ああ、セルートライの人達は全員戦闘力があるからって事ですか…」

「そしてコリュードが参加出来ない理由は……この前の貴族院の不審火だ。

 どうやらアーリマハットでも同様の火事があったらしい。

 何かの陰謀があるかもしれないとしてコリュードは参加を取りやめた」


 先生はアーリマハットの新聞を手渡してくれた。

 書かれていたのは当然貴族院が燃えたという記事だったが、焼死体の数が行方不明者の数に一致しておらず、どこかに連れ去られた可能性があるという文章だった。

 これはアーリマハットでも公国でも同じらしい。

 異常事態だと先生は呟く。


「…そのお陰と言ってはなんだが、君の友人のポワル君も選抜に入った。

 公国のみで執り行うからその分選抜人数も多い」

「っ!そうですか、ならモチベーションも上がります!」

「ふむ……そうか、ステップアップする機会を奪ってすまないな。

 今年も期待しているよ」


 先生は軽く手を振って寮室を後にした。

 俺はテンションを上げているような“フリ”をして先生を見送り、ドアを閉めてからそのテンションを潰した。

 一瞬にして元気の無くなった俺を見て寮室内は異質な空気に包まれていく、元気のあるアキレスがどうにか場を明るくしようとするがノイエラがアキレスに口を閉じろと目で合図を送っていた。


 ―――そうだ、俺は忘れていたんだ。

 こんなに大事なことを、忘れているなんて。


 貴族院、焼死体、竜魔族と紅魔族の戦争、ここまでピースが揃っていて思い出さない訳がないのだ。

 だけどピンと来ない。

 奴隷商館のアイツ等は本当にセルートライ近辺の戦争を恐れていたのか。

 場所が分からなかったなら納得できるが、彼等の焦り様は俺のハッタリだけで生まれた物ではなかったはずだ。


 戦争はこれだけで終わりではない……。

 アーリマハット近辺を巻き込むような、何かがある?



「……アキレス、明日から貴族院の火事について調べられる?」

「明日なんて言わず今日からでもな」

「フィオナには議会の流れを掴んでいた有力者達を纏めてほしい。

 焼死者と照らし合わせてどれだけ後に問題が出るかを見たい。

 二人ともなるべく隠密にだ」

「畏まりました」

「…シャロル、あのさ…何か問題でもあるの?」

「……嫌な予感…っていうとアバウトか。

 ノイエラは知らないと思うけど、アキレスを雇う時に奴隷商館で聞いたんだ。

 戦争が起こるって」


 色々とハッキリしていたのに調べるのが遅すぎただろうか。

 でもまだ父上から返答も来ていないしレミエルさんから新しい情報が届いた訳でもない、今の状態から調べる行為はゼロから始めるようなものだ。

 目立てば相手側が何かしてくる可能性だってある。

 ……そう考えれば、ノイエラは危険か。

 自身を守る力が無い。


「ノイエラは貴族達の別荘地が多いネストで情報収集してもらいたい。

 一旦実家に帰るような感覚で良いから、頼まれてくれないかな」

「…了解。確かにネストはアーリマハットと公国の貴族が多いかも。

 国自体が近いからね」

「では早速行きましょうアキレス。今回はヘマをしないように」

「分かってます!ついでに買い物もしてくるぜ、行ってくるっ!」


 ノイエラと俺を置いてアキレスとフィオナはすぐに外に出て行った。

 俺が深刻そうに悩んでいる事自体珍しいからか理由も聞かずに動いてくれた、長い付き合いのフィオナは察してくれたんだと思うけどアキレスは何を思って動いてくれたのだろう。

 フィオナと俺の空気を察して、だろうか。


 顔色が悪いよと心配してくるノイエラに誤魔化すような笑いを浮かべ、机の上に放られている紙と本の束から一枚の紙を引き抜いた。

 入学おめでとうの文字、テストの成績評価、AAクラス生徒名とAAクラスの担任の名前が書かれた紙。



 AAクラス担任 “オズマン・ゼハール”



 やはり、と俺は顔をしかめる。

 関係無いと信じたいが、一体どうだろうなと手紙を握り潰していた。


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