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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
30/50

28.先輩後輩

「―――モンスター、化物魔物と様々な呼び名がある我々と相反する物。

 世界には幾千もの魔物達が蔓延っている。

 そこで私達の出番だ」


 ハンター、冒険者、騎士、コリュード英雄騎士団……様々な単語が書かれている黒板を背にして先生は語っていた。

 三時限目、座学。低ランククラスも含めて行われる魔物学なる講義ではレベッカと一緒に座っている俺達AAクラスへの視線が少し強い、特に俺は終業式でトウヤと戦っている事もあって知名度はかなり高かった。

 休み時間は暇していれば誰かしら話し掛けてくるし、移動しようとすれば必ず相手から道を開けてくれる。


 レベッカは気にしていないようだが俺は気にしまくりだ、教室前でフィオナが立って待っているだけで廊下がざわつくし、学校の中は俺がいる限り静かになる場所がない。

 ……図書館は静かだが若干人が増えた気がする。

 チラリと横目で他の生徒を見るとこちらを見ていた生徒が急に視線を教卓の方に戻すのを見て思わず溜息を吐き、溜息を聞いたレベッカは大丈夫かと俺を気に掛ける。

 俺はレベッカの動じない精神の強さに大丈夫かと言いたくなるよ。


「皆成長し、二年生となった。

 来週までに何か一つ魔物の情報を纏めてレポートにする事。

 レポート用紙が無い者は職員室まで来るように。以上、今日は終了とする」

「起立、礼。ありがとうございました」


 起立、注目、礼ってやるのはどこの県だったかな。

 授業が終わり各自自由なタイミングで教室から廊下へと抜けていく、大体最初に出て行くのは俺達が目立っているのが気に食わない貴族系の生徒で、その次は俺に完全に興味のない生徒が抜けていく。

 俺が出るまで出て行かないなんて意味の分からない気の使い方をする生徒もいて逆にプレッシャーが掛かるので、特に留まる理由がなければ俺とレベッカは早めに教室を出てしまう事が多い。


 廊下にはいつも貴族達の従者がいるが俺はフィオナを連れてきていない、まだ部屋に慣れていないアキレスやノイエラが部屋にいるのであまり部屋を抜けられないのだ。

 ノイエラはアキレスと違って喫茶店で働く事が決まった、午前中は朝食を作りフィオナの手伝いとして部屋の掃除を少し行い昼食の時間帯は喫茶店で働いている、学ぶ事もあるらしく職場への不満はないようだ。

 ちなみに喫茶店はシスイと出会ったスパイシースパイダーの店である、ノイエラはその味を評価しつつも料理する側には回りたくないと愚痴をこぼしていた。

 俺も回りたくないよ。



 廊下に出るとアキレスが立っていた。

 フィオナは連れて来ていないがアキレスは別だ、アキレスは部屋にいてもやれる事が少ないのでフィオナの代わりにここにいるのだ。

 三時限目が終わると昼食の時間になるので、この時間が座学で教室が決まっていた場合のみアキレスが廊下で待機する。座学ではなく教室が決まっていないか分からない場合は寮室の外で俺の帰りを待ってくれる。


 寮室の前の場合はお帰りなさいませ、教室の前の場合はお疲れ様でした。

 奴隷ではなく従者として働くのだから従者としてしっかり役目を果たせるようにと毎日フィオナに教え込まれているようだ。

 そう、もう彼女は奴隷ではない。ニューギスト公国内では奴隷制度が禁止とされているので彼女は従者として俺の元にいるのだ。


 フィオナも従者なのだがフィオナはメイドでアキレスは従者というイメージ像を持っている。単にフィオナがメイド服を着ていてアキレスは私服だからそう思ってしまうだけだと思うが、従者と聞くと下のイメージっぽく聞こえるのは何故だろうか。

 どちらも大体同じだろうに。


 ……あ、メイドは侍女って言うんだっけか。

 従者とは違うのかもしれない。

 何にせよ俺の大事な仲間だという事には変わりないので深く考える必要はあるまい。

 従者も侍女も大切な存在だ。


「…ご苦労様でした、シャロル様」

「減点一点、それ目上が目下に言う言葉。フィオナに報告する」

「だあああ!そうだった!失礼しました、お疲れ様ですシャロル様!」

「はいよろしい。アキレスも長い間立っててくれてありがとうね」

「へへ…そうそう、もっと褒めてくれよな。

 オレは褒めて伸びるタイプなんだから!」



 アキレスはまだ十二か十三、ノイエラと同年齢ぐらいだがまだまだ精神年齢は子供だ。

 自立して働いていたノイエラと、小さな部屋の中で暮らしていたアキレスの徹底的な差がそこにあった。

 俺の近くで腰を曲げてわざわざ頭を撫でさせようとするアキレス。

 ……面白い子だ。


 ゴワゴワとしたクセッ毛で所々跳ねているが彼女はあまり気にしていない、フィオナは整えなさいと指摘するがアキレスの元気な性格的に、少しクセッ毛がある方が全体的に可愛らしく見えてくる。

 年上を撫でている俺を見て廊下が少し騒めき出したのでアキレスの背中を叩いて終わりの合図を出し、寮室を目的地にして三人で歩き始めた。


 アキレス達の紹介はノイエラのやってくれた味噌鍋で終えている。

 ポワル、レベッカ共に快く彼女達を友達として受け入れてくれた。

 レベッカとアキレスは割かし仲が良い。

 レベッカは無言が多くアキレスは結構口を開く性格だがどちらも本音を包み隠さず喋ったりする精神面がタフなタイプなので気が合うのだろう。



 味噌鍋をした時に分かった事なのだがノイエラはセルートライ人らしい。

 ノイエラ・グローセンハンクという名前を聞いてレベッカがセルートライ出身である事を言い当てたから驚いてしまった。

 セルートライの家名は特殊な物が多いそうなので何となく彼等にはイントネーションで分かるらしい。

 レベッカ・エーデルハウプトシュタットとか確かに長いし特殊だ。

 長い家名の人がいたらセルートライ出身か聞く事にしよう。


「この後の予定は何かある?」

「授業は無いけど予定はあるよ。先生にゼミを頼まれてね」

「……そう。じゃあアキレス鍛える?」

「オレの扱いそんな感じ…?強くなるのは嬉しいけど…」

「私に足りないのは予測できない攻撃への対処だってシャロルが言ってた。

 だからアキレスとやるのは良いこと」

「お互いに実りのある鍛練になるよ。アキレスは負けまくるだろうけど…」


 レベッカに足りないのは実力では無くて予測できない攻撃への対処だ、既に戦闘フォームが完成されてしまっている以上彼女に残された成長の道はその戦闘フォームを精練する事以外には存在しない。

 精練すると決めた時にまず最初に浮かび上がったのは予測できない攻撃の対処だ。

 クラス分け試験で初心者に負けた事や型破りな俺の魔法剣技で負け続けてしまうのはそれが理由になるだろう。

 彼女は非常に頭を活かして戦えている反面、予想もしない一手に弱い。


 中途半端に剣技を教えたアキレスと戦えば自分の弱点が見えてくるかもしれない、レベッカの提案した鍛練はレベッカも得する相互利益である。

 アキレスはレベッカの鍛練は痛いんだよなあと言葉を漏らしつつも絶対今度は勝つとやる気を見せた。

 二人の午後の予定は決まったようだ。



「ところでゼミって…?」

「一年生の剣の授業に顔を出してくれって頼まれてね。少し教えてあげるんだ」

「……シャロル、そういうの受けないと思ってた」

「面倒なのは御免だけど、ポワルのクラスだったから特別にね?」


 俺は一年生のCクラス以上から受けられる剣の実習授業のお手伝いを承っていた、生徒数が多い事もあり先生の手だけでは上手く回し切れず優秀生徒に手伝ってほしいとお願いしてくる先生も少なくない。

 AAクラスの生徒は現役を引退した先生達と比べると同列とも思われかねないので、先生達が頼るのは自分よりも実力が乏しいAクラスの生徒だ。自分の威厳を保つ為にAAクラスの生徒には声を掛けない場合が殆どである。


 今回俺に声が掛かったのは一年生からの熱い要望という事らしい、ポワルを中心にして噂が広まり、トウヤマキバを倒した剣士から学びたいとお呼びが掛かったのだ。

 こういうお呼び出しはたまにあるのだがその都度断っている、ただ今回はポワルがいるので特別だ。

 久々に相手をしたいという気持ちで気分が高揚としている。

 非常に楽しみだ。


 レベッカと別れて自分の寮室へと戻りフィオナの手料理を頂いてからアキレスと共に身支度をする。

 急に唸るアキレスの背中を叩くがいつもの無邪気な元気はどこか欠けているように見えた、背中を叩くよりも抱き締めてあげた方が元気が入ったかもしれない。


「オレ…次はシャロル様と戦いたい…」

「……レベッカじゃ不満?」

「いや!そうじゃない…けどよ。

 なんつーかシャロル様の方が分かりやすいんだ。

 説明も、動きも、どこが悪いのかも。鍛練はキツいけど嫌いじゃないし」

「へえ…ありがとうアキレス。ほっぺにキスしてくれたら考えてあげるよ」

「じゃあほら、ほっぺを出してくれ」

「え?あ、冗談だよ!嬉しいけど私にも予定があるから困らせないでくれ。

 アキレスの希望も前向きに検討するから今日はレベッカとお願い」



 沈黙姫とやってると戦闘狂にでもなっちまうかもしれないぜとアキレスはフィオナに聞こえないように呟いてから俺の荷物を持って廊下に出た、俺もネストで買った機能性の無い格好良い冒険者風私服を着用してアキレスの後を追う。

 アキレスの言っていた沈黙姫とは一体何なのか聞いてみると口数の少ないレベッカの事だと答えた。

 確かにあまり喋らないがああ見えて話す事自体は嫌いではないはずだ、こちらが口を開けば向こうも口を開いてくれるので会話は成立するし、よくよく見てみれば人懐っこい性格をしている。

 明るい性格のポワルもレベッカとは上手く接しているようだ。


 問題は向こうから話してくる事が少ないのでこちらから話を振らなくてはならないという事である、アキレスが空気の重さをレベッカとの間に感じる理由はアキレスから話を振ろうとしていないからだと思う。

 現場を見ていないので確信を持ってそう言う事は出来ないがレベッカの性格から判断するとそれが正しい。


 アキレスの武器は三日月斧。

 俺も斧の対処方法は試合を交えて覚える必要があるので彼女との模擬試合そのものは拒んでいない。

 機会が合わないだけだ。

 ノイエラの料理も見なければならないからな。



 アキレスは不意に俺の元に近寄り、手の甲にキスをした。

 忠誠や尊敬を表す時に用いられる物だ。アーリマハットにいた頃に教わったのかもしれない。

 口付けをした後はそそくさと後ろに下がり、照れくさそうに遠くを見ている。


「ちょっと恥ずかしいけど……オレ今幸せだよ。買ってくれた事、感謝してる」

「まだ礼を言うのは早いよ。

 そういう話をするのは私がお酒を飲めるようになって、お互いが酔った時にしなきゃね」

「まだ未成年だからもっと先って事か?まあいいか、悪くない」


 ケラケラと笑うアキレスは俺と歩調を合わせてゆっくりと歩き始めた。

 語る内容は転々とした。お互いが呑んだ事も無い酒の話から食事の話、剣術の話に魔法の話、学校で起こった事等々。

 性格の波長が前世の友人達に似ているアキレスは話していてとても楽な気がする。

 馬鹿で純粋で気が強い。


 良い女性像を維持するために自分を偽っている俺にとって彼女の存在はとても大きかった。

 フィオナが清涼剤なら、アキレスは煙草だろうか。

 煙たがられるが好きな人には好きなものだ、アキレスには悪いけどこの表現が一番それっぽいと思う。

 ……まあ、お前は煙草みたいな奴だなって言われて嬉しく思う奴なんていない。

 当然口には出さなかった。


 途中で行き先が分かれる為アキレスに持ってもらっていた荷物を全て預かり手を振って別れた、はにかむような笑顔を浮かべて小走りでレベッカと待ち合わせている場所に向かうアキレスの後ろ姿を見えなくなるまで見送る。

 さて、と一人で気持ちを切り替える一言を呟いて俺も目的地へと向かった。

 武闘大会が行われたスタジアムよりも少し小型なスタジアムが今回呼ばれた場所だ、大きなスタジアムが出来る前はここが最大の闘技場だったらしい。個人でも借りやすい価格で場所が提供されているので学校外の人達にも人気である。



 俺が姿を現す頃には一年生達はもう全員揃っていた。

 少し急いでいる様子を見せるために少しだけ小走りして先生の元に向かい挨拶をする。今日の予定は予め大雑把に聞いてあるがお互いに再確認し、先生が生徒達に集合を掛けたのを合図に気を引き締めた。

 ゼミに参加している一年生は大体二十人前後でそう多くはなさそうだ、じっくりとはいかずとも個人個人を見て回れる人数であろう。


「今日は二年生にサポートをお願いしている。

 先生と先輩の二人で剣の指導をしていくつもりです、……では号令を」

「ああ。失礼、少し話していいですか?」


 てっぺんハゲの先生の頭を見ながら俺は発言権を貰う。

 整列した生徒の先頭にワクワクとした顔付きのポワルがいるから、少しくらい先輩面をさせてほしかったのだ。

 先生は頷いて少し後ろに引いてくれた、ハゲ先生は俺の事を性格含め評価してこの場に呼んでくれたようなので多少の勝手は許されるはずだ。

 この人と会ったのは新入生クラス分けで先輩面しまくっていた時だからな、あの時のように色々と言ってほしいに違いない。


「改めて一年生の皆、ニューギストグリム・アカデミーにようこそ。

 今日は剣の基礎を教えると共に、この六年間の学校生活で幾何もの壁に当たっても、それを乗り越えられる強い心を育てようと思っている。

 サポート役のシャロルだ、今日は皆よろしく頼む」

「「よろしくお願いします!」」

「いい返事だ!まずは剣の持ち方から教えていく。

 槍や薙刀、剣以外の武器を使っている人は先生に見てもらってくれ!」



 握り方によって力の入り具合が変わるため覚える必要がある、多少の誤差は問題ないと思うが多少の誤差が無ければレベッカのようにAAクラスに羽ばたけるのも夢ではないのだ。

 握り方を見ながらレベッカの話をここにいる全生徒にしておく。

 魔法が使えずともAAクラスには行けるを皆に知ってもらいたいのだ。

 二年生のAAクラスには魔法が使えないレベッカと剣術が雑なトウヤがいる、基礎が完璧ならば、或いは他に追随を許さない技能があるなら何かが欠けていても成長できる事を教えておく。


 一年生でやるべき事は実力を上げる事じゃない、気持ちを作る事だ。

 AAクラスに入りたい、騎士になりたい、明確な目標でなくとも良いからとにかく自身が成長したいという気持ちを作る事が最優先だ。

 実力なんて残りの五年間で上げていけばいい。


 言葉を変えて分かりやすく生徒達にそう話し、持ち方を教えてからは何回か素振りをさせて形を覚えさせる。

 戦場で一々持ち方を確認なんてしていられないのだから頭で覚えるよりも体で覚えた方が楽で良い、素振りを終えてからは走り込ませて体力を消耗させる。

 剣で早く戦いたいと呟く生徒もちらほら見えるがどうしても基礎は必要だ、技術的な物は正直に言って彼等にはまだ一年早い。


 俺でさえトウヤでさえ基礎的な動きを研鑽しているのだ。

 まだまだ先生も剣を持って戦う事を認めてくれないだろう。


「……よし、そこまで。

 少し休憩してから……そうだな、少し打ち合いをしてみようか」

「ふむ。良い提案だなシャロル君」

「皆剣を振ってみたいだろう。

 受け手は先生と私がやるから何度かやってみよう」



 教育は基本的に飴と鞭なので生徒のモチベーションを見て授業内容を変えていく。

 新入生の殆どが剣で対決したいと思っているが実際の所は戦いたいというより剣を振って何かにぶつけたいという衝動だ、剣を持っただけで皆少しワクワクしてしまっているだけだろう。

 主に男子生徒にその傾向が見られがちだ。


 というか、ゼミの内訳は男子が九割か八割を占めている。

 中には女の人に剣を教わりたくないと言っている生徒もいるがそういう意見は仕方ないだろう。この世界で男尊女卑は少ないとはいえ筋力は女性より男性の方があり、結果から言えば女性は男性よりも平均的に弱くなってしまう。

 だが俺だって好きで女やってる訳じゃないので許してほしい。


 打ち込みでストレスを発散させたらまた筋トレをさせて全体のヘイトを高めていく、先生との最初の話し合いで既に最後にやる事は決めているので全体の反抗心を適当に溜めておいた方が良いと思ったのだ。

 俺に対して不満を持っている生徒は少なくないだろう、この中で楽しそうに課題をこなしているのなんてポワルくらいである。

 まあポワルは父上の鍛練を受けたからこの程度なら苦じゃないのだろう。

 最後にやる課題は男子念願の模擬試合、ただし相手は俺だ。

 俺への反抗心を一定量集めたのは俺と試合したい生徒を作るためである。


「じゃあ最後になるが……私と誰か試合をしてみたい人はいるかな?

 女に剣を教わりたくないって呟いていた人もいるだろう。

 是非実力で証明してほしい」

「……」

「無論、剣で戦ってみたいだけの生徒もいるだろう。

 そういう人も前に出てほしい」

「…俺やりたいです」

「うん。じゃあ皆離れておいてね……君が私に攻撃を始めたら試合開始だ。

 私は君に剣を使わずに勝つ、さあ来るといい」

「……ッ!馬鹿にすんな!死ね!」


 ……殺す気なのかこの一年生は。

 気を立てる男子生徒は戦闘の準備が整うとすぐにこちらへと向かってきた、生徒は軽装の鎧を着けているのでどこに剣を当てても怪我は軽減されるがこちらはほぼ私腹なので当たればゴム武器とはいえアザくらいできるだろう。

 そんな相手に対して躊躇なく攻撃してくれる彼の姿勢は何かしらの怒りによるものだろうが逆に助かっていた、躊躇すればギャラリーもその不自然さに気付いてしまうだろうからこのくらいが有難い。


 大振りや意味の分からないフェイントを躱したり受け流したりしながら一歩一歩寄ってプレッシャーを掛ける。

 焦りと苛立ちは勝利なんて生まない。

 剣を持ち始めた二年前からそんな光景を何度も見てきた。

 縦に大きく振った彼の剣を受け止めてワザと剣を落とし、勝利を確信した彼の大振りを回避した後その腕を掴み、自分の体と脚で相手の体を持ち上げて背負い投げをした。


 ガシャンと鎧が地面に落ちる大きな音がして彼は大の字になって倒れた。

 咄嗟の投げで彼の剣は既に手からは離れており、俺は彼が立ち上がる前に自分の剣と彼の剣の両方を拾っておく。

 魔法が無い限り彼に勝ち目はない。

 呆然としている姿を二秒ほど黙視してから勝ちと判断して彼のゴム剣を放り投げて手渡す、その剣を持ってもう一度戦いに来るなんて姑息な真似をしてくる事は無かった。



「相手が剣を落としてもまだ勝ちじゃない事を忘れないように。

 だけど君は私の剣を弾いたんだ、その実力はきっとこの六年で素晴らしいものになるだろうね」


 最初に立ち向かってきた生徒は女には剣を教わりたくないと呟いていたプライドが高い生徒だったので大きな恨みを買わないよう適当に褒めておく事にした、同級生達からは拍手が送られて照れくさそうに整列している列へ戻っていく。

 次の相手はいるかと聞くと女の子二人が前に出た。

 俺の知っている生徒は最後に回して二人目のチャレンジャーと対峙する。


 マフラーのような物を首に巻き付けて口元をマスクで隠している、まさに忍者の様な―――忍者だ。

 女の子だからクノイチって言った方が正しいのかな。

 この子をちゃんと見たのは初めてだから持っている武器は剣ではなく別の物なのだろう、剣以外の持ち方指導は全て先生に任せてしまったのでそっちに行ったはずだ。

 そうでなければこの子の姿を見て心の中で色々とツッコんでいるはずである。


「隠者、レイ・レーベルブラッドです!よろしくお願いします!」

「隠者……ああ、セルートライ出身かな。

 さっきと同じで君が攻撃したらスタートだ」

「はい、じゃ行きます。……一閃の風、魔を射よ!風槍(ウィンドスピナ)!」

「……ッ!お、おおっ!魔法か、良いね!」


 まさか魔法を使ってくるとは思わなかった、しかも自分が主力としている同じ技。

 生徒からも歓声が沸き、ワザと可視できるように光属性の度合いを高めた光風(ライトニングウェイブ)で壁を作って相手の魔法を全て防ぐと更に生徒達が熱くなる。


 彼女の魔法は完成しているものの威力は並以下だった、風槍(ウィンドスピナ)は風の力を凝縮させた風の塊を放ち、凝縮された風を後ろに放出して加速する射出魔法。

 威力は凝縮した風の力の度合いに左右される、例え魔法が成功していても込めた魔力量によってはそよ風程度になってしまうのが現実である。

 完成していた彼女の魔法は強い威力とは呼べなかった、精々体勢を崩すのがやっとの力なので俺の様に体を上空に吹き飛ばすような威力は出ないのだろう。


 ――だからこそこの魔法が主力ではないことが分かる。

 体勢が崩れると思っていたのか彼女は俺の状態を見る前に駆け寄り始めていた、両手には小さな刀が握られている。

 マシェットナイフだ。

 いやこの場合は忍者刀とでも呼んだ方が良いのだろうか、随分とオシャレで格好良い忍者刀だ。厨二病のような雰囲気を醸し出している。


 真剣な表情で一撃一撃を丁重に与えてくるので若干焦り、半歩下がってから逆に攻めへと転じる事にした。

 攻めは得意だが守りには穴が多く両手に武器を持っているのに片手で防御に回りがちだった、一気に攻められるだけ攻めて片腕に負担させ、少し相手に攻めさせるようにわざと自分に隙を作る。

 攻めに転じる彼女だが、疲労の溜まっている片方の剣を空に弾いてしまえば後は短い片手剣を持っているただの女の子だ。


 もう片方の握られている武器も手の甲を叩いて落とし、外側から足を引っ掛けて突き倒した。

 火照っているのか少し顔の赤い彼女の顔が俺の眼前に迫り、目を見開く彼女を見てすぐに手を放して立ち上がる。

 戦闘中は変なドッキリイベントがあっても常に冷静にいられるから不思議だ。



「良い試合だった、攻めは良いが守りが不十分だったね。

 ナイフには手から落ちないように指掛けがある物もあるから試してみると良い」

「あ、……ああ、ありがとうです…」

「どういたしまして。それじゃあ最後にポワル、やろうか」

「はい、よろしくお願いします!」


 ―――ポワルとの対峙。

 父上から教わったのはお互い同じなので戦いの質は保証されていた、だが、だからこそ試合結果は見えているに等しかった。

 同じ様に一年父上に教わっていても、俺がこの一年で積み上げた技術の差を埋めるだけのポテンシャルがポワルにはない。

 希望があるとすれば魔法程度だが彼女は試合中一度も魔法を使う事は無かった、剣士の意地のようなものを感じ、ポワルは俺に成長した自分を見せたかったのだろうと勝手に納得する。

 前の二人と同じ様に最終的には姿勢を崩され突き倒されるポワルだったが、彼女は負けても笑顔で俺の顔を覗いてきた。


「どうだったかな?」

「……文句の付けようがなく最高に可愛いよ」

「むっ、そうじゃないよシャロルっ」


 声に出して笑いながらポワルの頭を撫でて立ち上がり、ポワルに手を差し伸べて隣に立たせる。

 成長してないなんて誰も思わないだろう。

 この子が二年前虐められっ子だったなんて誰も思わないはずだ、その時点で彼女はあの頃よりも成長しているのだ。

 俺やレベッカよりも彼女は努力したのかもしれない。

 今のポワルは俺の知っているポワルとは違い心身共に大きな成長を遂げていた。



「さて、今日はこれでお終いだ。最後に、勇気ある三人の剣士に拍手を」


 盛大な拍手を受けたポワルはそわそわとして俺の手を握っていた。

 頭を撫でてから背中を押して生徒達がいる方へと送り返し、彼女は俺にぺこりと頭を下げてから忍者娘がいる女の子グループへと戻って行った。

 ありがとうございましたと俺や先生に告げて寮室へと戻って行く生徒達の姿を最後まで見送り、指導組の俺と先生も今日の授業進行の評価をしてから別れてAAクラスの寮室がある方へと歩み始める。


 スタジアムの外にはフィオナが立っていた。

 お疲れ様ですと彼女が言ってくれるだけで心が癒される、本当に疲れたよと言葉を返して荷物を持たせ帰り道を歩いた。


「どうでしたかポワル様は?」

「実力はまだまだだけどね、行動の節々からこれから伸びるって可能性を感じたよ。

 もう私のおへそを舐めるポワルの姿は無いみたい…」

「……少し、残念そうに話されるのですね」

「もっと私に甘えてほしかったからね。子供の成長は早くて驚くよ」

「く、ふふっ……失礼しました。シャロル様が言うとおかしくって…っ」

「アハハ、それは違いないなっ」


 確かに俺が言える事じゃないな。

 フィオナの返しに笑いながら俺達は寮室のドアを開けた。

 お帰りという暖かい言葉を聞いてから、俺は珍しく子供の様に料理をしているノイエラの方に駆け寄り、ノイエラに抱き上げられて煮込んでいる鍋の中身を見る。

 今日の夕飯はカレーだ。


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