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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
1章【転生編】
3/50

03.魔女

 フィオナ・フィットセットは知っていた。

 自分の仕えているシャロル・アストリッヒは何かがおかしいと本能が理性に訴えかけていた。


 彼女は生まれが一番遅いにも関わらず長男よりも頭が良い。

 長男がシャロル・アストリッヒを目標にして勉学に励むくらい彼女は頭が良かったのだ。

 どこで覚えたかも分からない単語を口から発したり、子供とは思えないくらい他人に対して気を遣っているし、教科書の内容を読まずして理解しているなんて時もある。


 特に算数でよくその傾向がみられる。

 問題の解き方も特殊で、式の書き方も自己流だけど間違いはなかった。


 彼女は両親に見付からないように魔法の鍛練もしていた。

 主に自由時間や自室に籠る勉強時間中に詠唱もせずに使っている。

 まるで遊び感覚でだ。


 魔法学の向上心は留まる事を知らず、長男のセイス様から借りた魔法学の教科書で更に自分の魔法に磨きを掛けているようだ。

 しかも、全て、無詠唱で。


 夢でも見ているかのようだった。

 無詠唱は非常に高度な技で奥様でも滅多にする事がないテクニックだ。

 私は国に仕えている上位魔術師が無詠唱を使っている事くらいしか知らなかった。


 仕えるべきシャロル様に変な感情を抱いたのはそれを見てからだろうか。

 無詠唱は術者の才能によって使えるか使えないかが生まれた時から決まっているとされている。

 努力で報われない才能だ。

 それすらも手に入れ、何もかもを天から授かった少女。

 …それが少し怖い。

 本能的な恐怖だ。


 子供は八歳から魔法を学ぶのが普通だ。

 それより前に学んでもし魔法の才覚を表した場合、賢者に連れ攫われるか魔女になってしまうかの二択だろうと言い伝えられていたからだ。

 ちょっとした古い習わしである。


 元々、魔法が使えるようになる人間は一握りの存在だから私もシャロル様が魔法学に触れるのは構わないと思っていた。

 それがこの結果だ。

 彼女はもしかしたら魔女になるのかもしれない。

 ざっと推測で計算しても彼女の魔力量は奥様に並びかねない。


 魔法の実力はシャロル様の方が当然劣っているが、北国の竜を倒した魔法使いと四歳の頃から魔力量が同格。

 前の私なら酷い冗談だと笑ってしまっただろう。

 だが今は笑えない。

 それが今の私の、仕えるべき人だからだ。



「フィオナ?」


 勉強を終えてベッドに突っ伏していたシャロル様が私の名前を呼んだ。

 美しい顔付きに美しい薄茶髪。

 声質だって奥様に似て透き通る良い声だ。

 だけど私は少し肩を震わせた。

 疑問に思えば疑問に思うほど彼女の存在は畏怖するものへと変わっていく。


「あっはい」


 いけない。

 自分を落ち着かせる為に一段落置いてから応答する。


「何でしょうか?」


 自分の仕えている相手にこのような感情を持ったら敬う事が難しくなる。

 名前を呼ばれた時くらい忘れなければ。


「添い寝してほしいなと思って」


 彼女はそう言ってきた。

 思わず面食らった顔をしそうになったが、その感情を押し殺して彼女の言葉を聞き入れる事にした。

 この家で一番聡明な子供の言葉とは思えない台詞だ。

 まだ甘えたい歳なのだろうか。

 こういうところを見ると私の恐怖心も晴れていく。


 たまに寝ているフリをして胸を揉んできたりもするけれど、そういう子供らしい悪戯を受けているとどこか心の奥で安心してしまうのだ。

 ――この子は普通だ、と。

 そう思いたいが為にどんな意地悪でも受ける気持ちでいた。


 他の子よりも手が掛からないからといって気は抜けない。

 どんなに恐怖しようと、魔女に近付こうと、私はこれまでと同じように仕える者として頑張ろうと心に誓った。

 ……奥様達と同じように私もシャロル様が好きだから。

 子供らしくもあり大人びてもいる彼女が本当に好きだから。



 ―――――――――


「おはようございます、シャロル様」


 朝。

 俺が目覚めたのを察してフィオナが優しく声を掛けてくる。

 時刻は朝の七時プラスマイマス十分といったところだろうか。

 起床時間は定められてはいないが身支度するのは七時十五分までという家族間の決まりがあるので十五分までには食事の席に着けるように生活のリズムを付けている。


 しかし食事の時間に食事をするのは強制ではない。

 だが。


 家族分の食事は十五分までに作られ、七時四十五分までには片付けられてしまうので時間を守らなければ飯抜きになる。

 朝御飯を食べられないと五時間は何も食べられないので絶対厳守だ。

 育ち盛りなだけあって食事を抜く訳にはいかない。


 平日も休日もベッドから抜け出したくなかった前世とは違い、やはり若いだけあって朝がすこぶる早い。

 夜が早いからというのもあるんだろう。

 快調だ。

 昨日消耗した魔力もすっかり回復している。


「フィオナ。髪を結ってもらってもいい?」

「はい、お任せ下さい」


 首元までの髪とはいえ前世で短髪だった俺にとって女性らしい髪型というのはウザったいものだった。

 髪を結おうとしてもなかなか上手くいかない。

 まだ四歳なので指の長さも短いしやりにくいのだろうか。

 髪を纏める時や手入れをする時はほぼ全てフィオナにお願いしている。


 こういう時間は嫌いじゃない。

 どんな時間でもフィオナといる時間は大体好きな時間だ。

 フィオナがどう思っているかはともかく。


 俺のクリーム色の髪色をフィオナはよく羨ましがっていた。

 フィオナの髪色は銀、というか灰色に近い色であまり綺麗な色とはいえない。

 どうやら人種的な違いなのだそうだ。

 俺は本当に普通で一般的なヒューマン種なのに対し、フィオナは褐色エルフ種とヒューマン種の混血だと語ってくれた。


 フィオナ自体は褐色ではなく自然な肌色だが耳が少し尖っている気がする。

 ほんの少しだ。

 ……もしかしたらこの世界にも人種差別があるのかもしれないな。

 いずれ機会があったら誰かに聞いてみるとしよう。


 後ろ髪を纏めてもらってスッキリしたところでフィオナと一緒に下の階へと向かう。

 テーブルには既に両親とセイス、ルワードが座っていた。

 どうやら俺が最後だったらしい。


「少し遅いな、シャロル」

「すみません父上。自分の髪を結うのに時間が掛かり遅れてしまいました」


 謝ってから父上と母上の反応を伺う。

 父上はよろしいと頷き、俺に対して席に座っても良いと手を動かして合図した。

 フィオナは使用人なので私達と一緒に食事を取る事はできない。

 できれば一緒が良いんだけどな。


 個人的にメイドと一緒に食事するのは許可されているが、家族揃っている時にメイドを同席させる事はできない。

 大体、家族揃わないで食事する事なんて滅多にない。


「………フィオナ、何故シャロルを手伝わなかった?」

「父上、フィオナは手伝いました。髪を結う練習がしたいと私がお願いをしたのです。フィオナは何も悪くありません」



 大嘘である。

 フィオナに任せた上に自分で結ってなどいない。

 俺が遅刻したのは単に起きるのが遅かったからである、つまり寝坊だ。


「む、そうか……」

「女の子なのだから身嗜みは大切よね、男の子よりも時間がかかるものよ?」


 フィオナのフォローを俺がして、俺のフォローを母上がしてくれる。

 別にフィオナは何も悪い事をしていないのだから当然庇わなくてはならない。

 俺の起床が遅かったせいなのに髪を結ってて遅くなったと嘘を付いたのだから本来怒られるのは俺の役目だ。


 フィオナは何も言わずただ頭を下げるばかりだった。

 言い訳くらい考えておくべきだったな。

 まあ咄嗟のアドリブにしては悪くない出来だったとは思う。

 前世で培ってきた、言い訳だらけの人生の賜物だ。

 嬉しくない。


 珍しく早めに食事を済ませた父上が咳払いをして私達の顔色を伺ってきた。

 特に私の顔を見ていた気がする。

 ……うーん、自意識過剰なのかな。

 気を遣われているような。

 そんな気分だ。



「少し話させてもらうが、構わないな?」


 父上は俺達に対して何かを話すための確認を取った。

 俺達というのは金髪の次男ルワードと末っ子の私だけで母上と長男セイスは例外のようだった。

 きっともう聞かされているのだろう。


 セイスは食事の集合時間の十分前には席に着いている性格の良い男なので食事前に話を聞いたのかもしれない。

 私とルワードは頷き父上は会話へと入る。



「セイスは来年から、ルワードとシャロルは再来年から学校に入る歳になる。

 入る学校は多くの剣士や魔術師を生み出しているニューギストグリム・アカデミーだ。

 メイドと共にニューギスト公国の学生寮に送るつもりでいる」


 ニューギストグリム・アカデミー。

 この話は既に父上から幾度か話されていたのでよく知っている。


 近くにあるニューギスト公国にあり、受験人数に対して試験合格者の少ない難関校で、主に剣術指導を中心に教育を行っている剣士育成校だ。

 また、機会は少ないながらも初歩的な魔法や魔術も教えているのだという。

 主に治癒系強化系のサポート魔法だ。


 どうやら剣士になることしか考えてないらしい。

 それでも一応魔法だけを教える魔法科があるんだとか。

 ただし人気は無い。


「その前準備として今週から朝食を終え次第、剣術指導の時間を設けたい。何か質問、意見のある者はいるか?」

「………」


 セイスとルワードの方を見る。

 どうやらないらしいな。



「シャロル、構わないのか?」

「えっ……何故そんな事を聞くのですか?私は別に。むしろ楽しみですが……」

「……ふむ、そうか。それならばいい」


 ちょっと驚いた。

 私が女だからという配慮だろうか。

 気にかけてくれたのはどうやら父上だけではなく母上も同じくらい気にかけていたようだった。


 視線をずらしてフィオナを見ると非常に驚いた顔をしている。

 なんだなんだ俺がおかしいのかこれは。

 フィオナにはたまに男らしい部分も見せてしまっている気がするので反対しないのも分かっていそうだったのだが。

 俺の事を上品なお嬢様として見てくれているのだろうか。

 ……以心伝心には程遠いようだ。


 父上は全員が食事を終えてから私達に剣を渡してくれた。

 刃無しの剣。

 鍛練の為だけに使う特注の剣らしく、殺傷能力は刃が無い分少ないだろう。

 だが体にブチ当てれば肋骨くらいは折れてもおかしくはないくらいだ。

 貫けず斬れない剣。

 装飾もないし安物だろうな。


「明日の早朝から指導を行う。今日のように遅れないようにな、二人共」


 ……二人、か。

 どうやらルワードも俺と同じく朝食に遅れたらしい。


「はい、わかりました」

「ウィッス」

「ちゃんと返事をしなさい、ルワード」

「へーい」


 ルワードは適当に返事をして受け渡された剣を持って外に出て行ってしまった。

 父上はルワードの専属メイドに視線を移して圧力を掛けるとメイドは申し訳なさそうに頭を下げ、ルワードを追って小走りで外に出た。


 本来、四歳はあのくらいのやんちゃさが丁度良いと思う。

 俺とセイスは出来過ぎた子供だから余計にそう思う。

 金髪はやんちゃすぎるが普通子供はルワードのように自由であるべきだ。



 父上の話が終わったので私も席を立ってフィオナと一緒にリビングを出て自室へと戻る事にした。

 剣は重たいのでフィオナに持たせた。

 流石に四歳で木製以外の剣を持つのは難しい。



「シャロル様……よろしかったのですか?」


 フィオナは何を思ったのか唐突に質問をしてきた。

 多分先程の剣術指導の話だろう、フィオナも困惑した顔付きになっていたし。


「えっと……何か疑問に思うところでもあった?」

「いえその、私はてっきりシャロル様は魔法使いを目指していると思っていたので。指導を拒否するのではないかと思っておりました」


 ああなるほど、そういう選択肢もあったのか。

 俺は母上に似ているし男でもないから剣士に向いていないかもしれないと思うのはおかしな事ではない。

 しかしあの場でそんな事を言える度胸なんて俺にはない。


 何だかんだいって剣もいずれ手に取ってみたいなとは思っていたし、不満要素なんて一切ないんだけどなあ。

 魔法も夢があるが剣にも夢がある。

 魔法使ってチマチマ倒すよりも豪快な剣の一撃の方がやってみたいって気もするからなあ。

 ゲームと違うってのは、分かってるんだけどさ。



「魔法使いになってみたいとは思うけど剣も試してみたいんだ。疲れたらフィオナの腕の中でぐっすりと眠る……みたいな生活もしてみたいね」

「もう……最近シャロル様、甘えてばかりではありませんか?」

「あれ、そうかな。ごめん」


 調子に乗り過ぎたか。

 でももう少し歳を取ってしまうと添い寝とか不意に胸を揉むとか出来そうにないからもう少しの間だけ調子に乗らせてもらうとしよう。

 来年までだ。

 来年から本気出す。

 ってこれじゃあ前世と何にも変わってないじゃないか。



「私は別に構いませんよ。遠慮なさらず、甘えて頂いても」

「お。じゃあたっぷりと甘えさせて頂くよ」


 フィオナにそんな事言われちゃったら興奮しちゃうなあ。

 興奮する。

 大事な事なので二回言っておく。


 男の記憶を持っているだけあって女性にしか気が向かないのはシャロル・アストリッヒとしては問題なのでちょっと悩ましい話だ。

 きっと俺はこの世界でも結婚できないだろう。

 女性、つまり同姓しか愛せないのだから。


 ……そう思うと男に生まれたかったとは思うが、男に生まれたら生まれたでフィオナの胸を堂々と揉む事など不可能だっただろう。

 間違いなくフィオナに拒まれる。

 そう思うと女に生まれてきて良かったと感じてしまう。

 フィオナは年齢の割に結構胸が大きいからなあ。


 ……俺も大きくなるのだろうか。

 邪魔そうだから、うまいこと大きくもなく小さくもなく整った物が出来ないかなと願っている自分がいた。


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