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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
29/50

27.日常

 俺達は忙しい旅行を終えて帰国し寮室へ戻って来た。

 旅行中は特に大きな問題もなく楽しいものとなったが帰国後に問題が発生する。

 寮室に戻って来て発生した問題なのだが…誰もが薄々察していたであろう人数である。

 シャロル、フィオナに追加されてアキレス、ノイエラ・グローセンハンクが俺の元にやって来た。

 人数が倍に増えたのである。


 寝具が足りなくなったのでレベッカから部屋に備え付けられている布団を一つ借りて、この部屋にある備え付けの布団を合わせて四つ用意した。

 部屋の大きさはというと……広いのでセーフだ。

 寮室と呼んではいけないくらい広いAAクラスの寮室は二桁の人数が寝泊まりしても大丈夫な気がする、まあ寝具をずっと広げておくスペースは無さそうだが四人くらいなら何とかなるだろうと思えるレベルだった。


 アキレスとノイエラには床に布団を敷いて寝てくれとお願いし頷かせておく。

 旅行を終えた日の夜は早く休む事無くノイエラはフィオナと共にキッチンにある道具の確認を、アキレスは俺と一緒に手に馴染む武器を探しに向かった。

 アキレスの選んだ武器はクレセントアックス……三日月斧と呼ばれる物で、巨大な三日月状の斧刃が棒に付けられた打撃系武器である。

 斧以外の武器も用意しようと言って小刀を選び、学校に置いてあるゴム製武器を借りた。


 旅行帰りの日はその後フィオナが作った料理を食べて就寝。

 そして次の日…今日を迎えた。


 朝起きると既に朝食の準備を始めているノイエラの姿があった、その近くにはフィオナが早朝すぐに買いに行った魔道具の加湿器を取り付けている。

 大人数で寝る部屋だから加湿器はあった方が良さそうだ。

 フィオナが良く気が回るな、流石俺の専属メイド。

 アキレスもいずれこのようになるのだろうか。


 加湿器は水を入れれば中に組み込まれている紋章術が反応して加湿してくれるらしい、電池要らずだが使用期限は一年と決まっているようだ。

 魔法で何でも出来るこの世界は便利で主力エネルギーも地球に優しいな。

 ……あ、地球ではないのか。温暖化とか心配要らなそうだ。



「おはようオーナー」

「おはようノイエラ……オーナーっていうのはちょっと、おかしいと思うけど」

「……何て呼べば良いの?」

「ご主人様って呼ぶのが公国の常識かな」

「そうなの?」

「まあ、嘘だけど」

「………」


 ノイエラがレミエルさんにやったように冗談を言うとノイエラは嫌そうな顔をして俺の方を見なくなってしまった。

 朝食の準備を始めているノイエラだが、料理をしているという訳ではなかった。


 朝食はサンドイッチらしい、自由に中身を決めて食べられるようにパンと中身は分けられている。

 今はパンを焼いている最中だろうか。

 面倒くさがりだったノイエラっぽい料理と言えるだろう、自由に中身を決められるサンドイッチは好き嫌いのある人でも美味しく食べる事が出来る。

 俺もフィオナも好き嫌いはないけどな。


「アキレス、起きなさい。主人より遅く起きるなんて許されませんよ」

「……ひっ!お、起きます!今すぐ起きます!」


 フィオナがアキレスを叩き起こす。

 布団を急いで畳み始めるアキレスの姿を見ながら笑い、自分の寮室がいつもよりも賑やかになっている事実を心の中で喜んだ。

 本を読める空間ではなくなってしまっただろうが楽しい空間になったはずだ、本を読む時間すら惜しむほど楽しい場所になるかもしれない。


 野菜を嫌うアキレスと強引に食べさせるフィオナ、執拗に料理の話を振ってくるノイエラと適当に話を流す俺。

 これまでこの世界で人との交わりが少なかった俺にとっては非常に楽しい時間だ。

 しかも全て女の子。

 ここはきっと楽園だ。

 学校に行かないで寮室に籠ってずっと彼女達と遊んでいたい。



「シャロル様、そういえば今日の予定決めてないけど予定はあるのか?」

「んー……そうだな。決めておかなくちゃいけないな」


 顎に手を置いて少し考える素振りをするとノイエラがウズウズと何か喋りたそうにし始めた、その隣に座っているアキレスはノイエラを気にせずゴム製の三日月斧と小刀を指さして練習のアピールをする。

 どうしたものかとフィオナの方に視線を移すとフィオナは首を小さく横に振りながらアキレスの方を見ていた。

 どうやらフィオナはアキレスよりもノイエラを優先してほしいようだ。

 アキレスがそこまで嫌いなのだろうか。


「じゃあ今日はノイエラに付き添おうかな。

 料理を教えるとも言ってしまったしね」

「では私は引き続きアキレスに礼儀と常識を教えましょう」


 ああ、そういう事ね。



「ほら!だから視線送ってたじゃんオレ!

 シャロル様の馬鹿!なんで選んでくれないんだよ!」

「アキレス…」

「ああーもう!ごめんなさいごめんなさい!」


 食事中に逃げ出そうとするアキレスを掴んでフィオナとアキレスは食事を中断。

 ソファーを占拠しフィオナはマナーの絵本を用意し始めた。

 もうここまで来るとアキレスを煽っているようにしか見えないがアキレスはフィオナに対して謝るばかりで勉強している素振りはなく、一向に成長しそうになかった。

 あれなら絵本で良いのかもしれない。


 残された俺とノイエラはアキレスの悲鳴を聞きながらゆっくりと食事を取り一緒に後片付けをする。

 皿洗いは全てノイエラに任せ俺は風呂に入る事にした。

 皿洗いするには身長が足りないのだ。

 ノイエラに任せたというより、ノイエラが見かねて一人でやると言ったというのが正しい内容になるだろう。


 風呂を出てからは昼と夜に作る料理をノイエラと一緒に考え、決めた料理の材料を午前中に買いに向かう事になった。

 熱心になってアキレスに物を教えるフィオナの姿はいつものフィオナとは違い何となく怖かった、ジト目を崩さないノイエラと割と冷静な俺は空気の差を感じてそそくさと部屋を出て行く。

 最後に見えたアキレスの涙目は…見なかった事にしよう。


 料理は昼飯を俺が、夕飯をノイエラが作る事になった。

 俺が作るのはパスタで良いかなとノイエラに一応確認を取ると、無難な料理ですねとコメントをくれた。

 キャベツとアサリを混ぜてパスタにするか。

 対してノイエラは味噌鍋を作る模様、本当に好きなんだなと心の中で思った。



「あの、今更なんですけどシャロルさん、大人びてますよね」

「シャロルで良いよ。……まあそうだね、私これでも七歳児なんだけどね」

「な、なな!?十歳くらいだと思ってました…アキレスもあまり驚いてないし」

「多少身長は高いけど八歳くらいが限度じゃないかな…。

 アキレスは単純に気付いてないんだと思うよ。

 そういうの気にしそうにないから」

「そうですね、アキレスですし」

「それがアキレスの魅力だけどね。馬鹿可愛いってやつさ」

「それは本人の前では言わないでください」

「分かってるって」


 本人の前で言っても大丈夫な気がするが…というか、俺の隣にフィオナがいればどんな事があってもアキレス関連は大丈夫な気がする。

 無駄話を終えた俺達は食材が売ってる店を探して街の中をウロウロと歩き始めた。

 店の場所はフィオナが詳しいが俺は詳しくない、なので魚介類を扱っている店を探すのには苦労する。

 途中で見覚えのある後ろ姿を見付けたので近付いて声を掛けた。

 特徴的な青髪、ポワルだ。



「奇遇だね、お買い物?」

「シャロル!……今市場調査っていう授業の課題をやってるんだ。

 これが結構難しくて」

「へえ、ポワルは相変わらず熱心に頑張ってるんだね。偉い偉い」

「えへへ……あ、シャロルのお友達…ですか?こんにちは、ポワルです!」

「ノイエラ。よろしく」


 大雑把にノイエラは自己紹介をしてポワルと握手した。

 ポワルはノイエラの態度を見て疑問めいた表情を浮かべていたが俺はそういう人なんだと笑って誤魔化した、適当で愛想が無いが悪い子ではないのでポワルもきっと仲良くできるだろう。


 ノイエラとポワルは同行中俺と出会った経緯を思い出話として語り合っていた、店を探している間は会話が尽きる事無くポワルが話題を作り俺達の口を開かせる。

 周りを明るくさせるのはポワルの一種の才能かもしれないな。

 ただ今は一緒に遊ぶ時間が俺にもポワルにもない、途中まで同行した後はポワルと別れて俺達は帰路を辿る。


 ノイエラにポワルの印象を聞くと少なくともレミエルさんよりかは好きだと答えてくれた。

 私の後輩だから当然だと返すとノイエラは口元から息が抜けるような笑い声を上げてそれ以上は何も言わなかった。

 ポワルもノイエラに対しては普通に接していたみたいだし愛想の悪さは気にされてないだろう、今日の夜は味噌鍋だし彼女を誘っても良いと思う。

 お誘いの手紙をポストに入れておくとしよう。

 仲間外れにはしたくないのでレベッカもちゃんと誘う事にする。

 女の子同士の鍋パーティーだ。


 自分達が買って来た食材だけで足りなさそうなので午後フィオナとアキレスのペアで買い物に行かせるとしよう。

 ひーひー言っているアキレスが目に浮かぶ。

 想像するだけで面白い。



 寮室に帰ってからフィオナに手伝いをお願いして俺がメインで料理を作る事になった。

 元々ノイエラに料理を教えると約束していたが、フィオナが俺に料理してほしくない気持ちを抱いているのは相変わらずらしい。 

 作ってあげたいって気持ちが強いとか言っていたような気もするが、ノイエラを雇った事に何も言わない辺りから察して多分違うと思う。

 人生経験の浅い子供に自分の知らない料理を作ってもらうのが嫌だ、とかかな。

 フィオナに限ってそんな事思う訳無いか。



「シャロル、切るのは私がやるから炒めて。見ててちょっと怖い」

「あ…うん、よろしく。身長と手の大きさが足りないから包丁は仕方ないね」

「……思ったより手際良くて驚いてる。

 火傷しないようにね、そっちも身長足りないだろうから」

「分かってる分かってる」



 ノイエラにキャベツを切るのを任せる。

 昔のキャベツは丸くないと聞いていたのだがこの世界のキャベツは丸かった、丸いキャベツになったのは数々の品種改良によって生まれたと記憶しているのでこの世界でも品種改良は普通の事なのだろうと納得する。

 育種自体は随分と前から存在し遺伝子という言葉が伝わる前から植物の優劣を分けて良い遺伝子を持つ植物を分けて育てていたとも聞く、いずれメンデルの法則とかも誰かが見付けてくれるのだろう。

 あるいはもう見つかっているのだろうか。

 …どちらにせよ、農業の革命はそう遠くない未来のはずだ。


 パスタが茹で終わる前にキャベツも茹でるため鍋に入れ、みじん切りにしたニンニクとアサリを炒め、酒を入れて蒸し焼きに。

 後は適当に味付けをして湯切りしたパスタを和えて完成。

 久し振りに料理を作れて満足だ。


 テーブルに料理を持って行って各々は席に座り手を合わせる、フィオナは隣に座るかと思っていたけれど今日はアキレスに付きっ切りなのか向かい側にアキレスと一緒に座っていた。

 必然的にノイエラは俺の隣に座って手を合わせる。

 アキレスはお構いなしにパスタを頬張りフィオナに頭を叩かれていた、フィオナのルールでは従者が主人より先に食べてはいけないのだそうだ。


 逆にそれが早く食べろという主人へのプレッシャーになると思うのだが、本来メイドと主人は食事を一緒に取らないしこういう問題が起こるのは仕方ない。

 俺が最初に食べ、ノイエラとアキレスが続いた。



「…旨い!久し振りに旨いパスタ食ったぜ、流石オレの主人様!」

「これくらいは普通だと思うけど…不味いパスタでも食べてたの?」

「アーリマハットの暗い部屋で結構食ってたよ。

 まー作るの楽って理由で麺類は多かったからな。

 ドロドロの液体と絡ませて麺を食うんだ」

「クリームパスタ……カルボナーラ、とかかな?」

「なんだそれ、戦士の名前?」


 な訳ないでしょとノイエラの冷たいツッコミを無視してアキレスはパスタを頬張り続けた。

 ここまで美味しそうに食べてくれると嬉しいな。

 フィオナも美味しいと言い、ノイエラはカルボナーラとは限らないんじゃないかとさっきの話を掘り返していた。


 俺はテレビでやってた料理番組の料理に詳しいだけで、本当に料理に詳しい訳じゃない。

 パスタとスパゲティの違いって何と言われたら雰囲気と答えるレベルだ、スパゲティがパスタの一種だと知ってからはパスタとしか呼ばなくなった。

 適当な場所でノイエラの話は切っておく。

 当の本人はパスタを頬張って聞いちゃいないので話しても問題はないけど、奴隷商館の料理話なんてしても良い気分にはならない。



「ご馳走様。夜はノイエラの番だから楽しみにさせてもらうよ」

「……食事後に食事の話なんて考えられない…」

「じゃあ考えられるようにオレがお前のパスタ食べてやるよ」

「…刺すよ?」


 フォークを構えようとしたノイエラにアキレスは両手を上げて降参した。

 本人がそうさせているようにも思えるが、アキレスは弄られキャラとして皆の意識下に定着してしまったようだ。


「ご飯食べたら鍛練に行こう。ノイエラを一人にさせちゃうけど良い?」

「鍛練…フィオナも?」

「私には弓があります。主人を守る為の術くらいありませんと」

「はー、メイドってすげえんだな。あ、おかわりある?」

「無いよ」


 夕飯に期待しておきなさいと伝えると、プレッシャーを掛けないでと目で訴えてくる隣のノイエラが俺の膝を摘まんだ。

 微笑むとそっぽを向いてしまった。

 この料理で心が開けたなら良いのだが果たしてどうだろうか。

 舌打ちはもう御免だ。


 アキレスに剣を教える方法は自分の父上を参考にしてやらせてみる事にした、まずは持ち方、素振り、筋力トレーニングをメインにして打ち込みは少し慣れてからにする。

 大事なのは父上が“兄達に教えた方法”か“俺に教えた方法”かであるが、アキレスにやるのは俺に教えてくれたやり方である。

 口答えや気が緩んでいるだけで素振りと筋力トレーニングが増えるハードモードだ。


 まあ加減はするつもりだが、出来る限り早くモンスターとの実戦を積ませたいので基礎はしっかりと、それに幾つか応用も組み込んでいく。

 実戦自体俺とフィオナはあまり経験が無いので身を守る術くらいは覚えておいてもらわないと困る。

 俺には降魔術と魔法が、フィオナにはイフリートの指輪に護身の力が宿っていて何とかなるらしいが、アキレスには万が一の状況になった時に使える何かが無い。

 逃走できる脚力も付けておく必要があるだろう。



 ひーひー言うアキレスの背中を叩いて気合を入れさせ、休憩を交えつつ何度も俺と同じように素振りや走り込みを行った。

 打ち込みをしようかなと思った頃には既にへばっていたのでまた今度だ。

 しばらくは今日と同じだけ体を動かすぞと彼女に言うとギリギリ何とかなりそうだと息を切らしながら呟いていた、明日からは筋肉痛を伴いながらやる事になるなんて思っても無いのだろう。

 父上にしごかれていた俺とまるっきり同じ考えだ。



 俺は全身の気を抜くように息を吐き、腰を下ろしてフィオナが持って来ていたタオルで汗を拭く。

 ……あ、アキレスの分を忘れていた。

 アキレスは俺のタオルを見ながら口を尖らせ、手を出してきた。


「シャロル様が使ったタオルで良いから貸してくれよ…」

「ん…、悪いな。これで良いの?」

「気にしねえよ、汗が拭けるだけありがたいってもんだぜ」


 そういうものなのだろうか。

 タオルを貸しただけなのになんだかドキドキする、スポーツ少女と付き合ったらこういうイベントがあるのかなと気になった。

 異性とのタオルの貸し合いイベント。

 ……今は、同姓だけどさ。



「お……シャロル、終わったとこ?」


 服の胸元をパタパタと扇いでいると俺に気付いたレベッカが遠くからどこからかやって来た。

 フィオナは一礼し、俺は適当に手を上げてやあと挨拶する。


「丁度終わったとこ。悪いけど今日は試合する体力ないや、ごめん」

「旅行から帰って来たばかり?」

「昨日帰って来た。数日とはいえ少し腕が落ちたかもしれないからまた相手してね。

 ……あ、今日鍋料理なんだけど一緒にどうかな?」

「え…良いの?」

「仲間が増えたから紹介したいしね。

 七時くらいからやるからさ、待ってるよ」



 俺の言葉を聞くとレベッカは分かったと大きく頷いて駆け足で寮室へと帰って行った。

 今の時刻は五時くらいなので後二時間くらいあるのに気が早い。

 ……そういえば、食材が足りないから午後も買いに行こうとしていたのを思い出したので俺達も部屋に戻る事にする。


 寮室には一人取り残されていたノイエラはソファーで寝息を立てていた。

 起こさないようにしようと三人で頷き、フィオナとアキレスに買い物のお願いをする。

 これから四人で生活するのは逆にノイエラに暇な時間を与えすぎてしまうな、その面は雇い主として少し考えて行かなければならない。


 暇な時間はどこかのレストランで働かせる事にしよう。

 稼いだ金は自由でも良いか。

 彼女のステップアップにも貢献できるだろう。



「……あれ、もう、帰って来てたの?」

「おはよ。目覚めのキスでもする?」

「いらない、シャロルはおませさん過ぎ」


 ノイエラは俺の足音で起きてしまい目を擦りながら体を持ち上げた。

 その隣に俺が座り彼女の方にもたれ掛かる。

 迷惑そうな顔をするが退きはしないようだ。

 子供のする事だからと許容してくれたのかもしれない。


 しばらく無言になってしまったので何か話すキッカケを作ろうとノイエラの脚を触るとパンと手を弾かれた。

 子供っぽい意地悪も彼女は許してくれない。

 ふうと小さく溜息を吐くとノイエラは顔を赤くして急にこちらを振り向き、ごめんと言って―――



 俺の股を服の外側から触って来た。



 な、なに?

 何かを確かめるようにノイエラは俺の下半身を擦り、放心している俺を無視して股を触り続ける。

 くすぐったいというか、もうこれ完全にアウトだよノイエラさん。

 ちょっと、気持ちいい、し……。


 ノイエラは満足したのか俺の体から手を放し、少し距離を置いてソファーに座り直した。



「…一瞬、男だと思った。失礼な事思ってごめん」

「あー…うん、そう……、きっ、気にしてないよっ!」


 てっきりそっち方面の人かと。

 驚きはしたけど触られる事は何となく慣れている、実家にいた頃母上に色んなところを触られていたから慣れてしまったようだ。

 驚くほど冷静に対処できた事に更に驚く自分。


 まだ触ってほしいとか言ってもノイエラに引かれて終了だろう。

 失敗が分かっている選択肢には踏み込まないのが吉だ。

 ノイエラに距離を置かれてしまうのは嫌なので頭を倒して膝を借りた、些細な事で亀裂を生むのは避けなければならない。

 まだノイエラは俺に対して心を開いてないような気がする。


 ……アキレスが心を開きすぎているからそう見えるだけかもしれないが、三人の中で一番心の距離が遠いのはノイエラのはずだ。

 関係の修復は出来るだけ穏便に手早く済ます。

 こういう時にココロちゃんから言われた魅了が上手く使えたらと感じてしまう。

 ……やっぱり、魅了なんてどこにもないんじゃないかな。



「ああそうそう、今日は鍋だって事で何人か招く事にしたよ」

「え、食材追加で買って来たけど足りない?」

「フィオナ達に買い物行かせたから問題ないよ。

 それよりこっちは何品か別の料理を作ろう。

 ネストで食べたあのアボカドのやつとか…冷蔵庫の物だけで作れるかな?」

「う、うん。任せて」


 ノイエラは胸を叩いて作業に入った。

 それを手伝おうと考えるが、それじゃ雇った意味が無いと思いソファーで本を捲る事にする。


 本の中にある、“戦争”の記述を目で追いながら小さく溜息を付く。

 こんな日常を過ごしていたら誰しも気を抜くはずなんだ、そんな時に攻め入られたらニューギスト公国は一体どうなってしまうのだろう。


 ゼハール商会―――。


 アーリマハットが戦争を起こすと決まった訳じゃない、絵空事かもしれない、確証なんてどこにもないのに、俺の頭がどこかで危ないと告げている。

 それに……ゼハールって、聞いた事があるような……。

 気の、せいだろうか。

 何かが起こる可能性を配慮して父上には俺が分かる範囲の情報を記載した手紙を送っておいたが戦争ともなれば父上一人の力だけではどうにもならない、ユーリックやレミエルさん達とも情報交換をしておいた方が良いかもしれない。


 戦争がどの国で起こるか分からない以上、敵同士になる可能性はあるが……国の対立だけで信頼関係が崩壊するなんて事は無いはずだ。

 ……一方的な信頼をくれるレミエルさんは分からないけど、情報源は多いに越したことはない。

 動かなければならないのだ。

 忍び寄る闇は俺の卒業まで待ってはくれないのだから。


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