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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
27/50

25.リアナとアキレス

 命の掛かっていない試合(れんしゅう)とは違い本番は口数が減る。


 前から迫り来る犬のような獣、何十という迫り来る敵を相手に俺は武器を引き抜いて敵の方向に剣先を向けた、その合図と共にフィオナが後ろからイフリートの弓で一匹一匹数を減らしてゆく。

 それでも全ての数がそれで殲滅できる訳ではなく、それによって俺が近距離戦で全て蹴散らせる程の数になる訳でもない。

 敵にも知性があり弱いからこそ群れて行動している、単独で攻め入ってくる獣の姿はどこにもなかった。


 剣を右に突き出してフィオナに合図し、俺は左手を空けて魔法を生成し敵の中央に放つ。

 風魔法の風槍(ウィンドスピナ)数発で敵を攪乱し、父上との対決時に使用した土の破壊槌を地面から突出させて敵の動きを二分させた。

 敵は右と左に分かれるしかない、二手に分かれた内の片方は合図していた事もあってフィオナがスムーズに弓を射る。


 しかし動く敵は的を射るのが難しく当然フィオナも苦戦した。

 そこでフィオナが取り出したのはアルコールの入ったビンだ、空中に投げたそれを速射で貫き、イフリートの弓矢の特性である発火によって爆発を起こす。

 獣の耳は人よりも良いので爆音だけで全体の動きを鈍らせる事ができる、視覚と聴覚を爆発に奪われた残りの獣達へ瞬時に近寄りまずは一匹と首を跳ねた。


 一瞬の事に動揺する獣ではあるが彼等にも生存本能がある、目の前に自分の命を奪う者が現れた時怖気づく人間は多いが、獣は大体逃げるか戦うかの二択だ。

 そして彼らは、戦いに来る。



 動揺と焦りは大きな弱点となり、そのせいで一匹一匹と斬られてゆく。

 だがこちらにも余裕がある訳ではなくフィオナを気に掛ける必要があった、彼らの攻撃を剣で弾き、フィオナの方へ向かおうとする獣を風槍(ウィンドスピナ)で吹き飛ばし、数によってやや押されている状況の中一匹一匹確実に潰していかなければならない。


 このままでは厳しいか、そう思った時にフィオナは二発目の爆発射撃を行った。

 視界を奪われないくらいの林が戦場だったので火は燃え広がろうとしている、仕方ないなと思いつつ魔法で水を構成し雷属性と風属性で形を固めて矢を作っておく。

 雷纏う水撃(ライトオースピナ)だ。


 ロイセンさんには通用しなかったが生物であれば電気は通じるはずだ、敵のいる方角に何十とバラ撒いて感電させつつ消火も行う。

 残り数体。

 横目で確認したが彼等の持ち味である数という戦力は既に無くなっていた、しかし逃げもせずここまで戦えたのはもう少しで攻撃が通りそうだという瞬間が何度もあったからだろう。

 群れなら全滅なんてあり得ないとでも思っていたのかもしれない。


 俺達から距離を取ろうとする獣だが距離を取ったところでフィオナの射撃は続く、風槍(ウィンドスピナ)で足止めができる以上逃げるなんて選択はあり得ない。

 もっと数がいれば逃げる事も可能だっただろう、だが今は数えられるほどしかいない。


 獣が大きく吼え、それを合図に彼等は一斉に立ち向かってきた。

 フィオナは近付くまでにその獣を数を減らし、俺は最後まで立ち向かって来てくれた最後の獣達をぶっ叩き、蹴り、薙ぎ払った。

 最後の一匹を剣で貫き、林は静寂へと返る。


 血で濡れた銀色の兜を取って一息付くとフィオナが小走りでこちらに近寄って来た。

 ハンカチで丁重に鎧の血を拭こうとし始める。

 遠距離武器のフィオナは軽装備で肌が見えている部分もあるというのに返り血を一つも浴びていない。

 ……遠距離装備が少し羨ましくなるな。



「やめなさいフィオナ、どうせ意味がないんだから」

「しかし……このままではお美しい髪の毛に血が付いてしまいます」

「髪の毛…?ああ、そういう事か。なら兜は被っておこう」


 俺の鎧はどこから見ても装甲だらけで兜もフルフェイスである、つまり脱がない限りは自身の体に返り血が付く事なんて絶対にない。

 フィオナの言っていたのは兜を脱いだ時に長い髪の毛が鎧の外に出て鎧の表面に付いた血に接触してしまう事を言っているのだ、この世界の兜というのは魔法によって髪を纏める魔法が掛かっているらしく剣道のように髪の毛を手拭い等で巻く必要が無い。


 ただし纏める魔法が掛かっているのは大体高価だ。

 纏める魔法は光属性の魔法なので付与できる魔術師が極端に少ないらしい。

 ちなみにその魔法は既に習得済みだ。

 時間は掛かったがこの技術によって高価な装備を買わなくて良くなったと考えると良い将来の投資になったと思う、最近ロイセンさんが自分の作った防具に付与してくれとお願いされる事が多くなったが交換条件で武器の手入れとかも頼めるので文句は無い。

 武器の手入れはフィオナも出来るがやはり本職の人がやると違うのだ。



「血でベットリだな。後で手入れを頼んでもいい?」


 狩りの後はある程度返り血を拭かないと門番が通してくれない。

 これは田舎以外なら全ての国で適応されている基本である。

 ……俺の生まれた名も無い集落にはそんなルールがない。まあ周囲にモンスターが一切いないというのも理由の一つだろう。

 定期的に父上や狩人達が獣を狩っていたらしい。

 ポワルの父親も食用の獣を狩っていたりしていたようだ。


「お任せ下さい。…えっと、手入れの前にこの獣達の牙を一本抜かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「お願い、じゃあ終わるまではそこで鎧を拭いておくよ」



 犬のような獣の討伐依頼。

 Dランクの冒険者になってから初めて受けたDランクの依頼だ。

 群れと遭遇したせいで危ない場面も多かったが実力的には何とかなる相手だった、問題があるとすればパーティーの人数不足という面だろう。


 前衛も足りないし後衛も足りない。


 俺が分裂して魔法役と前衛役になりフィオナが分裂して射撃役と回復役に分かれたら完璧な気がするけど俺達はプラナリアじゃないからなあ。

 戦闘役の奴隷を買おうにも冒険者ランクを上げないといけないし、ポワルやレベッカもDランクになるには少し時間が掛かる。

 料理できる子も雇いたいって宣言しているしやる事は多い。



「終わりました。では馬車に戻りましょう」


 ……冒険者として狩りを行いながら俺達は新学期早々旅行をしている。

 色々と経緯があり、旅行と言えるほどのんびりできる旅路ではないのだが、フィオナといれば楽しい日々だ。

 ―――馬車で酔うまではそう思っていた。



 新学期に入ってからすぐにトウヤは実家へと帰って修行を始めた。

 オズマン先生もこれには苦笑いしていたが強くなる為という純粋な理由は高く評価していたようだ。


 レベッカは新入生クラス分けの試合で大して強くない相手にうっかり負けてしまったようで酷く落ち込んでいた、放っておいてくれと部屋に引き籠ってしまったので少しの間だけ一人にしておこうと思い放置。

 授業中一人になるけどポワルがいれば楽しくなるだろうとテンションを上げようとしたがポワルもポワルで忙しいらしい、スケジュールを見たら確かに忙しそうだったので当分会うのは控えようと断っておいた。


 ポワルは会いたがっていたがポワルの成績の方が大事だ、やむなし。

 俺が新入生の時は忙しくなかったのだが、あれはAAクラスの特別処遇だったのだろうか。

 ちょっと謎である。



 …という訳で、身近にいる友達全員が忙しいので今ある課題を先に消費してしまおうと思い立った俺は早速旅行の計画を立てる事にした。

 まずはDランクの討伐依頼がどのようなものか経験しながらアーリマハットへと向かい戦闘用の仲間を確保、その次にネストへと向かい料理人の確保、あとネストではユーリックが会ってほしいと言っていたレミエル・ウィーニアスと顔を合わせる予定だ。


 ついでにレミエル・ウィーニアスからはネストで美味しいと噂されている隠れ名店を幾つか案内してもらう予定でいる。

 一人確保できたら時間を置かずにアーリマハットを経由して公国へ帰る予定だ。



「おう。そろそろ着いたぞお嬢様方。前と同じ宿だ」


 御者は前にアーリマハットに連れて行ってもらった元冒険者の男だ。

 名前はバルゲル、というらしい。

 御者さんといつも呼んでいるのできっとそのうち名前は忘れてしまうだろう、それでも縁が合ったので一応聞いておいたのだ。


 元冒険者なだけあって冒険の話はタメになるものがある。

 ロイセンという冒険者を知っているかと聞くと鼻で笑いながら「あの鍛冶師になった男か!」と言ってくれたので冒険者として働いていたのは同じ時期だったのだろう。

 バルゲルさんが御者になった理由は安定した収入を貰って家族を養う為だそうだ、適当に進んだロイセンさんとは真反対である。

 二人共良い時期になって第二の人生を歩み始めたようだ。



「早速奴隷商館に向かおうか。善は急げだ」

「……何ですかそれ?」

「急いで行動しないと良い事は生まれないって言葉さ」

「博学だねえお嬢様は。宿の受付は済ませておくから先に行ってくると良い」

「ありがとう御者さん」


 フィオナの手を掴んで駆け足で奴隷商館の方へと向かう事にした。

 まだ汚れの残った鎧を着ているので剣士としての凄味が漂っているものの、低年齢なので身長が追い付いていないし女であるのも減点対象だ。

 もしかしたら商談でなめられる可能性もある。

 何かあったらレグナクロックスでも出して脅してやるつもりで挑もう。



 商館の前にいる男に奴隷を買いに来た旨を伝えると凄い嫌な顔をされた。

 一度中に入ってオーナーに確認を取りに向かい、悪いがオーナーは大事な商談時期で忙しいから別の日に来いと言ってくる。

 仕方ない。前にアーリマハットで出会った奴隷商さんに聞いた言葉を試してみるか。


「ゼハール商会に紹介されたんだけど、それでも駄目かい?」

「……なっ…、ちょっと待ってくれ。

 俺の聞き間違いかもしれない、もう一度オーナーに聞いてくるから少しお待ちを……」

「時間がない、急いでくれ」

「…っはい!」


 下っ端っぽい動揺っぷりで商館の前に立っていた男はオーナーに確認しに向かった。

 彼らの中でゼハール商会というのは非常に重みのある言葉らしい、一分も掛からずにオーナー自ら走ってやって来た。

 スポーツ刈りのサングラス掛けた体格の良い男だ。

 チャラついていないが不良っぽくも見える、サングラスを外せば一般人風にも見えるだろうといった感じだ。

 場に応じて人に与える雰囲気を変える事が出来る。

 仕事が出来る人だろうと俺は一瞬で判断した。


「すみません部下が大変失礼な真似を致しました。

 本日はどのような奴隷が要り様ですか?すぐに……ご用意致します」


 俺の方を見て少し驚いていた。

 まあ、ただの鎧着た女の子だからな。

 ここは威圧的な言葉遣いを選ぶ必要があるかもしれないな。


「若い娘だ。外見は良い者を一人、戦闘用で購入する」

「……ここは外なので中でお話しましょう」


 オーナーに連れられて商館の中へと入った。

 部下は着いて来なかったのでゼハール商会の人間だという事は信じてもらえたのかもしれない。



「戦闘用と言いますと……戦争で?」


 ……戦争?

 っと、ここで動揺する訳にはいかない。


「戦争…?いや、違う。斥候に使うんだ」

「斥候とは?」

「スパイみたいな者だ、外見の良い者を使って情報を盗む。

 私はゼハール商会の中でも別の枠組みに入れられているからな。

 戦争と言われても商会の企ては深く理解していない」

「そうなのですか……私も下っ端のように扱われていますから心中お察しします。

 何でもどこかに攻め入るとか……」


 ちょっとくらいカマを掛けるくらい容易い話だ。

 剣と魔法の存在、自分の実力が勇気を後押ししてくれる。


「時期については聞いているのか?」

「……いえ。特に何も……」

「そうか。もしペラペラと私に話すようであれば首を跳ねていたかもしれん。

 そういう商会内の計画は相手が良いと言うまで黙秘しろ。

 例え相手が商会の者であってもだ」

「はい、失礼致しましたっ!」



 ゼハール商会というのはとんでもない組織らしい。

 オーナーを騙しつつ商会の人間っぽく振る舞うこの感じは何となく人狼ゲームを思い出させた。

 電源を必要としないゲームは結構やった事があるので人狼は不得意ではない。

 人狼ゲームが得意と言わないのは『得意=嘘が上手』だからである、あんまり喜ばしいステータスではないはずだからだ。


 オーナーに石壁で出来た小さな部屋に通され木材で出来た椅子に座るように促された。

 中央には長テーブルがあり椅子は全部で四つある、だが向かい合ってオーナーが座る様子はない、どうやら奴隷を集めに向かうようだ。


 では集めてきますので少々お待ち下さいと頭を下げてドアの向こうへと消えていってしまった、奥へ続くドアは他と違って頑丈な鉄製で出来ているのでこの先に商品があるのだろう。

 ここから奥の扉は全部鉄製に違いない。


「……シャロル様、何でそんなに平然としているんですか…?」

「話は後だ。フィオナは話すな表情に出すな。私が全て事を済ませる」

「…分かりました」

「心配しないでフィオナ。こういう読み合いは嫌いじゃない」


 戦争とかヤバそうな話はとりあえず保留だ。

 詳細が分からなかったのだから今動揺しても仕方がないだろう。

 大体公国が攻め入られるって訳じゃない。

 アーリマハットの事情なんてどうでもいいのだ。

 先生に話しておけば何とかしてくれるだろう。

 ……多分。



「お待たせ致しました。四人ほど良い奴隷がいましたので紹介します」


 オーナーは四人の女の子を連れてきた。

 銀髪少女、青髪少女、赤髪娘、黒髪女性だ。

 銀はフィオナと、青はポワルと被るからと適当に二択まで絞ってしまった。

 顔は誰でも可愛い。外見が良い者をと言っただけの事はある。


「この中に魔族はいるか?」

「はい、赤髪のリアナは竜魔族でございます。

 黒髪のセリアナは没落した貴族の娘でハーフでございますが……」

「竜魔族か。…売られた経緯は?」

「それは当然この赤髪です。

 竜魔族は青髪が当然で、対立している紅魔族が赤髪なので差別も多く、忌み子と呼ばれ親に売られてしまったのです。

 竜魔族は他と比べて腕っぷしが強いですよ」

「見た目が良くて腕が強いのならこの上ないな。

 私は急いでいる、それを買おう。して、幾らだ?」

「千二百ほど頂きたいのですが…千で如何でしょう?」



 フィオナに確認を取るまでもなく高い。

 この外見で女性で腕力があるとなるとそんなに高くなるのかと驚いた。

 オーナーは部下を呼んで奴隷をすぐに部屋から追い出し、赤毛の娘だけ別の部屋へと移動させた。

 身形を良くしてくれるのだろう。

 奴隷の汚い服で外を歩くのは主人に失礼だからだ。


「それで手を打てるが……今は移動中であまり金を使う事が出来ない。

 ……戦争の時期を教える、それで値を下げる事は出来るか?」

「しかし深くは知らないと…」

「時期くらいは知っている。それが本当の戦争の始まりか、情報戦の始まりかは分からないけどな。

 知っているだけ気が安らぐんじゃないかな?」

「……では、それを含めて千ほどで如何でしょう?」

「六百まで下げてほしい」

「…それは冗談が過ぎます。商会とはいえ、そこまでの譲歩は出来ません」

「……戦争は荒れるぞ、経験してない者には分からない」

「子供に言われるほど落ちぶれてはいませんよ」

「……子供、か。………実は…こう見えて私は中級魔法が使える」


 俺は無詠唱で大風玉(おおかざだま)をオーナーの目の前で作り出した。

 大風玉は中級魔法の中では断トツに有名な魔法なのでオーナーもすぐに分かったらしい、片腕飛ばしの異名は伊達ではない。

 俺は見えない壁を作り出す光風(ライトニングウェイブ)で大風玉を覆いながら握り潰すように魔法を消滅させ、魔法を完璧に使いこなしている事をアピールする。

 光風が無いと握り潰して消滅させるなんて出来ないので力技である。



「こんな子供が急に事件を起こすんだ。……荒れるに決まってるだろう?」

「……七百まで下げましょう。それで如何ですか?」

「身形を最大限良くしてくれればそれで良い」

「では決定で。戦争の時期はいつなのですか?」

「…何事もなければ冬になる。冬場故、食糧難、物流も減る可能性がある。

 金を作って保存食を早めに用意した方が良いだろう」

「冬場…ですか。分かりました、ありがとうございます」


 嘘ばかりである。

 何事もなければという枕詞もあるしどうとでも取れるだろう、冬じゃなければ何かが起こったのだと思うはず。

 戦争が起こると分かっているなら食糧を確保するのは正解だろう。

 こんな適当な助言で安くしてくれるってことは戦争が起こるのは確実、或いは確実と思わせるほど商会の存在が大きいということだ。

 頭の隅に留めておこう。



 ――――――――――


 綺麗な白のワンピースを着た赤髪の女の子を購入しオーナーに見送られて商館を後にした。

 赤髪の彼女は男っぽくてワンピースは少し似合わない気がする、でもワンピース自体は良い物なのでオーナーのちょっとした反抗心かもしれない。

 奴隷の平均価格の少し高め程度で可愛い子を購入できたので文句は無い。


 奴隷の年齢は十三らしい、フィオナより三つ年下である。

 長い距離を無言で歩いて宿に戻り部屋へと入る、人数が増えたので追加で安い寝具を借りる事になった。

 部屋に連れてきても赤毛の子やフィオナは喋る気配が無い。

 まずは俺が口を開くしかないようだ。

 もう気を張らなくて良いというのにフィオナは黙りっぱなしだ…。


「まずは奴隷君の名前を決めようと思う。何か良い案はあるかい?」

「……オレはリアナ、もう名前はある」

「それは誰が付けた名前?」

「……………」

「過去を引き摺って生きてほしくはないんだよ。未来を見てほしい」

「…オレは…戦争なんてやる奴の気が知れない。お前達なんて嫌いだ…」

「……戦争?」

「するんだろ?部屋の話は聞いてた。オレは耳が良いからとぼけても無駄だ!」


 盛大に勘違いしていた。

 俺は大笑いして彼女をきょとんとさせ、一息付いてから誤解を解いた。

 自分が竜を倒すパーティーを集めるために一人奴隷を購入しようと思い立った事や、これから起こる何かに備えて力を蓄えようとしている事を話した。


 これから起こる何かとはまだ分からないものの、世界の災厄という言葉を使った。

 レグナクロックスが薄らとほのめかしている世界を守る使命。その使命を持つ奴が動いているのだから何らかの意味がある……という確証の無い推測だ。

 世界の災厄は俺に魔法を教えてくれた人がほのめかしていたからと嘘を作って赤髪の子に教えておいた。

 噂話は信じないタチらしく呆れ顔だったが俺が本気って事は信じてもらえたようだ。


 そして俺がゼハール商会だと大嘘かまして自分を安く買ったのだと理解してくれたらしい。

 彼女は大きく笑って出てきた涙を手で擦り始めた。



「商館の奴らもざまあないぜ、ちょっとスッキリした。

 アンタが普通の人で、竜を倒そうとしてるとんでもない野望持ちって事は分かった。

 …さっきは悪かったな」

「気にしてないよ。じゃあ名前を決め――

「シャロル様に対してアンタとは貴女は一体何様なのですか?

 失礼極まりないです!」

「わ、分かったよ。フィオナ様、シャロル様」

「私をシャロル様と同列に扱わないでください。シャロル様に失礼です」

「……じゃあ、フィオナ、さん」

「フィオナ。教育は後でしてほしいな、話が進まない」



 どうにも俺を持ち上げたがるフィオナは放置する。

 リアナという名前も良いがやはり変えた方が良いだろう。

 これは未来を見てほしいなんて事だけではなく、竜魔族と会った時に売られた娘だと気付かれる可能性を少しでも下げるためでもある。


 本人に聞いても希望はないというので自分で考える事にした。

 ちょっとボーイッシュな彼女に似合いそうな名前ってなんだろう、或いは格好良い名前を考えた方が良いのだろうか……。



「…うん、アキレスとかどうかな。私が知っている神話の戦士の名前だけど」

「……アキレス。ああ、良いな。格好良い!」

「それじゃあよろしく、アキちゃん」

「う…もう少しアキレスって呼んでくれても良いのに…」

「あはは、気に入ってくれて何よりだ」

「これからシャロル様に対しての言葉遣いを教えてあげます。

 シャロル様、しばらくお時間頂いてもよろしいですか?」

「ああー…あんまり厳しくしないように頼むよ。風呂入ってくる」


 大きな反発もなくて安心し俺は言った通り風呂に入る事にした。

 とりあえずアーリマハットでやるべき事は果たせたのでまずは一安心だ。

 これからレミエルと料理人の件があるのでまだ気を抜ける訳じゃないが今は一息付いても良いだろう。


 しかし…戦争という物騒なワードをどう処理するか悩む。

 今思えば綱渡りのような騙し合いだった。


 前にアーリマハットの裏路地で出会った男はゼハール商会に関与している人間だったのだろうか、そうだとしたらかなり下っ端だったに違いない。

 ゼハール商会という言葉の強さはかなりの物だった。

 間違いなくあんなに軽々しく紹介して良い物ではなかったはずだ。

 彼はきっと偶然知り得たのだろう、そしてその情報を俺に回した。


 文句を言いに行きたい所だが俺が実験台にされた可能性もある、言いに行けば成功した事を教えに行くようなものなので気が向かない。

 俺の足りない頭では前に出会った奴隷商の男が一体どのような立場にある男だったのかまでは分からなかった。

 ゼハール商会と関与があるかないか、それさえも分からない。

 戦争という物騒なワードが出されている以上、あまり関わらない方が良いだろう。

 これからしばらくはアーリマハットに近付かない方が得策だと思える。


 これに関しては父上や母上に相談した方が良いかもしれない。

 頼れる両親を持っていて良かったと心の底から思うのだった。


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