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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
3章【そよ風兎編】
26/50

24.二年生

 俺とレベッカは二年生になった。

 クラスは相変わらず他と切り離されたAAクラスに振り分けられ、共に同じ講義を受けられるように受講申請も調整してから提出した。

 これは俺とレベッカだけなのでトウヤは例外である。


 俺達が数多くの講義を受講したのに対し、トウヤは対照的に受講の数を最低限に減らしていた。去年の俺みたいである。

 受講数を減らして休みを増やし、時期を見て実家に帰って父親に稽古をつけてもらうらしい。

 確かに学校で教わるよりも剣の世界一に教わった方が良いだろう。

 何で学校来たんだろうとか思っちゃうけどな。


 二年生になってからまず最初に起こった出来事は冒険者ギルドのランクがフィオナと共にDランクに上がった事である。

 これによってスライムとかゴブリンとかファンタジー世界御用達のモンスター討伐の許可が下りた。

 Dランクで狩れるモンスターの中でも一番強いのはアーリマハット近辺に生息している駆動蜘蛛と呼ばれる黒くて巨大な蜘蛛らしい。


 そう、スパイシースパイダーの食材である。

 討伐報酬は高くないがその蜘蛛から取れる素材が色々と売れるらしい。

 脚は食材として、獲物を引き裂く為にある長い右牙は装飾や武器の素材に、獲物を食べやすいように噛み切る為の短い左牙は薬用に使えるそうだ。

 俺の知っている蜘蛛は何の役にも立たないのだが異世界(こっち)は違うようだ。

 いずれ狩りに向かうとしよう。



 今日は学校の始まる少し前の日で、先生方からレベッカと一緒にお呼び出しが掛かっていた。

 AAクラスとAクラスの生徒数十名が集められ、とある者達と戦ってほしいとお願いされたのだ。

 戦う相手はこれから入学してくる新一年生達。

 今年の生徒人数は昨年よりもかなり多いので先生方だけでは手に負えないらしい、実を言えば去年も足りなかったようだが今年は次元を越える大変さだそうだ。


 十人との連戦なんてザラだったが意外と疲れは来なかった。

 Aクラスの生徒はバテつつあるがAAクラスの俺達は疲れていない。

 ユーリックやレベッカと戦い合った質の高い戦闘経験のお陰で無駄な動きを減らせているのだ。

 相手に隙が多くある分自分の新しい動きを実践でき、初心者らしい先の見えない攻撃への対処を学ぶ事が出来た。

 格闘ゲームで言えば“ぶっぱ”というやつだ。


 レベッカやユーリック…たまに戦うオズマン先生辺りは次にどう動くかをある程度見据えて攻撃している、数手先の行動を視野に入れて行動をしているのだ。

 布石を置き、攻める起点を作る良手を突いてくる。

 それが初心者には無く悪手を突いてくる、そのせいでとてもやりにくい。


 行動全てが意外性の塊で対処するのも一苦労する場合がある、圧勝するケースの方が多いがたまに苦戦しているのも事実だ。

 ……まあ俺の戦法は少しだけ先を見据えているだけの“ぶっぱ”に近いので今相手にしている人達よりもよっぽどタチが悪い。

 俺の戦闘スタイルは一撃一撃が強いのでクセが強く、魔法と剣術の両方を主力として押し切る珍しい型だ。

 その異質性は格闘ゲームで言う“投げキャラ”に近いかもしれない。

 アイアムレッドサイクロン。


「うぐっ!…ううっ……」

「うん、意表を突いた最後の一撃はガッツがあって良い。

 戦場で悩む時間があるなら手を出す方が賢明だ、その点は評価しよう」

「……っ!ありがとうございます、先輩!」

「ここで見せるべきなのは実力ではなく気概だ、実力は学校で付ければ良い。

 評価は最後のガッツを考慮してCランクにする。さあ、次!」



 戦闘で疲れている新一年生の背中を叩いてすぐに移動させ、また新しい生徒との対決が始まる。

 ここでようやく、懐かしい顔に出会えた。

 構えも剣の握り方が最後に見た一年前と随分違う青髪の少女だ。


「新一年生、名前を確認する」

「……ポワル・メーレスザイレです!」

「良い声だ。今日一度も黒星を付けていない私の前に高揚とした表情で現れたのは君が初めてだよ。

 さあ、始めようか…ポワル」


 こちらも思わず笑みが漏れた。

 あの名も無き集落で生まれ、虐められている所を助けて友達になったポワル・メーレスザイレが今俺を追って剣の道に一歩踏み入れたのだ。

 その実力は一年生としては充分だが俺にとっては並に感じられた。

 隙を突かず敢えて三度の攻撃を綺麗に受け止めて受け流し、最後は脚を引っ掛けて突き倒す。

 向こうばかりではなくこちらも意外性のある手を練習しなくてはな。


「……剣を習っていた者の感触がした。

 評価は……Cランクとしよう」


 あくまで評価は公平を保つ。

 Eランクが最低なのでCランクは平均レベルだ。


「私を追って来てくれてありがとうポワル。

 入学式を終えたらまた遊ぼうね?」

「……うん、…うんっ!ありがとうございました!シャロル先輩!」

「よし、次!後がつかえているからどんどん来い!」


 ポワルとの再会、戦闘、その成長は僅かだがしっかりと感じていた。

 この学校で一年過ごした生徒とその前の生徒というのはかなりの差がある、ポワルもきっと成長して俺に追い付いてくれる事だろう。


 後から知った話だが、クラス分けの試験で俺達の事を見ていた新入生達の一部は密かに先輩達の人気投票とかをしていたらしい。

 人気投票はクールで強そうに見えるレベッカが一位だったようだ。

 ……今年も薙刀が一部で流行りそうな気配になっていたのは気のせいだと思っておこう。


 度々休憩を挟みつつ新一年生のクラス分け評価を行い、全ての生徒の評価が終わる頃には既に夕焼けの空になっていた。

 弱い相手ばかりとやっていると腕が鈍ってしまうと言ってレベッカは俺に試合を申し込んできたが疲れているのでやんわりと断り、しつこいレベッカを宥めるために打ち合いを行う。

 早く帰って体を洗いたい気分だ。


 体はそこまで動いてないのだが、初心者相手の手加減やイレギュラーへの対処、気遣いとかで精神的に参っている。

 それなのに勉強の意欲は高いので部屋に帰ったら本を開くのだろう。

 最近は剣術魔術共に自身の成長を感じられて楽しいのだ。

 剣技は基礎堅めを中心にしているからパッとする面白さが無さそうだがやっている当人は面白いし、魔法は中級魔法が使えるようになったばかりなので試行錯誤するのが楽しい。

 しばらくは自身の気の向くままに勉強するとしよう。



 レベッカとは食堂で別れ、俺は購買で月刊の音楽雑誌を買って部屋へと帰った。

 シンガーという職業自体が少ないのか毎月のようにシスイの記事が載っているので今彼女がどうなっているのかはすぐ分かった。

 どうやら俺が教えた歌を新曲として発表したらしい。

 元々許可は出していたのでとやかく言う資格は無いのだが、今度会ったら売上の一部で高い料理でも奢ってもらおうと思う。


 ……この世界の高い料理の筆頭といえば魚料理だ。

 ポワルの好みに合うかどうか聞いておこう。

 あんまりシスイが儲けてなかったら俺の財布から金を出す。

 奴隷を買おうとしていた時期があるくらいには財力があるので心配はいらない。

 俺が稼いだわけではなく母上の仕送りが主な財力だ。

 母上最高。母上大好き。


「フィオナもお風呂一緒に入る?」

「はい、お背中流させて頂きます」

「別に体は隠さなくても良いよ。

 とにかく早く水を浴びたい気分なんだ」


 フィオナの裸体を見るのは慣れてきた。

 他はまだ緊張するが、考えてみれば興奮したら大変になる部分が無いので相手側にバレる事もないし不快にさせる事もなかった。

 もうフィオナにバスタオルを巻くような強制はしていない。

 アニメっぽく湯気で勝手に隠れるかもしれないしな。


 お湯を汲んで体の汗を流し髪の手入れもしてもらった後はフィオナと一緒にお風呂に入ってゆっくりと寛いだ。

 学生寮とは思えない風呂場の広さに感動する。

 二人が脚を伸ばせるほどではないが膝を少し曲げれば二人入れる、AAクラスで良かったと思う瞬間ベスト3には入るだろう。


「そういえば前にアーリマハットで奴隷の話をしたのフィオナは覚えてる?」

「覚えていますが……もしかして、買うつもりですか?」

「奴隷じゃなくても良いんだけど一人雇いたいんだ。

 料理をするコックを……キッチンメイドって言うんだっけ」


 フィオナの料理も美味しいがもっと美味しい料理を食べたいと思うのは人の性だし仕方のない事だ。

 だからといって俺が色々料理を作るのは何故かフィオナが嫌がるしフィオナに前世の料理を教えまくって変に怪しがられるのも嫌なので悩んでいた。

 大体弓術を始めたフィオナにこれ以上負担を掛けさせるわけにはいかない。

 経済面は結構余裕があるので料理人を雇って負担を軽くしてあげるのだ。

 そしてその子に前世の料理をバンバン教える。

 フィオナには内緒で少しずつ教えれば問題ない。


「コックの給料はかなり高いんですよ?」

「聞き分け良くてセンスある新人を雇うよ。

 私とフィオナが料理を教える。料理の質は追々ってところかな」

「コックなら良いんですが奴隷の物を口にするのは……あまりよろしくないですね…」


 それは俺も思う所がある。

 アーリマハット以外では奴隷制度が認められてないので公国まで奴隷を連れてくれば必然的に奴隷は従者(メイド)という扱いになる、だからといって奴隷として売られていた事実が消える訳ではない。

 奴隷の物を口にするのはあまり良い事でないのは言うまでもなく分かるが、一番問題なのは俺がもし馬鹿にされたら兄弟や両親にも迷惑が掛かってしまう可能性がある事だ。


「安く人材が手に入る場所…といえば田舎かな?」

「そうですね。公国から西に位置するネストやセブンオットなら公国よりも安く人が雇えると思います」

「……それ、レベッカが前に言ってた国名…だよね?」

「はい。セブンオットはここから南西方向にある発展途上国、ネストはここから北西方向にある農業大国です。

 治安はアーリマハットほど悪くありませんし、ネストは大陸内で特に住みやすい場所として貴族達が別荘を買う事もあるそうです」

「別荘ねえ…」

「避難場所とも言うかもしれません。

 戦争が起こった際は農業大国のネストに逃げ込めば食事に困る事も無さそうですから」


 そういう事も踏まえて別荘をネストに購入しているという訳か。

 農業大国という事は新鮮な野菜を沢山食べられそうだし食事代も非常に安く済むだろう。

 料理人として働いている人にとっては痛手なので腕の立つ料理人は公国やアーリマハットに向かっているはず……と考えるとネストを見に行くのが良さそうだと思えてくる。

 良い人材がいたら声を掛けてその中から一人料理人として雇う事にしよう。

 旅費はフィオナ、滞在日数はオズマン先生と要相談だ。



「…ああ、そういえばまだ手紙を返していなかったな」


 俺は目を瞑って独り言を口にした。

 ユーリックから悪い奴じゃないから会ってやってほしいと言われたフィストランド校生徒のレミエル・ウィーニアスからの手紙だ。

 こちらからまた改めて手紙を送り、会う日程を決めている最中である。

 今年は一学期から忙しく慌ただしい毎日が続いているが、学校に通う前にやっていた父上の鍛練を思い出すとまだまだ頑張れる気がするのだから不思議だ。

 あれを思い出すと実家に帰りたくなくなるが……。

 ポワルも公国にいるわけだし夏休みくらいは一緒に帰るとしよう。


 風呂で一息付いてから食事を取り、それからは眠くなるまで本を読み漁る。

 剣術と魔術の知識は貪欲に掻き集めていたがこの世界の情報はあまり収集していなかったのでその辺りの確認が主だ。

 竜を倒した両親のパーティーについても記録に残っているので参考にして損は無いだろう。


 竜狩りのパーティーには主力が四人いてサポートが二人いた。

 能力的にバランスが取れていて最終的に竜を倒した第一の主力でありパーティーの要だったのは父上でそのサポート役は母上だったようだが、パーティーの中身は最強戦士を集めたと豪語できるレベルの戦士ばかりで、『豪腕』の二つ名を持つファイター、『魔帝』と呼ばれる魔法使いの頂点、更には『剣聖』……トウヤの父親もいた。

 どうやらその中にはサポート役として『我陣』の二つ名を持つ槍使いもいたらしい、これはユーリックの父親だろう。


 何て世界は狭いんだろう。『魔帝』以外は結構知っている人だった。

 父上が竜を倒したというより、父上が皆を纏めて協力させて戦い、パーティーの要だった父上が最後にトドメを刺したって感じだ。

 父上が無双していたと思っていたのでちょっとショックである。

 竜を倒した冒険者として有名なのは一体何故なんだろう。

 竜を倒したパーティーとして有名になるべきだと思うのだが……よく分からない話だ。


「父上がパーティーを組んでいたとなると、私一人で竜を倒すのは難しいのかな…」

「……っ!それは当然無茶が過ぎる話です!」

「悪い悪い、負けると分かっていて飛び込む私ではないよ」

「黙って一人で行ったら追い掛けますし、シャロル様が亡くなられたら私も後を追います」

「あはは…それは困る、万全の状態で挑まなくちゃね」


 だけど、そんな仲間が揃えられるだろうか。

 皆を信用していない訳ではないが各々には目的があり、誰もが命を賭けて竜を倒したいという訳ではない。

 才能や技量も必要で俺の仲間達がそれを開花させるとも限らない。

 それは俺も同じ。先の見えない話だ。


 フィオナ、レベッカ、ユーリック、ポワル。

 今から考えるのは早いようにみえるが今から考えないと仲間集めで苦労する、やはり戦闘のできるフィオナのような従者が必要かもしれない。

 剣と魔法を教え込んで強い戦士にして来たるべき時に備える。

 竜だけではない。

 レグナクロックスが何らかの目的を持って俺に協力して来ているのだ、これから先大変な事が起こりそうな予感はする。


 最上位精霊の目的は世界を護る事、そんな精霊が俺に力を貸してくれている。

 これは気まぐれなんかではないはずだ。

 イフリートがそんなような事を言っていたからな。



 深く悩んでいる間に部屋のドアがコンコンと叩かれた。

 もう既に夜、こんな時間に誰かが訪れるなんて珍しいと思いつつフィオナに一任した。

 彼女はドアをゆっくりと開けて相手を確認する。

 その瞬間懐かしい声が聞こえた。


「こ、こんばんは。シャロルは…シャロルはいますか!」

「こんばんは。…ポワル様でしたか」


 一応部屋に入れても良いのか確認の視線を流してくるフィオナ。

 友人(レベッカ)相手にも再戦再戦としつこく言われていた時は居留守を使う場合が稀にあったのでお客の対応には気を付けているようだ。

 少し眠くはあるもののポワルとは会いたかったのでその場で少し待たせ、歩いてドアの方へと向かった。


 俺の姿がポワルの瞳に映ると彼女はキラキラと輝くような表情を浮かべ始め、ぎゅっと飛び付いて頬擦りをしてきた。

 頭にある犬耳はピンと立ち、尻尾も興奮してぶんぶん振り回している。

 よほど会えたのが嬉しかったようだ。

 当然、俺も会えて嬉しい。


「シャロル!シャロル!会いたかったよ!一年、う、長かったよ!」

「入学おめでとうポワル。会いに来てくれて嬉しいよ」

「あのねあのね!戦ってた時のシャロル凄い格好良かった!」

「そう?……っと、もう夜遅いから廊下じゃなくて部屋で話そう。

 フィオナ、紅茶を」

「畏まりました」


 AAクラス用に用意されたこの寮室は両隣に人がいないし廊下で騒ごうがあまり部屋には響かないんだけど、ポワルのモラルが薄れるのは問題なのでちゃんと意識する。

 まだ彼女は六歳だ、夜は騒がないというマナーを教える必要がある、そして俺は先輩だからそれを実行しなければならない。


「私テストの点数のお陰でBクラスになったんだ!

 シャロルはAクラスだよね?」

「いや私はAAクラス。Aの上だよ」

「凄い!流石シャロル!」

「凄いのはポワルじゃないかな。

 勉強は苦手って前に言ってたのにテストの点が評価されるなんて」

「うん、頑張ったんだ!」


 ポワルの剣技の実力を見てクラス分け用の評価を出したのは俺だ。

 剣術試験でCランクの評価を出したはずなのにCクラスに行かずにBクラスに行くというのは中々ない。

 剣の学校なので剣を重視しているからだ。


 俺は前世の知識を使った事で剣術評価AランクからAAクラスに這い上がった。

 ポワルもそれなりに勉強してこの学校に来たのだろう。

 俺に会いたいという気持ちだけを糧として努力できるのは子供の純粋さ故だ、俺は到底真似できそうにない。

 精神面が大人っぽいというのは必ずしも良い事では無いのだと感じる瞬間だった。

 まあ子供っぽくなりたいと言えば嘘になるがな。

 今の自分も結構好きだ。捨てがたい。



 お互いの近況を話し合いポワルが頑張った話を沢山聞いた。

 どうやら母上もポワルに協力的になって魔法の指導をしてくれていたらしい、初級の水属性魔法はほぼ完璧に扱えるようになっているようだ。

 更にそれだけではなく降魔術まで覚えているという。

 母上が連れて行ってくれた場所にいた精霊と契約したのだそうだ。


「じゃあ見せてあげるね。―――降魔せよ、『氷聖』スウィストハート!」


 物々しい名前を口に出したポワルの周囲に氷の粒が舞い、霧となり辺りに冷気を漂わせてその精霊は登場した。

 見た目は座敷童と雪女を二で割ったような氷の女の子といった感じで、イフリートやレグナクロックスから感じる“見て分かる強さ”は備わっていない。

 色白の肌と薄青色の髪を持った幼女が出てきただけだった。


 だが身長は俺もポワルも小さいので幼女といっても同学年くらいの身長だと思う。

 ちょっとポワルよりも身長が小さいかもしれないくらいだ。

 体が成長してくれば精霊とポワルの身長の差も広がるだろう。


『やっはろ、シャロル君?』

「…しゃ、喋るんですか……」

『知性があれば契約精霊も話す。

 会いたかったよ、ポワルの愛しの人』

「それはまあ、誤解のある言い方だなあ」


 知性があれば…って事は少なくともセイスのコノメよりは位の高い精霊なのだろう。

 コノメが低級精霊と呼ぶならばこちらは中級精霊といった所か。

 そういえばルワードなんて次男もいたが今頃は何をしているのだろう。


『君、光の加護が沢山だ……ここまでくるともはや魅了の呪い』

「光の加護……?って、そういうのって見るだけで分かったりするんですか?」

『私は目が見えなくてね、魔力の流れで人を見分ける。

 君は太陽みたいに輝いて見えるよ、私は太陽…見た事無いけどね』

「私の精霊どう?ココロちゃんって呼んでるんだ!」

『認めてないんだけどね…押し切られたというか、いやはや…』

「あはは……じゃあココロちゃん、これからよろしくお願いします」


 ココロちゃんに手を差し伸べると彼女は目を見開いてこちらの顔を覗いてきた、その瞬間彼女に対して恐怖を抱き、差し伸べた手を下ろして一歩後退してしまった。

 彼女の瞳は全てを飲み込むかのような闇が浮かんでいる。

 人ではない事を目で語っていた。


 ポワルはココロちゃんの頭を叩いてシャロルを驚かせるなと怒り、ココロちゃんは分かった分かったと頷いて精霊らしく姿を消してしまった。

 今のは一体何だったんだろう。


 ココロちゃんが消えた後は街で売っていたカードゲームをポワルとフィオナの三人で少し遊び、ポワルの眠気が来てから解散にした。

 ポワルの部屋までは付き添いで歩いて見送って寮室の場所を覚えておく。

 結構遠い。というか寮の建物自体が違った。


 学生寮は全部で四つ存在し渡り廊下で繋がっている、中央には食堂があるので訪ねて来なくても食堂でバッタリ会う機会くらいあるだろう。

 食堂には安いクッキーがあるのでたまに寄ったりする、食事はフィオナがいるので取る事は無いが……。

 まあポワルなら俺の寮室へ訪ねてくるかもしれない。


 何度も家まで遊びに来てくれるくらい俺の事を親友だと思ってくれている。

 毎日というのは遠慮してほしいのでこちらから空いている日程を指定するのが良いだろう。

 レベッカと何試合もする日はポワルを相手にする気力がないと思うし、気力が無いからといってポワルとの交友を蔑ろにはしたくない。



『シャロル君、少し、君の寮室に帰るまでお話いいかな』

「ん……ココロちゃんか。別に良いけど、どうして?」

『建物内とはいえ夜、女の子一人は危ない。ポワルに外出の許可は取ってある』

「……うん、じゃあお願いしようかな」


 俺を見送ってくれた後ココロちゃんも一人で帰る事になるじゃないかと思ったが俺と違って彼女は精霊だ、戦闘力には自信があるのだろう。

 知性がある精霊と話す機会なんて滅多に無いだろうし断る理由は無い。

 光神についても聞いておきたいな。


『君には魅了について話しておかないといけない、と思ってね』

「そういえば言ってたね。魅了の呪い…だっけ?光の加護が何とかって」

『……ああ。まず、魔族と人族の決定的な違いから話さなければならない』


 そう言って彼女は話を切り出した。

 ココロちゃんが言うには、人族は光と闇が半々備わって生まれた存在なのに対し、魔族は半々で備わるはずの光が少ない状態で生まれてきた存在らしい。

 神は魔族が不完全な物にならないよう、備わった少ない光を増す為に疑似的な光を用いた、それが魔と呼ばれる光でも闇でもない力であり、人族と魔族の外見を分けるキッカケとなった……というのが伝承であるようだ。

 魔族は自身に足りない光を無意識に求めているらしく魔族は本能的に光を好む。


『つまり君は光を多く持っているから魔族に好かれやすいって事さ。

 だから光の魔法使いはあまり表には出て来ない』

「魔族に好かれるのに?」

『…人族は無意識的に魔族を嫌っているから魔族に好かれるってのは良い事じゃないだろう?

 ……魔族が光属性の魔法を習得すれば自身の才に溺れやすいそうで、自分以外は見えなくなるし俗世から興味が潰える。

 光属性の魔法は難しいとよく言われるが、教える人間が表に出て来ないからっていうのが一つの理由なのさ』

「私は魔族好きなんだけどなあ……耳とか尻尾とか可愛いし」

『良い事じゃないか。魔族からは性別問わず好かれるだろうね』


 会話をしているとすぐに部屋の前まで来てしまった。

 光神の話を切り出そうとしたのだが魅了の話が気になってついつい質問を重ねてしまったのだ、この話が本当ならフィオナもポワルも魔族だし魅了の力を受けてしまっている可能性がある。

 いやもうポワルは確定なのか、ココロちゃんもポワルの愛しの人とか言ってたし。



 部屋の前に着いてしまったので魅了についてはまた今度じっくりと考えて見る事にしよう、今まで気にしなくても普通に生活できていたので影響力は少ないはずだ。

 魅了っていってもエロゲーじゃないんだ。

 影響力は付け合わせのパセリがあるかないかくらいの差しかないと思っておく。


「見送り有難うございました…。

 そういえばですが、その話はどこで聞いたんですか?」

『うん?……ああ、同期の精霊から聞いたんだ』

「同期の精霊、ですか…」

『ああ。レグナクロックスっていうんだけどね、君の光に似ていたんだ。

 今もきっとどこかで元気にしていると思うんだけどさ。

 ……それじゃ、おやすみ』


 ―――――同期?

 彼女が姿を消してから数分の間廊下に留まり、ハッと思い付いたように我に返る。

 もしかしたら彼女は最上位精霊かもしれない。

 最後の言葉一つで今度色々と聞かなければならない相手となった。



 ――――――――――


 ポワルの部屋にスウィフトハートが戻るとポワルは既にベッドで横になっていた。

 ポワルはベッドから手を出してスウィフトハートを手招きし、ベッドの中に引き入れる。

 ポワルが眠るまで抱き枕となるのがスウィフトハートの仕事の一つだ。

 眠ってからは姿を消して消滅できるので高性能な抱き枕である、寝相でベット下に落としてしまうこともない。


『ポワルはシャロル君の事がどのくらい好き?』

「ん……とってもとっても好きだよ。

 助けてくれて、教えてくれて、誰よりも格好良くて、誰よりも強くなるんだあ…」

『結婚してしまうくらい好き?』

「え?うーん……おとーさんと悩む……」

『へえ…そっか』


 ポワルがシャロルの事を好きになったのは魅了のせいではなく、友人として普通に接して仲良くなっていったからなのだろうとスウィフトハートは判断した。

 ポワルが抱くシャロルへの愛は父親へ抱いているほどではない、ポワルは魅了の力をあまり受けていないのだ。

 彼女が一年経った今でもシャロルを好いている理由は自分をイジメから助けてくれた事や、遊んでくれた事、勉強や魔法を教えてくれた思い出の補正が掛かっているからだろう、友達がシャロルしかいなかったのも拍車を掛けている。

 魅了のせいで好きになっている訳ではないと理解してスウィフトハートは安堵した。

 ポワルの驚くほど純粋な気持ちにスウィフトハートは微笑み、目を瞑ったのだった。


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