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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
2章【新入生編】
25/50

23.5 正義のヒーロー

 英雄の意志を継ぐために生まれた少年がいた。

 彼の名前はトウヤマキバ。

 英雄マキバハヤテの血統を持つ一人息子である。


 彼の父親はこの世に存在する剣を持つ者の頂点に君臨する『剣聖』と呼ばれる称号を獲得していた。

 トウヤの父親は『剣聖』の二つ名を手に入れてから自身の名を捨てている。

 それは『剣聖』の称号を失う事は絶対に無いという心の現れだったのだろうか。

 トウヤは自身の父親であるにも関わらず、『剣聖』の前の名前を知らない。

 知ろうとすれば知る事が出来ただろう、『剣聖』になるまでの経緯は情報としてどこかしらに残っているはずだ。


 だが彼は興味が無かった。

 父親が捨てた物を息子が拾う訳にもいくまい。

 『剣聖』は過去に剣の頂点に立った者と比べても異質な強さを誇っていた。

 彼は『剣聖』の称号を獲得してから負けた事が無かったのである。


 数多くの猛者と戦っているにも関わらず勝利を得続ける彼の姿は人とは言え難いものであり、その称号は尊敬と畏怖を込めて呼ばれるようになった。

 その息子であるトウヤマキバは無論父親に負け続けている。

 だが父親以外の人間に負けたのはシャロル・アストリッヒが初めてだった。


 そして武闘大会まで余裕がなくなったきたあの日、彼はレベッカ・エーデルハウプトシュタットに敗北する。

 自分の体を突き倒したレベッカはゴム製の薙刀を持ちながらトウヤの事を見下してこう呟いた。


「剣先、迷っている」


 彼女は苛立った声で続ける。


「何を考えて戦っている?」



 ――そして彼は自分自身で道を探し、実家に戻り修行をして道を見付けた。

 勝ちたいと思う心とは違う、負けたくないと思う心。


 これは彼が終業式の出来事を終え、二年生になってからのお話だ。



 ――――――――――


 二年生の始業式を終えてトウヤはすぐに実家へと戻っていた。

 トウヤの実家はコリュードの港から東に少し進んだ場所に位置する諸島にある。

 その諸島は昔、一続きの大地になっていたらしく、遥か海の先まで船で渡る技術が無かった時代はその大地を極東と呼んでいた。

 諸島全てを含め、アリュースという国名が付けられている。


 国としての機能はほぼ機能しておらず、その島の一つ一つは有権者や名騎士が別荘として購入している。

 本来であれば国を自衛する兵士がいないため魔物に狙われたりする可能性があるのだが、アリュースには『剣聖』がいる他、沢山の有力な冒険者がいる。

 住んでいる者達全員とはいわずともその大半は戦闘能力を有している、その点はセルートライに似ているかもしれない。



「只今戻りました父上」


 トウヤの家は武家屋敷だった。

 玄関にも庭にも、どこにいても暗殺の手が回っていいように屋敷の中には何十という刀が隠されている。

 トウヤが生まれるまでは暗殺の手がよく回っていたようだ。


 『剣聖』の存在が国家関係を崩しかねないと判断した国があったらしい。

 それを父親から詳しく聞かされる事は無かったが、恐らく近場のコリュードかセルートライだろうとは何となく分かる。

 あの二国は不仲なので『剣聖』を取られるのが怖かったのだろう。


 自分が生まれた少し後に父上は人の起こす戦争には一切関わらない事を誓い、それ以来暗殺の回数は減ったようだ。

 元々父上は戦争に関わった事など無いのだが、『剣聖』が敵に回ると思うと怖くて仕方がないのだろう。



 父上は母上と一緒に縁側にいた。

 父上は剣の手入れを、母上は読書をしていたようだ。

 違う事をしていても一緒の場所にいる二人はいつ見ても仲睦まじい夫婦に見える。



「お帰りなさいトウヤ。元気そうね」

「はい、父上も母上も…元気そうでなによりです」

「……俺には元気に見えぬ。また、負けたのか」

「貴方…」


 剣聖は挨拶すら不要。

 例え息子であったとしても剣聖は剣を持つ誰よりも高みにある存在。

 無敗というもはや人非ざる結果がその無礼を当然のように思わせた、人の器を抜け出し神に近付いた存在のようだった。

 トウヤの目には剣聖はどう映っているのだろうか。

 尊敬だけではない。

 それが父親でも、自分が息子でも、畏怖の対象であった。


「……負けました。また、シャロル・アストリッヒに」

「それでまた、稽古をつけてほしいと」

「はい。アイツには、絶対負けたくありません」


 息子の強い言葉に剣聖は頷いた、しかしその場を動こうとはせずお前も縁側に座れと視線を流す。

 今は戦う気が無いらしい。

 トウヤは到着してすぐ戦えるようにしてあったので武装と防備を少し緩めて縁側に腰を掛けた。

 母上はニコニコとトウヤの事を見て頭を撫でてくる。

 母上の優しさは例え厳格な父上の隣でも眩しかった。

 多くを語らず、夫に付き従う女性はアリュースで一番良い女性像とされている。



「今日は戦えん。先客がいる」

「先客、ですか?」

「ああ。“豪腕”の推薦を受けた冒険者と手合せする予定だ」


 “豪腕”という異名を聞いて母上はいつも閉じているような細目を少し開けた。

 “豪腕”はかつて父上と戦場を共にした格闘家の仲間だ、格闘家というのは拳で戦うので剣士側は手加減するのが難しく模擬試合でも命を奪ってしまう事が少なくない。


 母上は心配そうに父上の方を見るが父上はブレなかった、その態度だけで察した母上は頬に手を当てて安堵する。

 俺も何となく分かる、“豪腕”が推薦した人間なら手加減なく戦えるだろうと思っているのだろう。

 父上の顔には薄らと笑みが浮かんでいる様にも見える。

 ……そのように見えるだけでよく分からないのが父上だ。


 “豪腕”は父上も高く評価している格闘家でその一撃は敵が何であっても命を奪うと言われている。

 そして“豪腕”は自分の保身よりもその一撃に賭けて戦っている面があり、父上が対戦した事のない相手だ。

 “豪腕”と対峙すればどちらかが死ぬだろうとお互いに分かっているからだ。

 無敗の父上だがこのように引き分けの相手は何人か存在する。

 魔術師の頂点である“魔帝”を始めとして他にも何人かそのような者がいるらしい。



「やー!お待たせ致しました!ここ、剣聖さんの家であってますか?」


 大きな足音と共に一人の黒髪少女が走って玄関からやって来た。

 勝手に家の庭に入ってくるとは失礼な人だと思いつつ、これが父上の対戦相手なのだろうと身形や体系を確認する。

 武器防具らしき物は右手に付けられた銀色の籠手一つでそれ以外は何もなかった。


 ブーツを履いてフリフリのスカートを着用しているただの女性が籠手を着けているだけ、加えて筋力も無いように見える。

 まあ、一般女性よりかはありそうだが、格闘家ではなさそうだった。

 父上は珍しく驚いた顔をする。


「…お前、名前は?」

「若松みどりって言います!

 推薦で来ましたって言えば伝わるだろうって聞きました」

「お前が“豪腕”の…?まあ、良いか。すぐに相手をしてやろう」

「ありがとうございます!最強の剣士と戦えるなんて光栄です!」


 試合場は家の隣に広い場所が用意されている。

 半ば呆れている父上だったが試合場に足を踏み入れた途端目付きを変えて彼女に剣を構えた。

 対して彼女はヘラヘラと笑っているだけだ。

 母上も俺も大丈夫かなと呆れている。

 試合を始めてから死んでも文句は言えない、それが剣聖と戦うルールだ。


「手加減は無いぞ」

「分かってますって!じゃあ準備していいですか?」

「……?ああ、構わんが。何か準備する事なんてあるのか?」

「ありますって!私は正義の味方ですから!」


 彼女は突然右腕を天に掲げる。



「正義は常に一つ!世界最強捥ぎ取るために!―――変身ッ!」



 彼女の体は緑色の光に覆われ、魔法によって鎧が装着されてゆく。

 プレートアーマーに近いがまるで体にぴったりと張り付いているかのような装甲によって全身を覆われている、頭にはどう考えても無駄なVの時の出っ張りがあるがそれが逆に格好良かった。

 全身は薄緑がメインで着色されており、黒や白も入れられている。

 出っ張りは金色だ。


 何でだろう、とっても歪なのにちょっと格好良く思えてしまうこの感じ。

 彼女がデザイナーだったら鎧のデザインに革命を起こすかもしれない。



「人呼んでスーパーグリーン、ここに見参!」

「……ああ、もう良いか?」

「いつでも良いぜ。ただしその頃にはアンタは八つ裂――うおおっ!!」


 父上は茶番が嫌いだ。

 不機嫌な父上は一撃で彼女を仕留めようとして斬撃を“射出”したが、彼女はそれを緑色の風で弱め、腕で受け止めた。

 これだけで試合が終わる剣士も少なくないのだが彼女は本物だったようだ。

 父上はもう手加減しない


「行くぞ、構えろ」

「じゃあお言葉に甘えて。オープンギア、ブレイド」

『オープンギア“ブレイド”、アミュレット“カーテンコール”』


 突如魔法によって出現した大剣の背に彼女は飛び乗り、大剣は謎の力によって空へと浮いた。

 彼女は空を駆けるように飛び始め、突如急降下して父上を襲う。

 剣での突撃、拳、蹴り、蹴り、斬撃、突き、脚蹴り。

 父上は剣の腹でその攻撃を防いでいるが彼女は怯まないし鎧にも傷一つ付かない、それも驚くところだが一番驚いたのは剣が自動的に動いて父上を攻撃している事だった。


 剣に意志があるかのようだ。

 降魔術だろうか。

 彼女の方が圧倒的な手数を揃えているのに父上は剣一つでその攻撃全てを抑え切っている。

 足元も動かずに受け流しているその余裕っぷりには思わず拍手が出そうになるほどだ。


「カスタムギア!」

『カスタムギア“アンサンブル・カーテンコール”』


 元々早かった攻撃が更に加速する。

 どうやら鎧の節々から魔力を放出し加速器のような役割を果たしているようだ。

 蛍の光のような輝きを周囲に撒き散らしながら彼女はなお攻撃を続ける。

 父上はゆっくりと押され始め、彼女は速度を落とさずに攻撃する。


 疲労が出た所を突くつもりだった父上は一度大きく後ろに下がり距離を取るがすぐに追い付かれた。

 父上の一瞬の移動はまさに瞬間移動といったレベルだったのに彼女の移動もそれに近いスピードだったのだ。

 父上はハイスピードな攻撃を喰い止めながら足元を万全な態勢に動かす。

 技を使うつもりだ。


「インストレーション!」

『ファイナルアタック、スタンバイ』


 彼女は一度遠のいて大剣を右腕に装着した。

 大剣だったそれは可変して人の手に装着されている。

 もしかしてそれで殴るのだろうか。

 彼女のよく分からない格闘スタイルが観客である俺を湧かせてくれた。

 それでも、最後に勝つのは父上だ。



「オーライ!一撃必殺、受けてみろ!」

「……心月流、『王波』!」


 弾丸のように突撃した彼女に父上は波動を放った。

 俺の使う魔王波とは違い、王波はどんな体勢でも発動する事が出来る波動で、任意の場所に飛ばす事が出来る魔王波の完全上位互換の技だ。

 この技こそが英雄マキバハヤテの持つ技―――。


 本来魔王波はマキバハヤテの技ではない。

 勇者と対になりたかったライバルが考えた技が魔王波だ。その名前の由来は、勇者と対になるのは魔王しかいない、という理由から魔王の名を借りたらしい。



 王波によって周囲の地表を捲め、父上は砂煙が消え去るのを待っていた。

 ここで彼女が王波を回避出来たら生き残っている事になり当たっていれば間違いなく死んでいるだろう。

 防御しようと何であろうと王波の前に、勇者の技の前に敵は消滅する運命なのだ。


 ……だが、彼女はいた。

 右腕に取り付けてあったモノが地面に落ちていたが、五体満足の鎧がそこにあった。


「……驚いたなあ。私、今ので勝ったと思ったんだけど」

「どうする、まだやるか?」

「いや充分です。ヒーローは必殺技を一回しか使えないんで」

「嘘を付け……他にもまだ、隠し玉があるくせに」

「ヒーローの敵は悪役。

 悪役じゃないおじさん相手に本気出したらヒーロー失格だし、私は人を殺せませんから」

「殺せない?」

「悪役であれ人は殺さない。ヒーロー三原則の一つです」

「……そうか」


 変身を解いた彼女は父上と握手を交わした。

 どうやらこの勝負は引き分けとするらしい。

 目の前で父上の引き分けを見たのは初めてだったのでちょっと新鮮な気持ちだ。

 父上もこんな相手に引き分けるとは思ってもみなかっただろう。

 見応えのある面白い試合だったと思う。



「聞きたい事があるんですけど、おじさんは剣の頂点なんですよね?」

「ああ。それがなんだ?」

「魔の頂点、剣の頂点がいるのに拳の頂点がいないのはおかしいなーって思ってるんです。

 今のところはそれが目標ですので、同列になるまで待っててください」


 いや拳の頂点は“豪腕”だと思うのだがと薄ら思った。

 しかしまあ、知名度的に考えて魔帝と剣聖と同列ではないか。



「……分かった。どこか名を広められる場所に推薦しよう。

 名は若松みどり、だったか?」

「はい。それとですが、名を広める時にもう一つ広めてほしい事があるんです。

 正義は常に一つって言葉!」


 露骨に父上は嫌そうな顔をした。

 遠目に見ていた母上は視力が良いのかクスッと笑う。


「何故だ、理由がなければ…俺は言いたくない」

「あります。スーパーグリーンっていうヒーローの存在を世に広めてほしいっていうのも願いの一つなんですけど、それ以外にも一つやるべき事がありまして」

「やるべき事…?」


 イエス!と彼女は大きく叫んで、その問いに答えた。




「前世の恋人を探しています」


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