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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
2章【新入生編】
22/50

21.お泊り

 俺の寮室に皆でお泊りする事になった。

 事の切っ掛けはレベッカがフィオナの料理を食べたいと言っていた事をシスイに話し、その話にシスイが乗っかって来たのが始まりである。


 剣術の合同練習の後はいつもの喫茶店に珈琲を飲む為だけにレベッカ達と行っていたりして、シスイとレベッカはもう初対面ではなくなっていた。

 どこかの話の節でシスイは学校の寮にお泊りしてみたいと言い始め、レベッカがそれに乗って来たのだ。

 フィオナにどうしようかと苦笑交じりに呟くと、良いのではないでしょうかと笑顔で肯定してしまっていた。


 別に悪くはないが……寝る場所とかは考えないと行けないと内心考えていた。

 ベッドを端によせれば布団を敷いて寝れるスペースがあるので布団で寝る事にした。

 各部屋に二つしか用意されていないのでレベッカの部屋から二つ持ち寄ってもらい四つにする事となった。

 シスイは無断で学校に入る事が出来ないのでまずは許可を貰わないといけないらしい。

 どうやら校長に一晩だけ一部屋貸して下さいと頼むようだ。


 仕事の関係で校長とは面識があるようで多分問題ないだろうと言っていた。

 しかしそれなりに手順を踏む為時間が掛かる。

 午前中はユーリックを含めて合同練習を行い昼飯は各自で取り、三時ぐらいになってからレベッカが荷物を纏めて俺の部屋にやってきた。

 俺も布団運びを手伝うから先に呼んでくれと頼んだのに自分一人で二つ持って来たようだ。


 一人で持てそうだから持ってきたとのことらしい。

 凄い子である。



「…シャロル、これ全部勉強の本?」

「ああ、でも大体は魔法学の本だよ。レベッカがお気に召す物は無いかも」

「読んでも良い?」

「うん、ソファーがあるから座って読むと良いよ……って、同じ寮に住んでるから部屋に備わってる物くらい知ってるか」


 レベッカは頷いて一つ魔導書を手に取るとソファーに座って読み始めた。

 俺もフィオナに紅茶の用意をお願いして隣に座る。

 レベッカの表情は真剣に呼んでいるようには見えず、俺がどのような本を読んでいるのか気になってペラペラと本を捲っているだけのように見えた。

 確かにレベッカは魔法を使わないので魔法学の知識は必要ないだろう。


 トウヤは例外だとして、レベッカは魔法を使わずにAAクラスにいる女の子だ。

 他の生徒からも憧れの眼差しで見られる事は少なくないと思う。

 魔法を使えずともAAクラスに入れるという希望を生み出す聖女なのだ。

 いや、聖女は言い過ぎか。


 でも武闘大会前の校内試合では一位の座をもぎ取っていた。

 本番ではトウヤが一位になってしまったが彼女の戦闘スタイルは学生達に大きな影響を与えている。

 武闘大会前の彼女はゴム製の薙刀が無かったためゴム製の槍を使って模擬戦を行っていたが合同練習の時には薙刀が用意されていた。

 その理由は、ニューギストグリム・アカデミー内でレベッカの戦闘スタイルに感化された何十人という生徒が薙刀の在庫を増やしてほしいと先生達にお願いしていたからである。

 下級生と中心にして薙刀はちょっとしたブームとなっているらしい。


 またトウヤの使っている刀っぽい剣も底辺下で人気を集めている。

 主に下級生達のごっこ遊びで使われているらしい、廊下を歩いていると「魔王波!」と叫んでいる少年の姿をたまに見たりする。

 いずれ黒歴史になりそうだ。

 止めるつもりはない。


「シャロル。この本、机の上に置いておいて良い?」

「うん。本積まれててごめんね」

「……ううん、シャロルを知れて嬉しい」


 可愛い事言ってるのに真顔だった。

 こう感情が表情に出ないのって素直クールって言うんだっけ、いざ相手をしてみると何だか妙にこっちが恥ずかしくなってくる。

 ほんわかとした気分でレベッカの頭を撫で始めると、レベッカは体を倒して俺の膝の上に頭を置いてきた。

 可愛いなあ。


 レベッカは戦っている時とそうじゃない時でかなりギャップがあって良いキャラをしていると思う。

 いつも語彙が少ないせいで周囲から格好良い女の子みたいな目で見られているが、逆にそれがおかしく思えてくる。

 フィオナとは別方向の可愛さを備えている。


「何だかシャロル様とレベッカ様が姉妹のように見えてきました」

「そういえば髪の色も同じだもんね」


 お互いにマロンクリームのような髪色だ。

 俺よりも少し濃い程度で触り心地も結構さらさらである、普段のレベッカの性格からは髪の手入れをしているとは思えないが案外気にしているのかもしれない。


 俺もレベッカも首元くらいまで髪を伸ばしていて、若干レベッカの方が短いといった感じだ。

 一度ショートカットにしていたからだろう。



「シャロルは姉?妹?」

「私は姉が良いかな。姉ならレベッカを撫でてもおかしくないからね」

「そっか。お姉ちゃんに撫でられるの好き」


 天使かお前は。

 わざとそんな可愛い事言っているんだったらお姉ちゃん怒るからな。

 ぷんすかだぞ、ぷんすか。

 ぷんぷん。



「シスイが来るのは夕方?」

「うん……それまで何しよっか。遊具とかは特に何もないからね…」

「じゃあまた試合!今日はまだ一回もシャロルに勝ってない!」

「分かった分かった。レベッカは勝負の事になると目の色変えるんだから…」


 レベッカは負けず嫌いで努力家だ。

 ロイセンさんによってちょっと意識が変わった俺に最近勝てなくなった事で闘争心に火が付くどころか薪がくべられている。


 ユーリック相手にも薙刀の攻撃範囲が活かせず上手くいっていない。

 攻撃範囲が槍と薙刀で同じである事や、レベッカ自体が槍の対処法を体で覚えられていないのが原因だ。

 一応対処法は頭の中にあるみたいなので、後は体が覚えるまでひたすら練習しなければといった感じである。


 俺は槍を使えないのでその手助けをする事が出来ない。

 ちょっと歯痒い。

 まあ俺がユーリック相手を相手にした時は勢いのみで捻じ伏せて連勝している。

 技術力は十中八九ユーリックの方が上だ。

 運も実力のうちというが流石に運が良すぎる気がする。



 レベッカは立ち上がってわざわざ俺の寮室まで持ってきていたゴム製の薙刀を取り出し、俺はベッドの近くに立て掛けておいたゴム製の剣を手に取る。

 戦う場所は合同練習で使っている場所にしようと提案しレベッカを頷かせた。

 すぐ出発しようとするレベッカを待たせ、さっきフィオナに頼んでいた紅茶を急ぎ目に飲み干してからレベッカの背中を軽く叩いた。

 出発の合図である。


 小走りで部屋を出るレベッカに俺が歩いて続き最後にフィオナが出てくる。

 俺達は歩いて向かおうとしているのにレベッカはもう我慢できないらしい、早歩きで歩いている俺とフィオナがレベッカの足並みに追い付く事は無く午前もやってきた建物の中へと足を踏み入れた。


 中には数十人の生徒が手合せをしている最中だった。

 先生がいるが生徒の数が少なすぎるので授業ではなく補講みたいなものだろうと勝手に解釈する。

 他クラスはAAクラスを優先しなければならないという謎な暗黙のルールがあるせいで彼等は一度動きを止めたが、気にしないで続けてほしいと声を掛けておいた。

 来期の武闘大会に備えて観客慣れもしておいた方が良い。



「試合の合図は?」

「レベッカが動いたらスタートで良いよ」

「……シャロル嫌い」

「ははは。そんな事言われると悲しくなるな」


 手加減している訳じゃない、それはレベッカも分かっている。

 俺の事を嫌いと言ったのは冗談だろう。

 俺は自信と強さをアピールするためにこう言っているだけだ、強そうな事を口走っていると本当に自分が最強みたいに思えてくるのだ。

 これは自惚れじゃない。

 いや、自惚れでもいい。

 俺に足りなかったのは絶対に勝とうとする意志だ。

 今の俺に負けても仕方ないと思う気持ちは無い。



「じゃあ、行くよ!」


 レベッカは大きく踏み出し、いつもと変わらぬ剣術練習が始まった。


 ――――――――――



「シャロル嫌い…」


 何度か試合をしてもうすっかり日が暮れた頃の帰り道、レベッカは今日の戦績の悪さに拗ねながらそう言ってきた。

 頭を撫でて慰めてあげようとすると手でパシンと弾かれる。

 フィオナなら撫でれば機嫌を取れるのだが。

 ってそれはフィオナに失礼か。



 俺も色々と試した事があった。

 休憩中に上手く扱えない中級魔法を練習していたのだ。

 観客も既に帰っている頃でフィオナやレベッカが遠くにいたから良かったが、使用した風撃の中級魔法は手元で破裂して手や頬に切り傷が出来てしまった。


 ……まあ、切り傷で済んだだけマシだろう。

 直撃すれば体が吹っ飛ぶぐらいじゃ済まない、魔力量にもよるが建物の中で使えば相手を壁に激突させてめり込ませる事も可能だろう。

 最悪、命さえ奪いかねない魔法だ。

 上手く使えるようになっても授業や手合せで気軽に使える機会は少ないだろう、これが使えるのは冒険者のクエストをこなす時や将来の仕事の場くらいだと思う。


 今はまだ使用できなくても良い。

 使うたびに怪我して治癒魔法を掛けてもらうのは申し訳ないしな。



「ほら、私の胸の中で泣いても良いよ」

「……嫌い」


 でも抱き付いてくるレベッカ。

 フィオナもそれが微笑ましいらしく、俺と顔を合わせて二人で笑顔になった。


「そういえば何で降魔術使わないの。手加減?」


 レベッカは俺の服に埋めていた顔を上げながら質問してくる。

 使えなかったらどうしようと思ったから、じゃない。

 前は失敗を恐れて使うのを避けていた。

 でも今はそうじゃない。

 この力を持っているからこそ強く思う事があるのだ。信念のような物である。


「…自分の剣で勝ちたいんだ。アハハ、何でだろうね。

 魔法とか使ってるよりも剣を振っている方が最高に楽しいんだ」

「……そっか」


 俺はまだ強いとは言えない。

 降魔術を使って呼び出せるレグナクロックスは強いから頼る事ができる。

 ……だけど、それじゃいけない。

 俺自身が強くならなければ、俺自身が変わらなきゃ生き返った意味がないんだ。


 頼るのが駄目なわけじゃないが頼る事を捨てる選択肢だってある、どれが正しいなんて誰にも分からない。

 だから俺は自分が楽しい方に進む。

 助っ人呼んで敵を倒してもらうより自らの力で敵を倒した方が爽快感があって良い。

 例えそれが苦痛を伴うものだとしても生きてる実感がして更に良いと思える時だってある。

 強い敵を倒した時は自分がまるでヒーローのようになった気がするのだ。


 俺はこの気持ちを求めて剣を振っているのだろう。

 何かを背負って戦っている奴もいるだろうが俺にはそんな難しい事できやしない、今の俺を動かすのは一つの心情のみ。

 純粋に勝ち負けを楽しんでいるのが今の俺だ。

 勝つために日々努力をしている。

 ロイセンさんが言っていた楽するための努力とはこういう事なのだろう。



「もう!ちょっと、遅いんじゃないの!?」


 戻った寮室の前には既にシスイがいた。

 結構前から部屋の前で待機していたらしい、もしかしたら置いてけぼりにされたのではないかと思っていたらしく瞳には涙が浮かんでいた。


 レベッカがいきなり試合をしたいと言い出してさとレベッカに全部の罪を擦り付けてシスイの矛先をレベッカに向けさせる。

 口論になろうとしている二人は放って俺はフィオナに付く事にしよう。

 とはいえこっちも料理の準備に取り掛かろうとしているのであまり話の相手になってくれそうにはない。

 大人しく口論の方に戻る事にする。


「シャロル。シスイが怖い…」

「だってもう……!私だって寂しかったし!」

「ごめん、私が止めないでレベッカの提案に乗ったのが悪かったね」

「うっ……うう、次からは気を付けてね。約束だからね?」

「約束します。指切りげんまんでもしておく?」

「……ちょっと、子供扱いしないで。私の方が年上なんだから…」


 でも指切りはした。

 そういえばシスイは俺達とあまり身長が変わらないが年上である、シスイの方がちょっと身長が高いので一歳二歳差かなと思いがちだが四歳違う。

 魔族の成長は種族によって早い遅いがあるようだ。


 シスイは遅い方だったらしい。

 フィオナは胸の発育だけとても早いが他は人と同じである。

 シスイは当然平らだ。

 ようやく年齢が二桁になったくらいの子にそんな期待をしてはならない。

 俺はちょっとするけどな。

 お巡りさん俺です。


 ……いや、流石に冗談だ。

 そういう期待はフィオナ一人で満足しているからな。



 部屋には遊具が無い。

 なので食事を取る前は色々と話をする事にした。

 ……が、シスイと俺は話のバリエーションがあるもののレベッカは剣技の話しか乗って来れないので中断。

 紙等はあるので適当に遊具を作る事を提案した。


 簡単に◯×ゲーム。

 必勝法という訳ではないが、これは先手の行動に対して後手が間違えた選択をしてはならない圧倒的先手有利なゲームである。

 というか、後手が完璧な選択肢を覚えていれば絶対に引き分けになるゲームだ。


 取り敢えずシスイとレベッカでやらせて、引き分けが多く、たまに勝てるゲームだという事を印象付けてから参加する事にした。

 俺が先手を三回やって後手は勝利するか、三回引き分けに持ち込めれば勝ちという特別なルールだ。


 三回に分けたのは先手の取る場所が三種類の選択肢に分かれているからだ。

 先手は角、辺、中の三つの選択肢しかない、どの角・辺を取っても角度を変えてみれば同じなので実質の選択肢は三つなのだ。

 初見殺しのゲームに彼女達は悪戦苦闘していた。

 特にレベッカがしつこくもう一回もう一回と声を上げ、シスイは隣でゲームの進行を見ながらどう対処するか勉強していた。

 対処法が分かるまではレベッカに沢山勝っておこう。



「強すぎ!次は私が先手!同じルールで良いから!」

「うん。引き分け三回で負けだけど良いの?」

「三回もあれば絶対に勝てる…」


 信念で勝てるゲームじゃないんだよレベッカ。

 隣のシスイはなるほどねと言葉を漏らしていたので何となく分かったのだろう。

 それを試したくてもレベッカが相手を譲ってくれないから試せない。


 シスイは年上オーラを出しながらレベッカに相手を譲り続け、レベッカは気付かないだろうと諦めたのか途中でフィオナのいる方へと向かってしまった。

 俺も今日の料理が気になるが持ち場は離れられないだろう。

 レベッカは勝ち負けに拘る女の子だ。

 三回引き分けても勝つまでやるとか言ってしまうかもしれない。



「う…シャロル、強すぎ……」

「実は必勝法があってね。後手は絶対に引き分けにできるんだ」

「そうなの?お、教えて!」


 こちらが疲れる前にとっとと教えてしまった方が吉だと判断した。


「シャロルはこういうゲーム得意なの?」

「んー…色々と遊戯は知ってるよ。

 得意ではないけど、こういう遊びはお金が掛からないから好きかな」


 前世の貧乏生活ではテレビゲームなんて買えなかったからな。

 三世代前のゲーム機とかならあったと思う。

 今中古で二千円くらいのゲーム機である。

 バイトをやっていた頃は可愛い後輩とトランプ、オセロ、将棋、チェス等で遊ぶ事が多かった。

 室内デートというやつか。

 付き合っていた訳ではないけれど、そんな感じで大体あってる。


 レベッカに必勝法を教えつつ、チラリと視線を動かして夕飯を作っている二人の様子を確認した。

 するとフィオナと目が合った。

 運命か。

 いや遊戯が好きとか口走ったから気になったのかもしれない。


 フィオナとは常に一緒のようなものだから知らない一面を見れた事に驚いてしまったのだろう。

 よくある事だ。

 歌の時もそうだったしこればっかりは隠しようもない、人生まだまだ長いのに隠して生きてはいけないだろう。



 今日は魚の料理だった。

 川の魚の料理で鮎の塩焼きのような味がする。

 この時代の魚料理というのはやはり特別感があって美味しく感じるものだ。


 魚料理といえば基本は川魚が殆どで海に住む魚を食べる機会は滅多にない、もしあるとすれば魚介系保存食として運ばれてくる事が殆どだ。

 有名な物でいえば塩鱈だろうか。

 ニューギスト公国は海が近くないので魚の種類には限度がある。

 馬車が運用されている世界なので新鮮さが保てず、内陸の公国内ではお目に掛かれない。


 富裕層の多いアーリマハットは大金を叩けばギリギリ手に入るらしいが、本当に魚を堪能したいなら東にあるコリュードに行った方が良い。川もあるし海もある。

 そこより更に東に行った場所にあるトウヤの出身地アリュースは島国なのでトウヤは実家に帰れば食べ放題だ。

 セルートライも海が近いが川は少ないそうなので川魚のチョイスはハズレじゃないと思う。


 前世では鮎の味は意見が割れる事が多かったように思えるが、それは何を食べるかという選択肢が多かったからだ。

 選択肢が少ない今なら文句は言えない。

 魚料理というだけで普通の人なら喜ぶのだ。



「…シャロルは魚をよく食べる?」

「いやあまり食べないよ、もしかして嫌いだった?」

「私はお金が無くて食べられない。ウィープルなら食べる」


 ウィープルは小魚だ。異常な繁殖力と生命力を持ち、水さえあれば生きていけるため海でも川でも大丈夫という謎の性質を持つ、つまり安い。

 揚げて食べると美味しい。

 食事として戴くというよりは嗜好品のような扱いだ。


「冒険者になったら一杯食べる」

「レベッカは冒険者になるんだ?」

「セルートライ出身だから、コリュードとそのゆうこう国のニューギスト公国では雇ってもらえないってお父さんが言ってた。

 でもはってんとじょうのアーリマハットとネストなら大丈夫って先生が言ってる。

 オススメしないって言ってた…」

「私もアーリマハットはオススメしない。レベッカが行ったら私泣いちゃうよ」

「……そっか、じゃあやめる」


 こんな若いのにもう未来の事考えているんだなあと驚いた。

 セルートライ出身ってだけで不利になってしまっている彼女は国に仕えるのが難しいようだ。


 ネストって国名は知らないから少し調べておこう。

 もし彼女が冒険者以外の道に進む時に参考資料を出せる程度には色々と調べておきたい。

 アーリマハットは奴隷と貧富の街だ、良いはずない。


「シャロルはなりたいものとかあるの?

 個人的には私と一緒に歌手になってほしいけど」

「んー、とりあえず父上と同じ様に竜を倒したいんだ。

 倒してから考えるよ」

「…流石、シャロル」

「冒険者が夢に思う竜の討伐をただの通過点みたいに言わないでよ…」


 週休二日、月給良くて安定してるのはやはり国に仕える騎士だろうか。

 ニューギスト公国内にも騎士団が幾つかあるようだが、誰しもが夢に見る騎士団はコリュードに存在するコリュード英雄騎士団だ。

 ハヤテマキバの心強い仲間が二人も在籍していた事もあるんだとかで、かなり昔から存在する騎士団らしい。

 もしかしたら最古の騎士団かもしれない。


 しかし竜を倒すとなると騎士になる訳にはいかず、とりあえず冒険者になる必要がある。

 騎士の仕事は国や雇い主の安全を守る事であり竜を倒す事ではない。

 自由に動ける冒険者となって不安定な収入の元で冒険するしかないだろう。

 一応学校にいる間でも授業の一環として冒険者の討伐依頼は受注できる、将来に備えて少しくらいお金を溜めておくのが吉だ。

 お金の管理はフィオナに任せて貯金してもらおう。

 俺が使ってしまう万が一の可能性を踏まえてそう判断する。

 万が九千五百くらいで使ってしまうと思うけどな。



 これから先の話をしながら皆で食事を取り、その後はシスイが持ち込んでくれた音楽系の雑誌や小さな楽器で遊んだ。

 ハーモニカやオカリナ、凝った物だとフルートなんかを持ってきていた。

 ファンやお得意様の楽器屋から送られてきたりするようで、自分では処理できないからと持ってきたらしい。

 タチの悪いファンもいるので新品でも口を付ける部分は取り替えるそうだ。

 おいおい。


 シスイは私には必要ないと言ってレベッカにはオカリナ、フィオナにハーモニカ、俺にはフルート…のような笛をくれた。

 短いのでフルートとは別物だろう、こういう形の物をどう呼ぶのか詳しくないので笛と呼ぶ事にする。


 ちなみに、この笛の事をピエローと呼ぶらしい。

 道化師が人を誑かして連れて行く時、列の先頭でこの笛を吹いていたという童話が由来だそうだ。

 楽器を貰って一番喜んでいたのはレベッカだった、オカリナはセルートライを中心に製造されているようで懐かしかったらしい。

 セルートライで作られた物が公国に持ち込まれ、セルートライ出身の女の子が手に取っているのだから面白い話だ。



「…シャロル、レベッカ、フィオナさん。

 私、来年には公国を出ると思う」


 興味津々に楽器を触れている俺達に向かって彼女は自分の先の話を告げた。

 そういえば食事中は俺とレベッカの先の話しかしておらず、シスイの話は聞けていなかった。



「それは急だね…でも、何で?」

「大した仕事も無いのに一つの所に留まり過ぎたの。

 まだ新人だから、もっとファンを増やす為に各国渡って行きたくて」

「……折角、友達になったのに」

「あはは、ごめんなさいレベッカ。唄の祭がある頃にまた公国に戻ってくるよ。

 生で人魚の歌を聞けそうなのは公国が一番可能性ありそうだからね」

「それは責任重大だなあ…」


 遠回しに俺に会いに来てくれるって事か。

 嬉しいね。

 レベッカは悲しそうな顔をしていたが一年以内に再会できる事を聞いて少し安堵していたようだ。

 両親の元を離れて生活している以上、別れに対して耐性があるのかもしれない。

 ポワルは泣いていたからなあ。


 ……っと、そういえば来年になればポワルも学校に来るから唄の祭になったらシスイにも紹介してあげないといけないな。

 来年が楽しみになってきてしまった。


「あ、レベッカそろそろ眠い?」

「うん…多分眠い」

「そろそろ寝よっか。フィオナさんも一緒に寝よう?」

「私は…その、どうしましょう?」


 布団は三つしかない。

 ベッドは二つあるが、主人より高い場所で寝るのは何となく嫌なようだった。


「私の隣で寝る?」

「えっと、主人とメイドが一緒に寝るのは…」

「添い寝しなさい、命令。これでいい?」

「う…はい。お心遣いありがとうございます」


 そう固くならずに接してくれてもいいのだが上手くいかないな。

 でも、焦る必要はないか。

 まだまだこの先長いのだ。

 シスイともレベッカともまだまだ長い付き合いになるだろう。

 酒を呑んであの頃は楽しかったと笑い合える友達関係を作っていきたい。

 ……。


 そう思うのは、単に酒が呑みたいからかもしれない。



 ――――――――――


 深夜一時頃。

 寝付けず布団を抜け出して夜風に当たりに向かっていた。

 抜け出したのに気付いたフィオナは着いて来ようとしたがすぐに戻るからと断り、少しだけ一人の時間に浸る。

 空は暗い。

 風は気持ちいいが少し寒い。

 もう冬なのだ。逆に、普段より暖かいくらいである。



「……よお」


 後ろから声がした。

 聞き覚えのある声の出所には目もくれず、顔を合わせずに返答を用意する。


「実家から帰って来たのかな、トウヤ」

「ああ、少し修行を積んできた」

「武闘大会で優勝したのにまだ強くなるつもり?

 てっきり慢心してると思ってた」

「まんしん?」


 意味が分からなかったようだ。

 俺も六歳七歳の頃はそんな言葉知らなかった。

 言葉を選ばなかった事にちょっと反省。


「俺、大会前は散々だった。

 お前にもレベッカにも負けて……自信を無くして実家に戻って、父上に修行したいってお願いしたんだ。

 強くなって結果も出せた、でもまだ俺の腕は未熟で…足りない」


 未熟で足りない。

 確かに波動を除いた通常の剣術は並かそれ以下だった。


「俺はようやくスタートラインに立った気がする。お前は?」

「同じだよ。最近ようやくスタート地点に立てた気がする」

「そうか。それならもう一度、剣技でお前と勝負したい」

「良いよ。来週の月曜は空いてる」

「…俺空いてない、休んでいた分授業に出なくちゃならないからな。

 水曜と土曜は?」

「合同練習で空いてないな…じゃあ、再来週とか……」

「……」

「合わないか。じゃあ当分の間は無理かもしれないな…」


 お互い授業で休みを取っていた分、後半は頑張らないといけない。

 合同練習や元々レベッカやシスイと会う約束を蔑ろにする訳にもいかないし、試合は来年に持ち越しになった。

 来年ではなく来年度かもしれない。

 本当にお互い、授業の出席率が厳しいからな。

 トウヤは武闘大会前後の実家帰りが、俺は武闘大会後のサボリが響いている。


 俺のサボリは出席している日もあったからトウヤほど欠席をした訳ではないと思うが、長い間怠けて欠席が蓄積したのが原因である。

 何だか、お互い似た者同士だな。



 お互いに慢心していた。

 俺は降魔術、トウヤは波動という固有技能によってかなりの強さを誇っていた。

 剣術は並。

 慢心していた自分が何度か叩きのめされ、負けから何かを見出してようやくスタートラインに立つ一年となった。

 今じゃ授業の出席率がお互いに厳しい状況、か。

 俺が男として転生していたらトウヤだったのかもしれないな。


 トウヤに抱いていた嫌悪感はもう無い。

 今では戦いたいとさえ思えてくる、そんな相手になっていた。

 時間がそうさせたのだろうか。

 それとも同じ境遇に立っているからそう思えるのだろうか。

 自分の感情でさえよく理解出来なかった。



「じゃあまた今度戦おう」

「ああ。腕を磨いておきなよ、トウヤ」

「来年は一回戦敗退は勘弁だぞ、シャロル」


 昨日の敵は今日の友。

 今日の友は明日の敵。

 英雄の血を引くトウヤとライバルになるのも悪くはないかもしれない。

 父上を越えるぐらい遥か高みを目指すんだ。

 剣聖くらい越えてやろうじゃないか。



「……再戦までは前みたいにあっさりと負けないようにね。

 相手にする私が恥ずかしいから」

「それはお互い様だ……それじゃあ、おやすみ」

「ああ。おやすみ」



 今のコイツに対して強がりを言っても無駄、か。

 癇癪を起こしていたあの頃とは違うトウヤに人間的な成長を感じ、俺も自身の心情を改めておく。

 ユーリックにも、レベッカにも、もうあっさり負ける事は無い。

 来年トウヤに絶対勝つ。

 来年度の武闘大会の勝利をもぎ取る。


 父上に勝とうとしていた頃も心が滾っていた。

 熱くなってくる胸元に手を当てて、父上と対峙したあの頃のスタートラインにもう一度戻ってきた事を実感した。

 だが、今回と前回は違う。



 ―――今度は絶対に勝つんだ。

 ロイセンさんの言った通り戦場に二度目なんてない、これから先の道に軽々しく敗北の文字なんて刻めるものか。

 俺は強大な竜を倒すのだから。


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