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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
2章【新入生編】
21/50

20.合同練習

 外が寒くなり外出するのが気分的に厳しくなった頃、ようやく奴がやって来た。



「お久し振りです。今日はよろしくお願いします」


 ユーリック・シュラウド。

 俺とユーリックの都合が合い、ようやく手合せできる日が訪れた。

 これからは試合形式で何度か剣術の練習をする予定でいる、同じ相手ばかりだと手の内が簡単に読まれたり飽きてしまったりするのでレベッカも一緒にやる事になった。


 一応、審判役としてロイセンさんも同席する。

 試合の話を聞いて自ら審判役を申し出たのだが、回復魔法が使える上にコーチ役としても相応しそうなので特に断る理由は無かった。

 申し出た理由は単に暇だから、だそうだ。



 ユーリック・シュラウドと都合が合わなかったのは彼の武器が少々特殊だったのが大きな原因だった。

 彼の武器は機械化された槍であり魔力を使って砲撃するモードと通常の槍モードがある、しかし通常の槍モードは訓練向けではなく殺傷能力のあるものだったので換装が必要だったのだ。

 どうやらその換装先の矛先をクライム学園から送ってもらっていたらしい。


 今は換装した事で硬いゴムの槍になっている。

 手合せではこの硬いゴムに魔力を宿して威力や速度を強化するそうだ。



「他の学生と戦えるのは嬉しいな、ありがとうシャロル」


 試合を行う広場へ行く前にレベッカはそんな事を言ってきた。

 他の学生とは他の学校の生徒という意味だろう、レベッカは語彙が少ないからこちらで読み取っていくしかない。

 何となくレベッカの頭を撫でると「おお」と鳴き声を発した。

 学校の中でのイメージは孤高の剣士といった感じのレベッカだが仲良くなっていくとどんどん可愛らしい性格が見えてくる。


 甘えるのも甘えられるのも興味無さそうだが、案外構ってもらうと嬉しそうな顔をしてくれる良い子だ。

 猫みたいな性格である。

 猫を飼った事は無いので異論があれば認めよう。



「一つ、レベッカさんに聞きたい事があるんだけど、良いか?」

「……」


 ユーリック・シュラウドはレベッカに対して言葉を掛けた。

 レベッカは頷き、ユーリックの口を開かせる。


「貴女はセルートライ出身のはずだ。

 なのにクライム学園じゃなくて公国のニューギストグリム・アカデミーに入った理由を知りたい」

「……セルートライは、こくさいじょうせいが…危ないって、お父さんが言ってた。

 あと、国を出れば兵役の義務もないって」

「国際情勢って…戦争でも起こるのですか?」



 とんでもない言葉が出てきて思わずフィオナが言葉を漏らした。

 俺はそれよりもレベッカの口からお父さんって言葉が出てきたのに思わずほんわかとしてしまったよ。



「コリュードとの不仲は相変わらずだ。

 問題は近辺に存在する魔族達の住む地、竜魔の里と紅魔の里。

 最近そっちが火花を散らしているようで、その火の粉が降りかかるかもしれないって言われてる」

「へえ……色々あるんですね」

「面倒くさい話だよな。やってらんねえよ」


 ユーリックは溜め息混じりに呟いた。

 ……何だか手紙には丁重な文章を書いてたわりに随分と砕けた話し方をするんだなと思ってしまった。

 だが下級生にしては知性がある。


 猫かぶりってやつか。

 それとも手紙を両親のどちらかに書いてもらったのだろうか。

 いや字は綺麗じゃなかったから文面を考えてもらったのだろうと一人で納得する。

 会ってからはずっと好感度がだだ下がりだ。

 トウヤみたいな性格でなければいいのだが……。



 試合を行う場所は学校の敷地内にある建物の中だ。

 学校の体育館だと思えばそうかもしれないと納得するくらい内装が似ており、目に見えて分かる違いといえば魔法の障壁が張られている事くらいだった。

 この障壁は魔法の素が流れている地脈から汲み取った魔力を術式に通す事で展開されているらしい。

 災害時の避難場所としても役に立つ建物だ。


 便利だが障壁の強さは微妙だ、障壁のお陰で建物内は初級魔法の使用が許可されているが初級魔法でも壁を破ってしまう可能性がある。

 規則の通りなら俺の使う魔法は中級以下の魔法なので都合が良い、ただし実力を度外視した場合のみである。

 走るなと書かれている廊下を競歩で進むようなものか。


 なおトウヤの波動は許可されていない。

 初級魔法の威力じゃないからな。

 トウヤの力を振れる場所は校内でも限られた場所のみとなっている。



「さて、始めるとするか」

「……うん」

「分かったけど、まずは着替えないと」


 ユーリックは茶色の短髪が見える頭隠さずの額当てを装備しただけの冒険者スタイルだ。

 所々に装甲が散りばめられているが鎧ほどの防御力は感じられない、防御力だけならロイセンさんから貰った我が寮室のクローゼット内に永久就職した鎧の方がマシだろう。


 彼の武器は機械だから重量がある、防御を軽くしてそのデメリットを軽減したのだろうか。

 逆に安定感無くなって駄目になる気がする。

 ……まあ、彼には扱いやすいのだろう。


 俺達はフルフェイスの鎧を纏うため移動前から着替える訳にはいかなかった、快適な気温とはいえ鎧のまま歩き続けるのは骨が折れる。

 いずれそういう職に就くのなら慣れた方が良いと思うが、職に就く頃の体力と今の体力を比べてはいけないだろう。

 一体何年後だと思ってるんだ。


 ちょっとドキドキしながらレベッカと一緒に更衣室に入りインナーと鎧を着る。

 レベッカの使う武器はゴム製の薙刀だ。

 学校の在庫がなかった模擬戦用の薙刀がようやく手に入ったらしく、それを初めて試せるとレベッカの表情は煌めいていた。

 玩具を貰った子供のような顔をしている。

 ……そうか、レベッカは今まで自分の実力を充分に発揮できない武器を使っていたのか。

 今日は有意義な日になりそうだ。



「シャロル」

「ん?」

「ユーリック・シュラウドには、勝ちたい?」

「それは自信があるか…ってこと?」


 ロッカーを閉めながらレベッカは真剣な顔をして聞いてきた。

 いや、真剣な顔かはフルフェイスの兜によって見えないから分からないけど、語彙の足りないレベッカが投げ掛けてくる問いはレベッカが本気で聞きたい事ばかりだ。


 勝ちたいのは当然だ。

 だがどこかで……武闘大会の結果を引き摺っている。

 ユーリックに惨敗した事、自分が勝ったはずのトウヤが優勝した事。

 まるで手足に付いた鎖のように思い出が絡み付いている。



「勝てれば良いなって感じ…かな。ごめん」

「……」


 レベッカもユーリックも実力は俺より高い。

 大逆転できる方法は一瞬の隙を見付けて突く事と、降魔術でレグナクロックスを呼ぶ方法くらいしか無いような気がする。

 俺の弱気な発言にレベッカは顔を逸らした。

 フィオナは心配そうな表情で俺を見ている。



「シャロルは強い。だから、一度くらい本気で戦った方が良い」


 レベッカはそう言い残して更衣室を出て行った。

 一度くらい……本気で。

 それは俺が、本気で戦った事が無いって言いたいのだろうか。

 父上との時も、トウヤの時も全力で戦ったはずだ。

 それを見ていないからそう言ったのかも知れない、確かに他の生徒では実力差があり過ぎて手を抜いていた事もあった。


 自分の新しい技術を試すようにして色々な事をやっていた。

 その賜物が光風の魔法である。

 俺のやって来た事は間違いではないはずなのだ。


 そう自分に言い聞かして更衣室の外に出ると、ロイセンさんが廊下の壁に背を付けてもたれ掛かっていた。

 足元にはゴム製の剣があり、まるで自身がレベッカとユーリックと俺の輪に入ろうとしているようであった。


 どう見ても審判としてやって来ている姿ではない。

 彼はあの時と同じ鎧を着ていたのだ。

 鍛冶屋の前で戦った、あの時の重量級の鎧を。



「……何ですか、それ」

「一度お前と手合せをしようと思ってな。わざわざ着替えた」

「一試合だけならお付き合いしま…ッ!」


 言葉が口から抜け切る刹那に彼の一閃が眼前に迫った。

 とっさの殺気に体が勝手に動いた、風槍を拳の中で展開し握り潰して暴風を起こし、その風に乗って後ろに下がって距離を置く。

 しかしその距離を詰めるようにロイセンさんは突き進んでくる。

 ロイセンさんに風は無力。


 ならば。


 属性を変えて拳の中に水を構成する。

 水を風で覆って光属性を付加し、電気を宿した水の矢を作り出した。

 雷纏う水撃(ライトオースピナ)

 本来は雷属性を付加する魔法だが、雷属性の代わりに光属性を付加しても発動が可能であり、光と風以外の属性が苦手な俺には都合が良い魔法だった。

 照準を定め、連続で放つ準備をする。



雷纏う水撃(ライトオースピナ)!」

「おおおオオォォオッ!」


 ロイセンさんは雷纏う水撃(ライトオースピナ)を喰らってもなお全力で突き進んでくる。

 風槍を使った時と同じだ。

 彼には魔法が通用しないのだろうか。

 剣に光属性を付与し、肉体強化を掛けて今度こそぶっ倒そうと剣を振り上げた。


 ロイセンさんは俺が振る剣を受け止め、体を左右に振りながらこちらの隙を狙ってくる。

 だがこちらの攻撃は追い風の魔法と肉体強化で若干速くなっている。

 その隙を突く事は難しいはずだ。



「聞け!」


 ロイセンさんは剣を振りながら叫んだ。

 化物だ。

 俺には喋る体力も、会話に気を回す余裕もない。


「お前は天才だ!俺自身何でお前に勝ったのか分からなかった!

 だがこの瞬間俺は確信したよ!」



 ロイセンさんから魔力の気配を感じた。

 光風(ライトニングウェイブ)を武器を含めた体全体に覆い、何があっても怪我が少なくなるように対処する。

 ロイセンさんのゴム製の剣は一瞬輝き、魔力を発した。

 魔法学を学びまくった俺の脳裏でその情報はすぐに処理される。


 火属性と風属性を複合して剣の速度を一瞬だけ加速させる一振りの攻撃魔法、それは発動までに剣の鍔に魔力を溜める必要があり、その時間がとても長い。

 これよりも使いやすく威力のある魔法攻撃なんて幾つもあるため、この魔法は誰からも見向きもされず名付けもされず“無名”と呼ばれてきた。


 だが“無名”にしかできない事もある、それは初動で武器を輝かせる事だ。

 相手は光属性の攻撃と勘違いする場合がある。

 光属性を使える魔法使いは数少ないので相手に有数の実力者だと騙す程度には役に立つ。

 残念ながら目くらましには出来ないほどの光だ。

 ……それを何故今使うのか。


 銃の速射のような速度でロイセンさんの剣は俺の剣にぶち当たり俺の体を大きく仰け反らせた、その隙をロイセンさんは逃さない。

 ロイセンさんの薙ぎ払う一閃で俺の剣は空に飛んだ。

 だが俺だって諦めてはいない、踏み込んでからロイセンさんの手首を拳で叩き彼の武器も地面に落とす。


 お互いに素手の状態となり状況は五分となった。

 ロイセンさんの殴り、その拳を逸らし、俺は空いた手で槍のように突く。

 それが決め手となった。

 俺の腕をロイセンさんが掴み、体ごと投げたのだ。

 背負い投げである。


 受け身も綺麗に取れたし体は元々光風を纏っていたのであまり痛みは無い。

 投げられた後に残ったのは負けたという気持ちだけだった。

 これで二敗。

 やはりロイセンさんは強い。



「お前……はっ、強いけどよ。何でそう、諦める?」

「……別に諦めてないですよ、負けたのは悔しいし、技術の差だって…」

「馬鹿にすんな。諦めてないフリはやめろ。

 動きは同格だとしても魔法の技術はお前の方がある。

 お前は一体幾つ、隠し玉隠してるつもりだ」

「…隠し玉なんてないです」


 中級魔法はまだ隠し玉としては使えない。

 降魔術は発動できるか分からない今は発動しないで戦いたい、これに頼り切ってしまえば自分の実力は付かなくなる。

 俺は善戦しただろう。

 何が悪かった。

 俺の動きの何が悪かった?


「隠し玉…ねえのか。じゃあもうお前は、伸びない」

「…失礼ですね」

「失礼なのはどっちだ。勝手に諦めやがって。負けて仕方ないとか思って。

 自分の行動は正しかったとか思って……善戦だったとか感じてんだろ。

 んな事考えてるなら剣を捨てちまえ。

 戦場に二度目なんてねえ」

「……」

「お前は天才で、それを自覚してる。悪い事じゃないが自惚れすぎだ。

 その自惚れのせいでこれまでどれほどのチャンスを捨てて来たんだかな」


 自惚れ…か。

 思い返せばよくあったかも知れないな、武闘大会でも勝てると思ってたし、大会が始まる前も選抜生徒に選ばれると確信してた。

 座学はともかくとして、剣術の授業だって休みがちだったし、色んな事を早い内から諦めていた事だってあった。

 回復魔法とか、才能がないからって捨て切っていた。

 その自惚れはセイスやルワードを越えていた頃からずっとあった気がする。


 誰よりも才能があった幼少期。

 あれは転生という異常によって生み出されたもので俺個人の才能じゃない、だけど俺はそれを才能だと認知して優越感に浸っていた。


 努力を怠った。

 いや、まだあの時は怠っていなかったか。

 前世と同じだ。


“やる気は湧いていたが他よりもその度合いが遥かに小さかった。”


 やる気と努力は比例する。

 誰よりも劣ってしまった前世と今の俺は同じなのだ。

 俺は何も変わっていない。

 どう生きようが自分が楽しければそれで良かったし、馬鹿にされようが惨めになろうが自分には関係がないかのように生きていた前世。

 負けようが仕方ないと割り切る辺りはまるで変わっていないようだ。


 じゃあどうすればいい。

 人はそうすぐ変われるかと聞かれたら否とすぐに答えよう。

 そんな事ができれば誰だって無職にはならないし不幸な人生にもなるまい。

 世界が変わってすぐに心入れ替えたようにハイ頑張りますなんて普通できない。

 そんな事ができたらまるで世界が違う海外に住み着いて疑似的な異世界体験で就職していただろう。


 違うか。

 違わない。

 俺はどこかで分かっていた。

 俺は俺なのだ、自分の事は自分で分かっている。

 どこかで手を抜き、階段を降りるような人生を送ってきた俺がこれからどれほど頑張って行けるのか。


 ……確かに夢は見ていた。

 スロットパチンコで大当たりするような夢を。

 それが、俺だ。



「自分は駄目な人間でさ。一寸先は闇。

 楽する道を選んで進んで、堕ちていく所まで堕ちていくんだ。

 ロイセンさんの言う事、間違ってないと思う」

「…く、ははは!

 若いのに馬鹿な事を言うなよ、楽する道を進むのが悪い訳じゃねえ」

「……?」

「俺も二十歳になるまでは筋肉馬鹿でただの冒険者だった。

 どこ行っても喧嘩腰でな、いずれ人望が無くなって誰も武器を作ってくれたり売ってくれなくなったんだ……まあつまり遠回しに冒険者をやめろって事だな。

 そこで俺は自分で武器を作る事にした。

 それが今鍛冶屋をやってる経緯なんだがよ」


 ロイセンさんは放られた俺の剣と自分の剣を拾いながらなおも語ろうとする。


「売ってくれる商人なんて他に幾らでもいたはずだ。

 だが俺は面倒くせえから、自分で作れば楽で良いって思って作ったんだよ。

 人にとっちゃそっちの方が面倒だって考える奴もいるが本人にとってはそっちの方が面白いし楽だったのさ。

 いずれお前も楽する道に剣を振る未来が見付かるんじゃねえか?」

「…そんな心持ちで実力が上がると思いますか?」

「上がるさ。俺は鍛冶してて楽しいから勝手に実力が付いたよ。お前もそうだろ」

「そうだろって…何が?」

「魔法よりお前は剣技が好きそうだからな。

 見りゃ分かる。お前も剣が好きなんだろ?」


 ロイセンさんは拾ってきた俺の剣を差し出しながらそう言ってきた。

 俺は立ち上がってから剣を受け取り腰に付ける。

 確かに言う通り、俺は剣が好きだ。

 魔法よりも現実味がある、元々チートや才能があった訳でもない剣術が他人から評価されてAAクラスに上がったんだ。


 評価されなかった前世とは違うものがそこにある。

 レベッカという友人も出来た。

 優越感だけで剣を振っている訳ではない、今ならそれがよく分かる。

 この楽しさは本物だ。



「当然です。いつかその首、掻っ切ってやります」

「ははは!威勢が良いな!…あの二人が待っている。その調子でな」

「指導ありがとうございました。……行くぞフィオナ」

「剣をお持ち致しましょうか?」

「大丈夫、私が持つ。何だか久々にウズウズしてきたよ」


 試合を楽しみにした事なんてこれまであっただろうか。

 上手くロイセンさんに焚き付けられたようだとニヤリと口元を歪ませている自分がそこにいた。



 ――――――――――


 ロイセンが鎧から私服に着替え直してから試合する広場まで戻るとレベッカ・エーデルハウプトシュタットとシャロルが構えている姿があった。

 どうやら審判の自分待ちだったらしい。

 ロイセンが来るまでは軽い手合せをしていたようだが、遂に痺れを切らせていつでも試合ができるように準備を始めてしまっていたようだ。

 最初に痺れを切らせたのはシャロルだという。

 何とも気が早いやつだ。


 ユーリック・シュラウドは広場の端で待機していた、その隣にはフィオナ・フィットセットが同じように座っている。

 自分も同じ場所に座るとしよう。



「ロイセンさんが来たからもう良いよね。レベッカが動いたら試合開始で」

「…く、はははっ!そうだな、それで行こう」


 シャロルの提案に自分は頷いた。

 ユーリック・シュラウドは信じられないといった表情をしている、確かにアイツの態度は自惚れとも取れる行為であった。

 だがあれは違う。

 溢れ出る自信、強い勇気は時に無謀にもなると言うが、ああいった強き意志は時に相手を委縮させる。

 今のシャロルはいつものシャロルとは違う。

 レベッカもそれを見抜いたようだった。



「……じゃあ行くよ、シャロル」

「ああ。来てくれ」


 レベッカは小走りでシャロルの元に駆け寄り、薙刀の攻撃範囲の広さを駆使して遠くから攻撃を開始した。

 シャロルはそれを受け流しながら何らかの魔法を使おうとしている。

 シャロルの行動を予測するなら次に使うのは風槍の魔法。


 俺には通用しなかったとはいえあれは汎用性が高そうに見えた。

 シャロル本人にとってもお気に入り魔法の一つなのだろう。

 風槍の魔法で爆風を巻き起こしレベッカと自分の体を吹き飛ばした。

 シャロルは風槍を握り潰し、飛ばされている運動量を掻き消し逆側に飛び、レベッカとの距離を空中で詰め始める。

 あれだけで体にどれほどの重力が掛かったか分からない。

 胃が締め付けられるほどの痛みがシャロルを襲っているはずなのに、アイツは怯む事なく空中に浮いたレベッカに攻撃を仕掛ける。


 レベッカは空中にいるせいで上手く剣戟に対処できず、体勢を崩して地面に落ちた。

 シャロルが空中で上手く攻撃できたのは光風で見えない足場を軽く作ったお陰なのだが、ロイセンは気付かなかったし気にならなかった。

 彼女の気迫がそうさせているのだと思っていたのだ、そう思えるくらいの気合を感じさせてくれる。

 攻撃は続き、体勢を崩したレベッカに剣が振られた。

 シャロルの攻撃に残像のような魔力が浮かび上がり、その剣捌きは傍から見れば剣二本で攻撃しているように見える。


 光り輝くオーラのような残像。

 あれもシャロルの魔法なのだろうか。

 レベッカの武器は薙刀から小剣に切り替わっていた、どうやら空中に放り出された後、シャロルの剣戟で薙刀を失ったらしい。

 だがそれが功を成し、剣の攻撃範囲で防御と牽制を同時に行えている。

 薙刀なら牽制は難しかっただろう。

 今のシャロルは完全にレベッカの懐に入ってしまっている。



「シャロ、強い…ッ!」

「終わりだ!」


 レベッカが押されていると初心者(フィオナ)でも分かる中、シャロルが大声でトドメの合図を宣言する。

 彼女はレベッカの大きな隙に、大きな一撃を喰らわせようとしていた。

 だが大きすぎる故に防御が間に合ってしまう。

 それでは勝てんとロイセンが思った時、レベッカの体は攻撃を受ける前に地面に引っ張られたかのように後ろに倒れた。

 シャロルの剣はレベッカの首元に当てられ、気付けば試合が終わっていた。



「ユーリック君、今……何が起こった?」

「足を掛けたみたいだぜ。

 剣ばかりに目がいってたし上手い決め手かも知れないけど、同じ実力同士の試合で出来るものじゃない…ありゃ化物だ」


 シャロルもレベッカも自分の兜を外してお互いに笑い合っていた。

 レベッカの顔はちょっと悔しそうだったが、あの時のシャロルのように仕方ないと諦めているような表情をしていた。

 だがその表情には闘争心がある、心配は要らない。

 多分、レベッカはシャロルの真の実力を知っていたからあんな表情をしているのだろう。


 シャロルの剣技は子供の域、大人の域を越えている。

 今の試合はどう見ても達人だ。

 剣技の腕はまだ並だが、あの魔法と信念の生み出す可能性は大きい。


「シャロル、もう一回!」

「ああ。やろうやろう!」

「……いやあの、俺も混ぜてほしいんだけど」


 三人の子供達が試合を始める姿をロイセンとフィオナはずっと見続けたのだった。



 ――――――――――


 シャロルの試合はどれも快勝だった。

 意外性や速度はユーリックが優り、様々な対処能力と牽制技術…つまり総合的な能力ではレベッカが優っていたが、シャロルは自身に宿る爆発力で対処した。

 勝負は時の運とはいえ、レベッカに二勝、ユーリックに一勝の全勝である。


 試合中にユーリックの武器の調子が悪くなってからは試合を止めて筋力トレーニングを主にやっていた。

 機械の武器は調子が悪くなるとメンテナンスが必要なのでこれが武闘大会なら実質不戦敗である。

 レベッカは今日誰にも勝てず拗ねてしまっていたが、その不戦敗は勝利数に含めても良いだろう。

 戦場なら敵は待ってくれないのだから。


 合同練習は早めに切り上げてユーリック・シュラウドと別れた。

 しばらくは公国に滞在するのでぜひロイセンさんも来てほしいと言われてしまった。

 シャロルには来いと言われた。

 負けた分だけ勝利を取り返すつもりらしい。

 暇な時はできるだけ顔を出す事にしよう。



 ユーリック・シュラウドを抜いた四人で早めの夕食を取るためにシャロルが気に入っている喫茶店へと入る事になった。

 俺の様な男には似合わない場所である。

 どうやらシスイがよくライブをしている喫茶店なのだそうだ。


 ロイセンとシスイの出会いはちょっとおかしなもので、シスイが俺の鍛冶屋に楽器を作ってくれと言ってきたのが始まりだった。

 無理に決まっていると断ったのに、気付けば知り合いになっていた奇妙な仲である。

 残念ながら今日は来ないらしい。


「……シャロル、これ美味しい」

「酒に合いそうだが俺はこのゲテモノ、頂けねえ……」


 店長からサービスで頂いたスパイシースパイダーを食してからそう答える。

 レベッカには好評だが俺には合わなかった。

 差して好きでも嫌いでもない味で、しかもそれが魔物の蜘蛛の肉を揚げた物と言われれば食いたくも無くなる。

 レベッカはそういうのに拘らなそうな性格だが意外に俺は繊細だったようだ。

 女子三人が食べられるのに自分一人が苦手と言うのは心が痛んだ。

 まるで自分が女子みたいだ。


「シャロルはこんな美味しい物をいつも食べてるの?」

「いやいつもはフィオナの手料理を頂いてるよ」

「手料理!?」

「…ロイセンさん、食い付くとこ違いますよ」


 独り身のロイセンにとってはとても気になる内容である。

 シャロルの付き人であるフィオナ・フィットセットは魔族の血が通っているがとてもそうは見えない外見をしており、美人でもある。

 シャロルと歩いている姿はきっと学校内でも人気になるはずだ。

 シャロル自身も実力と美貌、知力も備える女の子だ。

 男ばかりの学校ならいずれ注目も集まっていくだろう。


「今度一緒に食べる?結構美味しいんだよ」

「本当か?」

「レベッカに言ってるんです。ロイセンさんじゃ寮にすら入れませんよ…」

「はあ……分かってるよ」



 ロイセンは溜め息を密かに溜め息を付いていた。


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