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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
1章【転生編】
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02.シャロル・アストリッヒ

 転生した世界で俺に付けられた名前はシャロル・アストリッヒ。

 アストリッヒ家の末っ子で、上には二人の兄がいる。


 髪の色はモンブランケーキのような薄茶色。

 栗の中身……クリーム色と呼べばいいのだろうか。

 両親が黒髪だというのにおかしなものだ。

 前世といい、両親とは髪の色が合わないらしい。


 母親の事は母上と呼び、父親の事は父上と呼ぶように教育された。

 とりあえず兄の将来は立派な男子にして騎士か冒険家になってほしいと父上と母上は笑いながら話していたが、俺の事は決まってないらしい。

 女で、しかも末っ子だからだろうか。


 アストリッヒ家にはメイドが数人いる。

 家の中も相当広く、俺が赤ん坊の頃から自分の部屋が割り振られていたぐらいだから何となくフィオナ以外にもいるとは思っていた。


 人数は大体五人前後。

 家事をするメイドが二人くらいに、アストリッヒ家の子供達に一人ずつ専属のメイドがいるようだ。


 俺の専属メイドはフィオナさん。

 フルネームはフィオナ・フィットセット、少し青い髪色にスラリとした高い身長を持っている優しいお姉さん的な存在だ。

 おむつの取り換えも大体彼女がやってくれていた。


 ……恥ずかしいな。


 確か年齢は……俺が生まれた頃に十歳くらいだった。

 俺が四歳になる頃には彼女は十四。

 前世でいう女子中学生くらいの年齢だ。

 お姉さんに見えるのは俺の身長が低すぎるからだろう。



「シャロル様?どこにいらっしゃるのですか?」


 フィオナがどこかから俺を呼んでいた。

 俺は木の上で本を読むフリをしながらフィオナが探してくれるのを待っていた。

 俺の事をいつも気にかけてくれるフィオナをいつの間にか気に入ってしまって、ついついちょっかいを掛けてしまいたくなるのだ。

 フィオナが俺を見付けられなければ父上に怒られてしまう。

 彼女と俺は冗談めいた本気のかくれんぼをしていた。


 フィオナが俺を探してくれる間、暇潰し程度に俺は魔法を使う。

 ハイハイができるようになってからは積極的に両親の使用する魔法を見て詠唱と発動方法を覚えてきた。

 火の魔法、風の魔法、水の魔法、バリエーション豊富にありとあらゆる物まで頭の中に詰め込んだ。


 両親には魔法が使える事を教えていないが、この歳から魔法が使える子供は滅多にいないだろう。

 常識的には魔法は八歳から教わるものらしい。

 危ないからだろうか。


 風を起こして木々を揺らし枝から数枚の木葉を浮かせ、地面に落ちないように地表低く風を吹かせてコントロールする。

 魔法というのはいつ使ってもわくわくが止まらない楽しい遊びだった。

 手軽に練習ができるし場所を選ぶことはない。

 両親に魔法を使えると教えたら母上の方が喜ぶのだろう。

 私に似たのだと。


 母上は綺麗な人だからそう思われるのは嫌じゃない。

 八歳になったら魔法が使える事をちゃんと伝える事にしよう。

 それまでは趣味に留めて我慢しておく。


「シャロル様、こんなところにいらしたのですか?」


 フィオナが息を切らして走ってきた。

 俺の登っていた木は家から近いので分かりやすいと思っていたのだが、人を探している時の人間の視線は案外上に向かないものでフィオナも相当探すのに困難していたようだった。

 今日も見付けてくれてとても嬉しい。

 構ってくれる事が嬉しいのだ。


 前世では両親が他界してしまっていたし、人付き合いの少ない叔父くらいしか話し相手はいなかった。

 大体、俺の中身は二十八歳の男性だしフィオナは十四歳の美人さんだ。

 構ってほしいのは当然だろう。

 ……別にロリコンって訳じゃないが、リアルだったらこんな無職の俺を必死こいて探してくれる女の人なんていない。


 っと。

 今はこっちがリアルなんだった。

 どうにも自分の体が自分の体じゃないと落ち着かないから実感が湧かない。

 もう生まれて四年くらいは経っているのに。

 自分のアカウント偽っているSNSみたいだ。



「フィオナ。降りられなくなってしまったんだ」

「……もう、このまま私が来なかったらどうするつもりだったんですか?」

「フィオナは絶対来てくれるから大丈夫。心配なんてしなかったよ」


 フィオナが腕を伸ばし、俺はその腕を掴んで彼女に抱き付く。

 正直に言えば降りられる高さだけどフィオナに抱き付く事ができるのは年齢的にそう長い間ではない。

 甘えられる間だけしっかり甘えておきたい。

 えろいおじさんですまんな、フィオナ君。


 地に足を付け、フィオナはホッと一安心して俺の服の汚れを払う。

 俺の服はズボンと長袖シャツというありきたりな服装でパッと見では男か女か区別するのは難しい。

 まあ髪は首元まで伸ばしているので大人なら分かってくれるだろう。

 子供には髪の長い男の子だと思われてしまうかもしれない。


 喋り方は両親とフィオナからしつこいくらい女性らしく品を持ってと言われていたが、二十八年も生きた経験や癖はどうも直しにくいので男性らしさはどことなく滲み出てしまっていた。

 言動は特に気を付けているつもりなんだけど難しい。

 とりあえず、生まれてから一度も一人称を俺とは言っていない。

 全て頭の中だけだ。

 むしろそれだけで自分を褒めたいくらいである。



「シャロル様、これからお勉強の時間ですが……」

「うん。フィオナ、寒いから早く家の中に入ろうか」


 両親の教育がちゃんとしているからなのか、何をするにも時間はきちんと決められていた。

 アストリッヒ家の子供達は規定された時間があり、その時間に食事や勉強を行う。


 食事は家族一緒に取る決まりはないが作る時間が一緒なので食べておかないと冷めてしまうし場合によっては片付けられてしまう。

 勉強は強制されている訳ではないが規定時間に遊んでいる場合は担当のメイドが叱られる。

 堅苦しすぎる訳ではない。

 良い生活環境だ。

 黙っていても食事が出てくる辺りが特に良い。

 叔父と一緒の時は料理担当だったので少し感動してしまった。


 フィオナと共に家の中に入り二階にある自室へと急ぐ。

 規定時間内に滑り込みセーフだ。

 フィオナは俺が勉強の規定時間を破った罰として代わりに叱られるのも甘んじて受けるのに、俺に対して行動を強制したり催促したりする事は滅多にない。

 多分勉強の時間をサボりたいと言っても承認してしまうのだろう。

 勿論限度はあるだろうが彼女は俺が出会った女性の中で一番優しい性格だった。

 いじめたくはなるけど迷惑は掛けたくないし優しくしてあげたい。

 フィオナはそんなメイドだった。


 長男のメイドはフィオナよりも厳しい性格だった。

 長男のセイス・アストリッヒは生真面目そうな黒髪眼鏡で、メイドの方もそりゃ優秀そうな黒髪眼鏡だった。

 まるで秘書だ。

 長男だからメイドの格も違うのだろう。


 次男のルワード・アストリッヒはというと、四歳という若さにして髪を金髪に染めてしまった問題児だった。

 染髪自体はメイドが手助けしたようだ。

 ルワード・アストリッヒが父上に髪を染めていいか訊ね、許可を取ったから染めたのだと聞かされている。

 どうせ将来は兜を付けるのだから問題ないだろうと父上は笑っていた。

 剣士にさせるらしい。

 ちなみに性格はDQNみたいなやつだ。

 仲良くする気はない。


 勉強はどれもこれも低レベルなものばかりだった。

 そりゃ二十八歳からしたら算数や理科なんて簡単な物ばかりに決まっている。

 勉強時間中に学習するのはこちらの世界をベースにしている社会と国語を中心にしていて、気休め程度に他の科目を学習するのが殆どだった。

 勉強に飽きたらフィオナと会話を交わす。

 生まれた時に引き継いだ記憶が多いと心に余裕がでてくる。

 チートだな。

 性別から考えてハーレムにはなれそうにないのでチート止まりだ。

 一度で良いからチートハーレムとかやってみたかったんだけどな。

 無念。



「フィオナ、少し疲れてしまったから休んでもいいかな」

「ここ最近多いですね……体調が優れないのですか?」

「いや、寝付きが悪いだけだよ」


 俺はそう言って席を立ち、ベッドに突っ伏した。

 こんな勉強をしていてもつまらないので最近は魔法を使って色んな事を机上で試していた。


 フィオナに見えないように鉛筆を魔法で持ち上げたり、鉛筆の先を削ったり、消しゴムで文字を消した後に残るゴミを風で払ったり。

 蝋燭の火を揺らしたり火力を上げたりもした。

 そうやって精神を使い、疲れて来たら勉強をやめてベッドに倒れ込む。

 ……まるで作業ゲームみたいにそんな生活を繰り返していた。


 くだらない事に魔法を使うようになったのは一年前の興味本位でだったが、最近は意識的に使うようにしている。

 魔法を使い精神を消耗させると次の日から魔法を使える回数が増えるからだ。

 推測だが、魔法を使うのには魔力が必要で、魔法を使うごとに経験値を積んで魔力の最大値が増加しているのだろう。

 最初の頃は詠唱が必要だった魔法も気付けば詠唱無しで発動できるようになっていた。


 魔法はイメージすればどんな姿にでも具現化してくれるらしい。

 詠唱はそのイメージを補助する役目を果たし、詠唱を長く積めば積むほどイメージが安定して発動に必要な魔力量が少なくなったり威力が安定したりするようだ。


 魔法を桜に例えれば詠唱行為は支え木である。

 支え木が沢山あればある分だけ安定はする、だからといって詠唱は多ければ…長ければ良いという訳ではなく状況に左右される。

 無詠唱で発動できるというのは支え木無しでも大丈夫という事だ。

 だからといってその魔法の本質が変わる訳ではない、支え木があっても無くても桜は桜である。


 しかし無詠唱は詠唱で補助する全ての行いを頭の中で処理するという事であり、無詠唱はこの処理の上手い下手が色濃く出てしまうので出来ない人にはとことん出来ない。

 やってみた本人の俺が感想を述べるとしたら、感覚でどうにかしたとしか答える事ができないだろう。


 説明が難しいのだ。

 この感覚を掴めるかどうかが無詠唱を使えるようになる鍵だ。

 無詠唱を使える人は少ないらしいが、この感覚の掴み方を伝授する事ができないのが背景にあるのだと考えている。

 才能を必要とする無詠唱だが、無詠唱は詠唱の完全上位互換になる訳じゃない。 


 無詠唱は発動者のイメージに深く依存するため、下手に魔法を使った場合は魔力が上手く使用できず魔力の素となる見えないエネルギー体が空気中に拡散される。

 これのせいで同じ魔力量を使って詠唱し魔法を発動するのと無詠唱で魔法を発動するのには大きな誤差が生まれる。


 無詠唱と詠唱の初動はあまり大差がないが威力は無詠唱の方が弱い、詠唱という補助が無い分弱いのだ。


 初動の大差が無い理由は詠唱には詠唱に時間が掛かり、無詠唱は脳内で魔法発動の処理をするのに同じくらい時間が掛かるからだ。

 無詠唱に慣れれば脊髄反射のように処理してくれるようになり、詠唱よりも早く魔法を発動する事ができるようになるらしい。

 それまでの辛抱だ。


 上手く魔法を発動した時でも魔力変換の残りカスとして魔力の素が放出されてしまう。

 これは詠唱無詠唱問わずである。

 魔力の素が放出されてしまう現象を魔力の分散現象と呼ぶそうだ。

 魔法学の基礎と書いてある教科書にそう書いてあったので間違いない。


 その教科書は長兄のセイス・アストリッヒに貸して頂いた。

 セイスとルワードの元には魔法学の教科書があるらしいが、俺の元には届かなかったのだ。

 何の意図があってか、一年経った今でも届く事はない。



「フィオナ?」

「あっはい、なんでしょうか?」


 ベッドに横になった俺はフィオナに笑顔を振り撒く。


「添い寝してほしいなって思って」

「……もう、仕方ないですね」


 実にあざとく、賢く。

 見た目は子供でも中身はおじさんだからな。

 寝ている間に胸とか腕とか触っておこう。

 そんな事を思いつつ少しだけ眠る事にした。

 夕食までのちょっとした昼寝だ。



 ……。


 四歳、シャロル・アストリッヒ。

 幼くして魔法を取得し、勉学への意欲もわりかし高い。

 順調に進んでいく人生。

 そんな俺に試練が訪れるのはもう少し、先の話。


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