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騎士道プライド  作者: 椎名咲水
2章【新入生編】
18/50

17.アーリマハット

 アーリマハット。

 国璧に囲まれている国で、中に入る為の関所を潜り抜けると左右には商人達の姿で溢れ返っていた。

 儲かっているのかいないのかが見て分かるくらい貧富の差が服装や態度に出てしまっている。

 印象は良いものではなかった。


 オズマン先生に夜砂漠へ向かうと伝えた時、アーリマハットはあまり良くない国だから出来るだけ早めに帰って来なさいとは言われていた。

 貧富の差が激しい国は犯罪率も高いし治安も悪い。

 ……そして俺の目に映る、気になる物もあった。



「……フィオナ、あれは?」

「あれは…奴隷、ですね。アーリマハットには奴隷を売り買いする文化がありますから」


 奴隷、ねえ。



「お二人はアーリマハットは初めてですかい?」


 御者の男がこちらを向かずに話しかけてきた。

 旅の途中に魔物が出たら剣で追い返すくらいの実力がある、雇う料金が少し高いベテランの男だ。

 アーリマハットにも何度か訪れた事があるんだろう。


「そうですね、奴隷なんて見た事もありません」

「ここの住民からすれば奴隷ってのは使用人みたいな感覚だ。

 周辺国が奴隷を禁じてるからそうならざるを得なかったんだろう」

「でも…奴隷なんですよね?」

「確かに使い方は雑かもしれん。可愛い娘を金に換えるクソみたいな奴もいる。

 契約はお二方を送り返すまでが仕事だからアーリマハット滞在中は俺もここにいるが……用件が済んだら早めに公国の方に戻らせてもらいたいもんだ」


 馬車が進んでいると途中で人を鞭で叩いている決定的現場を見てしまった。

 御者の男はそれに目線を移した後に俺の方を見て、な?っと同意を求めてくる。

 その言葉に俺とフィオナは頷いたが、フィオナの頷きは音速を越えそうだった。

 怖かったのだろう。


 宿は御者に一番安心できる場所を頼んで用意してもらった。

 北から夜砂漠に向かう為、北側に位置する宿に泊まる事になった。

 フィオナとは同室、御者とは別室だ。


 カウンターで三人分の料金で二泊しようと頼んだ時、店員がフィオナの姿を見て別料金の提案をしてきた。

 アーリマハットでは使用人は奴隷の枠組みに入るらしく、奴隷は人間としてカウントされないので二人分と奴隷一人分の値段になるらしい。

 簡単に言うと宿泊費が安くなるのだ。


 これは奴隷だから犬のような扱いをするという訳ではなく、雇い主が奴隷と同一の価格で一泊できるのはおかしいと配慮された結果らしい。

 御者はリアクションも取らずにこちらを見て俺に判断を任せた。

 俺は安くなるならした方が良いだろうと安直な発想でそれを受け入れたがフィオナとしては奴隷としてではなく人間としてカウントしてほしかったのだろう、何とも言えない表情を浮かべた。


 部屋は木の匂いがする若干暗めの部屋でベッドはちゃんと二つある、値段が安くなったからといって待遇が悪くなった訳ではないようだ。

 それでもフィオナは不機嫌である。



「フィオナ、ふくれっ面だと可愛さ半減だよ」

「……知りません」


 俺はベッドに座り、フィオナを手招きした。

 やらしい事をする訳ではなく、これから先どう行動するかを検討する為だ。

 夜砂漠はその名の通り常夜の場所らしいので昼に行動しようが夜に行動しようがあまり関係のない場所だ。

 なのでアーリマハットに到着したら数時間の仮眠を取り、それから時間帯を問わず行動をする予定でいた。

 アーリマハットに着いたのは日中なので、予定通りにやるのなら日が落ちてからの行動になるだろう。


 まあ、構わない。

 問題はここからだ。


 夜砂漠はわりかし広いので全てを探索するのなら三日以上掛かる、なので少しヤマを張って賢者を探す事にした。

 賢者とはいえ人だ、ならば人が生活出来る範囲にいるだろうという判断の元に行動範囲を絞っていくというのが俺の意見で、逆にフィオナは賢者は人とかけ離れた存在なので人が生活出来ない範囲にいるだろうと言った。

 仕方ないので結局どちらも半々探す事にする。


 フィオナは乗馬ができるそうなのでフィオナの背中に掴まって移動すれば歩きよりも広い範囲を探す事が出来るだろう。

 御者はアーリマハットで待機させ、ニューギスト公国に帰る時間まで馬の疲労を取っておくよう配慮しておく。

 ぶっ続けで動き続けられるほど馬は丈夫ではない。



「じゃあ寝ようか。早めに予定をこなしたら街をゆっくり回りたいな」

「私は回りたいとはあまり思いませんが……」

「じゃあ早く帰ってきたらフィオナと奴隷ごっこかな。

 脚とか舐めてもらおうか」

「……」

「じょ、冗談だよフィオナ」

「シャロル様なんて、もう嫌いですから…」


 そんな事言いつつ俺の手を握ってくるフィオナがツンデレ可愛い。

 顔を逸らすフィオナに笑みを浮かべていると、振り向いたフィオナが顔を赤くして襲い掛かってきた。

 年下にからかわれてフィオナも大変だろうなあ。


 年下の当人からすれば面白いし可愛い姿も見れるのでやめる気なんてさらさらない、でもしっかりと手綱を握れるように旅行中は色々な思い出を作っておきたいと思っている。

 首飾りでも買ってあげよう。



 ――――――――――


 ぐっすり寝た俺とフィオナは早速行動に移す事にした。

 日が暮れてからの行動なので松明を持って行動するようにと御者に言われたのだが、単純に光を発生させるだけの魔法なら出来たのでそれを明かりにして行動する。

 これは松明よりも明るいのでとても役に立つ。


 一応戦闘になる事もあり得るので、その間は俺が戦い、戦っている時の明かりはフィオナに松明を持ってもらおうと思っている。

 …魔物が住めない地らしいのでいないと思うけど一応念の為だ。

 母上から火を起こす魔法は習っているそうなので心配はいらない。



 ……そういえばこの世界に生まれて初めて見た魔法は、赤子の頃に見た母上の、明かりを付ける魔法だった。

 懐かしい。

 それからもう六年も経っているのだ。

 あの頃に比べて俺もフィオナもかなり成長した。

 フィオナの胸を見れば分かる。

 俺が赤子の頃のフィオナは十歳くらいだったからな。



「あの、シャロル様。

 掴まるのは構わないのですが、胸を揉むのはやめてください」

「あはは……この砂漠、何もないからつい」


 馬に跨るフィオナ、そしてその後ろに座ってフィオナを掴む自分。

 行動に移したは良いもののどこを見渡しても砂漠は砂漠で、ただ天候が悪く暗い世界が延々と続いている。

 殺風景だが方位磁石があるので道には迷わない。

 だけど気分は最悪だ。


 ここは暗黒大陸という名前なんだって言われたら信じてしまうくらい酷い場所だ。

 こんな所を好んで住んでいる賢者なんてロクな奴じゃない気がする。



「シャロル様はシュラ様に似てきましたね」

「母上は女の人が好きだからねえ」

「シャロル様は違うのですか?」

「うーん……どうだろう。

 異性の恋人が出来るよりもフィオナの胸を一日中こねくり回していた方が幸せだと思うけどね」

「……本当にシュラ様みたいです」


 確かに母上なら言いそうだ。

 血は争えませんな。

 とはいえ母上は異性と結婚して子を成した立派な女性だ、俺は母上と同じ様な道を歩む事は決してないだろう。

 男友達が欲しいとは思うけど結婚まで行くなんて考えられない。

 馬鹿馬鹿しい。



「……ッ!シャロル様、危ない!」


 フィオナが叫び、俺の腕を掴んで馬から転げ落ちるように離れた。

 俺の視界がグラリと歪んで背中から砂の地面に落ち、視界の先にいた馬は何か明るい物質によって跳ね飛ばされた。

 ……いや、物質だっただろうか。

 一瞬では何も分からない。


「フィオナ、今のは?」

「今松明を用意します」

「……いや、その必要は……ないかもしれない」


 跳ね飛ばされた馬の方に視線を移すと、その馬は油を注がれたかのように大きな炎に包まれていた。

 暴れ回る事もなく、横になったまま燃えている。

 もう死んでいるのだ。

 俺とフィオナは息が荒く、何がどうなったのか何も分からない。

 平和だった空気が一変したのは確かだ。



『今のを避けたか、女』


 燃えている馬がある方から何かが俺達の方へ弾丸のようなスピードですり抜けた。

 ダメージはない。

 攻撃ではなかったようだ。

 俺はフィオナへの攻撃だったのではないかと思い、フィオナへ声を掛ける。

 だがフィオナはどこにもいない。

 ……いない。

 どうして?


「フィオナをどこへやった?一体、誰だ?」

『俺の名は神え―――

『それ以上、我が主に穢れた声を掛けるな』


 ドスン、と。

 見えない何かが名乗ろうとした時、俺の後ろから白銀の鎧が姿を現した。

 ―――光神レグナクロックス。

 ただその姿から放たれるはずの輝きや後光は一切見えず、ただ高級感溢れる鎧が見えるだけだった。


『く……くくっ!早いな!悪い悪い、ははっ!』


 レグナクロックスが剣を引き抜こうとした時、眼前にある地面が急に燃え広がり、その煙の中からフィオナと赤髪の男が現れた。

 赤髪で、真っ黒な肌。

 その黒い肌の所々に炎が纏わりついている。

 フィオナは気絶している様で、その男はフィオナを雑に抱えていた。

 燃えてはいない。無事みたいだ。



『俺は神炎イフリート。ソイツと同じ最上位精霊だよ』

「さい……上位精霊?」

『このメイドはお前と話を終えたら返すから気にすんな。

 久し振りの客だからな、戦ってやろうと思ったら光神を従えてるんだから笑っちまってよ』

『……』

「ま、待て。レグナクロックスは神様じゃないのか?」

『……くっ、ぷはは!神様が人と親密な交流を持つはずがないだろ!

 神ってのは得体が知れないから神なんじゃねえのか?』


 いや、確かにそうかもしれないけど……俺にとってはレグナクロックスも眼前の燃えている男も充分得体が知れないんだがな。

 俺が引きつった顔を浮かべているとレグナクロックスが笑っているイフリートを斬ろうと近寄った。

 その剣を全力で振り抜こうとするが、イフリートはその剣を片手で受け止める。


『やめとけ。お前には興味ねえよ』


 その光景は俺に実力を示すには充分過ぎた。

 自分の中で最強だと思っていたレグナクロックスの剣が生身の片腕で受け止められてしまったのだから。

 イフリートは剣を離し、レグナクロックスは止められた剣をしまった。

 そしてその姿を夜砂漠の闇へと消してしまった。


 どこかへ歩いて行った訳ではない。

 ここから消えたのだ。

 召喚される前の状態に戻ったのだろう。



「何なんだ……お前」

『俺はお前の方が気になるけどな。

 お前は俺に用があってここに来たんじゃねえのか?』


 男は全身シルエットみたいな体を動かし、抱えていたフィオナを俺目掛けて投げてきた。

 重く圧し掛かる体を何とか受け止め、柔らかい砂漠の上に寝かす。

 レグナクロックスは男を斬ろうとしたが自分はこの男に恨まれる覚えはないし攻撃してくる気配はない。

 警戒だけはしておこう。


「私は…この砂漠に降魔術の事を知っている賢者がいるって聞いて、降魔術について教えてもらおうと思っただけで……」

『降魔術?光神を呼び出せるのにか?』

「いやあの…たまに呼び出せない時があるので……」

『へえ。召喚条件でもあるんじゃねえか?俺は全く知らんけどな。

 多分、レグナクロックスも知らねえだろ。知ってても言えねえがな』

「言えない?」


 確かに意志疎通は全くできないな。



『あー……最上位精霊ってのはいずれ起こる災厄から世を守る為にある。

 だが俺達は災厄起こせるくらい力があるから色々と枷が作られてるんだよ。

 人に力や知識を与える事は出来ても制限があってな、光神は契約した時点でお前に対して何かを教える事はもう出来ないんだろうよ』

「えっとよく分からないですけど…それって誰が作ったんですか?」

『知らねえよ』


 ……随分投げやりな精霊だなあ。

 最上位精霊よりも更に上位の存在がいるのか。

 枷が作られている……って言い方が妙に引っ掛かる。

 というかレグナクロックスに使命なんてあったんだ。


「何だか都合の良い話ですね」

『俺達は世界の為に運用される存在、都合が良いのは当然だ。

 人に何かを与える事を禁止にされなかったのは導く為だしな。

 だが、必要以上に与えてはならない』

「……?」

『人その物が災厄に化けるからだ。枷はその為にある』


 さて、と男は地面に胡坐を掻いて座った。

 座る瞬間に地面は燃え上がり、男は眼前の虫を除けるように手を払って周囲に漏れた炎を一瞬にして消した。

 この人が嘘を言っているのだとしてもこの人の実力は確かだ。最上位精霊というのは間違いではないと感じる。

 大体この人には俺に嘘を付く意味が……ないはずだ。

 裏があるかもしれないが。



『光神の呼び出し方について、聞きたいんだったな』


 男はニヤつきながらそう言った。

 任意で呼び出せれば強力な力になるのは間違いないが、この男には勝てない。

 レグナクロックスの力が絶対で無いと分かってから頭の中が渦巻いて混乱している、ここに来た目的すら忘れる程にだ。



「……はい」

『くく……まあ俺は知らん。最上位精霊の呼び出し方は精霊に依存する。

 俺を呼びだすには昂りと怒りを。水の精霊なんかは恋愛心と嫉妬心、風は正義心だ』

「気持ちによって呼び出せるんですか?」

『道具によって姿を現す奴もいる。まあ、模索してみるんだな』


 ふむ。

 模索してみる……というのは考えても無かったな。

 切り札は切り札らしく本当の勝負場で使うべきだろうという脳裏に過るものがあったからだろうか。

 いや。

 使えなかったらどうしようと思ったからだ。


 単に、怖かっただけか。

 自分の弱い所だ。

 失敗を極端に恐れている、失敗すれば落ちていく事を知っているから。


 ……。


 違う。

 俺は。

 俺は――――。



『まあよ、光神には光神なりの目的があってお前に力を貸してるんだろ。

 目的が合致してないのに出てくるはずもねえよ』


 …ならなんで、トウヤの時は手を貸してくれたのだろうか。

 ……。

 沈黙が続くと男は急に指を鳴らした。

 その音は見えない壁に反響して俺達のいる場所によく響き、まるでスイッチが切り替わったかのように辺りの空気が変わった。


 フィオナが少し動き、座っていた俺の膝に手を乗せてきた。

 目を開けると急いで身を逸らして声を上げたが、男の存在に気付いたフィオナはすぐに警戒態勢に入る。

 俺は気を張ったフィオナの肩を掴み、やや強引に引かせる。

 長い説明は後でしておこう。



『そこのメイド、よく聞け。俺の名は神炎イフリート。

 光という現象を生み出す素となる力、炎を司る存在だ』


 あ、説明してくれるんだ。


「神炎イフリート……ですか」

『おう。もうお前の主から話は聞き助言は与えた。次はお前だ』

「わ、私ですか?」

『戦いに身を投じる者の傍にいるってのは人知れず難しいもんだ。

 弓くらい引けるようにならないといずれ酷い目に会う。

 そいつの近くなら尚更だ』

「……」



 フィオナは緊張した顔付きで男の言葉を聞いていた。

 弓を引けなくてもフィオナは戦場まで連れて行く事はないはずだ、俺が静止させるし強情に着いて来ようものなら両親に預かってもらう。

 ……なら彼の言葉は何だ。


 未来を予想しての、助言。

 最上位精霊はいずれ起こる災厄から世を守る為にある。

 その言葉を信じるならレグナクロックスは俺を利用して災厄を止めようとしている節があるという事なのだろうか。

 自分の枷の限界まで俺に力を貸しているのが余興……っていうのはあり得ないはずだ。


 ならいずれ俺はその災厄と戦う事になるという事か。

 その災厄に思い付く節は無いが、災厄と戦う人間の近くにいるフィオナがただの一般人だと不味いと思うのは理解できる。

 思い付く限りではそれが一番自然な理由だ。

 男は両手を重ねて体の中から何かを引き抜くように右腕を動かし、折り畳まれた赤い棒と赤い指輪をフィオナに渡した。



『これは武器だ。神器とも呼ばれる。

 その棒は広げれば弓となり自分の認めた射手以外を跳ね除け、その指輪は自身の魔力を弓矢に変換する。

 これからは毎日弓に触れ、魔法を学べ』

「神器…ですか!?このような物、私には……」

『なら、その娘から身を引け。足手纏いになるだけだ』


 勝手に決めないでくださいイフリートさん。


「……っ!」

『良い表情だな。覚悟があるようでなによりだ』


 俺の場所からでは見えなかったが、どうやらフィオナは男を睨みつけたようだ。

 それをイフリートは覚悟と受け取ったらしい。


 空気が落ち着き、俺もようやく一呼吸できる気分になった。


 イフリートは立ち上がり辺りを見渡してから斜めの方角を指で示した。

 どこを見ても暗い景色が続く砂漠の中で何もかも見えているような雰囲気だった。

 視力が良いだけなのか、それとも炎を操る事が関係しているのかは不明だ。

 何もない平原に住んでいる放牧民は自然と目が良くなるっていうし、何もない砂漠に住んでいても同じ結果になるのかもしれない。

 昼夜問わず暗い場所に住んでるってのを除けば。


『馬を殺してしまって悪かったな。

 心配せずとも街までそう遠くはない。この先を進めばアーリマハットだ』

「助言ありがとうございました、神炎イフリート…さん」

「頂き物まで……ありがとうございます」

『礼は必要ない、じゃあな』


 俺とフィオナが指を指された方向を見終わってからイフリートに視線を戻した時、すでに彼はどこかへ消えていた。

 消える素振りも見せずに消えた。

 流石は神と間違われるレグナクロックスと同列なだけあるな。


 尻もちを付いていたのでまずは立ち上がり、指をさされた方角へ歩く事にした。

 歩きながらフィオナは指輪を左手の人差し指に嵌めて折り畳まれた弓を構えた、指輪に魔力を込めると赤い弓矢が出現し、フィオナは一本試し打ちする。

 山なりで弱々しい軌道で飛んだ弓矢は砂漠の地面に突き刺さり発火した。

 どうやら突き刺さった後は炎に再変換されるようだ。

 狼を射ったとしたら刺さった後に発火して死体は燃えるのだろう。

 便利なのか便利じゃないのか判断しにくいな。

 火計は簡単そうだ。



 ――――――――――


 早く用事が終わったので御者の元に向かい出発時刻を決め、それまではアーリマハットをグルリと一周した。

 まずは借りた馬を返せなくなったので購入という形で処理し、流行り物のネックレスをフィオナに買い与え、通路で屋台を開いている店で食べ歩きをして、最後に治安の悪そうな裏路地の近くを見て回った。


 公国では禁止されている娼館もあり店前で娼婦が呼び込みをしていた。

 多分公国内でも隠れてやっているだろうがアーリマハットのように表立ってはしていない。


 裏路地は奴隷商館が存在するにも関わらず奴隷の売買を行っていた。

 堂々と中に入り、少し汚れた服を着ている優しそうな奴隷商のお兄さんに無邪気を振る舞って色々と話を聞くと、商館に奴隷を登録するには手数料が掛かると教えてくれた。

 手数料は多すぎる訳では無いようだが登録されている奴隷が多すぎる為、自分の奴隷が売れにくいらしい。

 登録者は奴隷が商館で売れてから報酬を受け取るシステムになっているようだ。


 その事を言い当てるとお嬢ちゃんは頭が良いねと褒められ頭を撫でられそうになったので咄嗟に手で払った。

 自惚れするくらい綺麗な髪なので触れてほしくない。



「しっかし、お嬢ちゃんが一体ここに何の用だ。館に一人雇いたいのか?」

「可愛い女の子がいるかなと思ってね。戦闘向きの子」

「女子は貴族が好んで買う。貴族ってのは裏路地歩かないから若い娘は奴隷商館で売られてるよ。

 ここはさして裕福でもない平民が農奴(のうど)を買う為に訪れる事が殆どだ。

 贅沢して女を買う奴もいるが、腕を振える有能さはない」

「……意外と客層分担が出来ているんですね」

「お嬢ちゃんは子供とは思えないくらい物分かりが良いね…」


 農奴。農業を手伝わせる為の奴隷だ。

 確かに裏路地は男の臭いがして感じの良い場所ではない。

 多分、商人と奴隷の汗の臭いだ。

 奴隷は男が多く、奴隷商のお兄さんの言う通り農奴として買われる奴隷が殆どなのだろう。


 成人を越えたか越えてないかくらいの男奴隷が結構いる。

 体付きを見せる為に上裸になっている奴隷も少なくないみたいだしフィオナには目に毒かもしれない。

 えっと……着る物与えられてない訳じゃないよね?



「シャロル様……もう、行きませんか?」

「ん……おい、待ってくれ。それ、お嬢ちゃんのメイドだったのか」

「うん。私の用は終わったけど、まだ何かあるんですか?」

「ああ悪い…、単に興味本位で来た子供かと思っていた。

 教養があるのも頷ける。少しばかり、セールストークをさせてほしい」

「……」


 フィオナに時間を確認し、馬車の用意が出来る時間までなら良いよとお兄さんに告げる。

 要は急いでしろという事だ。

 フィオナは溜め息を吐いていたが止めようとはしてこなかった、どうせ今は馬を購入してしまったので手持ちがなく買えないのだ。

 それを分かっているのでフィオナは止めないのだろう。


 ……ただ、子供の見る世界じゃないので止めたい気持ちが強そうだ。

 子供じゃないから別に大丈夫。

 ドンと来い。



「俺は依頼者の望み通りの奴隷を探す事に定評がある奴隷商だ。

 もし良ければお嬢ちゃんの望み通りの女の子を探してあげよう」

「そう?私はこの地にあまり訪れないんだけど、それでも良いの?」

「構わない!お嬢ちゃん好みの女の子を探して商館に登録してあげるよって話だ。

 アーリマハットに訪れた際に商館へ行けば俺が登録した女の子がいる、買ってくれればお嬢ちゃんは満足だし俺にも金が入る。

 ……えーっと意味は分かるか?」

「売れなかったらどうするの?」

「可愛い女の子ならいずれ売れる。質より数って考える貴族もいるのさ」



 露骨にハーレム作ろうとする貴族もいるんだな。


「じゃあそうしてもらおうかな。商館に向かったら合言葉でも言えば良いの?」

「察しが良いなお嬢ちゃん!そういう依頼主は好きだぜ。

 そうだな……“ゼハール商会”の名を出せば奴らも首を縦に振る。

 合言葉はそれだ」

「ありがとう。じゃあよろしくね、奴隷商さん」


 話を終えた俺は少女の顔を生かして無邪気そうな笑みを浮かべて会釈し裏路地近くから表通りへ歩いて行った。

 あの奴隷商さんは別に頭が良い訳じゃない、ああいう形で商売を続けているだけだ。


 商館も売れなきゃ意味がないだろうから売れる話には手を貸すはずだが、だからといって一芝居打ってくれるほどお人好しとは思えない。

 商館には沢山の奴隷商が商品を持ってくるだろう、全員のセールストークを覚えられるほど商館の人間の頭が良いとは思えない。

 あの奴隷商がそれなりに稼いでいるか商会の存在が大きいかのどっちかだろう。

 依頼者の望み通りの奴隷を探すというのも難しいだろうに、それが出来るという言葉を信じるならあの奴隷商にはかなりの腕と経験がある。


 じゃあなぜ奴隷商を続けているのかと考えると意味が分からない。

 奴隷は普通、高い。奴隷商は一攫千金みたいな感覚なんだろうか。

 ……しかし、仕入れ方法が気になるな。

 買う前に一度調べた方が良いだろう、非人道的な仕入れ方法だったら先生に報告した方が良い。


 考えている素振りを見せているとフィオナが露骨に嫌そうな顔を浮かべたので、フィオナの腕を抱き締めてご機嫌を取りながら歩く事にした。



「何ですか。放して下さい……シャロル様、嫌いですから」

「フィオナには好かれたいから残念だなあ…ははは……」

「嫉妬です、嫉妬。使用人なんて私だけで良いじゃないですか」

「…まあ、そうだけどね。イフリートの事もあって、色々悩む事もあるんだ」


 フィオナが不機嫌な時には褒めて誤魔化す時と真面目な話をして誤魔化す時があるけど、今回は後者。

 これがセイスのメイドだったら見抜かれていると思う。


「フィオナに対して武器を与えて、私の近くにいると危ないって言ったんだ。

 当人の私はもっと危ないでしょう?戦闘のできる仲間を探しておきたいじゃない」

「…じゃあ何故、女の子なんですか?」

「……え?男の子を雇って襲われたりしたらどうするの。

 恋仲になったら父上母上にどう説明する?

 大体、同姓の方が扱いやすいじゃない」

「あ、そ、そうですね……失礼しました」


 同姓の中で一番近い存在でありたいっていう願望でもあるのかな。

 確かに実力面を取るなら男の方がありがたいんだろうけど、近くで生活するのだから同姓の方が気が楽でいい。

 ……女性と同姓と思うのは今でも少し慣れないけどな。


 別に女性は見た目に拘る必要はないだろう、可愛い子はフィオナで充分だから高望みする必要はない。

 漫画系で中盤仲間になりがちな獣人みたいなのでも構わんよ。

 ケモナーじゃないけど動物は好きだし。


 ちなみに犬と猫では猫の方が好きだ、理由は散歩しなくていいから。

 手が掛からない子が良い。



 御者と待ち合わせている場所に着くと御者の男が手を振ってきた。

 そのまま用意された馬車に乗り込み、アーリマハットを出てニューギスト公国へと向かう道を進み始める。

 さほど美しくもないアーリマハットの景色を見ていると、御者は呟くように歌い始めた。

 フィオナはその歌に対して懐かしいですねえと言葉を掛ける。


 俺は知らない。

 百人一首やっている時に出て来そうな歌だった。

 『御心』という歌らしい。



「……粋ですね」

「今の歌に深い意味でもあるんですか?」

「お嬢様はそりゃ知らないよなあ。

 随分前になるが、アーリマハットの奴隷が歌手になって結構な人気を集めた…そのデビュー曲だ」

「へえ……奴隷でも身を立てる事が出来るんですね」

「特別な例だっただろうけどなあ。

 その頃のアーリマハットはそりゃ酷くてよ、国璧の外は魔物だらけで常に冒険者に頼って退治してもらってたんだ。

 いつだったか、そのシンガーが外の魔物に殺されてしまってな……」

「財産は魔物退治に当ててほしいと遺書に書かれていたんです。

 今ではその歌手と、歌手の事を思って募金してくれる世界中の人によってアーリマハットの安全は保たれているんですよ」


 なるほど、良い話だ。

 まだ音楽CDも制作出来ないはずなのに沢山のファンができるなんて凄い人だ。

 奴隷から身を立てたってエピソードが後押ししているのかもしれない。

 そんな人もいるって思いながらアーリマハットの奴隷は夢を見て今を生きているのだろうか。


 希望を捨てているよりかはそっちの方が良いな。

 今度募金している場所を見たら硬貨を入れてみるとしよう。

 次に身を立てる奴隷が魔物に襲われないように。


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