15.武闘大会
日は過ぎ、武闘大会当日がやってきた。
武闘大会はニューギストグリムアカデミー、フィストランド校、クライム学園の三校の中でも優秀な生徒として選ばれた数十名がトーナメント形式で戦うというもの。
一日一戦、日を跨いで何戦か行う。
人数は十人前後と決められているだけで各校にばらつきがあるが当日までには上手く調整されているようだ。
今回はニューギストグリムアカデミーから十人、フィストランド校から十一人、クライム学園から十一人が参加し、武闘大会の会場はニューギスト公国となった。
基本的に生徒の参加人数が少ない学校が大会の開催地を選べるらしい。
スタジアムで戦うので地の利とかは無いと思うが、いつもいる場所なだけあって若干緊張が和らぐかもしれない。
気休め程度かな。
いや、馬車で移動するのは酔ったりするから得だと考えよう。
あの試合以降、本番前に模擬戦でレベッカさんと手合せする事はなかった。
一日一戦という大会のルールに体を慣らしておく為、それと疲労を蓄積させない為にと言って戦ってくれなかった。
セイスも模擬戦で戦うより自室で魔法学の勉学を積んだ方が成長すると言って模擬戦を欠席する事が多く対戦はしていない。
選抜生徒でも剣士と魔術師では扱いに差があるようだ。
トウヤは知らない。
結局あれから模擬戦には顔を出していないと聞いたけど真意は定かではない、ちょっと調べれば分かる事だったがまるで興味がなかったのだ。
来ても来なくても手合せしたいとは思えなかった。
アイツの強い所は波動だけみたいだし剣術は並以下、学ぶ物は少ない。
「シャロル君、欠席者が出たから補欠の出番だ」
スタジアムの観客席にいた俺にオズマン先生は笑顔で言ってきた。
「まるで出番が絶対に来ると思ってたみたいですね……」
「それは君もだろう。……まあ、一年生にはよくある事だよ。
自信が無いとか、恥を掻きたくないとかね。理由は様々だ」
「それでも毎年って訳じゃないでしょう」
「まあね。……そこは詮索しても仕方がない所じゃないかな」
「確かにそうですけど…」
気弱で欠席しそうな生徒がいたと知っていた、という事かな。
何にせよ武闘大会っていう楽しそうな世界に飛び込めるのは得な事なので俺も嬉しいが、一番喜んでいるのは俺の隣にいるフィオナだった。
笑顔でベタベタと俺の体に触れてやったやったとはしゃぐ姿はまるで子供だ。
それを見て先生は更に笑い、俺は二人の様子を見て苦笑する。
ここまで期待されるとどうやってでも結果を残さないとなぁと考えてしまう。
最初の相手が強くなければいいのだが。
「シャロル様の戦闘はいつですか?」
「セイス君の戦いから二つ後だから……昼前かな。
相手はクライム学園、『我槍』の異名を持つ生徒らしい」
「ちょっと待って下さい、異名ってどういう事ですか…?」
「知らないよ……まあ、君よりも年上らしいがね。
下級生トーナメントだから年齢はプラス3が最高のはずだよ」
あ、同級生同士でやる訳じゃないのか。
そういやセイスもいるし考えてみればすぐに分かった事だった。
下級生と上級生でトーナメントを分けているのは成長期で体が成長して体格に差が生まれてしまうからだろう、俺やトウヤは勝てる可能性があるが一般生徒ではその差を埋める切り札がない。
他のスポーツの軽量級、重量級みたいなもんか。
下手に変なハンデを付けられるよりはマシだし文句はない。
スタジアムの観客席は野球場みたいな感じで売り子もいたりして、見に来ているのは普通の市民から冒険者等様々である。
中にはかなり大勢で一人を応援している応援団っぽいものもあった。
人気があるか財力で雇ったかどっちかだろうと先生は言っていた、そしてそれに付け加えるように後者でしょうねとフィオナは口を挟んだ。
何か思い当たる節でもあるのだろうか。
周囲を見渡してみると、トウヤにも応援団みたいなものは付いてないのにトウヤよりレベルの低い選抜生徒に応援団が付いていた。
というかトウヤ、ちゃんと来ていたんだな。
来ないのかと思っていた。
自分の番が来るまでは売り子が売っている甘いポップコーンをフィオナと分け合いながら食べつつ試合を眺める事にした。
トウヤの試合は誰だったか分からないが波動で瞬殺、レベッカさんは相手が魔法使いだったので対処し辛そうにしていたが何とか勝利、隣にいた先生がうんうんと頷きながら素晴らしいと言葉を漏らしていた。
試合を見ていて妙に気になったのはクライム学園の多種多様な武器の種類だ。
剣や槍はともかく、球に刃をくっ付けたような物を紐に繋ぎ、その紐を飛ばして攻撃する武器を持っている人や、銃みたいな機能を持ち合わせたガントレットを使用している人がいる。
総合的に武器のギミックが多いのが目立った。
俺達のようにただ剣で戦うとか魔法を使うという訳じゃなくて、剣は使っているけれど剣以外の使い方もあるという感じだ。
銃に剣が付いているみたいなもんか。
確かあれは銃剣っていうんだっけ……それより凶悪な感じはするが例えは悪くないはずだ。
「おっと、次はセイス君の対戦みたいだよ」
スタジアムの中央に二人の青年が立った。
一人は全身黒の服で更にその上に黒いローブを着たセイス・アストリッヒ、相手は白い鎧を着た金髪の男だ。
……金髪と分かるのは兜を付けていないからである。
手に持っている訳でもないのでどうやら頭は出して戦うらしい。
金髪男の手に握られているのは剣のみ。
盾がない分魔法をガードするのに不安が残るがその分身軽だし、懐に入れれば盾を持っていない分手早く攻撃出来るだろう。
セイスが牽制の技を持っていればセイス側に分がありそうだ。
ただ、相手も懐に一回入ってしまえば勝ちが見えてくるので武器の相性に差はないような気がする。
まあそれはスタジアムだからであって、何もない草原で戦うのなら圧倒的に魔術師の方が有利だろう。
無制限に後ろに下がれるのは魔術師にとってかなり大きなアドバンテージって事だ。
剣士側に波動とかがあれば別だと思うけど。
「始まるぞ」
先生はスタジアムの二人を見ながらそう言った。
試合の開始はスタジアムに備え付けられた鐘の音で開始される、その音が鳴る前からスタジアムに立つセイスは詠唱を始めている。
こういう部分でも魔法使いは若干有利なのかな。
スタジアムの鐘が鳴ってから最初に動いたのはセイスだった。
「――降魔。『新緑』コノメ!サポートお願い!」
『!』
可愛い妖精がセイスの肩に現れ、キリッと目付きが戦闘モードに切り替わる。
戦闘モードの妖精も可愛かった。
確かセイスの妖精は魔法の効率を上げて使用する魔力量を少なくするんだったっけか、効率化はどんな時にも役に立つから汎用性が高くて便利そうだ。
白い鎧を着た剣士はセイスの詠唱を止める為に近付く、その姿を正面から確認出来ているセイスは動こうとしていない。
罠か。
そう自分の予想が浮かんだ時、剣士は地面で滑って転びそうになりその場に停止した。
どうやら足元の土がぬかるんでいたらしい。
あれもセイスの魔法によるところだろう、試合前から詠唱していた魔法は恐らくこの足元を悪くさせる魔法だ。
そしてその後降魔術、そしてまだ新しい詠唱は続いている。
セイスは一歩左足を引いてから右腕を敵の方向に突き出した。
「石射風撃!」
手の平から人の頭一つ分くらいの大きさがある石を射出した。
射出してから回避行動を取れば避けられる程度の速度ではあったものの、剣士はセイスの作ったぬかるみに嵌まっている為避ける事が出来なかった。
剣を傾けてそれを盾とし、受け止めるのではなく石の軌道を少しだけ上へと逸らした。
俺はその技術に関心を抱いた。
盾を持って戦う俺にはまるで必要のない技術だが、もし盾が無い状況で戦う場合は使う事もあるだろう。
この武闘大会で盾が吹き飛ばされる事だってあるかも知れない。
「……ッ!風王の歩み!」
セイスが新しい呪文を唱えた瞬間、セイスの体は肩に乗っかっていた妖精を置き去りにして剣士目掛けて高速移動した。
……いや、高速移動というよりも地面を滑っているといった方が正しい。
ぬかるんだ土や柔らかい土は魔力を練り込ませれば動かす事もできる、その力を使ってセイスは地面を動かしているのだ。
風王の歩みと言っておきながら土属性とは酷い魔法名だ。
俺も魔力を練り込ませて土人形を作る魔法を使った事があるから俺にもセイスの魔法を使う事が出来るかもしれない。
セイスは身を屈めて相手の懐へと潜り込んだ。
剣士は石を受け流した直後だったのでセイスの行動を対処するには時間が掛かった。
だが魔法には詠唱がある。
どちらが先に手を出すかなんて分からなかった。
「せいやぁぁあああ!!」
セイスは立っている剣士の首元を掴んで引っ張りその腹を片脚使って蹴飛ばした。
競技が違うが、背負い投げという名称が正しい。
セイスの投げた剣士は何らかの魔法によって飛距離が増えているようで相手の体が宙にある間にセイスは態勢を立て直す。
「断罪の歯車!」
セイスの右脚に歯車のような魔力体が出現する。
セイスは間髪入れずに走りだし、剣士の体が地面に叩き付けられるのと同時にその体を右脚で蹴飛ばして敵をスタジアムの壁にブチ当てた。
走るタイミングも完璧だったし走るスピードも魔法を使ったようでかなり速かった。
右脚の歯車は剣士に一発当てた後に消滅し、セイスは剣士から距離を取ってから反撃に備えて詠唱に入る。
セイスの足元に大きな魔法陣が浮かび上がった時、スタジアムの鐘が鳴り響いた。
勝敗が決したという合図だ。
「勝者。ニューギストグリム・アカデミー、セイス・アストリッヒ!」
「見事だ、魔法の使い方はウチの学校でもトップクラスだろう」
「……セイス様が接近戦を交えて魔法を使うとは思ってませんでした」
大きな歓声の中控え室に戻って行くセイスの背中を見ながらオズマン先生とフィオナは試合の感想を言い合った。
確かに魔法使いらしくない近距離戦を使っていた。
でもセイスの落ち着きようや、隙無く動いている所からアドリブではなく元々一つの手として考えていたのだろうと思った。
あの移動法は前進だけでなく後退もできるはずだ。
元々は距離を取る為に使う魔法で距離を縮め、上手く相手の意表を突いた訳だ。
「接近戦に持ち込む前に少し躊躇いがあったように見えた。
あれがもしトウヤ君やシャロル君だったならカウンターが間に合っていただろう」
「……トウヤは特別だから仕方ないじゃないですか」
「君が言うと嫌味だよシャロル君。
……セイス君の魔法は初級と中級魔法を織り交ぜた魔法使いの基礎のような戦い方だ。
本来、学校はその基礎のスタイルに辿り着く為に通うものだけど、彼は更にその先に行っているようだ」
「その先?」
「発動こそしなかったが最後の魔法陣は上級魔法のものだ。
生涯魔法を学んでも覚えられる魔法使いはそう多くない。
もしもあれが嘘偽りなく上級魔法なら……『魔帝』を抜くかもしれないね」
先生の言葉に自分の知らない言葉が出てくるのにいちいち突っ込む気力が薄れ、溜息を付きながらスタジアムの方に目をやる事にした。
それを何となく察したフィオナがオズマン先生に魔帝とは何かと質問した。
剣で最も強い人間を剣聖、魔法で最も強い人間を魔帝と呼ぶらしい。
君の対戦相手の二つ名『我槍』も何らかの経緯があって適当に名付けられたのだろうと先生は小さく笑った。
そういえば父上も母上も二つ名が付けられていた、それは竜を倒してからか、それとも竜を倒す前に付けられたのかは分からないけれど、父上は『我速』、母上は『和魔』と呼ばれていた。
俺が家にいた頃に知ったから、本で読んだのかそれともフィオナに聞いたのかはあんまり覚えていない。
一年前とか二年前の事を忘れるのは嫌だなあ。
転生しても脳は若返っていないのだろうか。
「そろそろ君達も控え室に行った方が良いだろう。次の次だからね」
「そうですね。行こうか、フィオナ」
「はい、ようやくシャロル様の試合ですね」
高揚しては……いない。
ただ冷静に相手の槍を受け流し一撃を与えればこちらの勝利だ。
それだけの範囲と威力がレグナクロックスにはある。
俺は場に流されないように冷静になって戦えば良いだけだ。
まあ、盾の無い試合のように何かが足らない事も想定する必要もあるが、今のところ除かれて不利になるものに思い当たる節は無い。
控え室の男子更衣室の前にはセイスの姿があった、セイスが何かをメイドに伝え、メイドはそれをメモしているようだった。
メイドの方も時たまセイスに意見を述べている、それはセイスが考え込む程に的確な意見のようだ。
やはり完璧な従者とはただ主人に付き従うだけじゃなくて、ああやって意見をくれる人なんだろうなと心の中で思った。
流石は長男のメイドだ。
「セイス兄さん、お疲れ様」
「シャロル!何とか勝てたよ、危なかったけど!」
「辛勝には見えなかったけど…」
「……?」
……?
何故かセイスは頭にハテナマークを浮かべているかのような顔をした。
何で分からないの?って事なのだろうか。
優しくない兄だ。
俺は会話するのを諦めてセイスと別れ、更衣室の中で鎧に着替えた。
鎧を着る前にフィオナにぎゅっと抱きしめてもらって元気と気合を入れ、時間が来るまでどうやって戦うか考えた。
クライム学園の槍使い。
……クライム学園の特徴はその武器の異質さだ。
それにもし当てはまるのなら、槍の対処法だけを想定するだけでは上手く立ち回れないだろう。
まずは武器に何が施されているか見なければならない。
槍の形状や武器の構えから判断するとしよう。
「シャロル様、時間になりました」
「うん。それじゃあ行ってきます」
まずは一回戦だ。
息を吐いて冷静になり、気を落ち着かせる。
控え室からスタジアム中央に続く階段を上がって決戦の土俵に入ると槍を持った青年がこちらを見て笑顔で手を振って来た。
鎧は軽装で、兜もフルフェイスではなく守れているのは額程度だ、対して俺はガチガチに固めた銀色の鎧とフルフェイスの兜。
……青年の格好は正に冒険者といった感じで、俺の格好は国に仕える騎士のようだ。
ただ彼の槍はその格好にはそぐわない、銀色のメッキで覆われた大型の槍だ。
機械で出来ていると一目ですぐに分かるほど異質だった。
「初めまして、クライム学園一年の『我槍』ユーリック・シュラウドだ。
クライム学園は入学時期が一年違うから君よりも年上だけど。
……まあ、仲良くな」
「初めまして、シャロル・アストリッヒです。よろしく」
「……初戦で噂の人と戦えるなんて嬉しいぜ」
お互いに武器を構える。
会話内容なんて頭に入って来なかった。
俺の頭の中にあるのは降魔術の展開と、その力を使って叩きのめすヴィジョンのみ。
―――カラーン、カラーン……
試合開始の鐘の音が響き、俺は降魔術の口上を息を吐くように言った。
その瞬間、俺の目の前が輝き、俺はその輝きに耐え切れず後ろへと突き飛ばされてしまっていた。
……輝きに対して盾を構えたから距離が離れた程度で済んだようだが、盾からは灰色の煙が上がっている。
―――これは、俺の光じゃない。
そう思い、俺は睨み付ける様に敵の方を見た。
ユーリック・シュラウドの構えていた槍は先が二方向に割れ、その割れた中央には銃口が顔を出していた。
ユーリックは腰の辺りに付けていた小さな長方形の箱を指で操作し、青色のオーラを周囲に撒き散らし始める。
「魔力を射出する槍だ。とは言っても俺は魔力が少ないからな。
この箱で魔力の素を辺りに撒き散らして、槍はそれを糧として吸収し砲撃に使う」
「……言っていいのか、そんな事」
「ハハ。クライムの武器は卑怯って言われる事もあるからな。
君には正々堂々と勝って土産話として持って帰らせてもらうぜ」
「そう簡単に行かせない……けどね」
吐く息が荒い。
怖くないのに脚も少し震えている。
俺の持つ剣が光に包まれ、右腕全体が降魔術の効力によって白銀の輝きに呑まれてゆく、そしていつもなら全身を包むその光は何故か右肩を包むまでに留まった。
呼べば姿を現す光神レグナクロックスの姿が見えない。
不安と焦りが顔に滲み出る。
考えてみれば降魔術を使うのは父上との勝負、トウヤとの勝負だけでまだ二回しか使った事がない。
レベッカの試合では発動すら出来なかった。
呼び出せるなんて確信はどこにもなかった。
「準備は出来たか?じゃあ、行かせてもらうぜッ!」
ユーリックの魔力による連続砲撃が俺の視界を真っ白にさせた。
その時、俺は右腕を突きだした。
盾があるのは左腕なのに。
勝てるという絶対的自信がどこかにあった、だから自分は間違いなく勝てると確信していた。
その自信が一体どこにあったか……その時理解したのだ。
俺は自分の力に自信があった訳じゃなくてやはりどこかで降魔術の力に頼っていたのだと。
……だから俺は右腕を突き出してしまったのだろう。
走馬灯のようにトウヤの姿を思い出した、……きっとトウヤも波動を俺に看破された時はこんな気持ちになっていたに違いない。
自分はこんなに弱かったのかと。
―――そうだ、光風があったな。
いや、それも、間に合わないか。
諦めていなければまだ希望があったかもしれないのに諦めるのがあまりにも早すぎて……諦めない心を取り戻すのが遅すぎた。
何もかもが、遅かった。
武闘大会一回戦。
俺は開始数十秒で地に倒れ、早々に負けた。