10.料理
AAクラスには三人の生徒がいる。
まずはトウヤ・マキバ、黒い短髪の男の子だ。
入学試験の模擬戦では英雄マキバの力を引いている事を実感させるほどの能力を発揮し、対峙した相手にかなりの怪我を負わせてしまったらしい。
それも怪我させた理由が剣技ではなかったそうだ。
何でも相手が何をされたかも分からずに吹き飛ばされたんだとか。
見えない剣戟って事なのかな、実際に見ない事には分からないな。
次にレベッカ・エーデルハウプトシュタット。
クリーム色のミディアムな髪、赤い目をしている。
自分の装備に拘っていて入学試験で学校指定の剣を使わず、自分の武器を使いたいと申し出た程の執着だったらしい。
剣の情報については無し。
洋剣だったとか、細身の剣だったとか情報が錯誤している。
最後にシャロル・アストリッヒ、以下略。
「……うーん、あまり情報が入らないな」
「シャロル様どうかなさいましたか?」
「トウヤもレベッカさんもあまり情報が無くてさ……」
二人の強さは相当だと学校の噂で聞いた。
寮の中で生活していれば少しくらいは生徒の小話も聞ける時がある。
その時に何度か小耳に挟んだのだ。
AAクラスの生徒の話は学年を問わず噂になって流れているらしい。
俺が北竜を倒したブレイクストール・アストリッヒの娘だという事も知られていた。
会話を盗み聞きして得た情報ではトウヤもレベッカさんも父上と同格、或いはそれ以上の能力を有している気がしてならない。
AAクラスに所属しているせいもあって友達を作る環境が出来ておらず、聞きたい事を聞けないのは結構な痛手だ。
……もしあのトウヤとかいう相手と戦う事になったら絶対初戦は勝ちたい。
勝ち誇った顔されるのも嫌だからな。
その為には万全の準備を整えた状態で勝負を挑みたい。
英雄の血を引くのとちょっと名がある冒険者の血を引くのでは訳が違うはずだ。
相手の技や立ち回りくらいは最低でも知っておきたい。
「トウヤ様とレベッカ様……ですか」
「トウヤに様を付けなくても良いよ。嫌いだから」
「は、はい」
フィオナは目を見開いてビックリしながら頷いた。
立っているフィオナを自分が座っているソファーの隣に座らせて、もたれ掛るように肩を寄せた。
フィオナの体は暖かかった。
変な空気になる前にフィオナは咳払いしてから話を戻す。
「トウヤマキバは調べれば何か分かるかも知れませんが、レベッカ様は普通の女の子みたいなので探りを入れるのは難しいかもしれないですね。
……何か問題でもあるのですか?」
「いずれある手合せの時に負けたくないんだ。特にあの男には」
俺の発言にフィオナは焦ってオドオドとする。
別に気を悪くした訳ではないのでフィオナが気にする必要はない。
「そんなに気の合わない相手だったのですか?」
「……子供の時は生意気なくらいが良いと言うけどね。
剣の学校っていうのもあって気が強い子が多いのかな。
もう彼とは同じ空気を吸いたくない」
……でも、冷静に。
本当に冷静になって考えてみれば。
こう思うのは自分が大人びているから、なんだろうな。
俺がもし本当に七歳児だったら、俺がトウヤを見る目はただ自分の性に合わない個性的な子だと認識していたかもしれない。
ここまで苛立ちもしなかっただろう。
レベッカさんの様に平然としていられたはずだ。
初日から友達を作る事だって出来たかもしれない……。
今では逆に前世の知識が壁になり、レベッカさんやトウヤと同年齢とは思えず、仲間意識も持ちにくい。
精神年齢が噛み合わないからか友達になりたいという気分も湧きにくい。
ポワルを娘みたいな感覚で見ていたのと同じかもしれない。
結局、ありのままを晒しても受け入れてくれて、近い精神年齢を持っているのはフィオナくらいしかいない。
何をしても許してくれる。
何でも俺を中心に考えてくれる。
そんな尽くしてくれる彼女に甘えたくなる。
当然の流れだ。
だけどフィオナに甘えるのも程ほどにしておかないといけないな。
迷惑ばかりを掛ける訳にもいかない。
いずれどこか休める場所に泊まりに行ったり休暇を与えたりしたいものだ。
泊まりの際はお風呂のある旅館がいいな。
ふふ。
学校が始まってから忙しくなるだろうと思っていたのだがまるでそんな事は無く、選択科目も少なめにしていた所為で休日が結構多かった。
一日置きに休みがあるくらいの頻度で授業がある。
対して取れるだけの選択科目を取ったレベッカさんは毎日のように学校へ行っているが、魔法系の科目は欠席可なのでたまに欠席しているらしい。
それでも多分、俺の知っている小学生の授業数と同じくらいな気がする。
まあ剣の学校だからやっている事はハードだ。
あと授業内容も進学校だからかレベルが高い。
七歳児に教える内容ではない問題をボンボンと出して来たりする。
まずは文字の書き方読み方から習うと思っていたのだが、入学する前から読み書きや算数を覚えていないと着いて行くのが厳しい授業だった。
単にAAクラスだったから、かもしれない。
因みにAAクラスの授業はAクラスの生徒と合同の教室で行われる。
Aクラスの生徒も選択科目を選んで受講するらしい。
AAクラスとAクラスの違いは、クラスの方向性、待遇、生徒数だ。
AAクラスの方向性は各々が決めてほしいとオズマン先生に言われているが、Aクラスは担任からとにかく剣の腕を上げろと言われ続けているようだ。
だからAAクラスの選択する科目は自由だが、Aクラスは剣術指導の科目を多めに受けるように先生から指示が入っている。
Bクラスは確か……魔法学の欠席は控えるように言われているんだったか。
他のクラスに友達がいる訳ではないので詳細は分かっていない。
……まあ、そんな訳で今日は暇なのだ。
どうにも最近フィオナと部屋でのんびりする時間が増えてきている。
もう少し授業を取った方が良かったのかも知れない。
これでも剣術指導系は多めに取ったつもりだ。
七歳の通う学校という事もあって授業内容は座学が多く、俺の知っている範囲を取り扱う授業が目立つ。
一風変わった小学校みたいなもんだ。
おっさんからしたらそりゃ授業も休みたくなるわ。
だって小学校だもの。
俺が教師やってもいいレベルの授業を受けてどうしろというんだ。
「暇だねえ……」
「よく読まれていた本は良いのですか?」
「ちょっとマキバハヤテの事を調べたりしていただけさ。得る物は無かったけどね」
「私も少し調べましたので、宜しければお話させて下さい」
「ぜひ頼むよ」
マキバハヤテは伝説の戦士でトウヤマキバのかなり前の先祖、マキバの血を引いた者は特殊な力を使い、魔力を必要としない秘術を多く持つとされている。
伝承にある秘術は強力な剣の攻撃と衝撃波の二つが記述されていた。
トウヤマキバがもし衝撃波を使えるのならばこちらもそれなりに防御を意識した戦闘態勢を維持しなくてはならない。
難しい話だ。
剣聖とか呼ばれている人の息子らしいから剣の実力もかなり高いだろう。
そしてそれと並んで同クラスにいるレベッカさんも一筋縄ではいかない。
ちなみにだがマキバハヤテとトウヤマキバは何故苗字の順番が違うかというと、今と昔では呼び方の主流が違ったからだそうだ。
昔は自由だったが、シャロル・アストリッヒのような洋名が増えたせいで自然と家名が後ろに付くようになったらしい。
それは英雄の血を引いていても例外でないそうだ。
ただマキバハヤテはそういう事に関係なくマキバハヤテと呼ばれている。
知名度やイメージのせいで確固としているって感じだ。
「マキバに伝わる武器は特殊な形状をしているみたいです。
トウヤマキバの父、剣聖と呼ばれている人もその武器を使っている様なのでトウヤマキバもそれを使っているでしょう。
一般的に打刀、刀と呼ばれているそうですが……」
「……ふむ、刀か」
洋剣を中心に使われているこの世界にもそんな物があるとは。
モンスター討伐が主なこの世界で薄っぺらい刀が役に立つかどうかと言われたら返答しかねるのだが、そのハンデを背負ってもマキバの能力さえあれば何とかなるという事なのだろう。
武器が洋剣より軽い分、対人戦ではこちらが不利になる可能性はある。
こちらが魔法で肉体強化を施しても自分は脚力も腕力も不十分だし、性別的な差もあるだろうから実力は拮抗するだろう。
降魔術が使えれば……とは思うが、父上の時は普通にやられている。
過信してはいけないな。
「レベッカ様は……エーデルハウプトシュタットという性を調べてみたのですが、恐らくここから南に位置する国セルートライの出身かと思われます。
歴史的な戦争に多く巻き込まれている上、魔族大陸に近く、武力主義の名残も見られるそうです」
「魔族大陸?」
「この世の魔族の七割が住む大陸ですよ。私の出身地です」
闇の瘴気とか充満してそうな名前だけどフィオナの出身地の事を悪く言いたくはないな、かといって行きたくはない。
セルートライは山に囲まれた国らしく、そこで産まれた子供は幼い時から大陸や海から敵に侵攻されても対処できるように修行を受けなければならないらしい。
故にセルートライ出身の人間に剣を扱えぬ者は少ないそうだ。
セルートライが求めるのは剣技ではなく総合力でなので魔法の才能もあればきっちり魔法も教わるらしい、なのでレベッカも教わっている可能性がある。
フィオナ曰く忍者みたいな戦い方もあるようだ。
山に囲まれた国なので、その忍者みたいな戦い方をするセルートライ出身者の事を隠者と呼ぶ人もいるらしい。
レベッカさんは機動力がありそうだな、そんな感じがする。
セルートライの歴史的な戦争は二種類ある。
フィオナが丁重に説明してくれた話によれば、まず魔族大陸から人族の住む大陸に侵攻してきた魔族との戦い、そして人族の大陸中部にあるコリュードという場所との戦いだ。
結果はお互いに引き分け、というか冷戦へ突入しているそうだ。
魔族は海を越えて攻撃するのが難しく、コリュードは山を越えて攻撃するのが難しかったそうで今でもコリュードとは仲が良くないらしい。
魔族達とは仲が良いのやら悪いのやら、どっちもどっちみたいな感じだそうで人族の中では一番魔族よりの感性を抱いているようだ。
魔族にとってはニューギスト公国よりも住みやすい土地なのかもしれない。
因みにコリュードは騎乗戦が得意。
山が苦手なのは当然か。
セルートライはホームだからやりやすかっただろうな。
「じゃあ次はフィオナの出身地について聞きたいな」
「いえ……何もない国でしたよ。魔族大陸の中では穏やかな方でした。
リュウガ様とソーマ様が数百年に渡って統治し、平和を築いている場所です」
「数百年……?」
「詳しくは分かりませんが、不死となった…と聞かされています」
いかにもファンタジーな感じだな。
不死と聞くと思い出すゲームとかあるんだけど、魂がすり減って亡者とかにはならないのだろうか。
数百年に渡って統治しているって事は統治するだけの脳はあるって事だから心配はいらないか。
体力の最大ゲージとか減ってないよね。
しかし不老不死か。
ファンタジーでありがちな、フェニックスの血でも啜ったのかな。
面白い話だ。
――――――――――
話に区切りが付いてしまったので徐々に口数が減ってしまい、気付いたら眠ってしまっていた。
ソファーでフィオナに寄り添っていたのだけど起きた時にはベッドの上で、部屋にフィオナの姿は無かった。
俺が部屋にいる時は絶対に居たので新鮮な気持ちだ。
……いや、違うか。
懐かしいのだ。
七年前の前世じゃこんな事ばかりだったはずなのに、いつの間にか新鮮と思えるくらい過去は薄れてしまうのか。
忘れたいけど、忘れたくはないな。
複雑な気持ちだ。
今が成功しているからって過去の失敗を忘れたくはない……って感じかな。
だけど目は背けたい。
テーブルの上には書置きがあり、『買い物に行ってきます。すぐ戻ります。フィオナ』と書かれていた。
外は暗く、一日を無駄にしてしまった感が強い。
休日を休みに使って何か問題が発生する訳ではないので後悔はない。
……。
「……久々に料理、作ってみるか」
独り言を呟いてベッドを離れ、キッチンに入った。
包丁、フライパン、まな板。無いのはオーブンくらいで、他は大体ある。
調味料も多少はあるし、食材も……肉があるから塩コショウで焼くだけでも充分美味しそうだ。
胸肉、長ネギ、レモン。
フィオナが作ろうと考えている物があるかも知れないのであんまり多くの食材は消費したくないな。
食材と調理道具、調味料を確認しながら自分が作れる物を思い出す。
身長が低すぎてフライパンを使うのが怖いので椅子を運んでおく。
包丁使う時もあった方が良さそうだし。
まずは胸肉、適当に切る。長ネギは斜め切り。
手が小さいから包丁握るのも一苦労だ。
醤油、片栗粉、酒で下味を付けて……レモンと塩で最後に混ぜる調味料を作っておく。
コンソメスープの素とかあったら味が変わるんだろうけどそんなパッケージ商品はこの世界に存在しない。
地球って凄い。小並。
フライパンにごま油、にんにくは少しだけ入れて香りを立てて肉を投下、肉を焼いたら長ネギを投下、塩とレモンを混ぜた奴を最後に投下。
あとコショウで良いや。
レモンがさっぱりしてて美味しそうだ。
味はまあ……物足りないが、こんなもんだろう。
「……ただいま戻りまし……っ!?」
「お帰りフィオナ。丁度料理が出来たところ……フィオナ?」
部屋に帰って来たフィオナは俺の姿を見て目を丸くしていた。
確かに料理する素振りは見せなかったし教えられた事は一度もない、彼女の目で見た俺の印象は一体どんな感じになっているんだろうか。
「シャロル様が……料理を?」
「あ、ああ。作ってみようかなと思ったからさ……」
「主人が食事を作るなんてそんな……え…こ、これをシャロル様が作ったのですか?一人で?」
「うん……別に凝った料理ではないと思うけど…」
俺は皿に盛り付けて二人で一緒に食べようと提案した。
主人とメイドが一緒に食事を取ったり風呂に入ったりするのだから料理をどっちが作ったかなんて大した話じゃない。
そのくらいフィオナとは近い存在でありたいと思っている。
尽くしてくれる友達、くらいの距離感が心地良いのだ。
料理は悪くない出来で、即興で作った物にしては美味しかった。
あえて言うなら長ネギの味がいまいちなんだけど、それは野菜本来の味なので仕方のない話だ。評価対象ではない。
野菜の出来が悪いのは長ネギに限った話じゃないし。
「……シャロル様」
何か深刻な顔してフィオナが俺の名前を呼んだ。
飯の時に思う事じゃないけど俺がトイレ我慢してる顔よりも深刻だった。
「え、え…?もしかして美味しくなかった?」
「いえ。とても美味しいです。だからこそ、自分が不甲斐なくて……」
「いつもフィオナは美味しい物を作ってくれるじゃない?たまには私だってフィオナの役に立ちたいんだ」
「……いえ……いえ、う……ううッ」
何故かフィオナが泣き始めた。
長ネギ嫌いだったか!?……流石にそれだけで泣く訳ないか。
フィオナはそんな理由で七歳児の前で泣くような女の子じゃない。
「どうしたの?」
「シャロル様、美味しい料理を食べると顔が綻ぶんです。
今までにないほど満足げで……私の料理よりも美味しいですし……」
それはお世辞すぎるだろう。
フィオナの料理は俺が即興で作った物よりも間違いなく旨い。
今顔が綻んでいるのだとしたら単に自分が作った物がそれなりに満足できる内容に仕上がったからだ。
「そんなことはないよ!フィオナの料理、私は好きだな」
「でも美味しくない時だってよくあるでしょう?いつも何か物足りなそうな顔をしているじゃないですか……」
いや、確かに何か足らないなとか思ったりはする。
でも足んないのって基本的にこの世界に無い物ばかりだからどうしようもないんだよなあ。
ドレッシングとか無いから生野菜に限っては食べたいとも思えないし。
ていうかこの世界の野菜は微妙な味だから変な顔してる時は野菜の料理なんじゃないかな。
顔に出ているとは思ってなかったからフィオナにどう言い訳していいものか、ちょっと困ってしまう。
下手な言い訳しても意味ないだろうな。
フィオナは俺と何年も一緒にいるから取り繕ってもバレるだけだ。
「ごめんなさい、困らせるような事言ってしまいました…」
「あー…気にしてないよ」
「私、最低です……」
俺が友達のような距離感でありたいと思っているのに対して彼女はメイドという立ち位置に拘っている。
拘り過ぎていると表現すれば良いのだろうか。
俺が赤子の時からずっと一緒にいてくれているのに心を開いていないかのような、逆に開きすぎてしまっているような。
俺に尽くそうとするその心がまるで信仰心のように感じる。
結果として俺はフィオナを気落ちさせてしまい、彼女は落ち込みながら皿洗い等の家事をしてくれた。
俺は彼女を気に掛けつつ平然と本を読む振りをして、最後は少しギスギスとした空気に耐え切れなくなって布団の中へと潜った。
……。
気付くと俺は時を巻き戻されたかのように料理を作っていた。
味覚も触感も無い世界、見た事のある調理器具ばかりが並んでいて、火を使わないパネル式のコンロで何かを焼いていた。
懐かしい。
俺はそうやってずっと叔父の家に居候しながら料理を作っていたんだ。
『――――――――。聞こえるか?』
何かの声が聞こえる。
叔父?
まるで声の質が分からない特殊な声が料理を作るだけのこの空間に流れた。
叔父は俺が料理を作る時はいつも部屋に籠っている。
料理を作る時の俺に声を掛けた事なんてトイレットペーパーが切れた時くらいしかなかった。
だから多分、違う。
『シャロル・アストリッヒ』
「……?」
『この世界、そして魂の本来の姿……』
振り向けばすぐそばに光り輝く鎧を着た騎士がいた。
それを見てここが夢の中であると悟った。
光神レグナクロックス、前に見た夢と同じ姿をしている。
不安定なイメージで構成された夢の世界で揺るがぬ存在感を放っていた。
対して俺の体は……前世に戻ったかのような男の姿。
夢だからか。
夢の世界では自分がそう在りたいと思う理想が現れるとはよく聞くけど、これもそういう事なのか?
レグナクロックスはこの姿を何と言った?
魂の、本来の姿?
『一体、お前は何者だ』
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