09.一年生
ニューギスト公国。
大公爵が収める国で、冒険者の心の故郷とさえ言われている場所。
魔族と人族との大きな対立が無く、魔族も比較的住みやすい場所らしい。
しかし差別は無くても同気相求といった印象を受け、わだかまりが何もないという訳じゃなかった。
見えない壁がある、といった感じだ。
フィオナはそれでも住みやすそうな場所ですねと言っていたので、他の国はもっと差別が激しいのかも知れない。
元々何故魔族が差別されているかというと、人と魔族の戦争があって一度魔族が負けているからだそうだ。
戦争は勝っても負けても遺恨が生まれる。
その遺恨の矛先が敗者である魔族に向けられたのだろう。
そしてその戦争が終わった遥か後でもその風潮が残り続けているみたいだった。
学校の入学試験は余裕だった。
学力試験は流石に六歳レベルだからスラスラと解けたし、剣術試験の方も難しくなかった印象だ。
学力がいまいちだったルワードも合格してるくらいぬるかったらしい。
落ちれば良かったのに。
アイツと兄妹だとは思われたくないな、と思う。
でもクラスは違うようなのでとりあえず一安心だ。
クラスは実力順に分かれていて最高がAAクラス、最低がDクラスだかEクラスだ。
俺はその中のAAクラス。
剣術テストはAAクラスの領域には達していなかったらしいが、学力の面が大きく響いたようだ。
前世の知識ばかりアテにしているため、せこいのは他の生徒全員に申し訳なく思う。
AAクラスは優等生クラスなので他のクラスよりも有利な点が幾つかあった。
寮生活の場合は寮室を無料で利用でき、内装は寮の中でも景色が良い上の方の部屋……中が広い部屋を借りる事ができる。
そこには通常の部屋にはないキッチンや風呂が完備されていて、今年はAAクラスに選ばれる人数が少なかったのもあって左右の部屋は空室が多いらしい。
学校に報告さえしておけば二人で住む事も可能だという。
……まあ二人で住めるのはAAクラスの特権ではなく寮室全てだそうだ。
お坊ちゃまやお嬢様がここに通う事も少なくないのだろう、主にCクラスやBクラスにはそういう類だと分かる服装をして、しかも従者を連れている人物が多かった。
制服があるにも関わらず、どうしようもない奴等だ。
試験を見ている限りだと金に物を言わせたのではないかとも思ってしまうレベルだ。
まるで初めて剣を振ったような実力だったのは俺の目でもすぐに分かった。
俺と関わりが無ければいいが…どうだろうか。
AAクラスの授業は剣術魔術勉学と他のクラスと比べて万遍無く手を付けていてるがスケジュールは厳しくはなく選択科目が非常に多い。
選択しなければ授業を受けなくても良いみたいだし、授業には休んで良い物もあるのだという。
休んでいい授業はそう多くはないがAAクラスに縛られず魔法関連の授業は欠席可となっている。
剣の学校だから魔法には手を付けなくても良いという事か。
剣技の授業でも座学の場合があるらしいので魔法学の方もそうなるだろう。
俺はここに来る前に魔法学の勉強は結構したから最初の内は欠席しても問題ない気がする。
最初が大事とはいうけど、知っている物をわざわざ教わるのは時間の無駄だろう。
「シャロル様、試験お疲れさまでした。お怪我はありませんか?」
「ああ大丈夫だよ。相手もあまり強くなかったからね」
相手は良いとこ育ちの男の子で剣には自信があったようだが正直強くなかった。
確かに初心者ではなかったみたいだが、それでも俺は父上と善戦できるくらいには強いので相手との筋力や体格の差が無ければ余裕で倒せる。
……父上が本気で向かって来ていたかどうかは分からないケド。
「今紅茶を淹れますね」
「うん。一息付こうか」
試験後、合格者は指定された場所で待機。
その後低ランクのクラスから移動を開始し、校長先生から有難い言葉を聞く入学式を行うらしいが……それはAAクラス以外はの話だ。
AAクラスは指定場所が無いため先生に自ら待機場所を明言しておき、その待機場所に先生自らやってきて色々と説明を行うそうだ。
入学式は無く、校長先生と顔を合わせるのは最初の授業の時になる。
優遇されているのは嬉しいが優遇され過ぎも何だかなぁ。
本当に友達出来るのだろうか。
入学式で仲良くなれるイベントは無さそうだな。
AAクラスの全生徒数は三名、その内の従者連れは二人。
まず成績トップでやって来たのは従者持ちのトウヤ・マキバ、どう考えても名前が日本人なのだが異世界でそれをどう突っ込んでいいのか分からなかったので黙っておいた。
魔法の様な剣技で相手を瞬殺したらしい。
何でもこの世界で最強と謳われる『剣聖』の息子なんだとか。
いずれ手合せしてみたい。
次にレベッカ・エーデルハウプトシュタット、女の子だ。
その風貌は正しく剣士といった感じだが、鎧も武器も自前の物でないと戦えないと試験前にごねていた。
生徒同士で戦う試験だったが特別な措置で模擬剣ではなく実物を使って戦う事になり、相手が実戦経験のある先生になってしまったが中々の善戦っぷりだったそうだ。
決着はどうだったのかまではちょっと覚えていない。
因みにトウヤさんとレベッカさんは鎧を着用していたので顔や髪色は不明だ。
その次に俺、シャロル・アストリッヒ。
AAクラスの中だと剣術評価は最下位である。
「気になる相手はいましたか?」
「うーん……フィオナの胸の大きさほど気になる相手はいなかったよ」
「あ、ええとその……ごめんなさい」
謝るのか。
それは大きくてごめんなさいって事か。
「冗談。気になるのはトウヤとかいった名前かな。珍しい名前だと思うんだけど」
「そうでしょうか……苗字から察するにトウヤ様は英雄マキバの血を引いていますから、マキバの名字の方が珍しいかと」
「英雄マキバ?」
はい、と彼女は頷く。
“剣聖”と呼ばれる父を持つトウヤマキバは色々と裏があるらしい。
「百年ほど前でしょうか、魔王を倒したとされる人物がいたのです。二代目魔王を倒したのが英雄マキバハヤテだというのが有力説です」
「……有力説?」
「当時を物語る証拠が少ないので推測しかないそうです……申し訳ありません」
ふむ。
確かに百年前ともなると詳しく知る者は少ないのかも知れない。
活版印刷機が当時あったかも分からないし、この世界には映像を保存する方法なんてない。
紙媒体では情報の保存が難しいか……?
フィオナは自分が知っているだけの英雄冒険譚を聞かせてくれた。
かつて魔族と人間族の争いが終わりこの世にようやく平和が訪れようとした頃、黒き空、雷撃の雨を率いてこの世界に初めての魔王が生まれた。
魔王は魔族の中でも強き力を持った者達を集め人間達へ宣戦布告する。
それが初めての魔王だったそうだが何でも最強をそのまま擬人化したような救世主によって早々に看破されたらしい。
その後あまり間を置かず二代目魔王が降臨。
一代目魔王と二代目魔王の間は数年程度のようだがその間に色々と戦いがあって人間側には既に一代目を倒した勇者やその連れである英雄はいなかった。
その穴を埋める為に登場したのが勇者の親友だった英雄マキバハヤテだという。
英雄マキバハヤテの使う剣技の全て剣術とも魔術とも違う奇跡とも呼べる力を秘めており、その一部が今でも英雄の血を引く者に残っている――。
「いかにも物語チックな話だね…」
「しかし強い人がいたのは事実のようです。
色々な大陸で英雄の話が流れていますし、勇者の知人の血を引く者も少なからずいます。
全てとは言いませんが、勇者に関係した血を引く人間が現在かなりの武人になっている場合が多いようです」
特別な力でもあるのだろうか。
ニューギスト公国内にも過去に勇者の傍にいた者の血を引く人間が幾人かいて、商業機関のオーナーなんかをしているらしい。
武人で無いのなら恐らくお目に掛かる機会はないだろう。
というか勇者の知人の血を引くだけでも何らかの能力を持っているのか。
影響力強すぎだろう。
「失礼します、シャロル・アストリッヒ様のお部屋で宜しいでしょうか」
「はい。少々お待ち下さいませ」
どうやら学校の先生が来たようだ。
フィオナが先生に待つように言い、こちらを振り向いて部屋に入れても良いか私に合図を送って来る。
紅茶を飲んで少し気分を落ち着かせた後、合図を返さずに自らドアを開けた。
ドアの先にいたのは銀髪で眼鏡を掛けた……ぼさぼさ頭の若い男性、茶色のコートを着ていて胸には名前の書かれたネームプレートが輝いている人。
―――オズマン、AAクラス担当。
「初めまして。
AAクラス担当のオズマン・ゼハールです。これからよろしくお願いします」
「はい先生、こちらこそ宜しくお願い致します」
「こちらが学校内の地図、これからの予定、校則等の紙。
次の登校は明日のお昼一時から、それまでの食事と外出は規定時間を守っておくように。
食事場所は寮一階にある。何かあれば寮長まで連絡を」
「は……はい」
話が早いです、先生。
「何か質問はあるかな?」
「……シャロル様。質問させてもらってもよろしいでしょうか」
フィオナが俺に声を掛ける。
俺の質問は特に無いので一歩下がってフィオナに目線を移した。
「うん、私は特にないからどうぞ」
「寮室で料理をしたいのですが調理器具はあれだけですか?」
「……そうだね。最低限の物しか用意されていないので、他を使用する場合は購入する必要があるでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
「…それでは、失礼します」
パタン。
ドアが閉められ、緊張した心を少し宥める。
最低限の物しかない調理器具。
料理のレパートリーが減ってしまうというのはフィオナにとって痛手なのかもしれない、クッキーとかも作ってくれてたし。
「もし良かったら今日は寮の食堂で食事でもいいけど…?」
「……この寮で初めての食事は…私のを食べて頂きたいです」
「う。可愛い事言うなあ」
拘りがあるのか、俯きながら恥ずかしそうに自分の希望を伝えてくるフィオナ。
断る訳にはいかなかった。
しかし意外にも調理用具が少ないと言っておきながら美味しい食事を作ってくれた。
これがメイドか。
家の近くの集落よりも食材を多く取り扱っている公国内の方が美味しい物を作りやすいらしく、本人もちょっとテンションが上がっていた。
一長一短である。
食後の休憩を挟んでから部屋にある風呂に入り一息付く。
流石に寮なので多くは期待してはいなかったが、小さすぎず悪くない大きさであった。
AAクラスの部屋のみ風呂があるそうだ。
この部屋、もう寮じゃなくてちょっとしたホテルみたいだな。
キッチンがある分、そこいらのホテルよりも良い場所かもしれない。
そこいらと言っても前世のそこいら、だ。
この世界の基準はよく知らない。
「シャロル様、私も大浴場の方に行って来てもよろしいでしょうか?」
「……あれ?フィオナも私の後に入れば良いんじゃないの?」
「とは言っても……ここはシャロル様の寮室なのに私が入る訳には…」
何か妙な所で気を遣うんだなフィオナは。
実家では順番はあったものの、メイドも主人も同じ場所に入っていた。
大浴場の方が良い場所……というのは無さそうだし、フィオナがこの場所を拒む理由があんまり分からないな。
主人とメイドの食事場所や時間を分けるとかは実家であったけど剣術指導の後に自分の部屋で一緒に食べる事とか多かったし、父上や母上はそういう取り決めを厳守している訳ではなかった。
両親が形式に拘りあったが、捉われる性格ではなかったからだ。
……大浴場の方が人と会う分情報収集出来るのかもしれない。
とは言っても寮に住むのは基本的に七歳児。
この線はないか。
この世界の風呂自体珍しいから大浴場と聞いて気になっているのかも知れない。
「ここを使うの、フィオナが嫌じゃなければ良いよ」
「ありがとうございます、お言葉に甘えさせて頂きます」
「あ、じゃあ一緒に入る?」
「そんな……私のお見苦しい姿をお見せするのは…」
俺はフィオナに硬くなったなあ、と声を漏らした。
メイドとはこうあるべきなんだけど赤ん坊の頃からフィオナを見ている限り、俺への態度が少しずつ硬くなっているような気がする。
メイドとしては成長しているんだけど、それによって主人とメイドの壁が見え始めて来ているような。
数年前のフィオナだったら一緒に入るか聞いたらタジタジになって返答に困っているだろう。
それが今では即答とは言わずとも返答が早い。
しかも断ってる。
「私は……!その、シャロル様にご迷惑をお掛けしたくないので…」
「主人の好意を蔑ろにするのも良くないと思うけどなぁ」
「……で、では、一緒に入ってもよろしいでしょうか……っ?」
「うん、どうぞ」
平然を取り繕っているが俺だって動揺していない訳じゃない。
だが大浴場が寮に備え付けられているという事はいずれ友達とお風呂に入る可能性があるという事だ。
七歳から十二歳、この学校に集う女の子達と同じ場所に。
……ハードルが高い。
少しでもそういう事に慣れておく必要がある。
母上で多少慣れたけどまだまだだ。
相手が同姓だと思っていても俺的には異性であり混浴であるのだ、相手が同姓だと思っている分包み隠さずの部分もあるだろう。
少なくとも男湯にはそういう奴がいる。
慣れたくないがこればっかりは慣れるしかない。
俺が女子トイレに慣れたように。
服を脱いだフィオナが風呂場に入り、俺が湯船に浸かっている間に体を洗い始めた。
こちら側には背中しか見えていないのに変な気分になってくる、女性らしい背中……自分もああなっているのだろうか。
将来筋肉とか付いてゴツゴツしなければいいな。
女に生まれてしまった以上美人になりたいと思うのは至極当然の事だと思う。
体を洗い終えたフィオナを浴槽に呼び、狭いけど二人で入る事にする。
しかし入ってから何かに気付いたかのように立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「その……タオル、持って来た方が良いでしょうか?」
そういえば体に巻いていない。
俺は別に大丈夫だと彼女に伝えるとコクリと頷き、浴槽にゆっくりと沈む。
でもまだ何かあるみたいだ。
何か言いたそうにしている。
「シャロル様が昔言っていた恥ずかしいって気持ち、今なら分かります…」
「……くっ、あははっ!」
そういえばそんな事もあったっけ、面白くてついつい笑ってしまった。
フィオナと一緒に風呂に入ったずっと前にフィオナにタオルを巻かせたら窮屈だとか億劫だとか言ったんだっけ。
俺は恥ずかしいから巻いてると言ったんだけど、あの時のフィオナには分からなかったらしい。
それが今では分かるのか。
思春期かな。
「笑わないで下さいよ……もう」
「ごめんごめん、フィオナも出るトコ出てるからね」
「ふふっ…シュラ様と同じ事を言うんですね」
「あー、母上なら言いそうだ」
別に俺の性格は母上に似た訳じゃないんだけどな。
「……そういえば、私がシャロル様に仕える事になった切っ掛けを話したのも一緒に浴槽に入っていた時でしたね」
「豊満なその胸を背中に押し付けて私に告白してきたのも浴槽だったね。――使用人としてではなく、本当にシャロル様が――」
「わああ!恥ずかしいからやめて下さいっ!」
最近は落ち着きのあるクールなフィオナだったけど、あんまり根は変わってないみたいで安心した。
俺個人としてはメイドとしてやや頼りないくらいが可愛くて好きだ。
完璧なメイドだったらこちらを見透かしてくるだろう。
そうではなくて、主人の方が見透かしていて、ちょっとからかったら拗ねちゃうくらいのメイドが良い。
今のフィオナみたいなのが理想的だ。
「でも……ちょっと違います」
「ん?」
「使用人としてではなく真にシャロル様が好きだからです……あの時私はそう言いました。
一言一句、間違えてほしくはありません……」
顔を赤らめて彼女はそんな事を口にした。
いや、“そんな事”では済まないのだろう。
あの発言時のフィオナの顔は見ていなかった。
もしかしたら赤い顔をしていたのかもしれない。
勇気を振り絞って行ったのかもしれないあの時の言葉を俺はムラムラするから放してほしいとか言って風呂場を出て行ったんだっけ。
その後すぐに母上に捕まって入り直したんだけど。
……しかし風呂場の思い出は結構あるんだなあと思い出させてくれる。
「――くっ。はははっ!もう!フィオナは可愛いなあっ!」
「きゃっ!あの、くすぐったいですっ!……えっちです」
「ご、ごめん…」
「い、嫌じゃ……ない、ですけど…」
ちょっと下向いた後に手で口元抑えてチラチラと上目遣い使ってくるフィオナ。
誘ってるのだろうか、答えていいのだろうか、いや年齢的に駄目か。
後せめて数年は待たねばならない、そういう世界を覗くにはまだあまりに年齢が幼すぎる。
フィオナがではなく、俺が年齢的にアウト。
幼少期をたっぷり味わってからの青年期だ。
青年じゃないけどな。
今はまだフィオナの甘い言葉や誘惑を受けてもくすぐったりする程度に収めよう。
でもいずれ告白しても良いのかもしれない。
フィオナに彼氏が出来なければ……だけど。
……。
不安だ。
とりあえず、この後無茶苦茶シャンプーした。
――――――――――
翌日。
フィオナと甘い時を過ごした……添い寝してくれただけだけど良い気分になった俺は学校指定の制服に着替えてフィオナと別れ、教室へと向かった。
フィオナは教室まで同行したいとお願いしてきたが、それはそれで子供の遠足に着いて来る親みたいな図なので遠慮しておく。
教室にあるのは机が三つ、教卓が一つ。
もう既に一人女の子が座っていて、教室の外には使用人を連れた男の子がいる。
確か女の子の方がレベッカ何とか、男の子の方がトウヤマキバ……だったっけか。
レベッカさんの方は名前が長すぎてもう覚えてないや。
男の子の方は使用人から預けていた荷物を返してもらっている最中だったので軽い会釈をして先に教室に入り、レベッカさんに自己紹介する事にした。
「初めまして、シャロル・アストリッヒです。これからよろしくお願いします」
「……ああ。アストリッヒは知ってる、北の竜を倒した人」
「うん、父上が倒したみたいだけど……」
「私はレベッカ・エーデルハウプトシュタット。よろしく」
モンブランのような髪色をしている辺りは俺と非常に似ている。
ミディアムまで髪を伸ばしているのもそっくりだ。
髪色は俺よりも濃く赤い瞳をしているのが特徴的だ、長い髪を後ろで括りポニーテールみたいな感じに仕上がっている。
しかしちょっと雑な気がするな。
「強いのが楽しみ」
「うん……えっと、そうだね……」
「戦える」
「……うん」
言葉が少ないし主語がないな。
もっとノリ気になって話してくれれば良いんだけど、良い大人が七歳児に何かを期待するのは早い気がする。
俺今は大人じゃないけど……。
語彙が足りないのは仕方がないか。
こちらに意味さえ通じればどうとでもなる。
トウヤマキバの方は教室に入ると俺達に何も言わず端の席に座り、退屈そうに貧乏揺すりをしていた。
俺も男には興味がないから触れるのは避けておこう。
レベッカさんは彼の態度を見ても動じず堂々としていたので俺もそれを見習っておく事にした。
数分もせずにオズマン先生がクラスの中に入り教卓に立つ。
予定とかを説明してくれるのだろうか……渡された紙に書いてあったけど…。
教科書とかはないから座学ではないと思うし急な実践形式での試合とかもないと思う。
だが教室は三人だけなので学校あるあるの自己紹介タイムとかあっても時間的には無いようなものだしなあ。
三人だけの自己紹介タイムって想像しただけでもちょっと虚しい。
「昨日挨拶したと思うがオズマン・ゼハールだ。
剣聖の子供、無名の剣士、竜を討伐した者の娘、君達の事は色々と調べたけど面白い事ばかりだ。
各々に足りない部分を見付け手に入れるのがこの学校に通う君達の目標だ、数年間励む様に頼むよ」
「……俺には足りない部分なんてない」
男の子が貧乏揺すりを激しくしながらそう言った。
何だコイツは。
足りないのは頭じゃないのか?
「それはいずれ分かる事だろう。
選択科目には実践形式で組み合う授業もある、AAクラスの担任は私だから全力で経験を刻み込ませてもらうよ」
「……必要ない…っ!」
トウヤマキバは机の横に立て掛けていた剣を持って先生の方に歩いて行く。
攻撃しようとしている訳ではなく、胸倉を掴みに行こうとしている感じだ。
七歳児なのに気迫は充分あった。
しかしオズマン先生は咄嗟に手を少し動かしトウヤマキバの剣に向かって何かを撃ち出した。
光の弾、みたいな……十中八九魔法だろう。
だがここは剣の学校、配布された紙に魔法学の授業は欠席しても良いとすら書かれていた事から察して魔法は軽く見られている事は明白だ。
なのに何故、特進のAAクラスの担任が魔法を使うのか。
トウヤマキバは速射された光の弾によって剣を落とし、反応して拾う前に先生によってもう一度剣目掛けて光の弾を撃たれその剣は教室の端に飛ばされていった。
驚いたのは俺だけじゃない、トウヤマキバも同じだ。
この教室内で驚いていないのはレベッカさんだけのような……。
「……魔術?」
「特進クラスの担任なんだ。剣技、格闘術、魔法、民族闘技…戦いには秀でている。
剣に拘ればマキバの君に勝つのは難しいかも知れないけど、組み合わせれば対処は難しくない」
「笑わせるな、俺は強い」
「なら選択科目で模擬試合を多めに取っておくと良い。
今日はそれを書いたら各自提出して解散だ。明日は選択した科目に必要な物を渡してから授業を行う」
問題児っぽそうな男の子とよく分からない無口な女の子か。
ルワードといい俺には男性運が無いようだった。