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野蛮人は北へ行く  作者: サワキ マツリ
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五日目 その拾壱

 偉そうな事を言ったものの内心では相当動揺していた。真剣を持った奴を相手にする事も初めてだし、こっちは素手だ。普通に考えても相当に、いや非常に不利だ。剣の動きを制しつつ相手の懐に飛び込まないとこちらの攻撃は当たらない。現実的に考えるとその前に斬られる可能性が遥かに高い。

 下手に動くと隙が出来る。だがこのままじっとしている訳にもいかない。剣を横に薙いだら死体が三つ転がる事になる。先手を打たなければ前には進めない。

 地面を蹴る音がした。姿勢を低くしたアリスが拳を脇に引いたまま突っ込んでいた。斜めに振り下ろされた剣を左に体を屈めてかわす。がら空きになっている右の脇腹に拳が突き刺さった。

 相手の体が宙に浮いた。

 返す拳が顔面のど真ん中を綺麗に撃ち抜いた。

 そのすぐ隣にミリアムがいた。いつ動いたのか、踏み込んだのか。全く見えなかった。少し離れたところにいるヨハンですら度肝を抜かれたのだ、目の前にいた相手はさぞかし驚いた事だろう。案の定、目を見開いたまま茫然と立ち尽くしている。

 ミリアムが腰を落とした。垂直に突き上げた拳が男の顎を貫いた。高々と宙に跳ね上がった男の脇をすり抜けるとすぐ後ろにいた相手の柄を上から押さえつけた。咄嗟に剣を抜こうとした相手の両目が愕然と見開かれた。その鼻っ柱に拳がめり込む。

 顔を前に向けた瞬間、身を退きそうになった。大上段に剣を構えた相手が斬りかかろうとしていた。退くのではなく、逆に前に出た。大丈夫だ、間に合う!

 両の手首の当たりに鈍い衝撃を感じた。上目遣いで相手を睨む。十字に交差させた腕に相手の手が載っていた。剣が振り下ろされるよりも先に交差した腕で受け止めたのだ。突っ込んだ勢いを殺す事なく体に伝える。体を反転させると真っ直ぐ伸ばした踵を相手の鳩尾に突き刺した。相手の体から空気が抜けたのが判った。足を引き抜くと更に体を回転させる。その勢いを左足に載せた。ガラ空きの横っ面を思い切り脛で蹴飛ばす。派手に真横に吹っ飛ぶと盛大に砂煙を上げながら滑っていく。

 心臓が口から飛び出しそうなくらいに早鐘を打っている。あと一瞬遅かったらヤバかった。まず間違いなく脳天を両断されていた事だろう。剣を、抜き身の刃を突きつけられただけで普通は脚が疎む。実際、今この瞬間も気を抜いたら途端に倒れそうだった。

 なのに、どうしてこの二人は微塵も動揺せずこんなに動けるのか。

 それだけではない。

 男が剣を構えたままアリスとの距離を一気に詰めた。それを真横に振り抜いた時にはアリスはその反対側にいた。完全に動きを見切っている。その上で危険が及ばない箇所に瞬時に移動、いや回避している。そして次の瞬間には男の目の前にいた。渇いた音と共に男の体が後ろに仰け反った。左の拳で鼻っ柱を殴ったのだ。ただ相当手加減している。握り締めた右の拳が既に脇に添えられていた。膝、腰、肩、腕、それら全ての回転と勢いを拳に載せる。文字通り、満身の力を込めた、全身の勢いが加えられた拳が男の顔のど真ん中に叩きつけられた。砲撃を受けたような勢いで後ろに吹っ飛ばされる。見ている方が惚れ惚れするくらいに見事な、そして豪快な突きだった。

 アリスは突き出した拳を再び脇に収めた。隣に立つ姉と一緒に残った一人を睨みつける。思わず息を呑んだ。命を危険に晒されていながら、敵を難なく撃退しているにも関わらず息一つ乱していない。恐らく心も水平なままだろう。揺れる事も波打つ事もない。

 最後の一人が剣を構えた。だが完全に腰が退けていた。積極的に戦おうと言う意欲は欠片も窺えない。

 アリスが一気に間合いを詰めた。

「あ……」

 喘ぐような、呻くような声が聞こえた。アリスの踵が男の膝にめり込んでいた。膝が有り得ない角度に曲がっている。

 ミリアムが姿勢を低くしながら突っ込んだ。突進の勢いと腰の回転を拳に載せる。唸りを上げた左の拳が男の脇腹に入った。力と勢いが余す事なく綺麗に拳に載っている。これまた見事な突きだった。

「ヨハンさん」

 ミリアムの声だった。見るとこちらを振り向いて笑っていた。

「止めを」

 言うが早いか二人が左右に散った。

 相手は六人だった。受け持ちは一人当たり二人だったハズだ。言い出しっぺのヨハンがそれを反故にする訳にはいかない。

 一気に駆け出した。二人には及ばないまでも速さはそこそこだと思う。振り上げた右足の爪先に回転の勢いを加える。そのまま男の股間に叩きつけた。

 息を呑むような鋭い悲鳴が聞こえた。音を立てて膝をつく。この世の終わりのような顔で茫然と宙を見ている。見開かれた両目から涙が流れ落ちていた。

「ミリー」

 声をかけられたミリアムが意表を突かれたように小首を傾げた。状況が状況でなければ抱き締めていたかも知れない。それくらい可愛かった。

「三人でやろう」

 驚いたように目を丸くする。でも次の瞬間にはいつものように屈託なく笑っていた。

 隣にいる妹に目配せする。アリスは嬉々とした表情で頷いた。

 ミリアムは右の拳を、アリスは左の拳をそれぞれ握ると猛然と突っ込んだ。目の前に立った瞬間、二つの拳が左右から男の顔を押し潰した。万力で挟み込んだように男の顔が潰れていた。左右の頬骨が完全に砕けていた。お気の毒に。これでは釣り合いが悪い。潰すなら余すところなく綺麗に潰すべきだろう。

 男の前に立った。振り被った右の拳をそこだけ突き出した鼻に叩きつけた。盛大に鼻血を噴き出しながら倒れる。ピクリともしない。

「片付いたな」

「はい」

 実にハキハキした返事だった。聞いていて清々しい。隣にいる妹は片目を瞑って親指を立てていた。

「行こう」

「はい!」

 二人の声が綺麗に重なった。

 馬車まで突っ走ると三人並んで荷台に飛び乗る。

 馬が嘶いた。馬車は徐々に加速すると広場に向かって駆け出して行った。


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