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野蛮人は北へ行く  作者: サワキ マツリ
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五日目 その伍

「畜生!」

 トージが壁を思い切り蹴飛ばした。一発では収まらない。ムカデを踏み潰すように執拗に壁を蹴りつける。

「おい、少し落ち着けよ」

「これが落ち着いてられるかよ!」

 トージは尚も壁を蹴り続けている。怒りを鎮めようともしない。気持ちは判らなくもない。弟のように気持ちを吐き出せれば多少は楽になるかも知れない。ただそうしたところで何がどう変わる訳でもない。

 セージは小窓から隣の牢屋を覗いた。昨夜までいた幼馴染みの姿は何処にもなかった。あったのは破れた服の切れ端、それと血溜まりだった。壁についている黒っぽいシミも恐らく血痕だろう。かなりとんでもない類いの何かがあった事は間違いなかった。

 だが、誰一人としてそれに気付かなかった。これだけの騒ぎが起これば目が覚めそうなものだが、完全に寝入っていた。

 フラつく頭を右手で支える。目は覚めていても意識にはモヤがかかったままだった。ただの眠気ではない。

「一服盛られたか」

「そう見て間違いないだろうな」

 向かい側の牢屋にいるリーゼルが拳骨で壁を叩いた。見るからに悔しそうな表情だった。

「昨夜の眠気は尋常じゃなかった。直接手出しはされなくても騒がれると煩わしいから薬で眠らせた、ってところか」

「俺らでなくても、あいつらの仲間に知られるのもあまり上手くなかったのかもな」

 随分久し振りに会ったが、また一段と綺麗になっていた。或いは磨きがかかったと言うべきか。イリナのような溌剌とした健康美とはまた違った楚々とした美しさだった。男を振り向かせるだけのものを確実に持っている。ここに連れて来られた時には既に目をつけていた奴もいたに違いない。

 その内の何人かがそれを行動に移した。踵で思い切り壁を蹴った。熱湯のように沸き上がる怒りで全身が熱くなった。

「セージ」

 声をかけられて我に返った。鉄格子の向こうにいるリーゼルが胸を親指で何度か叩いた。

「深呼吸しようぜ」

 軽く肩を上下させると片目を瞑って見せた。

 意識して体から力を抜いた。少しだけ胸を反らして吸い込んだ息を肩を下ろしながらゆっくりと吐き出す。汗が鼻筋を伝って床に落ちた。顔を上げた時には熱さのいくらかは何処かに消えていた。

「冷えたか?」

「はい」

 リーゼルは口に飛び込んだ虫を吐き出すような顔をして頷いた。セージも苦笑いした。出来る事なら心の底から笑いたかった。でも状況がそれを許さない。

 ただ、弟は勿論だがリーゼルの存在が大きな拠り所になっていた。行き詰まりそうな時、心が挫けそうになった時、大抵鉄格子の向こうから気の利いた横槍を入れてくれる。その度にヨハンが羨ましくなった。それは今も例外ではない。分身のような弟がいる事も心強いが、こんな風に頼れる兄貴がいたら今頃はどんな顔をしてここにいたのだろう。

「血がついてるな」

 リーゼルは睨むように目を細めて藻抜けの殻になった牢屋を見る。黙って頷いた。

 床には血溜まりが、壁には刷毛を押しつけたようなシミがある。当然だが、血溜まりの方には跳ねた痕跡は一切ない。流れた血がそのままついたのだとしたら、その時傷口も床についていた事にはならないか。

 壁の血痕はどうだろうか。

 高さが随分と中途半端だ。腰よりは間違いなく低い。良くても精々脚の付け根がいいところだ。どうしてあんなところに血がつくのだろう。考えれば考えるほど判らない。

「何があったんですかね」

「事実を導き出すには材料が足りないな」

 無論考えられる事はある。だがそれは、それだけは絶対に事実として認めたくない。

 何れにしても、この中にいる限り一切手出しは出来ないのだ。目の前でカティが襲われていたとしても抵抗らしい抵抗も出来ず、事の成り行きを指をくわえて見ているだけだ。

 また壁を殴り付けそうになった。何て無力なんだろう。とんでもない何かが起きたのに、何一つ出来る事がない。あるとすれば湧き上がる苛立ちを抑えながら無事を祈る事くらいだ。

「無事でいてくれよ……」

 背後でトージの呟く声が聞こえた。それは同時に三人の祈りでもあった。


「どういう事だ?」

「言葉の通りです」

 全く抑揚をつけずに言うと馬鹿にされているように聞こえる。馬鹿にしていないまでも何かしらの意図は介在していると見るべきだろう。

「侵入者がいた、と」

「そう考えるしかないと思いますが」

「見張りは立たせていたんだろ? 」

 なのにどうして侵入を許したのか。考えられる可能性を頭に思い浮かべた瞬間その全てを排除した。見張りの目を掻い潜ったか侵入者に気付かない程無能なのか、何れも決して歓迎するような代物ではない。

「何人やられた?」

「三人、いや四人かな」

「怪我人が一人、死体で見つかったのが三人だったな」

 肯定する代わりなのか、ダイスは軽く肩を竦めた。

「死体は何処にあった?」

「二体は一階の地下牢の階段付近、もう一体は地下牢の中に」

「地下牢の方は、例の小娘の牢屋か」

「はい。下半身丸出しのアラレもない格好で」

 思わず舌打ちしていた。女を見れば誰彼構わず欲望剥き出しでふるいつく。全く、野良犬同然の馬鹿共だ。そんなに女を抱きたければ人質にしている奴らに関わる者を脅せばそれで済むと言うのに。もっとも、襲われた小娘はかなりの、いや相当な上物だ。理性よりも本能が先に立つのも判らなくはない。ロイドも何年か先ならば問答無用で犯していた。単にガキに興味がないだけの話だ。

「死体が見つかった時の状況を詳しく聞かせてくれ」

「日付が変わる頃、地下牢の辺りから物騒な物音が聞こえたんで門番の一人が駆けつけると中の見回りを受け持っていた二人が地下牢の入口で死体になって転がっていた」

「本来の見張りが二人とも消えていたから不審に思って牢屋を探りに行った、と」

「すると小娘をぶち込んでいた牢の扉が全開になっていた。中を覗いてみると見張りの死体があった。こちらは一人だけでしたが」

 溜め息が出た。どうしてこう厄介事が次から次へと湧いて出るのか。

「死体の状態は?」

「地下牢の入口に転がっていた二体のうちの一体は胸から上が胴から切り離されてました。腕も一緒に」

 切断された腕が二本に切り離された胴体と胸から上の二つ、合わせて計四つに切断された事になる。あっという間にバラバラ死体の出来上がりだ。死体愛好家が見たら喜んで抱きつくだろうな、と何の疑問もなく思った。

「もう一体は?」

「喉を鋭利な刃物で一突きです。こちらもほぼ即死ですね」

 全く抑揚をつけずに飽くまで淡々と言葉を綴る。感情が読み取れない。今に始まった事ではないが。

「門番が、偶々中の方から微かに斬撃のような音を聞いたそうです。急いで駆けつけて見ると死体が二つ転がっていた」

「それ以外に見つかったものは?」

 ダイスは黙って首を横に振っただけだった。あったらとっくに報告している、そういう事だろう。

「つまり、下手人は見回り二人を殺して門番が現場に駆けつける間に姿を眩ました、と」

「でしょうね」

 時間にすれば何分もない。長くて数十秒がいいところだ。その限られた時間で誰にも目撃されずに姿を消した事になる。

「それと、バラバラにされた奴は剣が鞘に収まったままでした」

 またか。ウンザリを通り越して吐き気がした。抜く間もなく、それすら与えず一方的に仕留める。門番に物音を聞かれた事はこいつにしてみれば不覚以外の何物でもないに違いない。だがもたらした結果はそれを補って余りある。確実に障害を排除し、これと言った痕跡も残さず現場から消えているのだから。

 相当な凄腕だ。そんな奴がこんな辺鄙な街にある古ぼけた砦に一体何の用があると言うのか。

「牢屋の方はどうなんだ?」

「床に血を吐いて倒れていた方が死体になってました」

「どんな状態だった?」

「腹部に相当の打撃を受けたようですね。鳩尾と右の脇腹に鈍器で殴打したような痕跡がありました」

 恐らく、と言うよりほぼ間違いなく殴られるか蹴られるかしたのだろう。そして泡の如く湧いて出る疑問がある。

「何故ここでは素手なんだ?」

 剣か、或いはそれに類する刃物を持っているなら最初からそれを使えばいい。いや、そんな事よりも、

「そもそもこんな所に何しに来たんですかね」

 そこだ。ここに来なくてはならないだけの理由が間違いなくあったハズだ。見つかったら殺されるのに、それを別段意に介した様子もなく侵入した。そして、実際誰にも見られずにまんまと逃げおおせている。難なくこなせるだけの自信があった、と取る事も出来る。いや、そう考えるべきだろう。下手人にはこの砦の警備の目を掻い潜る事など端から朝飯前なのだ。それを前提にした上での犯行だ。

 だとしたら、完全に舐められている。こちらが何をしようと、そいつにとっては全てが掌の上の出来事に過ぎない。

「旅の男と侵入者が同一人物、の可能性は……極々低いか」

「……そうでしょうね」

 考えを途中で否定して良かった。うっかり口にしていたら思い切り笑われていたとしてもおかしくない。

「あの小娘の房にいたんですから、自分だけさっさと逃げるなんて絶対考えられません」

 その通りだ。手の届く距離に来ていながら肝心の娘を残して逃げる理由はない。

 同時に街の住民の可能性もほぼないと言っていい。捕まれば命はない。そうでなくても人質の命を取られる危険を冒してまでする事ではない。そして誰一人として目撃される事なく障害を確実に排除して姿を眩ませる。街の住民にそんな事を出来る奴がいたら今頃ここには人質など一人もいない。

 その両方の条件を満たす可能性のある人物が一人だけいる。目撃した者もいないのに「いる」と明言するのも明らかにおかしいが。

「例のあいつしかいないか」

「そう考えるべきでしょうね」

 ダイスは仕方なさそうに溜め息を吐いた。ここまで来たら認めざるを得ない。

 ここに忍び込めるだけの技量と経験があっても人質が足枷になっているならその稀有な技術はおいそれとは披露出来ない。旅の男にも侵入と逃走くらいなら出来るかも知れない。だが、今回に限っては絶対に違う。それはさっきダイスと話した通りだ。

 だが、奴ならばその全てを綺麗にすり抜ける。人質がいても一切行動に制約を受けず人を容易く殺せるだけの経験があり、それを躊躇う事もなく実行出来るだけの技術と精神力がなければ絶対に叶わない。そんな輩がそう都合よく転がっている事などあって堪るか。

 この数日間に起きた殺人は全てこいつの仕業だ。見張りを背後から刺し殺したのも、まともに身動き出来ない十五人を殺したのも、拉致した挙げ句散々いたぶった後に惨たらしく殺したのも、こいつをおいて他にない。そして更に不気味なのがこれだけの事をしていながら誰にも姿を見られていないと言う事だ。常にこちらの死角に回り込み機を窺う。いつ喉笛を掻き斬られてもおかしくない。

「ホントに、こんなところに何しに来たんですかね」

 さっきロイドも口にした言葉だ。だが、どういう訳か今は耳の奥に残った。ダイスは肩の力を抜くように表情を緩めた。

「まず考えるべきなのはそこですよ。他は取り敢えず置いときましょう」

 冷静に状況を分析する。今すぐに出来る事があるとすればそれくらいしかない。だが焦って何の考えもなく動くより遥かに建設的だ。

 一杯引っ掛けながら話を進めたいところだが考え事をするのに酒は不向きだった。と言うより、今は日の高い時間から呑気に呑める程穏やかな雰囲気ではない。

「第一発見者は地下牢の入口に倒れていた二人を見てその足で地下牢に向かった。そして小娘の房で死体を見つけた」

「その流れで考えると、侵入者は地下牢で一人を殺して、その後に入口で二人を片付けた事になるな」

「それでまず間違いないでしょう」

 その逆は絶対に有り得ない。地下牢へ続く入口は一階の一箇所、そこにしかない。門番が物音を聞いた後に地下牢に逃げ込んでいたらそこで見つかっている事になる。

「そうなると、奴さんがここに来て最初に何処に向かったかも朧気ながらに見えて来ますね」

 ダイスが満足そうに笑った。

完全に舐められている。確かに動揺していたにしても、気付くのが少し遅すぎる。

 目撃者は一人もいない。見られる隙すらこちらに与えなかった。予め決まった目的に沿って動いていたのだ。だから無駄な事は一切しない。

 地下牢へ行く事、それが奴がここに来た理由だ。そこで偶々犯されていた、或いは犯されそうになっていた小娘を見つけて助けたのだろう。助け出す事をしなかったのは単に見も知らぬ他人だったから、と言う訳ではない。時間がなかったのだ。そこで下手に時間を浪費したら、逃走に使う時間がなくなる。つまり助ける事よりも誰にも見られずに逃げおおせる事の方がこいつには重要だったのだ。

 そう、足の向いた先にガキがいた。捨て置くのも気が引ける。だから助けた、それだけの事だ。小娘は飽くまでついでであって本命は地下牢だ。あんな所に忍び込んで一体何をしようとしていたのか。

「どんな用があったんですかね」

「知るか」

 顔をしかめて毒づいても楽しそうに笑っているだけだった。こんな状況下でも笑える事に驚くべきか呆れるべきか迷った。そこまで長い付き合いではないが、こいつのビビったところを見た事がない。積極的に見たいとも思わないが。

「現状ではそれを探るのが先決か」

「そう簡単に判ればいいですけどね」

 反射的に睨み付けていた。対して睨み返す事もせずやっぱり呑気に笑っている。発言はトサカに来るが指摘は正しい。影も形も掴めていない人物の意図や目的を把握するなど端から無理な話だ。だが手を子招いて見ていたらそれこそ取り返しのつかない事になる。多少面倒でも困難でも動かなければこちらがやられる。

「で」

 時折聞こえる甲高い音に耳を塞ぐ。喘ぐ声に悲鳴が混じる。

「あいつはさっきから一体何してんだ?」

「さあ」

 ダイスは大袈裟に肩を竦めながら頭を振った。確かに気持ちは判らなくもない。

「痛めつける格好の口実を見つけたってところじゃないですか?」

 ほんのすぐ先に件の小娘が跪いていた。息が荒い。今にも倒れそうだった。否、背後から屈強な男二人に腕と肩を取られているせいで倒れる事も出来ずにいる。

 無防備な横っ面に音を立てて拳がめり込んだ。間髪入れずに反対側の頬に逆の拳が入る。全く手加減している様子がない。女だから力自体は大した事はないだろうがそれもあまり続くと本当に取り返しがつかなくなる。

 脇腹を爪先で蹴り上げる。悲鳴ではなく低く呻く声がした。半開きになった唇の端から血が滴る。項垂れていた娘の前髪をジュリが掴んだ。耳元に顔を近付ける。

「黙ってないで、あんたが知ってる事を洗いざらい全部話しなさい」

「……もう、話した……」

 俯いたまま娘が応えた。か細い声だった。 ジュリは掴んでいた前髪を引っ張ると無理矢理上を向かせる。体を起こすと露になった娘の胸が見えた。まともに生地が残っているのは腕と背中だけで前は殆ど何も残されていなかった。犯されたか犯されそうになっていたのだから当たり前と言えば当たり前だが。

「あなたが殺したの?」

 馬鹿な質問だ。刃物で刺し殺されていたならまだしも、こんな小娘に大の大人を殴り殺せる訳がない。股間を蹴り続ければ何れくたばるだろうが致命傷は腹部への打撃だ。しかも相当に強烈な。時間をかけたとは思えない。鳩尾と肝臓へそれぞれ一撃ずつだろう。

 案の定娘は首を横に振った。

「私じゃない……」

 ジュリは髪の根元の辺りを掴み直すと力を込めて引き上げた。同時に悲鳴が上がる。

「じゃ誰? あの旅の男」

 その問いにも頭を振った。

「全然知らない人……」

「この街で見かけた事もないのね?」

 初めて娘が頷いた。

 ダイスに目を向ける。小刻みに何度か頷いた。

 街としての規模は決して大きくはない。かと言って住民の顔と名前を記憶するのは流石に無理がある。だがこの娘は人の集まる場所で働いている。あの店が街の住民の憩いの場になっている事は明らかだ。常連でなくてもたまに、それとも数える程しか足を運んでいないような輩もいるかも知れない。だが見覚えくらいはあってもいいハズだ。それすらないとすれば。

「収穫ありですね」

 僅かですけど。ダイスは囁くような声で言った。部外者である可能性がほぼ確定的になっただけだ。それを果たして収穫と言えるか甚だ疑問だが、全くの手探り状態から僅かに前進出来た。全く以て情けない限りだが。

「お願い……」

 這うような声が聞こえた。いつ意識が途切れてもおかしくない。あれだけ好き放題痛めつけられたのだ。もう体力も殆ど残されていない。

「助けて……」

 何の捻りもない言葉だった。どんな言葉であっても心が動く事などないのだが。

 ジュリが娘の前にしゃがみ込んだ。握り拳が娘の鳩尾に突き刺さった。一瞬完全に呼吸が止まった。目を見開いたまましばらく凝然と宙を睨むような目で見ていたかと思うと、今度は酸素を貪るように肩を上下させる。

 顔を上げた。目から溢れた涙が頬を伝って床に落ちた。

「死にたくない……」

 涙を見てもやっぱり何も感じなかった。だが人としてかなり大事な何かが壊れていると言う最低限の自覚はあった。いつ壊れたのかも覚えていないが。

 甲高い音が響いた。ジュリが平手で娘の頬を張ったのだ。返す手の甲で反対側を叩く。音だけで痛そうだった。

「本気で言ってるの?」

 ジュリは子供のように目を丸くした。娘が力なく頷くと乾いた声を上げて笑った。

「意外に面白いわね、あんた」

 赤く染まった娘の頬を撫でる。全身が震えていた。小娘にとってはジュリは恐怖を刺激する存在でしかないのだろう。

「もういいわ、放して」

 手を放すと娘はそのまま前のめりに倒れた。手で受け身を取る事もしない。完全に気絶している。さっきから執拗に殴られ、蹴られ続けていたのだ、無理もない。普通は殴らない。殴ったとしてもここまではやらない。やるとすると程度を知らないかそれを把握した上で敢えて踏み越えようとするかだ。そうなると良心と言うものが働くがそれも機能しない。多分そんなものはとうの昔に失われている。だからここにいるのだ。

 ジュリは壊れたオモチャを見るような目で娘を見下ろしている。まだ殴り足りない、そんな顔だ。

「勝手に殺すなよ。そんな状態でもまだ利用価値はあるんだからな」

「あなた、こんなガキが趣味なの?」

 思い切り鼻で笑った。別に腹も立たない。

「あの男の足を止めるにはまだそいつがいた方がいい」

「でも、こいつに固執する必要もないでしょ?」

 別に最初から固執などしていない。あの男の身動きを封じるのに一番手っ取り早かったのがその娘だったと言うだけの話だ。

「代えならまだ少しいるじゃない。残りも使い物にならないんだからまとめてかっ拐って来ちゃってよ」

 こいつが言うと酷く簡単そうに 聞こえる。実際買い出しに行くような感覚なのだろう。だから顔色一つ変えずにうら若い女をここまでボコボコに出来るのだ。

「じゃ、それはどうするかな。男共に食わせるか?」

「食わせるって言ったってもう死体も同然じゃない。こんなの犯したって面白くも何ともないでしょ」

 ねえ? 振られた兵士二人はぎこちなく苦笑いした。食えるならばどうでもいい。男なら誰しもそんなものだ。ただ死姦する趣味があるかどうかまでは判らないが。

「これよりもう少し活きのいいのがまだ少し残ってるんだから、やるならそっちにしなさいよ」

 はい、決まり。

 決まり、ではない。お前が勝手に決めただけだろ。だが、こいつの決断にしては珍しく異論がなかった。そう、まだ代えはいるのだ。

「で、こいつはどうしますか?」

 順繰りに顔を見合わせた。

「私が片付けておくわ」

 散らかしたのはこの女だ。ならば片付けるのもこいつが受け持つのが筋だろう。

「任せたぞ」

 兵士の一人が娘を抱え上げた。裸の胸を掌で鷲掴みにしている。あの男の娘に生まれたばかりに若い命を散らす事になろうとは。何の巡り合わせでこうなったのか、それはここにいる全員に言える事だ。何処で誰が関わるのか、その全てに因果があるとすれば偶然は存在しない事になる。生まれた瞬間、あの娘が殺される事は決まっていた。ならば俺は果たしていつまで生きられるのか。柄にもなくそんな事を考えた。抗ってやる、死ぬ直前まで。そして、それはあの娘も変わらない。死を拒み生に執着する。それが人だ。そして誰かを押し退け、踏みつける事も厭わない。そう、生き残るためならば。一皮剥ければそんなものだ。本性でも本質でもない。人とは所詮そんなものだ。


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