四日目 その拾四
「確かな情報なんだな」
「情報と言うより報告です」
律儀に訂正するダイスに若干の苛立ちを覚えた。細かい事はどうでもいいのだ。事実が判ればそれでいい。それはこいつも充分過ぎるくらいに判っているハズだ。
「銃弾を受け止めた?」
「はい」
眉を潜めた。はいそうですかとアッサリ信じられる類いの話ではない。
「確かなんだな」
「実際に目の前で起こった事ですから」
銃弾をかわすならまだ判らなくもないが受け止めるとなると話は別だ。弾道を正確に把握する動体視力は勿論の事、それを拳を握って受け止める腕力と言うものが既に人間の理解を超えている。どうして指が弾け飛ばないのか。何故この男は動揺の一つもしないのか。
「冷静だな」
それこそ腹立たしいくらいに。不気味な汗が全身の至るところから溢れ出している。気を抜くと声が、指先が震える。
「事実なんで」
だから驚いても始まらない。事実である以上受け入れる以外にないとも取れる。確かに、この男はそういう世界で生きて来た。強かったから生き残った、弱かったから死んだ。それが全てであってそれ以外はない。それを肌で感じて来た人間の言葉だった。
ロイドも勿論それを知っている。だがダイスと違って常に最前線にいた訳ではなかった。その感覚をなくしかけているのかも知れない。
ただそれを考慮しても少し冷静過ぎる。頼もしく見える反面、不気味でもあった。
「一人、肩をやられたんだろ?」
ダイスは黙って頷いた。
「しばらく戦闘には使えないですね。結構な重傷ですよ」
それも件の男が指で弾き飛ばした弾が命中しての負傷だ。しかも拳銃から発射されて出来た傷と比べても遜色ない。つまり小石程度の大きさの鉄屑があれば投擲で拳銃と同等の損傷を与える事が出来る、そういう事になる。いや、小石であってもそう大差はないだろう。つまり当たるところに当たれば即死だ。
「こちらも何人か戦線離脱を余儀なくされましたけど、それは向こうも変わりません。例の男は仕留める事こそ出来ませんでしたが背中に銃撃を受けてます。宿屋の残りも到底戦力にはなり得ません」
一部は既に聞いている。一番上の姉は相当な使い手と聞いていたが実際に蓋を開けてみればダイスの圧勝、いや楽勝だった。頬を切られた以外に傷らしい傷はない。昨日も何人か部下を潰されたがそれを軽く一蹴するところを見てもこの男も相当なものを持っている。
「止めは差さなかったのか?」
「もういい加減くたばってますよ。骨と動脈を二本ずつ両断しましたから」
止血出来たとしてもすぐに輸血しなければ死は免れない。
それだけの事をこの男は眉一つ動かさずやってのける。相手が女であっても敵である以上容赦しない。絶対に敵に回したくない類いの人間だ。
「二番目の妹は肋を、三番目は左の上腕を折ってあります。もう少し痛めつけても良かったんですが、一応女ですから、」
「女だから何だ? 手加減してやったとでも言うのか?」
「ご想像にお任せします」
手加減した事は確かだ。ただ、断じて情けをかけた訳ではない。まとめて始末したら後で退屈するからそれを避けた。精々そんなところだろう。
「それにしても、こんな小娘一人拐うのに随分手間をかけたな」
「手間に見合うだけの成果はありますよ。当初の目論み通りその娘はこちらの手中に収めた、主戦力はほぼ戦闘不能。今後しばらくはあの男がしゃしゃり出て来るような事もないでしょう。あの体じゃ何をしようにも動きませんよ」
銃弾が貫通したかどうかまでは確認出来ていないが、傷を適切に処置する設備も人員も乏しい。一命は取り留めたとしてもしばらくはまともに動く事すら出来ない。
確かに戦果としては決して小さくない。しかも、人質と言うオマケつきだ。
椅子から立ち上がると床に投げ出されている娘を見下ろす。誰が破いたのか知らないが、胸がはだけていて中が丸見えになっていた。それを隠そうともしない。完全に気を失っている。脇で立っている見張りの二人が小娘をさっきから舐めるように見ている。辛うじて待てが出来るがそれ以外は犬と変わらない。
以前から評判は聞いていたが実物はそれ以上だ。数年後が楽しみだった。ジュリが一人残らず殺そうとするのも判らない話ではない。
全く、女の嫉妬ほど質の悪いものはない。
「後はこいつをどう扱うかだが」
「俺には預かり知らぬ話だ、そちらにお任せしますよ」
痩せ我慢でも格好つけている訳でもなく本心で言っている。確かに美人は美人だが子供過ぎて食指がそそらないのかも知れない。
「焼くなり煮るなり、好きなようにすればいい」
中身が半分くらい残っていた酒瓶を手に取るとダイスは広間から出て行った。興味や関心がなければこの男は動かない。既に目的は達しているのだから、この娘に用は、時間を割くだけの価値はない。
目を覚ました後に中を自由に動き回られても困る。縄を打つのも気が引けた。まだどうするかは決まっていないが、それまでは極力傷はつけたくない。頬は裂け、唇には乾いた血がこびりついている。顔も体もアザだらけだった。ここに置いておいたらジュリに間違いなく殺される。仮に殺すまでは良しとしてもより効果的な方法を選択すべきだろう。
「取り敢えず、こいつは牢にぶち込んでおけ」
一人が娘を肩に担ぎ上げた。娘の手足がダラリとぶら下がる。
「手は出すなよ」
「は、はい」
「扱いは丁重にな」
ここまで傷だらけにしておいて丁重も何もないが、釘は刺しておく必要はある。ぎこちなく笑った顔を見て舌打ちしたくなった。本当にそこらを彷徨いている犬と大差ない。
ある程度目処は立った。決断を急ぐ必要もない。そろそろ次の作業に移ってもいい頃合いだろう。グラスに注いだままになっていた酒に手をつける。やっぱり舌が焼かれただけだった。




