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野蛮人は北へ行く  作者: サワキ マツリ
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三日目 その八

全開の窓から吹き込んだ風が髪を揺らせる。実に心地いい。午後も授業はない。そう思うと更に機嫌も良くなる。

 授業が午前中で終わるならさっさと帰って自宅で昼食を済ませるのが筋かなとも思う。でもここの方が落ち着いて食べられるのだ。店だといつ誰が来るのか判らない。流石に両親も食事中は店に出なくていいとは言うけど、やっぱり体が動いてしまう。早く二人を手伝わないとと思うと落ち着いて食べるのは結構難しい。

 当然の事ながら水曜日は授業が終わったら用がない人はさっさと帰る。残るのはミリアムやアリスのような部活に入っている人くらいだ。

「で」

 炒めたほうれん草を箸で摘まむとご飯に載せる。

「首尾はどうだったの?」

「何よ、首尾って」

 エレンはご飯を一気に掻き込むとモグモグしながら言った。

「昨日、買い物に言った訳じゃないんでしょ?」

 頬があからさまにひきつった。既に見透かされている。エレンは表情を変える事もなく上目遣いにこちらを観察していた。怖い。

「何、やっぱり買い物じゃなかったの?」

 エレンはともかく、鈍いサラにまで見抜かれていたとあっては大人しく観念した方が良さそうだった。少なくとも買い物でない事は認めておいた方が無難だ。

 でも、だとしたら何と言えばいいのだろうか。一つしか選択肢は残されていない気がする。

「何しに行ってたのよ」

「彼に、お礼を言いに」

 張っていた肩から力が抜けた。嘘に嘘を重ねるのは手段として色んな意味で最悪だ。洗いざらい白状すべきなのか。って、それじゃまるで悪い事をしたみたいだ。そう、ただお礼を伝えに行っただけなのに。

「彼って誰? それにお礼って何?」

「あんたってホントに鈍いわね」

 素直に首を傾げているサラの肩をエレンは頭を抱えながら軽く叩いた。

「昨日図書室でこの子にお弁当届けてくれた人、覚えてるでしょ?」

 サラはあ、と言う顔をした。忘れていたら健忘症を疑った方がいい。

「お客さんね」

 やっと納得したようだった。遅い。

「折角作ったお弁当忘れるなんて、あんたもつくづく間抜けよね」

 ハッキリ言ってくれる。悔しいけど事実だけに言い返せない。

「だからせめて、お礼くらいはしっかり伝えておきたかったから」

「だったらお店に戻ってからにすれば良かったじゃない。学校帰りに何処にいるかも判らない彼をわざわざ探しに行くのも物凄く効率が悪いだけ、って気がするけど」

 ご指摘ごもっともだった。普段は鈍いのにどうしてこういう時に限って的を得た発言をするのか。

「別にいいでしょ」

 迂闊に口を開くと余計な事まで転がり出そうな気がした。うっかり口を滑らせるくらいなら最初から黙っている方がいい。

「で、お礼は伝えられたの?」

「うん」

 嘘ではない。それだけは間違いなく伝えた。それ以上にごめんなさいと言う気持ちの方が強かった。

「それより、よく会えたわね」

 その通りだった。約束をしていた訳でもないし、彼が何処に行くのか把握していたような事もない。全くの偶然だった。会えて良かった、と素直に喜べないのが悔しいけど。それどころか、もう治っているとは言え怪我までさせてしまった。感謝よりも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「ところで、」

 目の前でお弁当を広げている二人を順繰りに見た。

「どうしてあなた達二人ともお弁当なの?」

「何でだと思う?」

 逆に聞き返されてしまった。カティ同様、二人も部活には所属していない。授業が終わっているなら真っ先に帰るのが普通だ。お弁当を用意してまで残る理由なんて何処にもない。

 腕を組んでみたけど、それだけで答えが出れば苦労はない。

「彼、今日もここに来るんでしょ?」

 そう言えば、昨夜店でそんな事を話していた気がする。でもどうしてそれをエレンが知っているのか。

「昨日、あなたのお姉さんが喚いてたわ」

 言っていたではなく喚いていた辺りに個性が現れている。

「え? その人がまた来るの? 何しに?」

「先輩達と組手するんだって」

 知りもしないでお弁当を用意して来たのか。親に怪訝に思われたりしなかったのだろうか。

「へ~面白そ~。見に行きましょうよ」

 当たり前のようにそういう流れになっているけどカティにはそれを止める手立てはない。反対したところで流されるのが関の山だ。反対する理由もないけど。

「カティも行くでしょ?」

 行く事を前提にした聞き方だった。拒む事は許されない。

「判った判った行きますよ」

 素っ気ない態度を装っているけど、内心では結構興味があった。姉三人を相手にどんな風に闘うのか。ここであれこれ考えていても始まらない。自分の目で確かめるのが一番手っ取り早い。

 箸を持ち直すと残っていたご飯を一気に掻き込んだ。リスがクルミを食むように顎を上下させる。

「どうしたのよ、急に」

「食べ終わらなきゃ見られないでしょ?」

 考えるように視線を外すとエレンは食事を再開した。さっきよりも明らかに動きが早い。意図を察してくれたな。

 サラも慌ててそれに続く。予定の有無に関わらず、さっさと済むならそれに越した事はない。みんなそれを骨身に染みて知っている。



「ねえ、カティから見た彼ってどんな人なの?」

 隣を歩くサラがあっけらかんとした様子で言った。

「どんな人って?」

「私は昨日図書室でちょろっと見かけただけだからよく判らないけど、何て言うか、あんまり争い事を好むようには見えなかったから」

 言われてハッとするものを感じた。腕っぷしも強いし、実際昨日も圧倒的に不利な状況をものともせずほぼ無傷で勝ちを収めている。

 でも、血の気が多いのかと聞かれたらそれも少し違うような気がする。闘う事には恐ろしいくらい慣れているけど、根っから血や争い事を好むようには見えない。仮にそれが彼の本性だとすれば相当な危険人物だ。

「物凄いものは持ってるけど、でも喧嘩とか争い事が好きか、って聞かれたらそれも少し違うと思う」

「どういう事?」

「言葉の通りと言うか、それ以上言いようがないと言うか」

 上手い言葉が見つからない。

 ただ、それももうじき判る。焦る必要も理由もない。

「カティの強いお姉さん方がハッキリさせてくれるわよ」

 首を捻っているサラの肩をエレンが叩いた。或いは闘う中でウォッカが本性を表すか。

 校舎を出て武道場へ向かう。やけに人が多い。よく見ると武道場に人だかりが出来ていた。

「何の騒ぎかしら」

「騒ぎじゃないわよ」

 エレンは人混みの隙間を掻き分けるようにして武道場の中に入って行く。

「失礼しま~す」

 混み合う中へ肩を滑り込ませる。武道場に人がこれだけ集まるのも珍しい。用でもなければまず来ない、用があるから足を運ぶ。それだけの話だ。

「時間ピッタリみたいね」

 エレンが言った。やけに楽しそうな声だった。

 道場の開始線の前でウォッカとミリアムが向かい合っていた。


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