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野蛮人は北へ行く  作者: サワキ マツリ
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三日目 その壱

 瞼が何の抵抗もなくすんなりと開いた。やたらと爽快な寝覚めだった。かなり深く眠っていたのに、そこから一気に引き上げられたのに不快感も何もない。それだけしっかり眠れたと言う事なんだろうな。睡眠不足は健康にも美容にも悪い。毛布を跳ね除けるとカティは一気に飛び起きた。本当によく寝たと思う。晩御飯を食べてお風呂に入ったらそのままベッドに倒れ込んだ。勿論その後の記憶はない。予習をする余裕なんて何処にもなかった。きっと死んだように眠っていた事だろう。

 そう、死んでいなくて良かった。夢でも見ていたような感覚に陥る事もあるけど、昨日体験した事は紛れもない現実だった。彼が助けてくれたから、今こうしてここにいられる。

 ジーンズに履き替えるとジャケットを羽織る。部屋の外は静かだった。窓の向こう側も薄暗い。まだ皆寝ているに違いない。そりゃそうだ、水曜日は定休日だもんね。朝は店の掃除が義務だけど、休みの日はそれから解放される。休みなんだから休まないと。昔、掃除をしようとしたカティの肩に手を置いて母は笑った。だから水曜日は皆ゆっくりとした朝を過ごす。でも学校は普通にあるんだよなあ。その義務から解放されているイリナが羨ましい。あと三年はそれが続くかと思うとちょっとうんざりするけど、別に学校はそこまで嫌いじゃない。ま、仕方ないか。

もっとゆっくり寝ていても良かったけど、体はそれを求めていないしやりたい事もある。こういう日でなければ、休みの日でなければまず出来ない。そうと決まれば話は早い。足音を立てず足早に階段を降りる。厨房の前に来た時、不意に足が止まった。包丁がまな板を叩く音が聞こえる。誰だろう、こんな時間に。入口からそっと顔を覗かせる。

「おはよ」

「わっ!」

 ミリアムは驚いて手を止めた。

「ちょっと驚かさないでよ。心臓に悪いじゃない」

「ヘヘヘ、ごめんごめん」

 両手を腰に当てて睨みはするけど、すぐいつもの笑顔に戻った。

「随分早いわね。昨日は大寝坊だったのに」

「いつもよりも早く寝たし眠りも深かったからかな」

 何より疲れていた。あんな事を体験すれば誰でもそうなる、と思う。それを軽くあしらった張本人は別段疲れた様子もなく美味しそうに酒を呑んでいたけど。あれが標準であって欲しくはない、絶対。

「ミリー姉こそ早いね。どうしたの? こんなに早く起きるなんて」

 昨夜は晩御飯が済んだ後も厨房で何かしていた。酒盛りしていた父とイリナはともかく、どうしてミリアムが遅くまで起きている必要があったかは判らないけど、それでこんなに早く起きるなんて素直に凄いと思う。

「何でって、そりゃお弁当作るからよ」

「お弁当?」

 お弁当はいつも朝御飯を食べた後に晩御飯の残りを詰めるのか通例だ。こんな早くに起きて用意する必要なんて何処にもない。

 それに、

「お弁当ならもう出来てるじゃない」

 まな板の隣には行儀よくおかずが並んだ、いや詰め込まれたお弁当箱が置かれていた。僅かに湯気も立っている。お昼にと言わずに今すぐ食べたいくらいだけどそんな事したら怒られるくらいじゃ済まないだろうな。

 ミリアムの目が一瞬点になった。カティは同意を求めるように首を傾げた。そうだよね、もう出来てるよね。

 だとしたら、一体誰のお弁当だろう。男子じゃあるまいし、まさか授業中に食べるために二つ用意するなんて事はない、と思う。それとも、カティが知らない間にそれくらい食べるようになった、のかも知れない。

「こんなに食べるようになったんだ」

「馬鹿言わないで。食べられる訳ないじゃない」

「じゃ、誰のなの?」

 点だった目が今度はまん丸になった。そのまましばらく固まる。

「いい?」

 包丁をまな板の上に置いたミリアムはカティの肩に手を載せて言った。

「皆には内緒よ」

「何を?」

「内緒よ?」

「だから、何を?」

 無理矢理笑っている。焦っているのか慌てているのか判らないけど、ぎこちないにも程がある。むしろ怖い。

「お弁当作ってた事」

「そんな事黙ってる必要なんてないじゃない。別に誰かに話す気もないけど」

「お願い」

 腰を屈めるとカティの両手をすっぽり包み込んだ。目が潤んでいる。ここで断ったら本当に泣き出すかも知れない。こういうのを懇願と言うんだろうな。

「うん、言わないよ」

 恐る恐る頷いた瞬間、思い切り抱き締められた。胸が思い切り押し付けられる。学校の男子に見られたら羨ましがられるかな。

「やっぱりあなたって四人の中で一番いい子ね」

 別にそんな事はないと思う。でもいちいち否定するのも面倒だから黙っていた。

「私、今日は先に出るから」

「どうして?」

 首を傾げたカティに、ミリアムは苛立ちを抑えるように少しだけ顔をしかめた。

「いつもみたいに走ったら、お弁当箱がひっくり返っちゃうかも知れないでしょ」

 これまでは当たり前みたいに走って登校していたのに、そんな事を気にした試しなんて一度もなかった。勿論傾かないようにしっかり固定した上での事だけど。それをここまで気にするって事は……。成程、ようやく少しだけ見えて来た。だから隠したいのか。こちらも黙っているのが筋だろう。詮索屋は何処でも疎まれる。

「あなたも一緒にお弁当作る?」

 カティは首を横に振った。お弁当はイヤでも作らないといけない。どうせなら、今しか出来ない事をやりたい。

「ちょっと散歩して来ようかな」

 早起きしただけで何だか得をしたような気分になる。今日みたいにお店が休みなら尚更だった。いつも必ずやらなければならない事を早めにするよりも、普段出来ない事をする方が絶対にいい。

「何処まで?」

「裏山の頂上」

 山と言っても大した高さじゃない。小高い丘と言った方が適当だと思う。小さい頃の遊び場の定番がそこだった。昔のように転げ回って遊ぶ事こそ殆どなくなったけど、こうして足を運ぶ事は時折ある。そんな場所だ。

「あんまり遅くならないようにね」

「大丈夫、少し歩いたらすぐに戻るよ」

 流しの隅に置かれている袋に目をやる。人参の切れ端もいくらか顔を覗かせているけど、いい案配にカブの先っぽが顔を覗かせていた。

「それ、持っていくのよね」

 普通に頷くとミリアムは頬を掻きながら苦笑いした。

「あんまり遅くならないようにね」

 しっかり見透かされている辺りやっぱり姉だった。行動も思考も読まれている。返事の代わりに笑いながら頷いた。ミリアムは包丁を置いて手を振った。


 別に学校が休みという訳でもないのに足取りだけはやたらと軽い。早起きしただけでこんなに気分が軽くなるならいっその事習慣にするのも悪くない。と、いつも思うけど長続きした試しがない。それでも毎朝の日課は殆ど欠かした事はないし、取り敢えず良しとしておこう。

 肩にかけていた上着を羽織る。用意しておいて正解だった。日は出ているけどまだ結構肌寒い。毎朝走って学校に行っているけど、歩く程度では体が温まるにはまだ不充分と言う事なのだろう。でも真冬のような寒さはすっかりナリを潜めている。それは素直に有り難かった。空気が温かくなれば自然と心も軽くなる。だから、昔から冬は嫌いだった。そして春が好きだった。

 足を速めるに連れ、徐々に息が上がって行く。体も少しずつ熱くなって来た。通学の準備体操には丁度いい。風が吹くたびに木漏れ日の当たる位置が変わる。やっぱり、雨よりも晴れた方がいい。頭上で鳥の鳴き声が聞こえた。見上げると枝に仲良く並んだ二羽が時折首を傾げながらこちらを見ていた。足を止めて手を振る。一羽が枝を蹴った。空にではなく、こちらに向かって滑降する。最後に体を上昇させると羽を羽ばたかせて急制動をかけた。よいしょ、と言うように肩に止まった。もう一羽も羽をヒラヒラさせながら危なげなく飛ぶと反対の肩に足を置いた。

「おはよ」

 声をかけると二羽は耳元で囀ずった。肩から腕へと少しずつ移動していく。最後は人差し指に足を絡ませた。顔を近付けるともう一度鳴いた。いい声だった。どれだけ動いても飛び立とうとはしない。すっかり落ち着いている。

もうじき頂上だ。少しだけ足を速めた。視界が拓けた。だだっ広い空間いっぱいに日差しが降り注いでいる。そこに誰かが立っていた。風で飛びそうになった帽子を右手で押さえている。少し距離があるせいで顔はよく見えないけど、あの帽子には見覚えがあった。何より、あんなにデカい人間などそうそういるものではない。

 向こうもこちらに気付いた。若干前に傾いていた帽子の庇を軽く持ち上げた。

「よ」

「おはようございます」

 手を上げたウォッカに、カティは腰を折った。イリナのように砕けて接する事などとても出来ない。

 それにしても、

「奇遇ですね」

「奇遇だねぇ」

 本当に奇遇だ。どうしてこんな所にいるのか。って、ウォッカも考えてるだろうな。

「朝の散歩かい?」

「はい。ウォッカさんも?」

「朝は軽く体を動かした方が調子良くてね」

 朝から逆立ちした状態で腕立て伏せをするような人だ、きっとここまで全力疾走して来た事だろう。

「随分早起きされたんですね。まだ誰も起きてなかったですよね」

「ああ。寝静まってたよ。そういう君も結構早く起きたね」

「昨夜は早く寝たから」

 どうしてウォッカが苦笑いしたのか判らなかった。剃り残した髭を人差し指で掻く。

「いや、本当に申し訳なかった」

 ウォッカは帽子を脱いだ。この時になって初めて昨日の事だと気付いた。首を横に振るとウォッカが少しだけ相好を崩した。

「もう頭は下げないで下さい。ウォッカさんがいてくれたから、今もこうしてここで会えたんですから」

「じゃ、お言葉に甘えてそういう事にさせてもらおうかな」

甘えなくてもそれが明確な事実だった。そこに頭から勇んで突っ込んで行ったのはカティだけど。傷一つ付けず、無事家に帰してくれた。ウォッカの言葉を借りればそれも責任に過ぎないんだろうけど、助けられた身としては義務や責任と言った堅苦しい言葉で片付けられるのは少し居心地が悪かった。ならば、どういう風に接してくれたら納得するのだろう。確か、昨日もこんな事を考えたと思う。それが、その答えが一向に見えない。一体どうして欲しいのだろうか。

「いい風だな」

ポケットに両手を突っ込んだまま吹き付ける風を全身で受け止めている。カティとは違い、羽織るものもなく薄手のシャツを着ているだけだ。寒くないのだろうか。

「目が覚めるわ」

 確かにこれだけ気持ちのいい風に当たれば眠気も吹き飛ぶ。でもまだ少し眠いのか目尻がいつもより垂れていた。

「昨夜は何時頃まで呑んでたんですか?」

「日付が変わる前には切り上げたよ。ガイデルさんも今日は仕事だしな」

 学校がある日は当然お師匠さんも仕事だ。あまり遅い時間まで酒盛りに付き合わせる訳にも行かないだろう。でも、昨夜はその本人が一番盛り上がっていた気がする。

「よく起きられましたね」

あれだけ呑んで。早起きではなくあの量を呑んでこの時間に起きているのが凄い。しかも全く酒が残っている気配がない。

「体が勝手に起きるだけさ。それに疲れてるならまだしも酒をかっ食らっただけだからな、別に起きるのに支障はないよ」

 嘘でもなければ強がっている気配もない。顔色も普段と変わらないし体調も全く問題なさそうだった。そもそも調子が悪かったらこんなに早く起きられない。体の作りが普通の人のそれとはそもそも違うのだろう。

「家の近くにこういう場所があると何か落ち着くな。散歩するのに丁度いい」

「ウォッカさんのご自宅はどんな所にあるんですか?」

「山の中腹だよ。歩道は整備されてたから移動は比較的楽だったけど、周りはいつも鬱蒼としてた」

 一年中木々が覆い繁り、動物の鳴き声に囲まれて暮らしていた。ここと然程変わらない環境だったのかも知れない。だとしたら結構な田舎だ。もっとも都会で育ったような垢抜けた雰囲気は欠片もないから、その方が良くも悪くも似合っていた。

「ところで、」

 ウォッカはカティの肩と右手を交互に見た。

「それは君が飼ってるの?」

 指に足を絡めて遊んでいたヤマガラは体を宙に浮かせると頭に載った。先に止まっていたもう一羽と場所の取り合いを始めた。

「いえ。さっきそこで見かけただけですけど」

「無茶苦茶慣れてるね」

「ヤマガラは元々人になつきやすい鳥だから」

「そうなの? 仮にそうだとしても、それを遥かに超えてるだろ」

 ウォッカが手を伸ばすと二羽は慌てて飛び立った。頭上の枝に止まって警戒するように見下ろしている。

「普通はこうなるんだよ」

相手にされない事を哀しむでもなく、ウォッカは淡々とした様子で枝に止まっている二羽を見上げている。

「さっき見かけたって言ってたけど、あの二匹の方が君に寄って来たの?」

「はい」

 頷くと、ウォッカは感心したように低く唸った。

「小鳥なんて警戒心の塊みたいなもんだからな、普通は自分から人に近付くなんて真似はまずしないんだけど」

 もっともな指摘だった。餌を啄んでいるところに人が来たら逃げるようにして飛び立つ。それが普通だ。枝に止まっていようが空を飛んでいようが人に近付くような事は絶対にしない。

 でも、今日もこうして肩に止まってくれた。同じ時間を過ごしてくれた。それは何も今始まった訳ではない。昔からそうだった。

 幼い頃から動物は大好きだった。犬も猫も狸も兎も、どれもこれも可愛くて仕方がなかった。勿論、馬や牛、豚も好きだし、世話と称して遊ぶ事など昔から日常茶飯事だった。だから今もこうして散歩ついでに彼らと遊びに来た。そして嫌われた試しもなかった。こちらの気持ちを一方的に押し付けるような真似は流石に卒業したけど、避けられた事は一度もなかった。むしろ、動物の方からカティに近寄って来た。周りにいる人はほぼ例外なく驚いた。撫でてそれを受け入れてくれたのとは訳が違う。撫でられる事を、構ってもらう事をせがんでいたからだ。カティは当たり前のようにそれに応じた。そうしたかったのだから、そもそも拒む理由もない。それがカティには普通だった。歩み寄ればそれに応えてくれる、そう信じていた。それが誤りだと知ったのは初等部に上がった頃だった。通学の途中、道端に兎がいるのを見かけた。近付いて腰を屈めると膝の前でお行儀良くお座りした。抱き上げても全く抵抗しない。頭を撫でると心地良さそうに目を閉じた。そこへアリスが突っ走って来た。一緒に並んで学校に行っていたはずの妹が姿を眩ましたから慌てて戻って来たのだ。その途端、兎は腕から飛び降りると繁みの中へ隠れてしまった。それっきり出て来なかった。それが普通であると認識を改めるまでかなり時間がかかった。何をしていても人が来たら慌てて逃げる。それが人に対する彼らの真っ当な反応だった。でも、カティの前ではみんな大人しかった。お行儀も良くて、何より可愛かった。犬にはよく馬乗りになって顔を舐められるけど、嫌悪感を覚えた事なんて一度もない。むしろそうしてくれる事が嬉しかった。初対面でそうされる事はあまりない、とエレンから言われた時も全く信じていなかった。ある程度の信頼関係が構築されなければ人に対して心を開かない。犬の個性にも依るけどね、呟くように付け加えた。人が好きで堪らないのがいる一方でそうでないのもいる。でも敵意や悪意がない事を感じ取ってくれないと尻尾は振ってくれない、と。だったらどうしてみんなこうも素直なのだろう、開けっ広げなのだろう。

「動物は好きかい?」

「はい」

 力一杯頷いた。嘘偽りない本心だった。

「ま、ここまで好かれてて嫌いだったら逆にビックリだけどな」

「そうですね」

 成程、そういう考え方もあるか。仮に嫌いだとしたらこれ以上有り難迷惑な話もないだろう。でも絶対にそんな事は有り得ない。何故ここまで好きなのか自分でも判らない。理屈じゃない、きっと生まれる前から好きだった。家族が大切なのと同じように。

 枝に止まっていた二羽が体を宙に浮かせた。落ち葉が舞い散るようにヒラヒラと頼りなく落ちて来たかと思うと肩に足を載せる。

「すっかりそこが気に入ったみたいだな」

 応える代わりに頷いていた。光栄だった。だから散歩している間はこうしてここにいて欲しかった。

 どちらからともなく歩き出していた。カティのすぐ後ろを芝を踏む足音が一定の間隔を維持してついて来ている。これが躾けられていない犬だったらきっと好奇心の赴くままに歩き回っていた事だろう。飼った事がないから判らないけど。

 視界の片隅で何かが動いた。樹木の陰から兎が顔を覗かせていた。目の前でしゃがむと顔を上げて鼻をヒクヒクさせた。持っていた袋からカブの切れ端を出した。すぐさまかぶり付く。夢中になって食べている頭を優しく撫でた。

「本当に好きなんだな」

 ウォッカは路肩に立っていた木に背中を預けると頭の後ろで両手を組んだ。

「凄く素直だし人と違って嘘も吐かない。それで人が嫌いかって聞かれたら別にそういう訳ではないですけどね」

「吐くだけの知恵がない、それが故に素直なんだろうな」

 良くも悪くも自分に忠実だ。躾けられない限り我慢する事はまずしないし、常にやりたい事しかしない。ひょっとしたらそんな処が好きなのかも知れない。

「ウォッカさんは今日どうされるんですか?」

「学校に行くよ。約束してるからな」

「ええ、それは私も把握してます」

 苦笑したウォッカを見てカティも笑った。ようやく意味合いが通じたようだ。

「俺が学校行くのは昼過ぎだからな。それまでは、って事か」

 笑って頷くとウォッカはごまかすようにガリガリ音を立てて頭を掻いた。

「野暮用が出来た。ま、大した用じゃないから」

「出かけるんですか?」

「そこら辺をフラっとして来るだけだよ」

 時間はかからないと言う事だろうか。取り敢えず午後の約束には間に合うのだろう。ならば時間を潰すのにも丁度いい。

「君くらい動物に好かれたら何処にいても退屈しないだろうな」

「そう、ですか?」

 抱き上げた兎を膝の上に載せながら振り返る。ウォッカは相変わらず木に寄りかかったままだった。

「動物の方から寄って来てくれるんだから、一緒に遊んでれば時間なんてあっという間に過ぎちゃうだろ」

 確かにそれもそうだ。実際、今もこうして空いた時間を使っている。今日の予習に充てるよりも一緒に遊んでいる方が絶対に楽しい。勉強しないといけないのは重々承知はしてるけど。

「どちらまで行かれるんですか?」

「取り敢えず、昨日の広場に行ってみるかな」

 首を捻りたくなった。今更何の用があってそこに行くのか。忘れ物をした訳でもなさそうだし。

「大丈夫、昼過ぎまでには必ず学校に行くから」

 だといいんだけど。後にずれ込むほど大袈裟な用事ではないなら、別にそこまで気にする事もないか。

「行きましょ」

 兎を抱いたまま立ち上がった。ウォッカもようやく木から背中を離した。やっぱり一定の距離を保ったままついて来る。飛んでいた雀が腕に止まった。さっきのヤマガラと並んで可愛い鳴き声を上げている。ウォッカはその様子を微笑みながら眺めていた。どうして距離を置いているのか、ようやくその理由に思い至った。

 ウォッカは帽子の庇を軽く上げた。飛んでいた雀に向かって右腕を伸ばしたけど相手にもされない。

「君だったらいい鷹匠になれるよ」

 そうかも知れない。なろうと思った事はないけど。でも試してみる価値はあるかな。そんな事を考えていたらいつの間にか頬が緩んでいた。ウォッカは懲りもせず飛んでいる鳥に向かって腕を伸ばしている。飛んでいたうちの数羽がカティの肩に載った。ウォッカは諦めたように、でも屈託なく笑った。


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