二日目 その九
「で?」
報告しに来た肥満体の中年の顔が露骨に引き攣った。殴られるとでも思ったのかも知れない。あながち間違いではないが。
「結論から言えよ」
「は、はい」
声が完全に裏返っている。余計な前触れから始まるとそれだけでうんざりを通り越して苛々する。大方本人はその方が丁寧だとでも思っているのだろう。
「武器を手離した事を確認してから仕留めに行ったんですが……」
「結論から言えって言ったよな?」
顔が音を立てて凍り付いた。そんなに怖いかよ。そこまでビビらせているつもりもないのだが。
「ぜ、全滅です」
肺の中の空気を全て吐き出したのか、後に言葉が続かない。沈黙がやたら癇に障った。
「全員、戦闘不能か?」
「はい、恐らく」
「恐らく?」
語尾が上がった。ひぃ、と微かに悲鳴が漏れた。
「行けよ」
肥満体は後ろも見ずに駆け出した。状態もロクに確認していないのだろう。伝令をそのまま伝えるだけならば馬鹿でも出来る。裏もロクに取っていないのか。曖昧な情報など必要ない。事実に基づいたものでなければ意味がないのだ。
腕を組んで壁に凭れ掛かる。素手の相手にそこそこの手練れが十人以上で襲いかかって一蹴された。今突っ走って行った馬鹿が正確な状況を何処まで調べて来るかは不明だが、それだけの人数を軽く蹴散らせるところを見ても相手に対する認識を改めた方が良さそうだった。怪我らしい怪我をしているとも思えない。負ったとしても極々軽傷、いや無傷と考えるべきだろう。ロイドにしてみれば頭痛の種が増えるだけなのだろうがダイスにはあまり興味がなかった。むしろアッサリ終わるよりも手応えがあった方が展開としては楽しめる。簡単にくたばられたら何の面白味もない。
さて。数で押し切れないとなるとやり方を根本から改めなくてはならない。正攻法ではかなり分が悪い。最悪負けも有り得る。それも考慮の対象に含めておかなくてはならない。考えられる可能性の全てを考慮する。誰かの言葉ではないが手段としては実に理に叶っている。そうしなければ生き残れなかったのだろう。それはダイスも変わらなかった。そういう状況に置かれているからこそ磨かれるものもある。大抵の人間は絶対に避けて通るような道だ。避けて通れればそれに越した事はないが、現状はそれを許してはくれないだろうな。
朝から尾行はさせていた。武器を手離したとなれば、これ以上の好機はない。そこで一気に潰しにかかる事は選択としては間違っていない。問題は奴がいつからこちらの存在に気付いていたかという事だ。午前中から背後を彷徨く気配に気付きながら武器全てを鍛治屋に預けたのだとすれば、奴の掌の上で完全に遊ばれていた事になる。少なくとも、武器を手にした十人以上の荒くれ者共を軽くあしらうだけの技量は確実に持っているのだ。最も重視すべき点はここだろう。やられた兵士にしても、当面戦闘に使えないだけなのか、それとも完全に止めを刺されたのか。希望的観測を排除して考えるなら当然後者だった。
事態の詳細を把握する前でもやれる事はある。物量的な戦力はこちらに分があるが、個々の能力に関しては比較にならない差であちらに軍配が上がる。だがどうあれ勝たなければ終わりなのだ。今あるものを最大限に活かす。それが出来なければ行き着く先はもう決まっている。
脇にある階段を降りて行く。階下にいた一人が先を譲るように右に避けた。
「馬を出せ」
「どちらまで?」
足は止めなかった。当然振り向く事もしない。
「野暮用だ」
説明する事すら億劫だった。時間の無駄でしかない。
「早くしろよ」
さっきの男が後ろから一気に追い抜いた。こういう迅速さが無ければ組織の中では生き残れない。さっきのデブに比べればいくらかマシだった。表に出るまでに支度が出来ていれば及第点はくれてやってもいい。
砦の門のから馬に跨がったデブが慌てて出ていくのが見えた。まだいたのか。やる事が遅すぎる。一体どのような報告を聞かせてくれるのか、それはどの程度事実に肉薄しているのか。精々期待せずに待つとしよう。
「お待たせしました」
息を切らせながら引いて来た馬をダイスの前で止めた。
「俺で良ければ代わりに……」
返事の代わりに黙って首を横に振った。だったら最初から頼んでいる。要はそこに気付くか否かと言う事だ。ま、この程度か。
馬に跨がると手綱を振った。嘶くと同時に馬が駆け出して行く。背中に差す光には昼間のような力はなかった。だが完全に日が落ちるまでにはまだいくらか余裕があった。早い段階で話がまとまればそれに越した事はないが、功を焦って失敗しては元も子もない。こちらの要求に確実に応える、いや従う者でなければ成立しない。となると対象も必然的に限られて来る。どれだけ力があろうともそれを無力化出来れば戦力としての用は成さなくなる。そこまで持って行ければ何よりだが。
あいつで行くか。手間であれ時間であれ、極力無駄は避けたいものだ。あるもの全てを武器にする。それが生き残るための鉄則であり、前提だった。そしてそれはあいつも変わらないはずだ。負けが死に直結する以上、遊びは絶対に許されない。そうだろ?
殺すか殺されるか。二者択一でそれ以外に選択肢は残されていない。こういうスリルは嫌いではなかった。それを切り抜けた瞬間に訪れる快感は何物にも代え難い。手綱を握る手に力がこもる。殺し合いの始まりだ、俺とお前のな。馬が更に加速した。




