1-5 異世界には神様が実在します
女司祭である私が、馬車旅をすることになって一週間。そろそろ目的地に着こうというあたり。
揺れが激しいと思いましたが、やはり来ましたか。
「ハーニル様、馬車の中から出ないようにお願いします!」
「わかっています」
護衛の聖騎士隊長が私に命令する。正確に言えば『お願い』何でしょうが……。
相手は只の賊……ということはないでしょう。狙いも大体わかっています。一つは私自身……もう一つは……。
ただ、これを狙っている相手が多すぎて敵が誰なのかは判断しかねるところです。しかし、我が教会に楯突こうという輩が色々 多すぎな気もします。
仮にも三級神の教会だというのに……。
三級神……別名・上位神
当然、一級神・二級神と存在します。しかし、存在が確認されているのは三級神以下の神様。
存在が確認されている中で最も位が高いのが三級神・メジャーゴット。次に四級神・マイナーゴット
。最後に五級神・ノンネームゴット。
馬車の馭者との連絡用の前の窓を開け、敵を確認。
黒い騎士のようですね。どこの所属かわからない黒騎士が問答無用で襲ってきているようです。先頭の聖騎士が馬から叩き落されたところを目撃しました。
聖騎士の乗っていた白馬は今来た道を逆戻りに一目散に逃げていきます。
敵と味方の人数はほぼ同じ。只の賊なら必ず勝つでしょうが、相手も騎士となると五分五分の勝負でしょう。いえ、不意打ちを仕掛けてきているので、こちらの方が不利だと思われます。
しかし、なるようにしかなりません。
神に祈りを捧げ魔法を行使する……という手段もありますが、魔力を消費するんですよね……。神に魔力を寄与し、その魔力量に合わせた奇跡を承るという方法。
ですが、今回は私は『護衛される側』。下手に馬車から出るわけにも参りません。
連絡用窓から、仕方ないので観戦しているほかないでしょう。
黒騎士たちの後ろ側には一人、ローブを着た魔術師風の者がいます。そうすると、聖騎士たちがさらに不利になる条件が増えたことになります。
案の定、ファイアーボールが怒号とともに馬車を襲ってきました。
馬車は大きく揺れ軋みますが、防御の魔法がかかっている馬車です。多少の攻撃ではビクとも……若干、壊されたようですね……。
どうやら、思った以上の魔法の使い手のようです。
今の爆発での被害を確認しようと周りを見渡すと、横の窓から白馬にまたがった子供がどこからともなく現れていました。
誰でしょう? とにかく危険です。子供がこの場にいて役に立つことはありま……す? うん?
どうなっているのでしょう。
その子が勢いよく手を前に差し出すと、黒騎士の一人が何かに叩きつけられたように馬から落されました。しかも、悶絶打って苦しんでいます。
無詠唱の風系の呪文でしょう。
タダの子供かと思いましたが、どうやら味方の魔術師のようです。こんな隠し玉を用意していたとは流石、大司教様!
襲ってくるであろう相手に会わせてこちらも不意打ち要員に子供の魔術師を用意するなんて感心です。
しかも、連続で風魔法を撃ちまくっているようで、面白いように敵が倒れていきます。
相手の魔術師もこちらの風魔術師に気が付いたようですが、彼が呪文を詠唱している間に子供魔術師が無詠唱で風魔法を叩き込み勝負あり……あっという間に黒騎士一味を倒してしまいました。
白馬の王子様ならぬ、白馬の子供に助けられてしまいました……あまりトキメキませんねぇ……。どうせなら大司教様もカッコいい大人の魔法使いを用意していただきたいものですが、贅沢は言ってられませんね。
護衛の隊長が子供魔術師と何やら会話しています。
ひょっとして、あの子が「来るのが遅い!」とか怒られているのでしょうか? それは可哀そうなので助け舟を出して差し上げましょう! 私はどちらかと言えば優しい方ですから。
「どうしましたか? 彼になにか不備があったのですか?」
「あっ、ハーニル様。いえ、素性がわからない子供でして……対応に困っているのです」
「素性のわからない? 教会が派遣した魔術師ではないのですか?」
「そんな話は聞いていませんし、どうやら旅の子供のようです……ですが……その……荷物も持っていなくて、あと、この馬は先ほど逃げた我が隊の馬のようです」
なるほど、それは困りました。
とりあえず、馬は返してもらいましょう。
私は馬車から降りて、その子供と少し話をすることにしました。
護衛の聖騎士たちは私の身を案じて「馬車から出ないように」と言っていましたが、彼らは少し過保護気味でもあります。「子供が敵かも」という兵士もいましたが私は颯爽と馬車から降り「助けてくれたお方ですよ」と微笑みを返えしました。実際はそこまで考えてなかったのですが、意外とみなさん納得してくださいました。
「このたびは、私どもを助けて頂きありがとうございました」
「たまたま通りかかっただけです、お気になさらずに……」
あまり子供らしからぬ受け答えです。まぁ魔法使いなのでしょうからある程度の教養やマナーを心得ているのかもしれません。
「私の名前はハーニルと申します。大地神ガナスの司祭です。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「神崎です。旅人? ではないな~? 迷子です」
「迷子? カンザキさんは親御さんと離れてしまったということですね?」
「違います。 町に向かいたいのですが、どっちに行けばいいのかわからなくなっているのです」
「町に親御さんが?」
「俺の親はこの世界にはいないので、その話は別にしてください」
「そうでしたか……申し訳ありません。知らなかったこととはいえ……」
どうやら、カンザキさんは孤児だったようです。
護衛の皆さんも少し憐れみと同情の眼差しで彼を見ています。
きっとつらい目にも遭ってきたのでしょう。こんな子供が生き残るのには厳しい世界です。ゆえに、魔術を身に着けたのかもしれません。
「わかりました。では、私たちがお礼もかねて町までご案内いたしましょう」
「それは助かります。白馬も返さなければいけなかったので、移動手段に困っていました!」
「馬車にお乗りください」
その時、護衛隊長が慌てて私を引きとめます。
「ハーニル様!? 彼が本当に安全か分かりません。お一人で馬車にお乗りになることをお勧めします。カンザキ殿には私たちの馬に同乗させますので……」
「命の恩人を疑うのですか?」
「敵の敵……という可能性も……」
「大丈夫です。もし万が一何かあった場合にもアナタたちに責任がかからないようにします。それなら問題ありませんね?」
カンザキさんは遠慮しようとしましたが、私が無理矢理、馬車へと押し込めました。
ハッキリ言います。別にカンザキさんの為ではなく、ずーーーっと一人で馬車に乗っていたために暇だったので、話し相手が欲しかったのです。
本を読んでいましたが、いい加減、この本から解放されたいと思っていたところ、ちょうどいい話し相手が現れたのです。
きっと神様が私の暇に気付いて遣わしてくれた使徒じゃないでしょうか!