2-16 罠
ファランディュア王国・大臣・ガラストナ・デ・ガルト。
29歳にして外交大臣に任命されている。
能力が買われて……というよりは、上流貴族の息子だからと言った方が早い。無能ではないのだが、そこまで優秀でもない。
なぜ、そんな男が外交などの重要職に就いたか だが『戦争を起こすため』といってもいいだろう。とにかく癇に障る男だ。
キザったらしく、女と見れば口説いていく。当然、男受けは悪い。相手を格下だと判断するとイラつかせて、優越感に浸る。しかも、上だと見ればすぐさま手の平を返し下手に出る。
外交上、問題の多いガラストナだが、軍事国家としては問題ない。戦争を前提としているのだ。武力で脅す。逆に言えばガラストナは軍事国家の大臣としては悪くない。ただし、国内でも同じことをやらかすので、すこぶる評判は悪いが……。
そんな男が、村のような出来立ての国に100人の中隊引きつれてやってきたのである。
見た目的には20代前半にも見える。青い目で金髪の優男。腰に抜いたことが無であろう宝剣をぶら下げている。
街中を見渡しニヤニヤとしている。
この国で一番大きい屋敷に案内される。木造の平屋。
「おいおい、仮にも国なんだろ? 城に案内してもらわないと困るよ」
このあたりに城のような高い建物が無いことをわかっていて、案内役のセバスチャンと護衛の数人のエルフに言葉を投げかける。遠慮することなく中隊の隊員たちは大笑いする。
「取り急ぎ作りました国ゆえ、現在はここが我が国の城に当たる部分になります」
エルフ達はムッとしていたが、セバスチャンは顔色一つ変えず屋敷の中へと案内していく。案内している間も『石造の教会の方を城にした方が良いのでは?』とか『獣人の奴隷が多い』だとかバカにする材料を次から次へと探していく。
「その程度のこと気になさるほどの事ではありません。これから会う代表と比べれば……」
セバスチャンの言葉に『?』がガラストナだけでなく、中隊隊員にも頭の上に浮かぶ。
一室の前に着くまでに中隊のほとんどが別室の休憩場所へ案内され、ガラストナと4名ほどの護衛だけが部屋の前にいる。
「ファランディュア王国・大臣・ガラストナ・デ・ガルト様をお連れしました」
「入れ」
セバスチャンが扉を開け、ガラストナが先頭で入っていくと正面に子供が一人座っている。その両端にエルフと獣人、ドワーフと聖騎士が並んで立っている。
「ん? 子供が紛れ込んでしまっているようだが?」
「いいえ、私がこの国の代表のカンザキです」
その言葉にガラストナは一瞬 目を丸くする。それは護衛の4人の兵士も同様だった。
仮にも国の代表者が子供ということは考えられない。
そして、ガラストナと4人は大笑いをする。
「はっはっは! これは冗談が上手いお子様だ! 悪いがこれから大人の大事な話があるんだ。おうちに帰りなさい」
その言葉に、カンザキ達は誰も笑っていないことに気づく。自然とガラストナと護衛兵たちの笑いも止まる。
どうやら本気らしい、そう思うとガラストナは、今度は心の中で笑った。
こんなチャンスは滅多にない……と。今のうちに、この国を属国……いや、取り込んでしまおうと考えた。
「いや、失礼しました。まさか、こんなオンボロの家に子供の王様とは思いもしませんでしたので……ですが、もし、王様だとしても奴隷をこの場に呼ばれるのはいささか問題ではありませんか?」
と、トラの獣人フェガートを眺め見て、にやりと笑う。
だが、フェガートは睨むことも無く、その場から微動だにしない。
挑発したのに……言葉が通じないのかとガラストナは考える。獣人がまともな教育を受けているとは思えない。一般共通語を理解できないのだろうと判断する。
「あぁ、彼は奴隷ではありません。紹介が遅れました。ここに居る4人はこの国の大臣兼将軍です。そして将来の王になる候補者です」
その言葉を聞き、ガラストナは自分の思い描いた以上のシナリオに小躍りしたい気分だった。
獣人が大臣、将軍の地位にいる。素晴らしい口実である。
「カンザキ王……いや、代表でしたかな」
ようやく、簡単なあいさつを済ませてから椅子を引き席に着くガラストナ。
コップに水が置いてあるが口をつけることはない。彼は警戒心が強く、この小国にどんな罠が張り巡らされているかわかったものではないからだ。
「獣人を大臣兼将軍にする……ということが、どういうことかお分かりですかな?」
「? ……どういうことですか?」
まるっきりわかっていない。ならば教えてやろう。教えたところで変わらないが、人を嬲ることに快楽を感じるガラストナは言葉を続ける。
「今、世界は獣人を一掃しようとしているのですよ。そんな獣人を大臣なり将軍なりにすれば、必ずこの国に災いをもたらすことになるでしょう」
「では、ガラストナ殿はどうした方がよろしいとお考えですか?」
「簡単です。この国にいる獣人を皆殺しにするのです。この国のことを考えるなら!」
その時、フェガートが渋い顔をしたのをガラストナは見た。
言葉がわかるのかとも思ったが、わかっていて『皆殺し』という言葉にこれしか反応しないとは考えられない。おそらく『悪口を言っているな』程度しか理解していないのだろうと判断する。
「申し訳ありませんが、それは出来ない相談です」
当然だ。この国……村を見ただけでも獣人の力が少なからずあるのだ。殺してしまってはこの国は成り立たなくなる。
「折角の忠告ですよ。アナタの国が他の国から攻め込まれる口実になりますよ」
「それなら、仕方のないことですね。これを口実に戦争を吹っかけてくるなら戦うまでです」
本当に頭が悪いと、心の声が笑っている。こんな村を滅ぼすのに今いる中隊でも事足りそうだ。だが、手順は踏んでおきたい。
「でしたら、私たちが憎まれ役になりましょう」
「ん? 何を言っているのですか?」
「戦争をすると言っているんですよ。宣戦布告です」
懐から用意していた王から預かってきた布告状をカンザキに投げつける。
もとから、戦争するつもりだった。そのための使者だ。ただ、この国の状況確認と口実を探しに来たに過ぎない。
国内は……村レベル、口実は山ほど転がっている。大陸の中央の美味しい地形。エルフが邪魔していたが、人の王が今いるのだ。誰が王になろうと人ならエルフも興味を持つまい。エルフたちが人の顔を区別がつくのかも怪しいとガラストナは思っていた。
布告状を持ったまま呆然としているカンザキに畳み掛ける。
「今日このまま戦争を始めても構いませんが一日猶予を与えましょう」
その言葉にエルフが反応する。
一般共通語は話せるらしい。
「一日だと! ふざけるな」
「いいえ、ふざけてませんよ。美しいエルフのお嬢さん。これはそちらに有利な材料なのですよ」
「有利……だと」
「私たちはこれからファランディュア王国に帰って兵を引き連れてこなければならない。少なく見積もっても1ヶ月半から2ヶ月はかかります。その間、そちらは軍を整え明日にでも出立すれば我々の国の前で戦うことができるし、援軍を呼べば間に合うかもしれませんよ? どうします?」
「戦争の回避はできないのか?」
「獣人の首を渡すなら、考えましょう」
考えるつもりなどない。全部、奪う。こんなにボロい商売はない。ほとんど無傷で全てが手に入る。
すでに、エルフをどうひん剥くかガラストナの頭の中ではそんな考えが巡っている。
「わかりました。受けて立ちましょう。明日のいつからですか?」
「いつでもいいですが……そうですね、日の出とともに、にしましょうか」
「では、今日はこちらに泊まらない……ということですね」
「晩餐会とか用意していたようですが、こんなことになって残念です」
席を立つとガラストナとその一行は足早にこの国を去っていく。
◇
ガラストナを見送った後、フェガートが口を開く。
「拍子抜けするほど、お前が言ったまんまだな。喜びが顔に出たまま帰っていったぞ」
「まぁ、外交も何もするつもりは無さそうだからな。戦争のことで頭がいっぱいだ。こんだけエサをぶら下げていたらバカなら食いつくさ。利口なら『罠がある』くらい考えるだろうけどな」
賢い相手が来ると思って用意しておいた晩餐会は村人たちの晩御飯へと変わっていた。




