2-14 獣人捕縛
トラの獣人フェガートは焦っていた。
暗闇の中、敵にトドメを刺そうとしていた仲間が次々と倒れていく。
「何が起こっているんだ!」
フェガートの仲間の猿の獣人が叫ぶ。フェガートの答えなど期待していない。彼もこの状況を理解できるとは思っていないからだ。
獣人は夜目が効く者が多い。
フェガートも夜目が効き正確に状況を把握できている。出来ているからこそ、訳が分からない。
平原である草むらが、黒い波に飲み込まれていっているような状況。
奥から闇が迫ってきて、仲間が倒れていく。
「あれは何なんだ!?」
味方に撤収を呼びかけようとした時、目の前まで闇の波が迫ってきて、ようやく正体に気が付いた。
黒猫。
大量の黒猫が獣人を襲っているのだ。
「こんなモノに俺たちがヤラれてるっていうのか!」
猿の獣人が黒猫をまとめて殴り飛ばす。すると黒猫は霧散し闇へととけていく。
呆気にとられる猿の獣人。手応えが全くなく幻影かと思う……が、次の瞬間、黒猫が丸まり猿の獣人の腹に体当たりをする。
「ぐはっ!!」
血反吐を吐く猿の獣人。
たかが猫の体当たりを食らっただけで、大げさなとフェガートは自分に突撃してくる黒猫たちを咆哮で威嚇した後、爪の一撃を加える。
もちろん手応えもなく霧のように消えていく。一度見ているので驚くことはない。こうやって全ての黒猫を消滅させてしまえばいいと考えていた。時間はかかるが問題はあるまい。
黒猫が丸まり体当たりをかましてくる。
多少の重さ・威力はあるのだろう。不意をつかれれば驚くほどには……。
だが、フェガートは黒猫の丸い固まりを爪で遊撃した。
「攻撃してりゃー、攻撃されないとでも思ったのか、黒猫ども!!」
爪が黒猫を貫くか、霧散するかどちらかだろうと確信していた。
だが、フェガートの想像していたのとはまるで違う結果になる。
ガギッと鈍い音を立てたと思ったら、爪が砕け散る。
「んなっ!?」
それを合図にしたかのように、さらに5~6匹が体当たりをフェガートにかましてくる。
「ぐはっ! なんだコイツら!?」
まるで鉛のように重たく硬い。あばら骨が折れた感触がある。
爪だって鋼の剣を平然と抑えることが出来るほどの強度だというのに、打ち砕かれている。
これは黒猫じゃない。別の生き物……あるいは魔法だろう。
完全に判断を誤った。そう思った時、黒猫の一匹が脳に直接、語りかけてくる……念話だ。
(大人しく降伏しなさい。これ以上痛い目を見たくないでしょ?)
「仲間を見捨てられると思ってるのか!」
(大丈夫、悪いようにはしないわ。どうやら、こちら側に死者はいないみたいだしね)
「お前たちの言うことを信じろというのか! この状況で!?」
(逆じゃない? この状況だから聞かざるをえないんでしょ? 降伏しなきゃ全滅よ)
「こんなことなら、撤退するべきだったな」
(そーねー。少なくとも鳥形の獣人は空に置いておくべきだったわねー)
基本的に鳥の獣人は森に待機していた。数は少数。
夜目が効く鳥の獣人というとフクロウなどの獣人で数が限られている。
見張りをやらせていたのだが、見えない攻撃に見張りが機能しない距離にいると判断しトドメを刺す方に回してしまっていた。
もし、見張りに立てたままなら、援軍を呼ぶ機会もあったかもしれないという後悔がフェガートにはあった。
(もっとも、飛んで逃げようとすれば撃ち落とされていたでしょうけどね)
◇
「戦闘が終了したみたいです」
「こんだけ距離あるのに、肉眼でよく見えるなぁ。ゴーレムの場合だと肉眼というのか?」
「肉眼で構いません」
カンザキはモデルガンの暗視スコープを使い、この場から1kmくらい離れた戦闘場所をみていた。暗視スコープだと見づらい。
それに比べて03は良く見えるどころか、生存している者も判別できるし怪我の具合まで数値化してわかるらしい。
「死者は?」
「いないようです。命の危険性がある者もいません。……。あの黒猫は私の知識にある黒猫とは違うみたいです。何匹かがロープ状になって獣人を拘束しているようです」
「俺の知識にある黒猫とも違うから安心しろ」
暗視スコープで見ていても黒猫の1匹がぐるぐる回ってロープに変わり、獣人を縛り上げていく。黒猫以前に動物じゃない。
「じゃぁ向かうか……面倒だけど走るか」
「全力で行きますか?」
「ランニング程度で……」
ハイドロビューム洞窟から地上まで転移魔法で一気に出てきた。
ただ、洞窟付近にでると人に当たると最悪なので、少し離れた場所に出ようということになり、数km離れたところに出た。
離れすぎだと思ったが、面倒なのでカンザキは黙って、『悪い予感』に対し急いで元の場所に戻ることにした。
『虎撃拳・二式』で筋力と骨に気を流し込み、急加速で発進!数kmを2~3分で走破。あと1kmというところで戦闘が行われていることを03が発見した。それが現在地である。
ここからドイツ製のボルトアクション式狙撃銃を用意する。モデルガンとはいえよくできている。
ご存じの通り、100mまでしか向こうの世界の物質は届かないが、『気』を放つ分には問題ない。弾の代わりに『気』を弾丸代わりにする。
『気』を放つだけなら狙撃銃自体いらないが、1km先を見ながら『気』を放つとなるとこの格好がやりやすい。双眼鏡除きながらとかカッコの問題もある。
見えない攻撃の正体は1km先からの狙撃銃での攻撃だった。
◇
03が敵味方関係なく、全員に回復魔法をかける。
「どんな魔力量なんだ……」
魔法に詳しくない俺でも100人以上をいっぺんに回復することが異常なことだということくらいはわかる。
「こんな奴らに、俺たちはやられたのか……」
おっかない顔のトラの獣人が俺を睨み付ける。牙とか凄い。今の俺なら、彼の一噛みで頭が無くなりそうだ。
「交渉にはいりたいんだが、うちの代表のバセリオン……あーあの蒼い髪の青年ね……が、まだ、おねんね中でね~。代りに俺が請け負うことにする」
「いいのか、こんなガキに任せて?」
と、トラの人はクロネコに話しかける。
クロネコも子供もそんなに変わんないだろぉ?
(その子、異常だから気をつけた方がいいわよ? 割の合わない条件とか飲まされる可能性もあるから)
異常なのはクロネコ、お前もだ……と思ったが、トラの人もそう思ったらしい。苦笑いだ。
「俺たちの条件は全員無事での解放だ。そのためなら、ある程度の条件は飲む」
だが、03が早速、異を唱える。
「全員を解放してしまったら、何を根拠に条件が約束されるのでしょうか?」
「俺たちが約束を破ると?」
「普通に考えれば、信用できないと思いますが?」
「なら、『隷属の首輪』を使うか?」
挑むような目つきでこちらを睨む。
普通なら、そうなんだろう。負けた者が素直に従うとは思えないし、約束を守るとも思えない。そして条件として出てきたものが『隷属の首輪』。
これのせいで獣人の奴隷制度が組み上がってきたのだろう。その一端を垣間見た気がする。
「まぁ、今回のことは水に流しましょう。これから仲良くやっていただければ、それでいいでしょう」
(ちょっと、ちょっと、ちょーーぉっと! 何バカなこと言ってんの! たまたま死人が出てないからいいようなものの、『何もなかった』で済ませられる問題じゃないでしょ! それこそ、相手の重要人物を人質に取るとか、高い賠償請求するとか、いろいろあるでしょ! これから国を作るうえで人材だって確保したい。『隷属の首輪』の件は置いておくとしても、彼らを使うという手はあるはずよ!)
クロネコの言葉にトラの人は、その辺の条件は予想済みといったところのようだ。
「協力してもらうのは嬉しいが、強制はしたくない。まぁ、傍観していてもいいし、手伝ってもいい。ただ、ここに国を作ることだけを認めてもらいたい」
「人の国を……か? そんなことを認めるわけにはいかない。この状況であってもな」
「獣人も住める国を……人もエルフもドワーフも……全ての人間が住める場所を作りたい」
「無理だな」
「うん。まぁ、無理だと思うことを否定はしない。ただ、俺がやってみたいだけだ。出来る出来ないが問題じゃないんだ。やりたいか、やりたくないか……だ」
「無駄なことに一生を費やすのか?」
「ぅんも~! 別にトラの人が心配しなくてもいいだろ~。俺がやるんだから! アンタはこの場から全員無事で帰れるんだから、それでいいじゃない」
「たしかにな……だが、人の町が出来ることは容認できない」
「みんなの国なら?」
「できないだろうが、獣人も住んでいる場所を我々は襲わない」
「アトリーヌ……猫の獣人がいたのに襲ってきたじゃん!」
「お前たちに捕まっていたと思っていたからな……いや、今もそう思っている」
なるほど、助けに来ているというわけか。
なら、話は簡単だ。
「じゃぁ、トラの人の村? 町? に連れて行けばいいよ。彼女がそこに住みたきゃそこでもいいし、戻ってきたければ、ここでもいい」
「お前たちが洗脳しているという話がある」
「洗脳……ってわけじゃないけど、助けたから恩義的なもんかもね。とにかく、そっちに着いていって内情を調べてもらうってー名目で頼んでおくよ。あとはそっちでなんとかして」
「ずいぶん太っ腹だな。代表である大人に聞かなくていいのか? 青い髪のナントカという男に……」
「これからちょくちょく会うことになるだろうから、名前 覚えておいた方がいいぞ?」
「会うことにはならないな」
その言葉を聞くと、俺はクロネコに指示し束縛を解くよう命令した。案の定、命令無視された……ので、お願いに変更。
全員無事釈放。
「一つ、言っておく。ここのエルフ、世界樹のエルフ達だぞ? 事を構えたくなければ……」
獣人たちの去り際にかけた言葉。
「森から出た気配が無かったが?」
「転移魔法。世界樹のエルフに聞いてみな」
もう、獣人たちの姿は無かった。
アトリーヌも一緒に連れて行かれている。
「何で逃がしたんですか?」
「なら、なんで治したんだ?」
「私は回復役ですから、治すのが仕事です」
(まったく……。そんなんで敵を治されたら堪ったもんじゃないわ!)
「しかし、それなら代表の意向を考えず逃がした方が問題では? アトリーヌという娘の安否が確認できません。彼らが善人だという保証はないです」
(だから、もう一人の私もつけているわけだしね!)
クロネコ一匹……獣人たちの後を追っていた。




