1-29 ドラゴンは遅れてやってくる
アトリーヌはここ2~3日で教会の人とビックリするくらい仲良くなっていた。とはいうものの、人間の姿限定だ。さすがに獣人フォームは出していないらしい。
「何でそんなに、仲良くなれたんだ?」
「カンザキ様が『仲良くするように』と言われたからです」
そんな簡単に仲良くなれるんなら初めからしてくれ。考え込んでいた俺がバカみたいじゃないか。
「なら、全ての人間と仲良くしてくれ。あと俺がいなくても暮らせていけるようにしてくれ」
「えーっと……努力します」
普通なら努力で終わる可能性も高いが、アトリーヌなら3日でやるはずだ。……んなこたーない、タモさん風。過度な期待は禁物だ。
と、そんなことより、今日来る予定のお客さんの準備が必要だ。いや、国軍も教会も用意は出来ているはずだ。期間は短かったし最低限でという意味でだ。
俺と話していたアトリーヌが教会の男の司祭に呼ばれる。
「アト! 8、9番を頼む」
「8、9番?」
何の番号だ? 実験台か? 猫の獣人なのにモルモットか! いや、仲良くなってないぞ。
「教会の受付です。最近は教会に来る人ともだいぶ仲良くなりました」
アトリーヌがあっさり言う。
『だいぶ仲良くなった』? だいたい、そんな日にちじゃぁ、受付で顔を合わせた程度じゃないの?なにその社交性。俺が営業回りするよりお前が出ろよ。あぁ、この世界の住人だからうちの会社に入れないわー。俺なんか嫌々営業やってるのに……。どちらかといえば人付き合い苦手な方だというのに……。
「カエナや聖騎士たちとも仲良くなったのか?」
「はい、はじめは怖かったですが今は凄く良くしてもらっています」
初めってどのレベル? もう俺にはついていけない。彼女に精神的に勝てる気がしない。
「まぁ、頑張れよ。あと、使われるだけになるなよ? たまには使う側の人間になれ、な?」
「? はい?」
よくわかっていないようだ。ひょっとしたら、アトリーヌはYESマンで、みんなにいい様に使っているだけの可能性もある。NOといえない獣人たちだ。奴隷としての習性が未だしみついているのかもしれない。
「とにかく、頑張ってきます。受付に急がないと、朝 早いおばぁちゃんがいるらしいんです」
「楽しみです」と付け加えてトテトテと走っていく。
社交性の違いを見せつけられる。彼女は獣人とバレなければ普通に……否、普通以上に社会に溶け込んで生きていける。俺、必要ないじゃん……。
そんな打ちひしがれている中、聖騎士ロッサが部屋に入ってくる。
「……。なに膝を付いてうずくまってるんだ?」
「俺の存在意義について、考えた結果だ」
「そんなことはどうでもいい」
そんなこと扱いかよ。見た目は少なくとも子供だよ、気にかけてやれよ、俺を……。
「これから城に行くから用意しろ」
「こんな朝っぱらからかよ」
「今日、ドラゴンが来る予定なんだろ? 来なかったときの生贄が必要だ」
ドラゴンへの生贄じゃない。宰相など国への生贄ということだろう。俺かよ。デブの高司祭が責任を取るって言ってたじゃん。あーあいつも生贄の一人か。それだけじゃ足りない……っと。張本人も差し出せということか。それなら、この本の作者も探し出せよな。300年前だから、もう死んでるだろうけど。
この教会で借りているタキシード以外一張羅はないので、それに着替え準備する。
「なぁ、アトリーヌは教会ではよく働いているのか?」
「んぁ? あぁ、お前より遥かに働いているし、司祭や信者、病人 怪我人にもウケがいいぞ。お前も少しは見習ったらどうだ?」
「俺には無理だな~。必要なら知らない人とも話すが、それ以上は勘弁願いたい」
「お前意外と人付き合いしないな?」
「意外か?」
「マセてるから『誰とでも仲良くしますよ~』って感じなのかと思った」
「うーん、知らない人って怖いだろ?」
「そーか?」
そうじゃないのか? 俺は知らない人は、なんか怖い。怖いとは違うか? 近寄りがたい? まぁ何でもいいや。
「でも、必要なら話すさ。そして、最近、必要なことが多すぎだ」
「『ドラゴンが来るぞ~』なんていえば、大騒ぎになるからな」
そこだけ切り取って話されると狼少年な気分だ。だいたい合ってそうなところがイヤだ。
準備が終わると、間髪入れずに引きずられるように城へと連れて行かれる。ロッサが門番に話し、謁見の間で王様に謁見。その後、部屋に軟禁。そして王族、貴族、教会の人間と優雅な朝食。
その際、俺のことを知らない王族、貴族が挨拶に来る。その際の説明は旅人 兼 翻訳家。
翻訳家の部分はかなり大きいようだ。どいつもこいつも目の色変えて『養子にならないか? 何の不自由もさせない』という話だ。中には娘との結婚話を持ってくるバカもいる。……あぁ、そのバカの一人はあのデブ高司祭だった。あいつはバカなのか賢いのか……賢いというか肝が据わってるのか?
朝にはドラゴンの気配はない。
時間も書いておいてくれれば、城の中でも過ごすことはなかっただろうに……。いや、宰相あたりなら逃げ出すと考えて、朝早くからお城にお招きいただくか、結局は。
城の中央には巨大な時計がある。鐘もついている。六時間ごとに鐘はなる。
朝の6時と、夜中の12時はうるさいのではないだろうか? でも俺には関係ない、寝ないし、寝ればこの世界にいないみたいだし……。
正午の鐘がなり、午後6時の鐘がなってもドラゴンの気配はない。夕食も食べ終わったころにもなれば、俺に向けて疑惑の目は強くなってくる。俺のせいじゃーないんだけど『翻訳が間違っていた』とか『翻訳が出来ないのでは』という疑惑まである。他に翻訳できる人間がいないとこう言うことになる。教会側に一人いたが、所詮教会側の人間だから王族、貴族は疑問視しているのかもしれないな~。
こう言う状況って体調悪くなるわ~。
あの王子は『もしドラゴンが来なければ、貴様を奴隷にする』と口端を釣り上げて笑っていた。冗談抜きで奴隷にされる可能性もあるわな~。非常事態だと言っていたのに、来なかったら王子に首輪着けた責任はかなり重いんじゃないかな~、今にして思えば……軽率だったな~、ちょっと頭に血が登ってたかも? 今、冷静になって考えてみれば……いや、首輪を付けて正解だな。むしろ思い返せば胸糞悪いアトリーヌへの対応だ。
しかし、レグイア王子はどうやって俺を奴隷にするつもりなんだろう? 首輪を付けたところで脱出できることはわかっている。あれか? 首輪の爆破力をあげるのか? まぁどうでもいいか、何とかなるだろう。
食事後、会議室に重要人物が顔をそろえる。俺も含まれる。時間的には『本日』はもう4~5時間ほどだ。余裕を見せているというか、笑って談笑している者もいる。
『ドラゴンが来ない』と思っている人間だろう。時間からいって、今日 来ない可能性が高い。見張りからの連絡が何もない。
ドラゴンという巨体が近づいて来れば、見張りが気づかないことはないだろう。王都の周りにも小隊を派遣して監視している。
そうなれば『来ない』と思っても仕方がない……が、俺はドラゴンが城内に入ったことを察知した。いや、だいぶ前から王都に入ったこともわかっていた。
ただ、本当にドラゴンかは、判別できない。巨大な『気』が移動している。城内のこの部屋へと向かってきている。
見張りの兵士から連絡が無いことが、よくわからない。そもそも城内に入れる大きさということも腑に落ちない。
巨大な『気』が、この会議室の前で止まる。部屋にノックの音が響き渡り「入れ」と王様が入室を許可する。一人の兵士が入ってくると、王様に耳打ちする。『気』の持ち主は、まだ扉の外だ。この兵士ではない。
会議室に緊張が走る。本当にホワイトドラゴンが出たのかと……。そして、そのドラゴンは王都までどれくらいの距離にいるのか不安で仕方ないといった様子だ。
軍幹部は様子を伺い、いつでも戦闘できるように連絡員を呼び寄せている。
だが、ルードビッヒ王はキョトンとする。
「な……に? もう一度申してみよ?」
全員が王様に注目している。何が起きているのか早く知りたいと、席から立ち上がっている者もいる。
扉の前にホワイトドラゴンいる。といったようなことを、ルードッビヒ王に報告しているのだろうと俺は予想する。ドラゴンが扉の前で待つという状況はわからないが、礼儀正しいのか? そういうことか?
ようやく、理解した……というか、理解はしていないが不承不承で会議室の人間に言葉をかける王様。
「ホワイトドラゴンが現れたらしい……」
一気にざわめく会議室。将軍はすぐに立ち上がり連絡を取ろうとするが、王様が制止させる。
「今、扉の前で、謁見の申し入れをしてきた」
「は?」
室内の時が凍結する。
おそらくは扉の外にデッカイドラゴンが待ち構えているのを想像しているのだろう。王が入室を許可するかどうか迷っていたが、一人の男が勝手に入ってきた。
いや、男という表現は正しくはない。
ドラゴニュート……人間の形をした竜。または竜の能力を持つ人間かな?
「なかなか中に入れてくれないので、勝手に入らせてもらうよ~。これは、これはお揃いで」
「な、なんだ貴様は!?」
勝手に入ってきたドラゴニュートに宰相が怒鳴りつけた。この世界ではドラゴニュートの存在はどんな感じなんだろうか? よくいるのか、珍しいのか? 街中では見たことないなぁ。
室内にはピリピリした空気が流れる。すでに将軍は剣を抜いている。王の許可があれば襲い掛かるだろう。
だが、ドラゴニュートは悠然としている。
「ふむぅ~。僕の分の椅子がないねぇ~。君、ちょっとどいてくれる?」
一番の下座に座っている大臣を指さす。
「何を言っておる! 貴様なんぞにっぃぃいいい!!!」
ドラゴニュートに怒鳴り付ける大臣の頭を片手で掴み壁へと投げ飛ばし、椅子を一つ空にすると そこに足を組んで座る。
真っ白いドラゴニュート。髪のようなタテガミのような毛まで真っ白である。瞳は青く全身のほとんどを鱗でおおわれている。ただ、人間のように白のネクタイを締め、白のタキシードを着用している。
ドラゴンの年齢はわからないが、声質や口調から若く感じられる……が、太古の昔から生きているハズなので、相当の年寄りのはずだ。
「客をもてなす用意が出来てない国だね」
ドラゴニュートは自分を見ている人間を逆に見渡す。だが、その眼に興味を引くようなモノは映っていないようだった。そして、改めてルードビッヒ王へと向き直る。
「さて、今回 僕が来たわけを知りたいんじゃないかな?」
「……いや、だいたい聞いておる。……おそらく、おそらくじゃが……世界を滅ぼすため、宣戦布告に来たのではないかな?」
「へぇー!! 感心したよ! 君たち人間がちゃんと神の言葉を理解していたなんて!!」
「我々も手荒な真似はしたくない。神祖のドラゴン……であろう?」
「本当に感心するね。そこまでわかってるんだ! でも、それなら わかるよね。君たちに勝ち目はないってことを……大人しく滅ぼされてくれないかな~。抵抗されるのはちょっとばかり面倒だからさ~」
その一言で、会議室に静寂が訪れる。息を飲む音だけが聞こえる。
「悪いが、この場で貴様を仕留める……」
ルードビッヒ王は脂汗を流しながら、将軍に目を向ける。
「第一小隊、攻撃開始! 第二小隊、王の護衛。第三小隊……」
「無駄なことを……」
ドラゴニュートはため息を吐き、椅子に座ったまま……会議室で戦闘が始まった!!
事件は会議室で起こってるんだ!




