1-23 予言の黒猫
アトリーヌによって開かれたページを確認する。
「ブナケデス……ブナクとケデスを合わせた言葉。名詞だな。ブナクケデスを略した……というか合わせたモノで……ブナクは力とか魔力……とか……」
説明しながら鉄格子の窓を見ると黒猫が入ってきた。
何か違和感がある……。
俺の目線に合わせて、アトリーヌも鉄格子にいる黒猫を見る。
「どうしたの、ですか?」
俺から食事をもらってからアトリーヌは敬語を使おうとしているようだが、上手くは扱えていない……いや、今はそんなことを言っている場合ではない。
「窓に黒猫が……いる」
「いますね」
「おかしいだろ?」
「おかしいですか?」
黒猫はすでに室内に入り込みアトリーヌの近くに寄っていっている。
外がどうなっているか気になって『気』を使い、鉄格子へとジャンプして下を除いてみる。予想通りで3~4階くらいの高さで小塔だろう。途中に足をかける場所や屋根はない。
「どうやって登って来るんだ?」
「猫ですから、ピョンピョンって飛んでくるんじゃないんですか?」
埒が明かんな~。
「とにかく、その黒猫は普通じゃない」
「そうなんですか?」
アトリーヌは気にする様子は無く、黒猫の頭を撫でている。
「一体、何なんだ?」
「本人にきいてみましょうか?」
「え?」
「えーっと、私、猫のライカンスロープなので猫の言葉がわかるんです」
色々な疑問が一気に増えたぞ……。どれから解決するか? 獣人とライカンスロープとの違いやら、アトリーヌが猫語を話せることやら、俺は全部の言語を話せるはずなのに……とか……。
色々あるが、いったん棚上げしておこう……忘れたら忘れたでいいや。それよりも……。
「じゃぁ、聞いてもらっていいか?」
「はい、何を聞きますか?」
「まずはどうやって、ここに来たかを……」
「わかりました」
アトリーヌはニャーニャーと猫語(?)と思わしき言葉で黒猫と会話している。
ちなみに、俺にはニャーニャーとしか聞こえない。言語じゃないのか?
「ふんふん……登ってきたそうです」
「どうやって、が重要なんだが?」
「それ以上の説明はないみたいです」
「くっ、所詮ネコか! じゃぁ、何者かを聞いてくれ。こんなとこまで登って来れるんだ。只の猫じゃないだろ」
「ふんふん……黒猫だ(キリッ)だって」
「なんだ! この黒猫! やるきか!」
ファイティングポーズをとる俺vs黒猫。仲裁に入るアトリーヌ。
「絶対、ナメてんだろ、この黒猫!」
「フニャー! キシャー!」
「あわわわ、落ち着いてください! 二人とも!!」
「テメーが只の黒猫じゃないことぐらいわかってんだよ! お前が来ると嫌な連絡係みたいなんだよ! てーか、連絡係ならちゃんと喋って連絡しやがれ!」
「ニャー! キシャー!」
「大変です! カンザキさん! 黒猫さんが言うには王子たちがやって来るって!」
黒猫の言葉を訳すとアトリーヌは震えだし、慌てて部屋の隅へと隠れようとする。
なんなんだ本当に……この黒猫は?
先程までの臨戦態勢を解き、ベットの上で欠伸をしている黒猫。どうやら、これから起こる出来事は高みの見物らしい。
「それにしても王子自ら翻訳を聞きに来るのか? しかも、まだ1日しかたってないのに……」
焦りすぎだろ? いや、俺を監禁していること自体 問題だ。仮にも教会の客にあたる俺の監禁がバレたら王子と言えどただで済まないことなどわかりそうなものだ。
すでにアトリーヌは恐怖のせいで一言も発しない。のんびりしているのは俺と黒猫のみ。
しばらく待てば黒猫の情報通り、乱暴に扉が開けられ、2人の兵士と王子が現れた。
「やっと朝ごはんか?」
朝ご飯はおかゆを食べたが、それは俺が用意したものだ。もっとも、この状況で朝ご飯を運んできているとは思わないので嫌味の一つも言っておく。
が、王子は俺の言葉は耳に入っていないようだ。それどころか『人』と認識しているかも怪しい目つきだ。営業先でたまに見る『人を道具』と思っている目だ。感情のこもらない眼つき。
俺の言葉は右から左に抜けていたのだろう。王子は、どうでも良さそうに『やれ』と兵士たちに命令する。
その一言だけで理解しているのだろう。二人の兵士は錆びた剣を腰から引き抜く。数回 振るえば折れるだろう。死にはしないだろうが……あまり、いい結果にならないのは想像に難くない。
「朝っぱらから物騒だな? 俺が教会の客だと知ってて剣を振り下ろそうってーのか?」
その言葉に兵士の動きが止まるが、王子の方が表情を変えることなく答える。
「お前はまだ教会の保護下にいると思ってるのか? この小塔に閉じ込められた時点で教会は手出しできない。もし、貴様の存在がバレそうになったなら殺して魔物のエサにでもしてやる」
「『バレそう』じゃなくて『バレてる』だろ? なにせ聖騎士に話してここにきてんだぜ?」
「聖騎士1人の言葉など証拠にならん。それに、貴様を長く飼っておこうとも思ってない。翻訳が終わったら殺してやる」
「じゃぁ翻訳しない」
「そういうと思って今日ここに来たわけだ。『死にたい』と思わせるためにな。翻訳が終わるまで苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて、翻訳が終わるまでは絶対に死ぬことを許さない」
「……マジかよ。……なんか、俺に恨みでもあんの?」
どうやら、教会が踏み込むより早く、俺に翻訳させて処分するつもりらしい。場合によっては翻訳できなくても……ってことか。
で、まずは翻訳する、しない、は関係なく錆びた剣で体を切り刻んで恐怖を植え付けようってことか……。この調子だとベットの端で震えているアトリーヌもやられているわけだ。
「なるほど、なかなか効率的だ」
俺の言葉に王子がほんの少しだけ眉を上げて反応する。
「王族ならではの特権を利用し、さらに自分の地位を確固たるものにするために俺を利用する。リスクも低くないが高いとも言えない。これが成功すれば時期王になるのは確実なんだろう。それに教会側の勢力も割けそうだ。翻訳の内容によっては他国にも影響を及ぼせる」
王子は黙って俺の言葉を聞いている。ただし、その眼は極めて冷たい。
「クソガキ、よくわかってんな。ならばそれ以上口を開くな。口を開くときは翻訳のときのみ、そのほかは……」
そう言って指を鳴らす。
子供が吐くとは思えないような言葉で動きが止まっていた2人の兵士は我に返った。そして、理由もなく痛めつけるだけの為に剣を上へと大きく振りかぶった。
「虎撃拳・一式!」
『外気』を身体に纏い防御力を上げる。まだ異世界で実用していないのでどれくらいの防御力があるかわからないので錆びた剣相手にはちょうどいい。
振り下ろされた剣が俺に襲い掛かる。
アトリーヌは耳をふさぎ壁際で震えていて、黒猫は退屈そうに俺に襲い掛かってくる兵士を眺めている。
剣と俺が接触したとき『ギギンッ!』と低い音がしたと思ったら、錆びた剣は接触部分から見事に砕けた。もちろん俺は無傷。
折れることは想定済みなのだろう。間髪入れずもう1人が俺の脇腹に錆びた剣を横一文字で入れてくる、が、これも同じ音を立てて砕けてしまう。
まさか、2本とも同じように折れるとは思っていなかったようだ。ましてや、子供が攻撃してくるとも思っていなかったのだろう。
「龍撃掌・一式!」
『ドムッ』と鈍い音とともに、あっけなく2人の兵士が倒れる。
「さて、王子様~。まさか、俺自体がリスクになるとは思っていなかったようだな?」
2人の兵士が倒れたというのに王子の目つきは一向に変わることがない。兵士も道具の一つとしてしか見ていないのだろう。
形勢逆転、となっているのに嫌な眼つきのまま、道具 へと語りかける。
「首輪をしているのに、なぜ魔法が使える?」
「答えるとでも?」
「答えなければ殺すだけだ。俺の意に沿わないモノは存在している価値はない」
「ふむぅ……少々、我儘が過ぎるんじゃないか? まぁ、どうでもいいか……今度は俺がお前を使ってやる」
「ふっ……ふっふっふ」
その言葉を聞いたレグイア王子は、初めは静かに、そして次第に狂ったように笑い出した。
「っくっくっく、アハッハッハ、クック、道具風情が人間を、王族を使うだと? バカか!! お前は只の道具にしか過ぎない! 使われてこそ幸せなんだ! 分かっていない! まるでわかってない! 自由があるのが幸せだとか思ってる頭のおかしい奴か!? お前ら平民は王族に使われてこそ幸せなのだ! それを使う? 自ら幸せを放棄するのか? あぁ、いいだろう。やれるものならやってみるがいい。どちらが支配者か教えてやろう!!」
レグイア王子は腰に差していた宝剣を抜いた。
それを見て俺は少なからず驚く。その剣は綺麗に手入れされているが、油が浮き 間違いなく何度か使用されていることが伺える……つまり、王子自ら手を下している。殺しているか、痛めつけただけかはわからないが兵にやらせるだけではないようだ。
少なくとも剣を扱うことが出来る。舐めてかかると危ないか? いや『虎撃拳』を使えば問題ないだろう。
先ほどの感じだと普通の剣なら、問題なく受け止められそうだし、近づく前に『龍撃掌』で倒してしまっても構わない。
いや、できれば、ボッコボコにして逆らう気を無くしたいから接近戦がいいなぁ。
俺の考えをよそに、レグイア王子はポケットに手を突っ込む。
ん? なんか、俺忘れてる気がするぞ?
「クソガキ、お前は遠距離魔法が使えるんだったな」
「さて、どーでしょ?」
「なにも遠距離が使えるのはお前だけじゃないぞ」
「んぁ? 魔法を使うのか? てーか、そんなの黙ってれば不意打ちできるのに……」
「いや、一撃で壊したくないのでね」
そう言ってポケットから取り出したのは小さな鍵だった。




