1-22 おかゆは熱い!
目が覚めると異世界だった。何度目だ? 2~3度目だな。あんまり慣れない感覚だ。
狭い部屋に監禁されているのは変わらない。寝ている間に別の場所に移されたということはないようだ。
腕時計を確認すると朝6時。だいたい、このあたりが俺が起きる時間だと感じながら周りを見ると、猫型獣人アトリーヌが泣いている。
「俺が寝ている間に何かあったのか?」
少なくとも俺は無傷、俺自身に暴力が無かったことは間違いない。かといって、アトリーヌの方を観察するも外傷があるようには見られない。
「あ、あの……私が起きたらカンザキが……いなくなってて……探しても見つからなくて……さっき……お化けみたいに透けた身体で……カンザキが起きたら元に戻って……で、びっくりして……」
どうやら、寝ている間は俺はこの世界に体が無くなるようだ。
「寝ていると危険だからな。たぶん、安全を確保するために寝ている時は姿が消えるんだろう」
アトリーヌは半泣きになりながら小首を傾げる。納得しかねると云ったところだろうか。俺も納得していないから説明のしようがない。
「実は俺もよく知らないんだ。寝ている時の姿は俺は見れないからな」
「うん、それはわかる。寝ていると自分の姿は見れない」
どうやら、物凄く納得いったようで何度も力強く頷く。見れないなら自分の状況を知らなくても仕方ないと俺に力説する。俺に力説しなくてもいいんだが……。
まずは指を鳴らし『W B』を出現させる。
指が鳴るとアトリーヌは身を縮こませて怯える。昨日の今日だ、なれるわけもないが気にしない。
『WB』からペットボトルの水を2本取り出し、1本をアトリーヌに手渡す。
「あっ、お水だ!」
喉を鳴らすアトリーヌ。起きたばかりで喉が渇いているんだろうが、不思議そうにペットボトルと俺を交互に見ている。
たしか、本が翻訳出来ないと飯も食えないらしいから、水も制限されていたのかもしれない。
「飲んでいいぞ」
俺の言葉に再び喉を鳴らす……が、開けられない。午後ティーのときは俺が空けたんだっけか?
そーか、ペットボトル知らないと蓋を回すという発想自体が無いのか。この時代はまだ回して閉める習慣は無いのだろう。
開けられなくて泣きそうになるアトリーヌ。振ったり叩いたりしている。放っておいたら投げつけそうだ。
「今、開け方を教えてやるから落ち着け!」
アトリーヌはすぐにおとなしくなる。バカ王子に厳しくしつけられているんだろう。命令口調だとアトリーヌはすぐに小刻みに震えだす。
「そんなに怯えなくてもいい。いいか? まず、ここの緑の小さい蓋があるだろ、これを音がするまで捻る。そーすると下のこの部分と切り離されるから蓋が開く。右回しで……そんな感じで……もっと力強く……あとは、水がこぼれないように注意しながら……な」
俺が簡単にやってみせるが、見るのも初めて……いや二回目のペットボトルの蓋開けに悪戦苦闘している。「うぬぬ」っと力をいれて、ポキュっと蓋が何とか開き水が少しこぼれる。が、本人は満面の笑みだ。
「ひ、開いた!」
「うん、わかったから、水 飲め」
蓋を開けることに夢中で、水が入っているのも忘れていたらしい。改めてペットボトルに水が入っているのを思い出し、取り上げられると思っているのか、慌てて口を付けて飲みだす。
「ゆっくり飲め~。咳き込むぞぉ?」
「けほっ、けほっ」
言ってるそばから咳き込む。
「誰も取り上げないからゆっくり飲んでろ……って、もう、飲み終わってる?!」
「ご、ごめんなさい。た、叩かないで……」
「叩かないし、触れもしないから怯えるな。怯えられると色々と面倒だ」
「ごめんなさい」
「うーん、謝る癖から何とかした方がいいかもしれんが、とりあえずはいいや。まずは朝食にしよう」
「チョウショク?」
朝からご飯を食べていないのだろう。それとも朝食をとるという習慣がこの世界に無いのか? いや、カエナとセバスチャンと一緒に冒険者の酒場で食べたのは朝飯だったはずだ。
「朝から食べるご飯、朝食。わからないか?」
「うんん、知ってる。知ってるけど朝食は食べられない」
「あー、翻訳してないからね~」
やっとわかった。食べようと思っても翻訳しないと食事が出ないんだったっけ。
「別に関係ない。アトリーヌにも朝食を用意するから待ってろ」
目を丸くして喉を鳴らす猫獣人。まさか朝食が食べれると思っていなかったようだ。
『WB』からガスコンロ、鍋、インスタントおかゆ、卵、水。
作り方はいたって簡単。インスタントおかゆにお湯を注いでちょっと待ったら卵を入れてかき混ぜて出来上がり。便利な世の中になったモノだ。
アトリーヌはビックリの連続のようで「あぅあぅ」と口をパクパクさせていたが、一切質問はしなかった。質問すると叩かれるいうことが、バカ王子によってここでも思い知らされているようだ。
質問されても回答に困るのだが、虐げられている感じを受けるのが何とも精神的に悪い。
「これはアトリーヌの分だ。これがスプーン。熱いから気を付けろ。絶対慌てて食べようとするな」
ご飯が食べられるということで力強く「ふんふん」と頷くが、話半分といった感じだ。一刻も早くご飯にありつきたいという雰囲気を醸し出している。
アトリーヌにおかゆとスプーンを渡し、自分の分のお湯を沸かし用意し始める。
普通ならプラスチックのスプーンとか気になるだろうが、アトリーヌにそんな余裕はない。とにかく飯を食うことだけに必死になっていた。
「熱っ! あっ! あっぁあ!!」
一口付けたところで、熱くておかゆをひっくり返してしまった。
そーいえば猫型獣人だった……たぶん、猫舌だぁ~。失念していた。こんなとこまで猫なのか?
アトリーヌの顔が真っ青になっている。
理由は色々わかる。まずは食べ物をひっくり返してしまったこと。それに対して怒られるんじゃないかということ。罰として、これから食事が無くなってしまうかもしれないこと。沢山のネガティブな思考で頭の中が埋め尽くされているのだろう。
「また、作ってやるし怒らないから落ち着け。火傷はしてないか?」
「あ……あぁっぁ……ご、ごめんなさぃ……」
「怒ってないから気にするな。雑巾で拭いておけ。火傷は?」
雑巾を『WB』から出してアトリーヌに渡す。こぼれた おかゆが勿体ないのか雑巾でなかなか拭こうとしない、が、命令なので仕方なく綺麗にしていく。
すでに『俺の分』として作っていたので、アトリーヌが掃除し終わる頃にはおかゆは出来上がる。猫舌疑惑があるので氷を1個いれて冷ましておく。
再び、冷めたおかゆとスプーンを渡す。
「あ、ありがとうございます」
完全に委縮してしまっている。
あんなことあれば奴隷じゃなくても委縮するけどな。むしろ萎縮しなかったら、どんだけ面の皮が厚いんだってぇ話だ。
「また、こぼしても気にするな。そん時はまた作ってやるから」
「は、はぃ」
少し困った顔で頷くアトリーヌ。溢すこと前提にされてもそりゃー困るわな。
さっきと違い、かなり慎重になっている。ゆっくりとスプーンを運び、熱さを確認しながら口へと運んでいく。
「んんんっ!!?」
今度は熱くなかったため、バクバク食べまくった。どうしても食事は焦ってしまうのか途中で咳き込みながらも、休むことなくスプーンを動かす。
水のペットボトルも置いておいてやると、開け方がやや怪しいが ちゃんと水も飲む。
凄い勢いだが所詮おかゆだ。胃を壊すことはないだろう。
俺もようやく おかゆにありつける。アトリーヌの失敗の為、やや遅れたが問題はない。
食べ始めようと思ったら、アトリーヌは食べ終わっていた。
「ご、ごちそうさまでした」
恐る恐る俺の顔色を伺いながら、飯を終えたことを告げる。
おかゆもペットボトルも空だが、さらに与えることはしない。これ以上、一気に食事や飲み物を摂るのはかえって体に毒だろうと判断する。
どっちにしろ、しばらくしたら昼食も与えるつもりだ。次は雑炊にしようと思っているが、まだ、おかゆの方がいいのかわからない。
そんなことより、ここから脱出も考えなきゃならないんだがなぁ。
「美味かったか?」
「は、はい! すごく、凄く美味しかった! です」
「色々、やらなきゃならないことがあるからな」
「ご飯を食べましたから、私が頑張って翻訳します!」
要は『ご飯の分 働く』と言いたいのだろうが、おれにとっちゃー翻訳なんてどうでもいい。飯も食えるし……あー、おかゆ食べよう。あんまり好きじゃないんだけどなぁ。アトリーヌがモノ欲しそうに指を咥えてみている。お前はさっき喰っただろう。
「翻訳は後回しだ」
「え? 後回しですか?」
「まずは俺に慣れてもらわなきゃならない」
「は、はい」
「罰を与えることはないので、色々、質問してくれ」
「え!? あっ……」
質問すると怒られる……ということが身についているアトリーヌだが、そのままだと気分が落ち着かない。簡単な疑問は答えられるような間柄にしておきたい。
おかゆを作るまでに色々な疑問があったはずだ。が、すぐに質問はしてこない。やっぱり怖いのだろう。
だが、机の上に乗っている本のタイトルを指さした。
「あの、この『ケデス』ってどういう意味ですか?」
うん、俺に対する質問じゃないのね~。真面目なのか、怖いのか、両方か?
「翻訳は後回しで、俺に対する疑問があれば……って話だったんだけども……。まぁ、いいか『ケデス』は前の文字と合わせて使う。基本的には『失った者、足りない者、あとから増える、見えない者』とかそんな意味の古代語……古代語? 魔法語? 神語? そんな感じだ」
「失った者? ブナケデス……は何を失った者?」
「ブナケデス? タイトルじゃないな。どこに書いてあるんだ?」
アトリーヌは本を開いた。




