アキ←アカネ
これは綺麗好きで片付けられない女と、綺麗好きで片付けられる男の物語でぅあぁるぅぅ
「あッッ、私のヴェルペナス!」
「どうしたんですか茜」
「いや、かき氷機が出てきてさ」
酷い出オチである。
年も明けた三が日、肌を突き刺す様な某県某所の一角にあるアパート『陽登朝荘』。
通称『ヒマ荘』のとある一室で、去年の穢れを今更になって外へと吐き出している無計画な輩共がいた。
といっても諸々溜め込んでいたのは先程茜と呼ばれた女なのだが、主にもう片方が中心となってゴミ袋の雪だるまをこれでもかと玄関先に作っている。
情状酌量の余地なしで共犯だ。
さて、先程の声は大掃除の途中、押入れの中に放り込んでいた雑多な物の整理中に上がった物である。
何処にでもある様な青い家庭用電動かき氷機を『どすこいちゃんこ鍋セットDX』の箱の隅から取り出し、ご満悦な表情を浮かべるのは、この部屋の住人【白嶺 茜】。
その手の中のかき氷機を良く見るとプラグコードの根元に彼女の名前と【ヴェルペナス】の文字が。
「懐かしいな、コレ確か中学生くらいの時のだ。ほらシュウ、此処に私の名前が書いてあるでしょ」
「ホントですね。でも物に名前とかどんな中学生ですか」
「でも付けなかった? 私は結構付けたけどなぁ。
自転車に【コクテンゴー】とか、スニーカーには【イダテン】とかさ」
「無いですね。でもこういうのって他にもありますよね。
大掃除してたら昔懐かしい思い出の品やら古くなった漫画雑誌、黒歴史まとめたデスノート発見したりね」
うんうんと頷いてるシュウと呼ばれた男の横で、がっくりと項垂れるサイドポニーの女が一人。
何気に自分の意見を全否定された茜であったが、此処では日常茶飯事である、気にしてはいけない。
部屋の主が落ちこんだ一方でちょっと考え込むように唇に人差し指を当て、口を開いたのはシュウだった。
「よし、かき氷でも食べましょうか」
「何でだよ!」
「いや、せっかく出てきたんですから、今度何時になるかとか分かりませんし……ね?」
「ね? じゃないよ。こんな気温0度よりも低い冬の日に、わざわざ夏の風物詩食べたくないよ!」
この上なく正論であった。
しかも外は近年には珍しく一面の銀世界。
かき氷なんぞ作らなくても、氷の結晶はそこら中に無数に積もっているし、かき氷なんざ食べる気も失せる。
だが、シュウにとってはそんな事、瑣末ごとの様である。
「そんな事は百も承知なんですよ。ほら、氷を買いに行きますよ茜、とっとと準備して下さい」
「あんた人の話聞いてた? てか大掃除はどうなるのよ!
こんなグチャグチャじゃあ今晩布団引けないじゃない!」
茜の言うとおり、腐海の原因となっていた部屋のゴミは片付いたものの、その代わり今度は押入れの中を出したのだ。
減るどころか逆に増えてしまったゴミと反比例して、減っていった床の面積はすでに彼女とシュウ、そして作業台の炬燵がギリギリ居れるレベルまで追いつめられていた。
一瞬頭の中に炬燵で寝るというアイディアも産まれたが、何処で寝る云々よりもまずこの腐海の中で寝るという事が許せなかった為に却下された。
人一倍そういう清潔感とかには敏感だが、自分ではそれが出来ないグータラ者。それがシュウの彼女に対するイメージであるが、何一つとして間違っちゃいねェのが余計に悲しい。
「それこそ知ったこっちゃないです、大体せっかくの三が日に無理矢理実家から引っ張り出されて去年の大掃除手伝えとか舐めてんですか? ちょっとは我が儘に付き合って下さい」
「そ、それは、その……」
「それに毎年来てもこれだけ物が溢れてたら文句の一つも言いたくなりますよ。じゃあ先行ってますからね」
うぐ、と黙り込んでしまった茜をスル―し、ちゃっちゃと身支度を終えたシュウは早々と玄関へ向かう。
渋々と冬物のコートを羽織り、首にマフラーを巻いた茜が玄関を出た頃には玄関前のゴミだるま達は姿を消していた。
その代わりに両手に四つずつゴミ袋を引っ掴んだ、見知った黒い長髪が公共のゴミ捨て場に向かっているのを見て、急いで赤茶けた階段を降りて行った茜であった。
「で、結局氷も晩飯の鍋の具も買って来たわけなんですが」
「…………」
「いい加減機嫌直してもらえませんか、茜」
「…………」
ぷいっ、と分かり易いへその曲げ方をする茜と、困った様に後ろ頭をガシガシと掻くシュウ。
さっきからこの調子なのだ。
買い物を終えた辺りから急に機嫌が悪くなり、それから家に着いて何をしても一切変化なし。
女心は秋の空とは言うが、これじゃ山の気候よりも酷い。
「まったく、豚肉の何処が悪いんですか。豚は牛と違い安くヘルシーかつ味も引けを取らないんですよ?」
つーん、無視。
「あぁ、分かりました、分かりましたよ。流石に季節外れだからシロップが無くて、かき氷の味が手作りのみぞれ味と言う名の砂糖水一択になってしまった事ですか。
まぁ半分は予想通りでしたけど、仕方がないでしょう。
こんな冬場にシロップ売ってるところはないでしょうし」
つーん、無視。
「あの、そろそろ無視は辛いんですが……」
「……から」
「え?」
ボソッとした、小さな声ではあったが、確かな反応。
チロリ、と此方を見た赤茶けた瞳と、かすかに動いた唇。
部屋の温もりに当てられたのか、上気した小麦色の頬。
果たしてそれが部屋の温もりのせいでなのかは、彼が知る由もなかったし、知る必要もなかった。
「……彼女、って言ってくれなかった、から」
「はぁ? 何を血迷った事を言ってるんですか茜」
「いや、だってさ、その……」
モゴモゴとはっきりしない口調、四方八方に散らばるが、決して此方へは向かない視線。
あー、うー、等のドモリが続き、視線を合わせようとして此方が動いても、今度は顔ごと逸らされる。
幼い彼女をずっと見続けていたシュウにとっては、その態度は不可思議なモノ以外の何物でもなかった。
「茜」
「な、何よ……」
ガシッと肩を掴み、シュウが茜の身体の正面に回る。
視線は真剣、迷いは無し。
されど問題の原因にそんな事をされたら、思わず視線を逸らしてしまうとしても仕方が無いわけで。
「こら、ちゃんとこっち向きなさい茜」
「何でいきなり、ってちょ、近い、近いって!」
「話して下さい、悩みがあるなら聞きますよ」
「何でそうなるのよぉ!」
ぶんぶんと自由に動く首から上だけを振って抵抗するが、それも声を張り上げた時までとなる。
フニュリと、今度は頬を挟まれ正面に回り込まれた。
逃げ場はもうない。
しかも顔も近い、額で熱を計ろうとしてる時くらい近い。
「や、ち、近ッ……」
「話して下さい、話すまで退きませんし、離しません」
「う、あ……」
「大丈夫ですよ、茜の事は俺が一番よく知ってます。だってこの世にたった一つの、双子の妹ですから」
自分と同じ赤茶けた瞳が、茜の心を見透かすように覗き込み、自分と対照的な優しげなタレ目が今までにない程近く自分の眼に映っている。
自分とは違う大きな掌、子供を安心させる様に膝立ちの状態で、その上背中を丸めて自分の顔を覗き込むシュウ。
シュウと茜は合わせ鏡、そう言ったのは誰だったか。
産まれた時もそうだった。
シュウが安産なら茜は難産、性別も逆。
見た目も前記の通り、色が同じで、後はまったく正反対。
素直で愚直なまでに礼儀を重んじるシュウと、何処までも気儘で自由奔放に道を突っ切る茜。
幸いにも人望は二人とも厚かった為にどちらかがどちらに依存するという事は無かったが、それは即ち合わせ鏡を常に見ているのと同じであった。
もしも自分がこう産まれたら/産まれなかったら、もしも自分がこうなったなら/こうならなかったら、もしも自分がこう進んだなら/進まなかったなら。
それはあらゆる可能性の内の一つ。
目の前に、手の届くところにある平行世界。
それに興味を持ったのは、好奇心という言葉を顕在化させた様な茜の方だった。
気が付くと、視線がいつもシュウを追っていた。
一緒に通った小中高校の校庭でも教室でも、家でも兄妹の自室でも旅行先でさえも。
いつ何時あらゆる所でも、視線はシュウに行っていた。
初めは純粋な好奇心、自分と同じ境遇であるはずなのに、一切に通う事のないもう一人の自分。
それに兄妹であるという自覚が加わり、男女という性の本能が加わり、更に特別な何かが加わった。
後は特記する事は何もないだろう。
此処までくれば後は、常人の恋愛と同じ道程だから。
兄妹の自覚は、何処かへ吹っ飛んで行ってしまった様だが。
無論真面目を絵に描いた様なシュウは一切気付かない。
ただ誰にでも真面目に接し、真面目に成長し、真面目に進学し真面目に就職し。
そして早々と真面目に結婚した。
白嶺 秋と白嶺 穂奈美と言えば、近隣では結婚五年を過ぎても未だにバカ夫婦と言われる程の仲である。
といっても高校卒業の時に籍を入れただけなので、式などはとり行っていない。
しかしそれが、茜にとっての転機であった。
大学もシュウと同じ県内の国立にしようとしていたが、隣の県境にある私立大へと進路を変えた。
家も出て、アパートで独り暮らしを始めた。
最初皆訝しがったが『自立』の一点張りで押し通した。
その裏にある感情をひた隠しにして。
表に出せないその一方通行の感情を誰にも見せずに。
そして現在。
「さぁ、遠慮なく胸の内を出してさい。大丈夫、吐瀉物以外なら受け止めれますから」
「例えが汚い! ……じゃ、言っていいんだね?」
「えぇ、結構ですよ」
「後悔すんなよ」
ニコリと、昔から見てきた笑顔でそう言ったシュウに。
この二十余年の一方通行を全てぶちまける事にした。
〈了〉
その結果がどうであれ、彼等は後悔はしないだろう