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01【heart h〇le】

〇 〇 〇 〇 〇


君にキスした。私の震える唇と、君の柔らかい唇が確かに触れ合った。私の腕の中で君の呼吸が浅くなるのを感じた。


────でも、私の手は何も掴んでいない。

薄く目を開く。

君はそこにはいなかった。いや、元々君は存在していなかったのかもしれない。

だって、もう君の名前も体温も思い出せない。

今起こった出来事なんてなかったと思い込もうとしても、私の胸にばっくりと空いた穴と、その内に漂う虚無感と、深い悲しみだけが君が存在していたことを残酷に証明していた。


〇 〇 〇 〇 〇



「あんたの名前は?」


「ジャガード・ミニオンです!」


「ふーん。そう。言っとくけど、ここはあんたみたいなガキが来る所じゃない。私達反乱軍は、人に銃火器を向けるし、罪のない一般市民を巻き込む。そして、あの平和を謳うプレジデントをブッ潰しにいく。当然、メディアにも好き勝手言われる」


私がまくし立てると、彼は萎縮した。

私は、タバコの火を1番クールな角度でつけた。

もうもうと煙が上がる。


「わ、分かってます。でも、僕……」


「動機とか覚悟とか、どうでもいいわ。私達が知りたいのは、あんたが使えるかどうか。それだけ」


硬いプラスチック製の簡易デスクに圧迫面接のような空気が流れる。

そんな雰囲気をぶち壊すように、奥のボロソファから、間延びした声が聞こえる。


「おーい?レイ、そんな意地悪すんなよ。俺たちそんなに悪いことしてるわけじゃねぇしな。銃だっていつもカラだし。プレジデントを潰すってのも、ほぼ建前みてぇなもんだしさぁ。俺たちが最近やってんのはムカつく金持ちからサラって(金を奪って)、8割を俺たちが使って、残りの2割を貧乏なヤツらにばらまく偽善者ごっこだしな」


ジャガード君にはほとんど聞こえてなかったらしい。

緊張しているようだ。


そう言ったレオが立ち上がって、私達の方へ歩いてくる。

そして、縮こまるジャガードに肩を置いた。


「体でけぇな。ヘクターみたいだ……俺は歓迎するぞ。ジャグ」


私────レイス・ルクレティアは脳内でため息をついた。

だって、こんな若くて純粋そうな男の子を反乱軍(まだ4人だが)なんかに入れるわけにはいかない。

まぁ、私達も若いが。


とにかく、見知らぬ人に分かりやすく敵意を向けられ、世間の外れ者に自分からなるのは、考えるよりずっと辛いことだ。

だから、私はこの子が反乱軍に入るのは反対だ。


なのに、レオときたら、友達に誘うようなノリでジャガード君を歓迎している。


「これからよろしくな。ジャグ。お前含めて、俺達は5人だ。……なぁ、これ見ろよ。俺が作ったんだぜ?」


自称天才発明家、レオはゴミ山から拾ったパーツを組み合わせて、手のひらから遠距離まで高火力の炎が出る手袋みたいなモノをジャガードに嬉しそうに見せた。


ちなみに、手袋には安全ピンが5コつけられている。危ないからだ。


そして、あの手袋は使った側の方が熱い思いをする不良品だ。


「かっこいいです!」


「だろ?」


ジャガードくんとレオは早速打ち解けてる。最悪だ。


レオはいい気になったらしく、他の発明品も見せ始めた。彼が手に取ったのは、丸くて赤い小さいヘルメットに、丸っこい胴体と、短い手足をつけ、ヘルメットと胴体の間にはマフラーを巻いた、ヘルメット型ロボットだ。


「新入りが来たぞ。アキレス、あいさつだ」


すると、ヘルメットの窓部分に、黒い2つの点が表示される。


「こんにちは!ボクの名前はアキレス。天才発明家レオ様に生み出された、高性能人工知能です!」


あれは、レオがゴミ山で拾った人工知能と、ヘクターのお気に入りのヘルメットを勝手に改造して作った人工知能。感情を理解できる程の高性能なものだ。


「僕はジャガード。よろしくね!アキレス!」


ジャガード君は屈んで、アキレスの短くて丸い手を握った。


レオはニヤリとこちらを見てくる。何も問題ないだろ?とでも言いたげだ。


(あーもう。この流れじゃ絶対帰らせるのなんて無理じゃん……)


「……ジャガード君。私達はあくまでも反乱軍。嫌だったら、いつでも抜けていいからね」


「あー。レイは真面目すぎるんだよ」


レオがアキレスを撫でる。アキレスは目を細めた。


「レイさん!よろしくお願いします!」


「私の名前はレイスよ……。もう」


すると、私達の本部のドアがガタン!と開け放たれた。

冷房が聞いた本部に、外の乾燥した熱い空気が流れ込んできた。


「た、ただいまぁ……」

白衣の下に黒いシャツを着て、赤いネックレスをつけたムキムキ────ヘクターが、膨らみきったビニールを床にへなへな下ろした。


横ですました顔でそれを見下ろしてる暗い紺色の髪を伸ばした長身の女。アイリス。

50分くらい前、アイリスの買い物の荷物持ちにヘクターが連れていかれたのだ。


「ただいま。ちょっと、レオ。何よ。まだ買い物続けたかったんだけど」


アイリスは手元に握りしめられた通信機(レオ作)を示しながら言った。


「なんと、新入りがやってきたんだ」


レオが屈んだままのジャガードの頭をポンポン叩く。

ジャガードがぐんっと立ち上がった。でかい彼が屈んだ姿勢から一気に立ち上がるとちょっとびっくりする。


「ジャガードミニオンです!よろしくお願いします!」


ヘクターがゼーゼー言いながらジャガードを見る。

「なんでここに来たんだ?」


「僕の家、貧乏で……食べるものもほとんどなかったんですけど……レイスさんに助けられたんです!」


「えっ」

私?


「あ、えっと……レイスさんのこと、僕、見ちゃったんです……離れてたから、話せませんでしたけど…… あの日から、いつかちゃんとお礼が言いたくて、死に物狂いでレイスさんの後ろ姿を追いかけて、この場所を突き止めたんです。不審に思われるのが怖くて、ずっと外で迷っていたけど……」

ジャガード君は私を見据えた。

「レイスさんがお金を入れてくれたお金で、僕達、何とか助かったんですよ。でも……」


「でも?」


ジャガードは目を伏せた。


「僕の兄弟達、街の貴族達に泥棒だって言われて、捕まったんです。近所の人達と一緒に……。あのお金がなかったら、僕の妹は飢え死にしていました。僕にとってレイスさんは、暗闇の中で手を差し伸べてくれた唯一のヒーローなんです。だから、家族が連れ去られたとき、頭に浮かんだのはレイスさんの顔だけでした。だから」


「……ッ」

ヘクターが絶望したような顔をして、アイリスが唇を噛んだ。レオも珍しく深刻な顔をしている。

「それって──」


私達のせいなんじゃないか?

私達が、金持ちから無計画に金を盗んで、街にバラまいたから。

きっと、ジャガード君がこれに気づいたら、激昂するに違いない。……もしかしたらもうほとんど察してるかもしれないが。


「……俺たち、捕まりに行こう。俺たちが悪い」

ヘクターが呟いた。

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