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造花の花  作者: かわいかつひと


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16/19

僕が奏でた不協和音

ショッピングモール内の植物屋は、思ったより広かった。


遥が入った瞬間、歩き方が変わった。


植物園のときと同じだった。


視線が先に動いて、足が遅くなる。


止まって、戻って、また止まる。


「この板についてるやつ、おしゃれだね」


「これ、コウモリラン。いいよね。前に枯らせちゃって」


「難しいの?」


「二年目にね。油断したのかな」


笑った。


その笑い方が、少しだけ寂しそうに見えた。


本当に好きなんだな、と思った。


遥はいくつかの鉢の前で止まった。


値段を見て、札を読んで、また歩く。


戻って、また止まる。


僕も気になるやつがあった。


「これ、好きかも」


「フィカス・アルテシマね。育てやすいって聞いたことあるよ」


遥はガジュマルの前で止まった。


「どれが好き?」


「これ。形が好き。でもまだ迷う」


「迷ってる間も楽しいね」


「そうかも」


僕には迷う前に決めてしまう癖があった。


遥の迷い方が、少し羨ましかった。




ランチは明るい店だった。


窓から光が入っていて、テーブルの端だけ白い。


遥がメニューを開いて言った。


「今日は何でも食べられる気がする」


迷うのに、決めると早い。


一口食べて、目を細めた。


それで十分だった。


何でもない話をして、おいしく食べる。


それだけで、時間が過ぎた。




ウィンドウショッピングをした。


遥が立ち止まる。僕も止まる。


理由はなくて、止まったところに時間が落ちる。


「亮くんって、買い物しないね」


「はじめて来るところは、見てるだけでも満足する」


「私もそうかも」


遥が少し笑った。


僕も笑った。




休憩にカフェに入った。


窓際の席。


カップの縁に、光が乗っていた。




「今日楽しかった」


遥がカップを持ちながら言った。


「また来よう」


「うん」


少し間があった。


遥がカップを両手で包み直した。


「ねえ、仕事の話していい?」


「もちろん」


遥が話し始めた。


終電ぎりぎりまで残業していたこと。


もう無理だと思って、定時に帰るようにしたこと。


同期はまだ頑張っていて、自分の場所がなくなった気がすること。


気を使われている感じがすること。




僕は聞きながら、別の言葉を飲み込んだ。


そのおかげで出会えた、とか。


そういう都合のいいまとめ。


それより、どうすれば遥が楽になるか。


何が問題で、どこを動かせば変わるか。


頭が勝手に、整理を始めていた。


「転職サイトに登録してみたらどう?動いてみると変わることもあるし」


言い終えた瞬間、遥の指がカップの縁で止まった。


止まったのに、笑顔は残っていた。


「そうだね」


それだけだった。


声の温度が一段落ちた気がした。


窓の外を見ている時間が、少し長かった。


僕はそこに言葉を足さなかった。


足せなかった。






別れ際、遥はいつもより早く改札を通った。


「また連絡するね」 振り向かなかった。


帰り道、今日のことを反芻していた。


転職サイト。


状況を整理して、思いつく一手を出した。


それが間違いだとは思わない。


でも、音がずれた気がした。


同じ場所で鳴っていない、というずれ。


その夜、メッセージを送った。


今日楽しかった。


また行こう。




既読がついた。


「うん、今日はありがとう。楽しかった」


それだけだった。


いつもより短い。


スタンプも、次の提案も、質問もない。


翌日も送った。


返事は来た。来る。


けど薄い。


薄いというより、余白がない。


あんなに考えたのに、と思った。


何が悪かったのかわからなかった。




ジムで会った。 遥はいつもの笑顔で挨拶した。


話しかけるタイミングが来なかった。


来なかったというより、こちらが作れなかった。


よそよそしさみたいなものを感じて、次の一歩が出せなかった。




久しぶりにバーに行った。


話したい時に行くことに、罪悪感を感じることがある。


それでもドアを押した。


純さんがいて、ほっとした。




「なんか、うまくいってない気がして」


純さんは何も言わなかった。


「話を聞いて、いろいろ考えて、アドバイスしたんですけど」


「何を言った」


「転職サイトに登録してみたらって」




純さんがグラスを置いた。


「それで解決すると思ったか」


「思いました」


「アドバイスが欲しければ専門家に聞く。お前じゃない」


答えが出なかった。 反論も出なかった。


「ただお前が役に立ちたかった、だけじゃないか」


氷が、少し溶けた。


「どうすればよかったと言うんですか」


純さんが少し間を置いた。


「俺も同じことをした」


少し間があった。


「相手が欲しかったのは何だ」


それだけ言って、グラスを口に運んだ。


横顔が、いつもと少し違った。


硬いというより、遠かった。




帰り道、純さんの言葉が残っていた。


役に立ちたかった。


それは本当だった。


誰を見ていた。


そこが抜けていた。




ただ、不協和音だけが、耳の奥に残っていた。

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