気根
植物園の最寄り駅で待ち合わせた。
遥は少し早く着いていた。
改札を出ると、手を振っていた。
「久しぶりにちゃんと出かける気がする」
歩きながら、遥はよく喋った。
子どもの頃に来たきりらしい。
温室があって、熱帯の植物が見られる、と。
楽しみ、という言葉を何回か聞いた。
遥の横顔が、少し明るかった。
それだけで、来て良かったと思った。
遥がこちらを向きながら喋り続けた。
向かいから人が来ていた。
考えるより先に、手を引いていた。
遥が立ち止まった。
「ありがとう」
一瞬だけ、視線が下に落ちた。
手を離すタイミングが、少し遅れた。
手が、まだ温かかった。
歩きながら、遥が言った。
「ねえ、さっきからさ、ずっと星野くんって呼んでるけど」
「うん」
「亮くん、でいい?」
一拍遅れて、頷いた。
「……俺さ。今さらだけど、下の名前ちゃんと知らない」
遥が笑った。
「遥。今さらだね」
「遥」
口に出すと、少しだけ距離が変わった。
「じゃあ、亮くん」
「うん」
植物園に入ると、遥の歩き方がゆっくりになった。
それぞれの植物の前で止まる。
名前を読んで止まる。
「このパキラ。ものすごく大きいね、55年だって」
「そんなに生きるのか」
最初は、木だな、くらいにしか見えなかった。
でも五十五年という数字だけは、変に残った。
「このモンステラってやつも葉っぱ大きいね。穴開いてるし」
「風を通すためって聞いたことある」
「詳しいね」
「そんなこともないけど」
遥は嬉しそうだった。
僕には、遥がなぜそんなに嬉しそうなのかわからなかった。
でも、嬉しそうな顔を見れて嬉しかった。
遥が大きな木の前で止まった。
幹から細い根がたくさん垂れていた。
しばらく見ていた。
遥が振り返った。 少し間があった。
「ガジュマルよ、お家に迎えたいの」
「こんなに大きいのを」
「そんなわけないでしょ」
笑っていた。
「ガジュマルはね、気根っていって、空気中から水分を取るの。根っこが上から垂れてくる」
「じゃあ、上に向かって育つんじゃなくて」
「うん、上からも下からも」
僕はその木をしばらく見ていた。
遥も隣で見ていた。
何も言わなかった。
それで良かった。
胸の奥が、軽く痒くなった。
触ると壊れそうで、そのままにした。
出口近くのショップで、遥が小さな鉢を手に取った。
盆栽だと思った。
「欲しいの?盆栽」
「ガジュマルよ、さっき見たやつ」
「盆栽なんて言う人はじめて」
可笑しそうにしている。
「でもちょっと迷う、もっと大きいお店で見たいかも」
「じゃあ今度行こう、僕も興味出てきた」
「うん、後で決めよ」
遥が鉢を棚に戻した。
帰り道、駅の手前で遥が言った。
「今日のお店も美味しかったね、亮くんいいお店知っているね」
僕はなんだかバツが悪い気がした。
以前、別の誰かと来た店だった。
「今度、植物屋行こう」
遥が少し間を置いた。
「欲しいの見つかるまで付き合って」
改札で別れた。




