月 日( 日目)
バチンと。電流を流し込まれたような痛みと共に、宮坂は目を覚ました。
全身が汗まみれになっていて、酷く不愉快だ。呼吸も荒く、心臓も痛いほどの早鐘を打っている。
ぼやけた視界が少しずつクリアになっていく。ようやく見えたのは、知らない天井。
「よかった。やっと起きた」
ひょこりと宮坂の視界に割り込んできたのは、早瀬だった。
「すっごいうなされてたよ。声かけても体揺すっても起きないし」
ぎこちなく身を起こした宮坂の顔は土気色になっている。それを見た早瀬は「大丈夫?」と、心配そうに宮坂の顔を覗き込んだ。
「は、や……せ?」
「うん? うん。早瀬だけど」
「ねえ、大丈夫?」と早瀬が問いかけてくるが、それに応えることなく、宮坂はせわしなく周囲を見渡した。
セミダブルサイズのベッドが二台置かれた部屋。
部屋の端に置かれた、使い込まれたキャリーケース。
窓際のテーブルに置かれたままの、二客のグラス。
見間違えるはずもない。ここは、仙台公演開催時の定宿になっているホテルの部屋だ。
「なあ……」
「なに?」
「今日、何月何日で、今何時?」
「え。なにその質問」
「熱でもあるの?」と、眉をひそめた早瀬が、体温を確認しようと宮坂の額に手を当てる。一瞬ひんやりと感じたが、その手のひらの温度は、すぐに宮坂の体温と混ざり合った。
「熱はないみたいだけど」
手を離し、「体調悪いなら佐野ちゃん呼ぼうか?」と小首を傾げた早瀬の頬に、カタカタと震える指が触れた。
「慎也さん?」
柔らかい。あたたかい。
「ちょ、どうしたの?」
頭へ滑らせた指に感じるのは、黒髪の硬さ。
ほんのりと、早瀬が使っているシャンプーのにおいがした。
「はや……っ」
「え、え!? ちょ、慎也さん!?」
突如。堰を切ったように、宮坂は声を上げて泣き出した。大粒の涙が頬を伝い、顎の先からシーツへ落ちて、濃く色を変えていく。
「ホントにどうしたの!?」
「おま、え……がっ、死んじゃ、うっ、夢、を……っ」
「はあ?」
早瀬は呆れた表情を見せた。だが、泣きじゃくる宮坂の姿には、真に迫るものがあった。
「慎也さん」
骨ばった細く長い指が、シーツを握りしめる手を優しく解き、自身の頬へ導いた。当てられた手のひらから伝わってくるのは、少しだけ冷えた体温。
「俺、冷たい?」
穏やかな声がそう問いかけ、宮坂は大きく頭を振った。
嗚咽が喉に詰まって息ができない。
ヒュ、ヒュ、と荒く浅い呼吸を繰り返しながら、宮坂はなんとか顔を上げた。
「はやせ」
「うん」
「はやせ」
「うん」
頬を濡らし続ける涙を、早瀬の指が優しく拭っていく。
濡れた頬を、早瀬の手のひらが包む。
「早瀬は、ここに、いるよな?」
「慎也さん」
「ずっと、俺の、隣に、いて、くれる、よな?」
「……」
「俺……、は……。お前が、いないと……」
なにかから逃げるように。宮坂は頭を抱え、身を小さくした。
「俺を、おいて、か、ないで」
しゃくりあげながらも、掠れた声で必死に紡いだ言葉は、感情を言葉で表現することが苦手な宮坂が口にできる、精一杯の本心なのだろう。
「……馬鹿だなあ」
うっすらと笑みを浮かべた早瀬は、震えている宮坂をあやすように抱きしめた。
寸分の隙間もなく、寄り添うように、支え合うように、絡み合うように。早瀬の腕が、いまだ泣きじゃくる宮坂を一層抱き寄せる。
「慎也さん」
早瀬は、宮坂の頭に頬を寄せた。
「俺が、あなたを置いていくわけないじゃない」