⑨
玄関へ向い靴を履きドアノブに手をかけた。
その時、ふと背後から視線を感じた。
そのままの体勢で部屋の方を振り返る。
見えるのは短い廊下と部屋に通ずるドアだけだ。
私を見たいと思う奴なんて幽霊ですらいやしないよ。
自嘲気味に微笑みながら外へ出ようとした。
だがドアノブは下がらなかった。
鍵が閉まっているのか?いやしっかり開錠されていた。
再度、力を入れてドアノブを下げようとしたが、出来なかった。
バックを地面に置き、両手でドアノブを掴む。
全力で下げるが、びくともしなかった。
全体重をかけても、ドアノブが下がる事はなかった。
「マジで?」
美香は一旦、部屋へ引き返した。
こういう場合、先ずは何処へ連絡すればいい?鍵の110番?警察?救急車?いや怪我なんてしていない。
単に部屋から出られないだけだ。
なら鍵の110番が良いのか?スマホを持ち、近くにある鍵の110番を探した。
かけようとした時、昨日、すっぽかされたお客から電話がかかって来た。
美香は声音を少し高めに意識しながら、電話に出た。
「あ、三越様、おはようございます」
「……」
美香が言っても聞こえるのは、微かなノイズだった。
「もしもし?三越様?」
反応はない。
「どうかされましたか?」
美香がそう尋ねた、その時、
「ヴゥウウゥゥゥ…」
としゃがれた唸り声なようなものが聞こえ、美香は思わずスマホを放り出した。
「え…何、今の…」
数秒の間か、数分の間かわからないが、美香は放り出したスマホを眺めていた。
四つん這いになり、恐る恐る近づいていく。手に取りゆっくりつ耳へ近づけた…
「キレキレキレキレキレキレキレキレキレキレキレキレイキレイナ…」
美香は慌てて切るボタンを押した。
だってキレって言ったじゃん…
そのような言葉が無意識に口に出た。
「つか、なんなの?」
スマホを床に置き、上から見下ろした。
「三越の嫌がらせ?んなわけないか…」
美香の独り言が続いた。
「三越が殺されたか何かあって、生き霊が私に助けを求めて…そうなら、キレなんて言うわけないじゃん!何をキレって言うのよ!」
未だ冷静さを取り戻せずにいた美香は落ち着けと言い聞かせた。
水分を補給し脈を測った。動悸も落ち着き始めていた。
落ち着いて来ると、最後に聞いた「キレイ」と言う言葉を思い出した。
「キレ、じゃなくて、キレイって言ってたのかな?」
いや、それはない。間違いなく「キレ」と言い続け、美香が電話を切る前は「キレイ」だった筈だ。
「切れば綺麗になれる?って意味?」
そこまで考えて、美香は怖くなった。
嫌なイメージが脳裏に浮かんだからだ。
人体が切られそこから大量の血が流れ出す。
血で真っ赤に染まった身体で綺麗でしょ?と尋ねて来る女…
何故、イメージの姿が女なのかはわからない。
恐らく血イコール女と言うのはきっと女には生理があるからだと美香は思った。
「意味不明だわ」