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空色の竜とちいさなおまじない。短編集

空色の竜とちいさなおまじない。

作者: 一ノ瀬陽

「こんにちはシルフィ。もうあれから二年も経つんだね」

「うん。元気だと良いんだけど。便りがないのは元気な証拠?っていうけどさ。心配は心配なんだよね」

「あれでも国一番の竜騎士だよ?きっと大丈夫だよ。さていつもの薬をもらいたいんだけど在庫ある?」

「あるよ。今出すね」


ジェドを待ち続けると決意してから丸二年が経った。

だぼだぼの白衣を着た小柄で釣り目の友人―リタに指定の薬を渡すとリタは何か言いたげな顔をしていたがまた来ると言って足早に帰って行った。

私―シルフィは町はずれの小さなお店で薬草や薬の類を販売している。

先ほどのリタ、そして国一番の竜騎士であるジェドと幼馴染だ。

といっても孤児院の出なのでほぼ家族同然の暮らしをしてきた。

この国の孤児院は十六歳になったら孤児院を出て自身で暮らしていかなくてはいけない。

そんな中ジェドは八歳の頃に赤子の竜と出会い、竜との契約をいつの間にかしていて竜騎士となる事が決まってしまっていた。

子供ながらに竜騎士という夢のような職業に羨望の眼差しでジェドを見ていたが現実、大人になった今はどれほど危険な職業なのか目の当たりにして来て今も尚前線で戦い続けるジェドに無事で帰ってきてと祈ることしか出来ない。

さて、因みにリタもジェドを支えるべく竜騎士の宿舎で竜のお医者さんをやっている。

元々頭の良かったリタ、近くで見てきた竜を支えたいと思ったそうだ。

リタは女性のような名前で身なりも細身で可愛らしい顔をしているのだが男なのでその辺の話は地雷らしい。



今から二年前の話だ。


「シルフィ、話があるんだ」

「どうしたのジェド、そんなに暗い顔して」


私はいつも明るいジェドの暗い顔にびっくりしていた。

この時リタを呼び出していない事に気付いていれば良かったのかもしれないけれど、その時の私はあまり深くは考えていなかった。

そう、リタは知っていたのだ。

竜のお医者さんだもの、耳に入るよね。


「国境近くの森で魔物が溢れるように出てきているらしい。俺はそこに行くことになった」

「え…?」

「どれくらい時間がかかるかは分からない。それでもこれでも一応竜騎士隊の隊長だからいかない訳にはいかない」

「そ、そっか…」

「無事に帰れるよう、シルフィから祝福が欲しい」

「うん。……うん。それは良いけどそんなに危険なの?」

「調査といえば聞こえはいいかも知れないが、討伐に行くからな。全員無事に帰れるかは分からない」


思えばジェドは私に期待をさせないために言っていたのかもしれない。

それでもそんな不安を煽るような言葉に背筋が凍った。

血の気が引いて行くのを感じた。


「ウィン。おいで」

『じぇど!やっと呼んでくれた!しるふぃ、ひさしぶり!』

「久しぶりねウィン。相変わらず綺麗な空色」

『うんうん!やっぱりしるふぃはわかってるね!』


ウィン―そう呼ばれ現れた美しい空色の竜はジェドの相棒、ウィンだ。

ウィンの声はジェドにしか聞こえない。

はずなのだが、何故か私には聞こえる。

というか他の竜の声も同じように聞こえる。

それを誰かに言ったことはないが、何だか友達が増えたみたいで嬉しかったのは覚えている。

その変化も、あの日ジェドが竜と契約をした日から始まったのだけれど。

まあそれはいつの日かお話するとして。

この場合の祝福は竜への祝福なのである。

これはおまじないみたいなもので、ジェドが初めて竜騎士として遠征に出た日にやって以来恒例となっている儀式のようなものだ。

でも私には魔力なんてものもなければ竜と契約しているわけでもない。

本当にただのおまじないだ。

だけれどどうしたものか、これが効くのかおまじないをすれば必ずジェドとウィンは無事に帰ってくるのである。


ウィンのごつごつした手に触れる。

ウィンの瞳と目が合う。

優しい、黄金の瞳だ。


『ウィン、無事で帰ってきて。行ってらっしゃい』


そう言葉を発するだけ。

でもその言葉はどうにもジェドには聞こえないらしい。

その瞬間暖かい風が吹く。

私の右目が少しだけ熱く感じる。

ウィン曰く、その時は右目だけがウィンと同じ黄金になるらしい。

私は見えてないから分からないけど。


「ジェドも気を付けて。私はずっと待ってるから」

「ああ。必ず無事に帰ってくる。…そうしたらシルフィ、君に伝えたい事があるんだ。聞いてくれるか?」

「うん。もちろんだよ。だからまずは無事に帰ってくること!いいね?」

「シルフィとの約束だ。破るわけにはいかないな!」


ああいつもの笑顔だ。

屈託のない、眩い太陽のような笑顔。

それから二日後、ジェドは旅立った。

あの日から二年。

季節は既に移ろおうとしている。


「ねえジェド、ウィン。無事なのかな。手紙も送れないしどこにいるのかも分からない。でもきっと無事なんだよね。…ジェドっ…」


さすがに二年は長かった。

いつもは長くても一か月くらいだった遠征。

まさかここまで帰ってこないとは思わなかった。

何も情報がないから部隊が全滅したなんてことはありえない、そう頭で分かってはいても心は追い付いていかないものである。

懐かしさに涙が溢れそうになった。

その時だった。

感じた事のある暖かい風が吹いた。


「ジェド…?ウィン…?」


まさかそんな、と思いながらもリタを見送ったままお店の外にいたシルフィは恐る恐る後ろを振り返る。

見覚えのある空色の竜と、深い緑の髪が印象的でそこそこ長身の青年の姿が見えた。


『ただいま!ただいましるふぃ!怪我ひとつないよ!しるふぃ!』

「わあっ!!ウィン!おかえりなさい!」


ウィンは器用にシルフィに頬ずりする。

体の大きい竜が近づくのだから怖いと思われがちだがシルフィにそんな恐怖心はなくむしろ嬉しいのだった。

頬をそのまま撫でてみればウィンは満足したように笑った。


「ジェドも…お帰りなさい」

「ああ。ただいま」

「その、あの…突然帰ってきたからびっくりして…その…」

「リタに伝言を頼んだはずだが」

「え?」


泣いていたのを誤魔化そうとしたのにあまりのびっくり発言に涙が一瞬で引っ込んだ。

リタ?今リタって言った?

そのリタはさっきまでここにいて何も言わずに去ったんだが?

……リタぁ!!!!


「リタ、さっきまでここにいたけど何も言ってなかった!」

「あいつ…」

「ところでジェド」

「ん?」

「帰ってきたら話があるって言ってた。聞こうじゃない!」

「あ…」


ジェドが少し顔を赤くしたまま俯いてしまった。

でも聞かずにはいられない!

なぜなら!二年も待ったんだ。

もうこれ以上は待てない!よく頑張った。

よく頑張ったよシルフィ。

なんて、自分に言い聞かせる。

それよりも無事に帰ってきてくれた事が嬉しくてたまらないのについ憎まれ口をたたいてしまう。


「ずっと、言いたかったんだ」

「うん」

「シルフィ、俺と結婚してほしい」

「…ん?」

「だから、その、結婚してほしい」

「………んんん?」


予想の斜め上からきた言いたかった事に驚くも現実味がなく受け入れられないシルフィ。

目の前の男、ジェドは何を言っているのか。

沈黙が痛い。

いや黙っているのは私なんだけど。

ふいに痺れを切らせたウィンがぽやっと呟いた。

いやもうそれ爆弾発言投下だったんですけど。


『じつはねしるふぃ。しるふぃは竜のオヒメサマのごかごをもらってるんだって!このとうばつのさんかのなかで竜のほこらをみつけてね。そしたらぼくのあたまにひびいたんだ。おまじないをつかえるにんげんは、竜のオヒメサマのごかごをうけているんだって』

「う、ウィン?何言って…」

「だから結婚したいとかじゃないんだ!ずっと、孤児院で育ってきてからずっとシルフィには助けられてきた。正直竜騎士になるのだって怖かった!でもシルフィが言ってくれた。必ず無事に帰ってこられるように私はあなたにいってらっしゃいを言うんだって。ずっと待ってるって。その言葉に救われた。だから立ち向かえたんだ」

「ジェド…」

「シルフィがここで俺を待っていてくれたから俺は頑張れた。だからこの先を共に歩みたい。シルフィを誰にもとられたくない」


まるで子供のように拗ねて顔を赤くするジェドに思わず笑みがこぼれた。

ああ、同じだったんだなと。

嬉しい、嬉しいんだけれどジェドは竜騎士。

私は平民だ。

これが国的に許されるのかどうかって事で。

まあなんだ、そのジェドは英雄になるわけだし。


「それで、そのウィンの話に戻るけど」

「ウィンの話」

「うん。どうやらシルフィは竜の姫君のご加護を受けた竜の姫巫女なんだって。シルフィさ、右目が黄金になるだろ。ウィンにおまじないする時」

「あー、自分では分からないけど」

「あれがどうやらその竜の姫巫女の証なんだって。俺も調べたけど、文献に載ってたんだ。ここ何百年も現れてなかったみたいだけど。その証を持つ人はどんな竜でも喋る事が出来るって。契約がなくても」

「まさか」


そのまさかだった。

そう、私は喋れるのだ。

そのまさに契約がない竜とでも。


『だからしるふぃはへいみん?じゃなくてひめみこさまだから、べつにみぶん?もきにしなくってだいじょうぶだよおってこと!』


ウィンが屈託のない笑顔でこちらを向く。

ああもう、その笑顔もジェドにそっくり!

もう全部そっくり!可愛い!


「シルフィの答えを聞きたい。竜騎士とか竜の姫巫女とか関係なく、シルフィの気持ちを知りたい」


いつになくジェドが真面目だった。

もう答えは出ているのだからためらう必要はない。

なにせ、ジェドが竜騎士であろうがなかろうがジェド、その人が好きなのだから。


「私もジェドが好き」


泣きそうな精一杯の笑顔で返した。

それは泣きながら抱きしめてきたジェドによって隠された。

そしてなぜかお店の物陰から出てきたリタに祝福された。

そうリタ、間に合わなかったのだ。

伝えようとしたらジェドが空からやってきたので。

タイミングが悪すぎる!


それから大忙しでした。

実は魔物の討伐報告もせずにシルフィの元へ来たため王城ではジェドがいないと大騒ぎ、その後婚約者すっ飛ばして結婚したとあらかじめ用意されていた婚姻届けの受理されたそれを持って現れるジェドに凱旋パレードの中止となり代わりになぜか大掛かりな結婚式の用意。

そして私が文献にあった幻の竜の姫巫女だと分かってその対応に追われ。

落ち着いたのは数か月も後だった。


その後もシルフィの小さなお店で二人仲良く暮らして過ごしました。

国からもらった報奨金で隣にウィンのお部屋を作り一緒に。

そして何故か隣にリタも家を構えて過ごし。

シルフィとジェドは男女の双子に恵まれ、家族と仲間とかけがえのない日々を過ごしたのでした。



おしまい

登録後の初投稿作品です。

竜の出る作品を書いてみたかったので短編として書いてみました。

また機会があれば竜の出るお話を書いてみたいと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

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