第3話「優しい魔王」
先代魔王=ザエル・グエルナーク
LV2700、HP3500000、MP420000、力3200、魔力2600、防御力2700
アビリティ
魔王の血統(魔族バフ+200%)
カリスマの極意(統率力+200%)
今は亡き先代の魔王、ザエルのステータスを数値化するとこの程度になる。
人間の限界を遥かに越えたレベルに素ステ。本来ならば到底人が敵う訳も無い程圧倒的な力量差があるのだが、勇者のみが有する資質の前にはその力も霞んでしまう。
とは言え数十万からなる魔族を統率した魔王、資質にもある通りその求心力は非常に高く。
亡くなった今も高い支持率を保ち続けている。
世継ぎとなるエデルはまだ幼く、本来ならば次期魔王は別の者に――。
となる事も無く、ザエルの直系の血筋を絶やさぬ為。ザエルの腹心達はエデルを魔王にすべく身を粉にして奔走し続けている。
「エデル様良いですか? 我々は人間の国に観光に来た訳ではありません。確固たる使命を持ちこの国を訪れたのです。見慣れぬ物にはしゃぐ気持ちは分かりますが、どうか好奇心を堪え使命を果たして下さい」
このグバハもその一人であり、先代に仕え30年。ザエルの為に命を擲つ覚悟で彼の右腕として働いて来た。
そんな誰よりも尊敬し、誰よりも崇めるザエルのたった一人残された息子なのだ。
グバハもエデルを我が子以上に大切にし、その身を案じている。
だからこそ1日も早く立派な魔王に成長して貰いたく、本来ならばエデルを観光に連れ回したい衝動を必死に抑え。
グバハは心を鬼にしてエデルに注意を促した。
「むぅ……、分かった……我慢する……」
グバハの叱責を聞くとエデルは唇を尖らせながらも、渋々了承した。
その余りにも少年らしい態度にグバハは胸を締め付けられながらも、今日この街に訪れた本来の目的を果たす為にエデルに問い掛ける。
「ご理解頂きありがとうございます。それではエデル様、我々が何故この国へ今日やって来たのかは分かっておられますか?」
「えっとね……、人間にセンセンフコクしに来たんだよね!」
気を取り直し自分達がこの国へ来た理由を問い掛けられると、エデルはそう元気良く答えた。
宣戦布告……、その言葉だけを聞けば決して穏やかな目的では無かったが。
エデルはまるで遊びにでも来たように無邪気に告げた。
「そうです、我々は人間達との戦争を開戦する為に此処へ来たのです」
エデルの答えを聞くとグバハは神妙な面持ちでそう続けた。
その表情は笑みすら浮かべているエデルとは対照的に、実に暗いものだった。
それもそうだ、人間との戦争=勇者との戦いを決意しているのだ。
先代ですら歯が立たなかった勇者にまだ子供で、しかも魔王として致命的な欠点のあるエデルに挑ませなければならないのだ。前向きに捉える事など出来なかった。
「そう戦争……、我々は人間と戦争をするのです。エデル様、戦争とはどういう事かお分かりですか?」
「んとね……、魔族と人間が手を取り合って仲良くする事だよ! お母さんがね、そう教えてくれたんだ!」
そう、エデルは魔王として欠陥がある。その一つがこれだ。
魔王とは思えぬ程優しく、何よりも常識を知らずズレた思考をしていた。
更なる自分の問い掛けに返されたエデルの言葉を聞くとグバハは思わず頭痛を覚え頭を押さえた。
何故こうなってしまっなのか……。
何故こう育ってしまったのか……。
先代の魔王ザエルと言えば確かに穏健派で知られる人物であったが、その子息としてもエデルは優し過ぎた。
それもこれも母親の影響だろう。
魔王の妻、エデルの母となった女性はそもそも魔族では無い。
神族……、だけならまだマシだったが。現神族の王、神王の妹だった。
それはそれは聡明で温厚な人だった……。
初めは全ての魔族が魔王と彼女との婚姻に反対したのだが、彼女の人柄に触れた者は皆彼女の優しさに惹かれ。次第に反対する声は減っていった。
減っていったのだが、その人柄が子に与えた影響は大きく。
エデルは彼女の生き写しのように優しい子供に育ってしまった。
「ねぇ、グバハ頭抑えてどうしたの? 頭痛いの? 無理しないでね、いっつもグバハは働きづめだからたまには休まないとダメだよ」
お前の体調など知るか!
死ぬまでこき使ってやる!
そうエデルが吐き捨ててくれるような魔王だったら何れ程マシだったか……。
エデルの優しさに頭を悩ませれば何時も決まって体調が悪いのだと勘違いして気遣ってくれる。
部下としてはその気遣いに感謝はすれど、気遣われ過ぎる事に更に頭を悩ませてしまう。
何時もエデルが部下達に向ける表情は笑みばかりで、その目映さに胸を締め付けられてしまう。
誰よりも辛い立場にある筈なのに……。
誰よりも悲しい生い立ちだと云うのに……。
「エデル様……、今日はエデル様の心配なされる通り私も少し体調が優れません。ですので、宣戦布告は又別の日にして頂くと云う事で、今日は国へ帰りましょう」
だからなのだろう。エデルの優しさに常に当てられる部下達は彼に甘くなってしまう。
何も理解出来ていないエデルに本当に開戦の罪を負わせて良いのか。
考えるまでも無い、そんな事させてはならないに決まっている。
血の繋がりは勿論無いが、グバハにとってエデルは我が子同然だ。
生まれてからずっとその成長を見守って来た。
エデルの母は彼が幼い頃に流行り病で亡くなり、最後の肉親である先代の魔王ザエルも昨年亡くなった。
天涯孤独の身となったしまったエデルを支える義務がグバハにはあった。
死の床で伏せるザエルとも約束した。「誰に恥じる事も無い立派な魔族に育ててくれ」そう頼まれ彼は二つ返事で承諾した。
誰よりも憧れ、誰よりも崇め、誰よりも慕ったザエルとの誓いだ。
大切な忘れ形見であるエデルに過酷な運命を背負わせる事が彼には出来なかった。
「あーやっぱり、ずっとグバハ様子がおかしかったもんね! 無理せずちゃんと告白してくれてグバハは偉い偉い」
そんなグバハの内心を知る筈も無いエデルは、グバハの言葉を聞くと笑いながら、目一杯背伸びをして、エデルの顔を覗くように前屈みになっていたグバハの頭を優しく撫でた。
部下としてはそれほど身を案じて貰える事は光栄だ。
だが、先にも述べた通り胸を鷲掴みにされるような苦悩を抱いてしまう。
「さ……、さぁエデル様そうと決まれば帰りましょう! 今日は長い旅路で疲れたでしょう。城の料理長に頼んで性の付く物を沢山作って貰いましょう!」
「ホント! ならね、僕ね、ハンバーグが食べたい!」
そんな苦悩を振り払うように努めて明るく振る舞うグハハの言葉を聞くと。エデルは瞳を輝かせながら今晩の食事をせがんだ。
そこに居たのは魔王では無く、ただの少年だった……。
年相応に無邪気に笑う子供だった……。
「ハハハハ、エデル様はハンバーグが本当に好きですね」
「うん、僕ハンバーグ一番好き!」
こんな子供に世界の命運を託そうとしている自分の無力さが歯痒かった。
何よりも許せなかった……。
「ハンバーグ! ハンバーグ!」
グバハの緊張の糸が緩み、何時もの優しい彼に戻った事を察し。
エデルは無邪気に今晩のおかずに思いを馳せながらはしゃいだ。
魔族と人間との戦争はもう直ぐそこまで迫っている。
避ける事は出来ない、避ける=魔族と神族の滅亡に繋がってしまうのだ。
何時か、そう遠く無い未来で必ず決断の時は来る。
心を鬼にして、この優しい魔王を戦地に立たせなければならない日が来る。
その時はこの身を犠牲にしてでもこの子を守ろう。
この命と引き換えになったとしても、地獄の苦しみを味わったとしても。
こんなにも優しい子供に世界の命運を託さなければならない、無力な自分にこそ罪があるのだから。
だから今はせめて、この子の笑みを守ろう……。