第1話「勇者が魔王」
脈々と受け継がれる勇者の血統。
世界を救う為に成り立った勇者と呼ばれる称号は何時しか王とアダ名されるようになり。
勇者が統治し国を治める時代が訪れるようになった。
俗に今日では勇権制度と呼ばれる社会体制が築かれ、勇者を主軸に国家が運営されている。
数千年の歴史の中で中世から近世に近しい科学発展を遂げた世界。
そこで暮らす人々を悩ませ、苦しめていたのは他でも無い。今では王の地位にまで上り詰めた勇者と云う存在だった。
数世代前までは確かに勇者によって世界は争いも無く平穏に統治されていた。
それが今では勇者が敷く圧政に苦しめられているのが現状であり。人々の暮らしは戦乱の世にも匹敵するほど逼迫する事態を招いていた。
国に納める税は年々増加の一途を辿り、国民の財政は年月を経る毎に圧迫されていく。
次第に誰もが「勇者とは何だ?」、そう心の中で疑問を持つようになっていたが。
それを口にする事は許されないのが現状だった。
勇者が名ばかりの存在だったら誰も苦労しなかっただろう。
無能な王ならば蜂起した国民によって王の座から引き摺り下ろし、全ての罪を負わせて絞首刑にでも処せば良かった。
長い王国の歴史には暴君から国民が王の資格を奪い断罪した歴史も確かにあったが、勇者に逆らう事は普通の人間である国民には出来なかった。
――ドーン!――
「何だ今の爆発は!」
「勇者だ、又勇者が酔って街で暴れてるんだ!」
けたたましい爆発音の後街に響く戸惑いの声。
初めは何が起こったか分からず人々は恐怖におののいたのだが。直ぐにそれが勇者によって引き起こされたのだと悟り、今度は勇者に対する恐怖が人々の心を覆った。
勇者と呼ばれるだけの事はあり、代々勇者の血を継ぐ者には特殊な力が生まれながらに授けられていた。
人間を遥かに越える腕力、魔族や神族すら凌駕する高い魔力。
それらを駆使して悪行の限りを尽くす勇者。
黙って城にでも籠っていれば良いのに、近世の勇者は大の付く遊び好きばかりで。
幾百の取り巻きを連れ街に繰り出し、酔う度に街を破壊し人々を苦しめていた。
毎夜繰り広げられる乱痴気騒ぎの金を出すのも国民、その果てに暴れた勇者が破壊した物の修繕費を支払うのも国民。
勇者が何をしても尻拭いをさせられるのは全て国民であり。
今では暴君と成り下がった勇者は国民の膿でしか無く。
誰もが勇者に対する尊敬を忘れ、その存在が一刻も早く潰える事を願っていた。
そんな切実な人々の願いが叶う事無く100年余りの月日が流れようとしていた現代で魔族の中に一人の魔王が現れる事になる。
後の世で最弱の魔王と呼ばれる彼の登場によって勇者とは名ばかりの暴君が討伐される日が来る事は、現時点では誰も知る由も無かった。
魔王が勇者と呼ばれ、勇者が魔王と呼ばれる時代が直ぐそこまで迫っていた。