「俺の歌が好きな奴はみんな死んじまった」とミュージシャンは言った
自殺を幇助している、と批難されるミュージシャンがいた。彼自身はそんなつもりじゃなかったからショックだった。確かに希望とかを殊更歌う訳じゃない。歌いたいまま、真実だと思うままをただ歌うだけだから、聴く者が落ち込む事だってあるだろう。だけれど「俺が自殺させた」なんて言われる法があるか?
謗られるのは主にSNSでだから、問い返してみた。「一体俺の音楽で誰が死んだんだ?どういう風に自殺してしまったんだ?」。しかし寄せられる返答は捻じれているのだった。あなたの歌のこの部分が自殺教唆「的」だ。実際にこの国では若年者の自殺が増加していて、彼らの殆どがあなたの音楽を愛好している。
そしてトドメにこう宣告する。「あなたの音楽を愛好する若者はもはや誰も居ない。既にあなたがその全員を死に追いやったからだ」と告げた。これは実に効いた。彼自身、老いて見向きされなくなっていく自分に気付いていた。しかし裏腹に、自分の曲を聴かないだろう者達からの批難の声は日増しに高まっていく。その理由が分からなかったのだが…そうか、「もう俺の歌が好きな奴はみんな死んじまったから」か。普通に考えたら有り得なさそうなその一言に、彼はひどく納得し、絶望した。だから今日の彼への批難に満ちたSNSには、もはや彼の弁護をする者が一人もいないのだ、と。
「俺は隅に追いやられる人の為に歌ってきたんだ」とミュージシャンは呟いた。「その者達はあなたが殺した。あなたはそれを理解し、責任を取るべきだ」と波の様に押し寄せる大衆は断言する。彼は最期に叫んだ。「何故そんな風にしか考えない?俺は足りなかったかも知れないが、彼らの力になっていたかも知れないじゃないか?彼らは俺の曲を頼っていたんだとしたら、どうする?俺が死に追いやったんじゃなく、俺の曲しか頼りがない位に、あんたらに象徴される社会こそが死んだ彼らを追いやっていたとしたら…俺が居なくなったところで、どうなるというんだ!」そうして飛び降りた。残った人達は、束の間、安心した。自殺が少なくなるだろうと考える事で。だが、いずれまた不安になる事だろう。自殺は、きっと減らないから。