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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪役令嬢とののしられた令嬢は、婚約者を扇でぶつ

作者: 鳥遊優里夏

「エスカリーテ・メレンティエヴァ! 俺様は今ここで、貴様との婚約を破棄する!!」


 大陸一の大国、スニェーク帝国。本日行われているのは、皇室主催の夜会。その厳かな会のさなか、グルーピィ・サモイロビッチ公爵令息は、突然声を張り上げた。


「グルーピィ様、このような場ではなく、控室でお話しいたしませんこと?」


 突然名指しされたエスカリーテ・メレンティエヴァ伯爵令嬢は表情一つ変えず問うた。それに対し、グルーピィは自信満々に答える。


「ふん! 控室などに引っ込む必要はない! 俺様はここで宣言する! 俺様は真実の愛を見つけたのだ!!」

「要するに浮気宣言ですか」


 彼女は扇で口元を隠しながら、呆れたようにため息をついた。


「ふん! 浮気ではない!! 真実の愛だ!!」

「そうですか。それで、このような場で堂々と宣言する意味をご理解ですか?」

「ああ、良く分かっている。貴様がどうしようもない悪役令嬢だと皆に明らかにするのだ!!」


 その言葉を聞いた彼女は面倒そうに形の良い眉をゆがめた。悪役令嬢とは、最近流行っている小説内で、主人公の女性をいじめる役どころの女性のことを指す。彼女は現実と虚構の区別もつかないのかと呆れかえっていた。


「貴様は愛想もなく、更には夫となる俺様を立てることもしない! 生意気にも伯爵家を牛耳っているではないか!!」

「そうですか。それだけで悪役令嬢とののしるにはいささか理由が弱いと思いますが。ところで、その真実の愛とやらの相手はどちらに?」


 彼女がそう言うと、彼は自信満々に宣言した。


「その令嬢とは、アナスタシア・メレンティエヴァだ! 俺様たちは心も体も(ヽヽヽヽ)つながっている!!」


 彼がエスカリーテの異母妹の名前を宣言した時、エスカリーテは目を見開いた。


「それは、本当ですか?」

「ああ! だから、貴様との婚約を破棄し、アナスタシア・メレンティエヴァと婚約する!」


 その言葉を聞いた瞬間、エスカリーテの表情が変わった。グルーピィをにらみつけた彼女は、絞り出すような、怨嗟のこもった声で言った。


「あなたが、あなたがアナを無理やり襲ったのですね……!」


 彼女は持っていた扇を折りたたむと、それでグルーピィの頬をぶった。


「あなたのせいで、あなたのせいでアナは絶望し、一日中泣きはらし、挙句の果てに命まで絶とうとした。男の人が怖くなり、部屋から出られなくなった。そのうえ、このような場でそのようなことを明らかにして、あの子の尊厳を完膚なきまで破壊するのですか!」


 エスカリーテは、なんども、なんどもグルーピィをぶつ。


「真実の愛、ですと? 笑わせないでください。食事もろくに食べられなくなり、ねむるたびに悪夢にうなされるあの子の悲しみが、苦しみが、絶望が分からないのですか!?」


 グルーピィの肌は何度もぶたれて赤くなっている。頬をぶたれたときに切ったのだろう、口からは血が垂れていた。


「も、もうやめてくれ……」

「いいえ。あの子が受けた苦しみは、この程度では比になりませんから。 味わいなさい! あの子が受けた以上の苦しみを、痛みを、悲しみを!」


 会場の人々は動かなかった。いや、動けなかったが正しい。国一番の淑女と謳われた彼女が、こんなにも怒りをあらわにするほどの激情の止め方を、誰も知らなかったためだ。


「メレンティエヴァ嬢、やめるんだ」


 そんな彼女の腕をつかむものがいた。スニェーク帝国の第二皇子、ニコライだ。


「第二皇子殿下、離してください」

「だめだ」

「殿下まで、この男の肩を持つのですか?」

「まさか」

「でしたら離してください。私はこの男に、地獄を見せないといけないのですから」

「これ以上私刑をしたら君が罪に問われてしまう。そんなことになったら、君の妹が悲しむ」


 皇子の説得により、彼女は渋々手を下ろした。


「うん、それでいい。衛兵」


 ニコラスが衛兵を呼ぶ。すると彼らはグルーピィを連行していった。その後、エスカリーテの方に向き直り、そっと手を差し伸べる。


「メレンティエヴァ嬢にも聞きたいことがある。こちらに来てくれないか?」

「……はい」


 エスカリーテは頷くと、ニコラスにエスコートされて、会場を後にした。



 ニコラスはエスカリーテを皇室の控室に連れていく。彼女を皮張りのソファに座らせた。


「まずは謝らせてくれ。僕のいとこが申し訳ない」

「謝らないでください。あなたのせいではございませんから。むしろ、謝罪するのはこちらの方です」

「君こそ謝らなくていい。それで、妹さんはどんなことをされたんだ?」


 ニコラスの言葉に、エスカリーテは「妹から話を聞いただけですが……」と前置きしてから話し始めた。





 とある夜会の日、エスコートしてくれるはずのグルーピィに放置されていたエスカリーテは、早めに夜会を抜け、帰路についていた。化粧を落とし、湯浴みをして眠る準備を進めていると、にわかに屋敷が騒がしくなる。


「エスカリーテお嬢様!」


 突然、彼女の部屋の扉が勢い良く開けられる。入ってきたのは、アナスタシア付きの侍女だった。


「どうかしたの?」

「アナスタシアお嬢様が、何者かに乱暴されたようで……」

「すぐに向かいます」


 エスカリーテは夜着のまま部屋を飛び出した。

 アナスタシアの部屋に行くと、無理やり破られたドレスを着て、全身に暴行の痕が残るアナスタシアがいた。

 彼女はすすり泣いていた。居ても立っても居られなくなったエスカリーテは、震えるアナスタシアをやさしく抱きしめた。





「アナはその日からろくに食事もとれず、悪夢にうなされる日々が続いています。日に日にやせ細っていく彼女を見て、私はアナをこんな目に合わせた犯人に復讐を誓ったのです。私のネットワークで調べていくうち、グルーピィ様が怪しいというところまで分かりました。ですが、確信が持てず。そんな折、彼が最悪の形で自白、まるで自慢のように、アナスタシアと相思相愛であるかのように嘯きましたので、頭に血が上り……」

「なるほど。それで彼をぶったのだな」

「はい。……復讐をしたのは、私の独断です。ですから、アナだけは、アナスタシアだけは助けていただけませんか?」


 エスカリーテは深々と頭を下げる。それに対し、ニコラスは「もちろんだ」と笑った。


「妹さんには何の責も及ばないよう取り計らう。君は、何のお咎めもなしとはいかないだろうから、しばらく屋敷などで謹慎、くらいが落としどころかな」

「はい、かしこまりました。ご寛恕に感謝いたします」


 エスカリーテは深々と頭を下げる。するとニコラスは「お安い御用だよ」と笑った。


「それで、メレンティエヴァ嬢。君はグルーピィが怪しい、というところまでたどり着いた、というのは本当かな?」

「はい。決定的な証拠はありませんから、怪しいどまりでしたが」

「そうか。実は、情けないことに、僕たちはグルーピィがそんなことをしている、とは気が付かなくてね。どうやら相手はそこそこ頭が切れるようで証拠が見つからない可能性が高いんだ。だから、彼を罪に問うため、協力してくれないか? 一緒に、グルーピィに地獄を見せよう」

「……いいのですか?」


 エスカリーテの目がほの暗く輝く。その言葉に対しニコラスが頷くと、彼女は「何から何まで、本当にありがとうございます」と頭を下げた。


「気にしなくてもいいよ。僕たちはこれから共犯者だ」

「はい。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。長く引き留めてごめんね。帰りは馬車を用意するよ」

「お心遣いに感謝いたします」


 彼女は優雅にカーテシーをする。彼は「気にしなくていいよ。共犯者だろ?」と笑った。





 エスカリーテが帰った後、ニコラスはソファに座って小さくつぶやいた。


「グルーピィは、本当に許せないな」


 ニコラスにとって、エスカリーテは初恋の人だ。だが、彼女はグルーピィとの婚約話が持ち上がった。だから、彼女が幸せになれるならと、一度は手を引いた。けれど、グルーピィは彼女を粗末に扱った。それだけでも許せないのに、更には彼女の大切な妹に手を出すことで、彼女を泣かせた。


「地獄を見せたい、か。それがエスカリーテの望みなら、僕は全力で叶えるだけだ」


 やっと、共犯者という彼女の隣に立つ大義名分を手に入れたのだ。彼女の望みのため、全力で暗躍する。ニコラスは新たな決意を胸に立ち上がった。

読んでくださりありがとうございました。評価、いいね、ブックマークをしてくださると励みになります。気がむいたら妹の話を書くかもしれません。

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