6. 教皇は、神から罪責が赦免されたと宣言して赦免する以外、どのような罪責も赦免できない。
6. 教皇は、神によって赦されたことを宣言し、神の赦しに同意する以外には、いかなる罪も赦すことはできない。ただし、教皇の判断に委ねられる場合には、教皇は罪の赦しを与えることができる。このような場合にまで、赦しを与える教皇の権利が軽んじられば、罪は全く赦されないままであろう。
6. The pope cannot remit any guilt, except by declaring that it has been remitted by God and by assenting to God's remission; though, to be sure, he may grant remission in cases reserved to his judgment. If his right to grant remission in such cases were despised, the guilt would remain entirely unforgiven.
本項は日本語版に訳し漏れが見受けられるので、英訳版から訳した。
ここでの「罪」は、英語版では guilt であり、sin ではない。意識して使い分けされているかどうかは解らない。guilt なら拙訳『償ひの道、あるいはハンムラビの法典』にもあって
142. 女が夫と喧嘩し、「あんたとはやっていけん」と申すなら、毛嫌ひの理由示されざるを得ず。女の側に過失なく無罪にして猶、夫の離れ疎んじたなら、この女に罪は認められじ、されば持参金を取り上げ実家に戻るべし。
If a woman quarrel with her husband, and say: "You are not congenial to me," the reasons for her prejudice must be presented. If she is guiltless, and there is no fault on her part, but he leaves and neglects her, then no guilt attaches to this woman, she shall take her dowry and go back to her father's house.
というのだが、この「罪」はあくまでも相手に対してのもので、神に対して懺悔を求めるなどという発想は見られない。ハンムラビ法典と呼ばれる書物は、功罪の対価表に過ぎず、等価交換が前提である。
するとマルチンさん含むキリスト教会が言う「罪」は、何か別のもの、余計な付け足しであると言わざるを得ない。犯した罪について必要なのは、先ず被害者への補償であり、次にその赦しを得る事ではないか。神様だからといって、首を突っ込んできた者の赦しを求めよなどとは、人の稼ぎを巻き上げようとする893と変わりないではないか。
この点、ハムレット父の亡霊は意外と冷静である。
幽霊:…
しかし、そなたがこの行為を追求しようとも
そなたの心を傷つけず、そなたの魂謀らせず。
そなたの母に何もせず、天に委ねよ。
その胸に宿れる棘の、刺し貫けるに任せよ。…では、これにて。
GHOST: ...
But, howsoever thou pursu'st this act,
Taint not thy mind, nor let thy soul contrive
Against thy mother aught; leave her to heaven,
And to those thorns that in her bosom lodge, 95
To prick and sting her. Fare thee well at once!
第3幕第4場
忘るる勿れ。この訪れは一重に
そなたが決心の鈍れるを叱咤せんが為。
しかし、見よ!そなたが母に坐せる慄き。
怯える母と勇ましき魂、取り持ってやれ。
自負心の弱きに宿るほどに強く働くもの。
ハムレット、話しかけろ。
GHOST: Do not forget: this visitation
Is but to whet thy almost blunted purpose.
But, look! amazement on thy mother sits;
O! step between her and her fighting soul;
Conceit [anxious thought] in weakest bodies strongest works: 130
Speak to her, Hamlet.
ハムレット父王は武勇を誇る、レイモンド・チャンドラーの表現を借りるなら「脳味噌の代わりに筋肉が詰まっているような」武人な筈が、復讐の鬼という訳ではない。妻を思いやり、息子を諭す態度はむしろ、夫として父親として情愛細やかなところを見せる。彼のいう復讐は、自分が被った害への応酬以上のものではない。
ゴースト:復讐だ、奴の魂に、不自然極まる人殺しに。
ハムレット:人殺し!
亡霊:極めて入念なる人殺し、としては最高のものならん。
しかし極めて汚く、奇妙に不自然極まるものならん。
ハムレット:急ぎお知らせあれ、素早く翼広げるは、
瞑想や愛の思い宜しく、復讐が為に奔走すべく。
GHOST: Revenge his soul and most unnatural murder.
HAMLET: Murder!
GHOST: Murder most soul, as in the best it is;
But this most foul, strange, and unnatural.
HAMLET: Haste me to know ’t, that I, with wings as swift 35
As meditation or the thoughts of love,
May sweep to my revenge.
『復讐法』などと呼ばれてしまうハムラビ法典には「復讐しろ」とも「仇討ちを認める」とも書いてないのに、それから3,300年以上も経った前国王の亡霊は「犯罪だ、復讐だ」と息子の尻を叩く。聖職者は「神以外に罪は赦されず」と言い募る。読者の目には、いずれがより野蛮に見えるであろうか。