4. 天国に入るまでは罰(ペナルティ)は続くものである。
heaven は大抵「天国」と訳す。前回のクローディアス王とハムレット王子の台詞にあった heaven も、概ねこれと見て差し支えない。福音書にあるイエスの言葉も同様。
17 この時からイエスは教えを宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。
ところが物理的な「天空」を指すこともあり、日常的には此方が先であろう。「ハムレット」では、これらを使い分けており、その最も不穏な用例が冒頭ベルナルドの台詞に見られる。
ベルナルド:昨夜のことだった、
あそこの名にし負う星、そのとき北極星から西にあって、
天空の一部を照らす航路をとって
ちょうど今、燃えている辺り、マーセラスと我の二人、
その時、1時の鐘が鳴り、…
BERNARDO: Last night of all,
When yond fame star that’s westward from the pole
[yond: Yonder; star: North Star, on the outer edge of the Little Dipper.]
Had made his course to illume that part of heaven
Where now it burns, Marcellus and myself, 50
The bell then beating one,— マーセラス:しっ!黙ってろ。ほら、また出たぞ!
MARCELLUS: Peace! break thee off; look, where it comes again!
幽霊登場。
Enter Ghost.
実は写したテキストには yond same star とあって、何が same なのか判らない。他の台本を見ると fame star とあったから、此方を採用。fame というからには有名な、我々も知る星の筈だが、これもよく解らない。北極星の見つけ方からして北斗七星か、しかしそれが西に見えたら何だというのか。
この疑問は、最近に発行された木原誠『煉獄のアイルランド』を読むまでずっと引っ掛かっていた。舞台はデンマークの想定ながら、公演会場はロンドンにあるから、観客が北を向くと、その西にはアイルランドが横たわる。その北端には『聖パトリックの煉獄』が口を開けていた。
今では構造が失われてしまったけれど、『聖パトリック(聖パトリキウス)の煉獄』こそは、ダーグ湖ステイション島に実在した煉獄であったのた。
そして、ベルナルドが語る最中。天に昨夜と同じ星の位置、つまり1時になると、幽霊が現れる。マルチンさんの主張が当たっていれば、昇天できずに居る幽霊もまた、我々と同じ生の苦しみを味わう事となる。
先ほど12時を打ったばかりなのに、もう1時になるのか。時空が歪んでいるのか、といった突っ込みは、案外出ていないのか、筆者は見たことがない。
ただし、この幽霊の出現はイレギュラーというしかない。幽霊は何らかの未練があって、その土地から離れられずに居る霊魂であるから、その執着が向かう対象である敵や家族や友人にしか見えない。まあ、そういっていては演劇にならないので、観客の前に姿を現さざるを得ないが、やっぱり口をきくことはできない。
ベルナルド:見ろ、行ってしまう!
BERNARDO: See! it stalks away. 65
ホレイショ:待った!話せ、話してくれ!頼むから、話を!
HORATIO: Stay! speak, speak! I charge thee, speak!
幽霊退場。
[Exit Ghost.
「お星様になった」なんて言うが、お星様にもなれない、昇天できないのが幽霊なのに、その存在は認められない。正に救われない存在。
能の台本である謡曲では、浮かばれない霊を旅の僧が成仏させる話が普通に出てくるのに、これを無視するキリスト教徒の冷たい事よ。天も聖職者も手を貸さない以上、さまよえる霊魂を救える者は、家族友人しか居ない訳である。
BERNARDO は一般的に「バーナード」と読まれるが、朗読を聞くとそうは聞こえないので。