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舟屋暁屋

アカネとケンジ~柳川舟語~

作者: 山本大介

 エコってみました(笑)。

 拙作は「こちら舟屋暁屋・・・」より加筆修正。

 あふたー的な感じとなっております。



 桜舞う始業式。

 三柱神社の欄干橋から見える両岸の桜は、満開で風に乗って、そよそよと花びらが踊っている。

 川田茜は高校3年生である。

 身長162㎝のすらりとした体格、褐色の肌に、快活そのものの笑顔、大きな瞳、長い髪をポニーテールで束ね、黄土色のブレザーと赤い胸元のリボン、タータンチェックのスカートの出で立ちで、ちらりと春景色を目の中に入れつつ、猛スピードで橋をかけあがり学校へと向かった。


・・・・・・。

・・・・・・。


 始業式帰り茜は家へと歩いていた。

「よう」

 彼女は声のする方を振り返ると、ほっぺに冷たいものを当てられた。

「ケンジ」

「ほれ」

 矢留健司(やどみけんじ)は、茜と同級生の幼馴染である、身長173㎝の細長で髪は短髪、色白の童顔で大きな瞳が特徴的な男子である。

 彼は左手に持ったご当地アイスのカバヤアイスキャンディー(抹茶)を、彼女の頬にあてて、右手で苺味のアイスを頬張る。

「・・・まだ春だよ。冷たいよ」

「そうか、アイスはいつでも美味しいぞ」

「まあね、うん、ありがと」

「おう」

 茜はアイスを受け取ると、健司は首をすくませた。

 2人は春の帰り道を歩く。


「なあ」

「ん?」

「なんで、今日、遅刻したん?」

「ちょっと、眠れなくて・・・寝坊」

「おま・・・始業式早々やるな、悪い夢でも見たか」

「ん~そんなとこかな」

「どんな」

「なんでアンタに教えなきゃいけないのよ」

「・・・別に無理にとは言わんけど」

「別にいいけど、じっちゃんとばっちゃん・・・あんたの夢を見たんよ」

「俺の・・・なんで」

「ん~なんでだろう・・・ね」

「俺の夢を見るとは・・・さては」

「馬鹿っ!」

 茜は顔を真っ赤にして怒る。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 2人は無言となる。

 健司は調子に乗って、つい言ってしまったことを後悔した。

 彼は話を紛らわすように、

「茜」

「ん」

「舟乗ろうや?」

「いいよ」

「よし」

 2人は家路へと急いだ。


 夕方17時を過ぎると、川やお堀は途端に静かになる。

 盛夏から秋にかけて、柳川は夜に灯り舟という納涼船があるが、この時期は行き交う舟もない。

 春盛かり、夕暮れ時の静謐。

 心地よい風が吹き、桜の花びら散る中、茜は舟を漕ぎだした。

 誰もいない夕景の川を進む。


 レガネット(スーパー)で買い出しを済ませた健司は、二ツ川ぞいの柳並木の歩道をひとり歩いていた。

 夕陽で二ツ川がオレンジ色に染まり、柳川橋からでてくる舟が見えた。

 目を凝らし眺める。

 すると、それがデッキの上に立ち竿を挿す、茜のシルエットだと分かった。

「おーい」

 健司は歩道から手を振った。

 彼女はそれに気づき、手を振り返す。


 茜は竿を右斜め奥に差し込み、しならせると舵を左に切る。

 すーうっと舟は、すべるように進行方向をかえ、歩道ぞいに近づく。

 健司はガードレールを乗り越えると、舟が近づくのを待つ。

 ゆっくり舟は護岸に近づくと、

「とぅ!」

 彼は、およそ1mの上から舟に飛び乗った。

 その衝撃でどんこ舟はぐらぐらと揺れる。

「おっとっと!」

 茜は、一瞬ふらつくも、竿を水底に強く刺し込みバランスを保った。

「相変わらずね。もうちょっと、優しく乗りなさいよ」

「ごめん」

 健司はすまなさそうに片手をあげた。


「ほい」

 茜はポケットから100円缶コーヒーを取り出し、健司に投げた。

「おう、ありがと。こっちも、あとで食べようぜ」

 彼は、お菓子の入ったスーパーの袋を持ってみせた。

「さんきゅ」

 彼女は礼を言うと、舟を進める。


「さあいくわよ」

「ああ」

 茜色に染まる二ツ川を、一隻の舟はスピードをあげ進んだ。

 それから、城堀水門橋を望むと、右にドリフトしながら狭い橋をくぐり長さ15mの橋をくぐった。

「茜、やっぱ、すげえな」

「今日はアンタだから、いつもよりアグレッシブにやったまでよ」

「・・・さよけ」

 舟は橋を過ぎ、かつての城下町だったお堀の中へと進む。


 掘割へと入ると、極端に幅が狭くなる。

 ここはかつての城下町だった所、掘割の両隣には民家が立ち並び、日常と非日常が混在している。

 古い家に新しい家がある。

 時に川やお堀は澄み濁る。

 清濁合わせ飲む。

 美しさの中に汚れや翳りが見える情景、良くも悪くも柳川川下りが訪れる人の心をとらえる一つの要因なのだろう。

 茜の操船する舟は、夕暮れなずむ掘割を進む。

 舟のデッキに立つ彼女の影は、水面に大きく伸びて映っていた。

 健司は、舟から見る景色もそこそこに、行く先を見つめ竿を挿す茜を眺めつつ、コーヒーをぐびりと飲んだ。


 舟は北長柄橋にさしかかる。

「頭さげて」

「おう」

舟は橋を抜けると左側に祝宴ホールと右奥の図書館に面した、水路の四つ角を左へと曲がる。

 続けてその先、低い橋の下を茜は腰をかがめてしゃがみ、健司は首をすくめ、柳城橋をくぐる。


 茜の操船する舟は、柳川海苔の倉庫、写真館前を進んで、並倉へと差し掛かった。

 普段の川下りのコースならば、右折して袋町の鬱蒼とした緑の中に行くのだが、茜は真っすぐ外堀を行く。

 古い並倉の赤レンガの倉庫が、夕日に染まり、黄金色に輝いている。

 倉庫の屋根には、アオサギが止まって、じっと眼下の魚を狙っていた。


「アオサギだな」

 健司は言った。

「ああね」

 茜は頷き、竿をあげる。

 ゆるり、ゆつら。

 舟の動きが惰性でゆっくり岸へ。

「な」

 と、彼、

「ずっと見ちゃうもん、ね」

 と、彼女、

「ああ、行こう」


 木造の壇平橋を越えようとすると、中学生の男子が釣り糸を垂れていた。


「ごめん、釣り竿あげて」

 茜は男子を見上げ橋の手前で声をかける。

「はい」

 素直に竿をあげる男子に、茜は軽く会釈し、

「ありがとう。今日は釣れた?」

「はい。バスが2匹釣れました。お姉さんは・・・デートですか」

 男子の率直なる質問に、彼女は苦笑いし、

「まあね」

 と、舟をくぐらせた。

「おっ、デートなの」

 健司の言葉に、

「じゃないの?」

 彼女は言い返した。


 舟は茜色に染まる水面をすべりながら進んでいく。

 舟は外堀を進む。

 堀の幅も倍以上に広くなり、さきほどの閉所的圧迫感が感じられなくなる。

 途中、健司の買ってきたお菓子を食べながら他愛の無い世間話に花を咲かせる。

 右手に杉森高校、米多比の森を横目に見つつ、ゆっくりと20分かけて、亀の井ホテル側の足湯公園に着いた。

 近くの公衆トイレで厠たいむを済ませ、軽く足湯に浸かる。

 

「♪ふんふふーん♪」

 茜は鼻歌まじりに、湯の中に浸けた足をリズミカルに動かしている。

 ちらり、彼女の白い生足を見て、彼は視線を外した。

「ん?」

 異変に気づいた茜は彼を見る。

「ほれ」

 茜は生足をあげて見せつける。

「やめれ」

 彼は赤面しつつ話題を変えた。

「あのさ」

「うん?」

「帰りはさ。俺が舟漕ぐよ」

「わかった」

 茜は静かに目を伏せる。

 その何気ないその仕草に健司はどきりとした。


 快晴春麗。

 ケンジはそっと水面へ竿を入れる。

 ポチャリ。

 小さな水音ひとつ。

 操る舟は暮れなずむ掘割をゆっくりと滑っていく。



 読んでいただき感謝です。

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